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目をゆっくり開けると、そこには見慣れた顔があった。 何度も自分に訴えかけてくれていたその人の、顔。その顔は、クラウドが目を開けた瞬間にとても安堵した表情に変わった。本当に安心したという感じである。 それを見ながら、クラウドはゆっくりと微笑んだ。 それから、周囲を見回してみる。 耳障りな音が聞こえ、煌びやかな光が幾つも点灯していた。 この風景を知っている。 というより、元々これが現実なのだ。この酷い現実は、とても嫌だった。受け入れるなんてしたくなかった。それでも今この目に映るものこそ、現実なのだ。 あの長閑な風景は、どこにも無い――――――――。
―――――――耳障りな音。 それは、機械が止む事無く動き続ける音。
―――――――煌びやかな光。 それは、機械が動いている証明をする光。
―――――――回り始めたもの。 それは、いつもこの位置から見える小さな時計。
―――――――長閑で平和で辛いことも無い土地。 それは、優しい幻想で紡がれた理想。
―――――――大嫌いで絶対戻りたくないと思った都市部。 それは、重くのしかかる現実。
だから、そうだ。 どうやって出会ったかなんて、知るはずもなかった。どうして共にいるかなんて、知るはずもなかった。何故ならそこに出会いなんて無く、共にいない時間なんて最初から存在していなかったのだから。 あれは、幻想の理想的現実。 憧れ、その人と出会い、そして触れ合った―――――それでもその人は、裏切ったのだ。己の過去という重いものに、彼は溺れていった。そこにある幸せなど、その事実の前には脆いガラスでしかなかったのだ。 それが、とても悲しかった。信じたくなかった。幸せは、ずっと続くと信じていた。永遠に続く日常の、そして少し優しい現実の、そんな中の一つでしかないと思っていた、あの日のミッション。 たった一日。 そのたった一日が、全ての幸せだとか理想を奪い去り、そしてその人さえも奪い去り、そしてクラウドに残したのだ。 ――――――彼に、制裁を。 多くのものを犠牲にした彼に、それ相応の制裁を与えよと、それだけを現実の中に残した。 信じたくなかった。 今までずっとその人に持っていたものは、憧れや愛情や、そういったものでしかなかった。それ以外のものなど知らなかった。それでもその人の仕打ちを許せないと思う。 だから多分、その人を憎まなくてはならなかったんだろう―――――。 それでも、できなかった。 それが出来なかったから、優しい時間に戻りたかった。こんな現実は嘘だよと誰かに言って欲しかったのに、誰も言ってくれなどしなくて…耳障りな音が響いて、眩しい光が目に入って、時計はいつまででも時を流してしまうから。 だから、ほんの少しだけ――――――目を閉じただけだ。 『クラウド、大丈夫か』 目前でジェスチャーする人、ザックス。 ああ、この人がずっと自分に訴えてくれていたのだ。帰ってこい、と。この現実に。 そんなふうに心配そうな目を向けながら、自分を思ってそう言ってくれていたのに、一瞬でもそれを疎ましいと思ったのは、とても恥じるべきことだと思う。 けれど、それでも自分は優しい幻想の中とはいえ、セフィロスを選んでしまったのだ。 …ごめんなさい、許して下さい。 ――――――でも。 ザックスだけじゃない。セフィロスも、本当の自分も、この現実に引き戻そうと必死だったに違いない。 それは、過去の優しいセフィロスに他ならなかったけれど、それでも彼はいつも言ってくれていた。 目を覚ませ、と。 それでもまだ自分は長閑で痛みの無い場所を選んでいたけれど、それ以上に愚かしい事実もある。目を覚ませば分かる、そう言ったセフィロスの言葉の意味が、今になってやっと分かり、クラウドはそっと笑った。 優しいセフィロスは、過去。 自分を本物だと語ったセフィロスは、現在。 そうだ、本当にあの男こそセフィロスだったのだ。自分で幻想を作り出したくせに、やはり本物のセフィロスに惹かれ、そこに行こうとした自分。 それこそ、現実を選んだ証拠だった。 何であの言葉に従ったのか―――――――その答えは、分かっている。 それが、正しいことだったからだ。 幻想ではなく、現実にそびえるセフィロスに、それでも焦がれる自分だから。 「でも…言ってくれた…覚えてる…」 目を覚ませと、いつでも言ってくれたセフィロスは、多分この現実を見据えることを望んでいたのだろう。それでもたった一言だけ、それとは別の言葉を放ったことがあった。それは、ちゃんと覚えている。 “お前にはもう少し、眠っていて欲しかった” 「そうだ…そうだね」 あのまま眠っていたら、もしくは此処に帰ってはこなかったかもしれない。それでも、そう言ってくれたセフィロス自体が、まずその人ではないのだ。 それは、自分でしかないことくらい分かっている。過去に縋り付く自分が、もう戻らなくては駄目だと背中を押す裏で、ひっそりと思ったこと。 自分だ、それは。 セフィロスは自分の為に何もかもを捨てたりしたことはなかった。その反対が今の状況といえるだろう。 全部捨てたのは、自分の方だったのだ。 その人を得るために、その人との幸せを掴むために、全てを捨てたのは自分のほうだった。そんな自分を、自分自身で守りたいだけだった。それは間違いじゃない、意味の無いことじゃない、それが正しかった、だからそれを守ろうと――――――。 たった、それだけの真実。 『クラウド!』 そんな口の動きと共に、厚いガラスがドンドン、と叩かれた。それに気付き、はっとする。それからクラウドは、ザックスを見て、呟いた。 『ごめん、ザックス』 水槽ともいえる巨大試験管のようなその物体の中。その中で漬け込まれように隣り合った二人には、こうしてしか会話をする術は無かった。 こんな状況に晒した当の宝条という男は、そんな二人の有様を見ながらとても満足そうな笑いを漏らす。 せいぜい哀れみ合えば良いとでもいうように。 けれど、此処を脱しなければ、セフィロスを倒すという目的すら達成できない。だからまずは返ってきてしまったこの現実の中でしなければならないことといったら、この場から脱する事だった。 どうしたら良いか―――――それはザックスともずっと目で会話をしていた