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Deracine -----------------------
雪が降っている。 世界には色々な景色があるが、その白く染まった景色だけは心を平静にしてくれるような気がした。 白く染まった世界は、純粋さを心に呼び戻すから。 白く染まった世界は、全てを凍らせてくれるから。 寒くて、冷たくて、暖かさなど思い出さずにすむから。 雪が降っている。 だけどいつか、この白い景色も崩れ去ってしまう。 だから、それまでに―――――――どうか、どうか…。
この心よ、消え去って欲しい。
故郷が無いと告げた時、彼は不思議そうな顔をしていた。 まだ一般兵で、神羅に入ったばかりのクラウドは、己の憧れであったセフィロスの話を聞いて純粋に首を傾げたのである。 「生まれたところが故郷だよ。あと育ったところだ。セフィロスはどこで生まれて、どこで育ったの?」 そう聞かれて、セフィロスは返答に詰まってしまった。何しろそんなことは自分ですら覚えがない。覚えがないことに答えなど出せない。 この少年兵クラウドとの出会いは、実におかしなものだった。 思えば何故話しかけたのかすら理解できない。ただ、初めてその姿を見た日、その日は何だか憂鬱な空模様だったことは覚えている。 トレーニングルームの窓際から外を覗いてじっとしていたのがクラウドで、たまたまその姿を発見したのがセフィロスだった。普段はトレーニングルームなど使用しないから、それは本当に偶然といっても良いだろう。 初めて話しかけたとき、クラウドは相当驚いた顔をしてセフィロスを見ていた。それはそうだろう、憧れた姿がそこにあったのだから。 しかしセフィロスのかけた言葉といえば、そろそろ鍵を閉めるがどうするか、などというような内容だった。だから世間話にも満たない、用件のみのものである。 クラウドはその言葉に対し、もう少し此処にいたいです、と答えた。何故かと問えば、もう少し外を見ていたいから、などと言う。その返答にはセフィロスも一瞬躊躇ってしまったことは確かである。トレーニングルームというのはその名の通りトレーニングの為にあるものだし器具とて不自由がないほどの品揃えで、この部屋に入ることの意味はそのほかに考える余地の無いものだった。それなのにこのクラウドは、そんな訳の分からないことを言う。外など何処でも見れるし、むしろ外に出ればそれで済んでしまうようにも思うのに、それでもクラウドはこのトレーニングルームから覗きたいというのだ。 訳が分からない、そう思ったが、とにかくその意思を尊重してセフィロスはそのままその場を去った。 しかし―――――――その少年の言動があまりにも頭にこびりついて。 部屋を出たは良いものの気になって仕方なくなり、結果的にセフィロスはそのトレーニングルームにもう一度足を運ぶこととなった。それは丁度二時間は経過した後の話だったが、驚いたことに二時間の時間を経ても尚、クラウドはその場で、あのままの格好で、ずっと同じように外を眺めていた。 ――――――――おかしな少年だ。 もしかしたら少しオカシイのではないだろうか、そんなことまで考えたものだが一辺倒にそう良い切ることもできなくて、セフィロスは二度目の言葉をクラウドにかける。 窓際に佇む小さな背中は、窓の向こうの空に覆われて消えてしまいそうだった。 「おい、お前。…まだそこにいたのか。いつまでそうしているつもりだ」 二度目のその言葉をかけられた時、クラウドはもう驚くことはしなかった。その代わり、すっと消えそうな笑みが浮かぶ。 「…いつまででも、こうしていたいんですけど」 「馬鹿なことを言うな。解放時間は過ぎたぞ」 「はい。そうですけど」 意外にもしっかりとした口調でもって言葉を返す少年は、その言葉の割りに淡すぎる表情を浮かべる。消え入りそうな笑み、どこか透けて溶けていきそうな表情。瞳は蒼く、ハッキリとした発色をしていたが、それすらも覆ってしまう淡さがそこには存在している。 それは何故か――――――目が離せないような、気がした。 クラウドの言葉に溜息をついたセフィロスは、クラウドの立つ窓際にすっと並ぶと、同じようにその窓際から外を見遣る。この少年がそこまでして見たいというものは何なのか、何となく気になったから。しかしそうしてみてもそこにはいつも通りの景色があるだけで、セフィロスには特別な何かを感じることはできなかった。しかし、だからこそますます気になってしまう。一体何がそんなに面白いのか。 「この景色に何がある?」 だから、セフィロスは己の疑問をそのまま口にした。 しかしクラウドの答えは、セフィロスを混乱させるだけのものでしかなかった。 「何も。何も無いです」 「?…何も無いのに見ているのか」 「はい。何もなくていつも通りで、だから見てるんです」 何の為に、そう聞くと、クラウドはやはりあの淡い笑みを浮かべながらこう答える。 「自分を戒める為に」 自分を戒めるため、何もなくていつも通りの景色を眺める。 そう答えた少年の心が分からなくて、セフィロスはただ押し黙った。分からない、分かることなど不可能だ。そう思う。そう思うのにどこか気になってしまうのは何故なのだろうか。多分それは、分からないからこそ気になるのだろうと思うが、それにしてもいつまで考えても答えの出ないもののような気がする。だからこの少年とこのまま話しを続けてもセフィロスにとっては意味のないことだとしか思えなかったが、それでもセフィロスはそれを選んでいた。勿論、それは無意識の判断で。 あまりにも――――――――少年の心は見えなかったから。だから。 それは、あまりにも曖昧な、二人の始まりだった。
トレーニングルームに来ると必ずクラウドがいるということを知ったセフィロスは、時間を見てはそこに足を運ぶようになった。 ドアを開けて、窓際にその背中を見ると「ああ、今日もいる」と何となく安堵感に似たものを感じるようにもなっていた。何故か足音を忍ばせて、息さえも殺してその姿に一歩一歩近付く。そして気配さえも無いままに窓際に並ぶと、セフィロスは決まってこう聞く。それはもう決まり文句のようになっていた。 「何が見える?」 たったその一言で、クラウドはセフィロスがそこにきたことを知る。けれど不思議なことにクラウドは突然そうして言葉をかけられても特に驚くことなど無かった。まるで今迄ずっと側にいたかのようにすんなりと会話を進める。 「何も。いつも通りだよ」 「楽しいか?」 「うん。楽しい」 「…そうか」 何度来ても何度聞いても、答えは同じ。いつでもクラウドは“楽しい”と答え、“いつも通りの景色”だと答える。そこから一向に進まず、だから一体何があるのかということもない。ただそこにいつも通りの景色があり、いつも通りそこにいるというだけの話である。 セフィロスは此処に訪れるたびにその会話をし、それから日々少しづつ違った話題を出すようにしていた。この少年がどういう人間なのか、それをどうしても知りたいという気になってからそうするようになっていたのである。そうして少しづつでも何か知識をつめば、この少年の心が分かるような気がしたから。勿論それは一筋縄ではいかず、普通だったら一日で分かるものも一週間経っても尚理解できないという状態だったが、それでもそうすることをやめることはできなかった。 「訓練は楽しいか?」 今日は少し仕事に近い話題を、そう思ってセフィロスはそんなことを聞く。 クラウドは別段何も変わる様子もなく、ただそう問われたことに対しての答えを述べる。 「楽しいよ」 「そうか。…そのいきならすぐにソルジャーになれるな」 「そうだと良いな」 「ああ、そうだな」 何ということもない会話。 クラウドの答えはいつも簡素で、それだけで会話はほぼ終了してしまうことが常だった。だから何かしら話題を出さないことには会話は発生しないし、此処にいる意味もなくなってしまう。恐ろしく焦るというほどでもないが、そうして一つの会話が終わると、セフィロスは次の話題を探すことをしなくてはならなかった。 何か次の話題―――――――この少年の心を知る、話題。 そう思ってふと浮かんだのは、ある男の顔だった。それは、セフィロスとミッションを共にすることもあるソルジャー、ザックスのものである。彼は陽気で話好きで、聞きもしないのに良く身の上話をしてきたりする。そのザックスの顔が浮かんだとき、ふっとザックスの口から語られた言葉が頭を掠めた。 “俺の故郷のゴンガガはさあ…” 何もなくて、つまらない土地だと、そうザックスが言っていた。それはつい最近の話だ。以前からそんなことは何度も聞いていたが、そんなことを言う割にもう何回とそういう話題を出す辺り、ザックスはゴンガガという土地が結構に大切なのだろう。 そのことを思い出して、セフィロスはふと故郷の話などを持ち出した。 「お前の故郷は何処だ?」 それは今迄セフィロスが出した話題の中でも、一番クラウドのプライベートに関わる話題である。人によっては身の上話はゴメンだという訳あり兵士などもいるし、大体はそういうことは自ら聞いたりしないのが此処での暗黙の了解となっていたが、たまにそういう話題が出て故郷が一致したりするとそれだけで繋がりが深くなるという不思議なこともあったりする。だから話題の種としては少し微妙でもあったが、セフィロスはそれをすっと聞いてみせた。 「故郷は…」 その言葉を受けたクラウドは、少し目を伏せてそう口を開く。 「故郷は、ニブルヘイム。静かな村だったよ」 「ニブルヘイムか…あそこは確か…」 確かニブルヘイムには、神羅の魔晄炉があったはずだ。そして神羅屋敷というものもある。神羅所有の大きな館なのだが、今は確か使われていないという話だった。 それにしても神羅の手の回った土地であることは確かで、クラウドはそこの出身だという。別にそれがどうというわけではないが、そういった村で暮らしていて今神羅にいる少年が、何だか少し寂しい気がした。 「セフィロスの故郷はどこ?」 「え?」 「故郷。セフィロスはどこなの?」 「……」 そんな事は知らない。考えたこともなかった。 だから、 「故郷は、無い」 そう…答えた。 そう言うと、クラウドはさも不思議そうな顔をして首を傾げる。 「生まれたところが故郷だよ。あと育ったところだ。セフィロスはどこで生まれて、どこで育ったの?」 そう聞かれて、セフィロスは返答に詰まってしまった。 思えばそんなことを聞かれたのは初めてだった。今迄周囲の人間が幾度かそんな話をしていて、その中にいたのに、それでもそんな事を聞かれたことは初めてだったのだ。 己の故郷―――――――あっても無くても、問題ない。意味もない。だから考えたりしなかった。問題はいつだって現状であって過去ではない。故郷というのは大体において過去を表す言葉である。現状に平行して存在しているとも言えるが、そこを離れたことでそこが故郷になるのだから、過去といっても過言ではないだろう。 「考えたことがない。覚えも、無い」 最終的にそう言うと、クラウドはそれ以上は特に質問することなく、ふうん、などと納得をした。クラウドの質問の内容が故郷のことだったからか、セフィロスはつい考え込んでしまったものだが、良く考えると、そういった会話は思いがけないものであった。何故ならクラウドからの質問というのは殆ど在り得ないからである。多分、これが始めてだろう。 クラウドはセフィロスの問いに簡潔な答えを出すだけというのが普通だったので、これはあまりにも驚くべき会話だったということになる。しかしそれに気付いた時には、その話は終わっていた。 が、しかし。 その延長線上で、ふっと、クラウドはこんな話を始めた。 自ら、話し始めた。 「“故郷を失った人が帰る場所”がね、この世のどこかにあるって知ってる?」 「故郷を失った人が帰る場所?」 勿論、聞いたことも見たことも無い。 知らない、とそう答えると、クラウドはすっと笑った。 「俺も見たこと無い。俺はまだ故郷を持ってるから見れないんだと思う。でもセフィロスは故郷無いって言ったから…多分、行けるね」 良いな、そんなふうに言うクラウドに、セフィロスは首を傾げる。何が良いのかも良く分からないし、そもそもそんなものが本当に存在するのだろうか。 大体故郷を失ったというのとはまた違う。そして故郷を失った人間が一つ所に集まるというのもおかしな話である。 全くクラウドの言うことは意味が分かりかねる。 「ねえ、セフィロス―――――」 そんなふうにクラウドの声が響いて、セフィロスはふっとクラウドの方を向いた。 するとそこには、いつにも増して淡い、そして綺麗な笑みが…浮かんでいた。 その笑みに、吸い込まれそうになる。 目が離せなくて。 ゆっくりと開く口元を追って、その口から発せられる言葉を動きで捉えて。 その口は―――――――……
“おれも、いきたい。そこに”
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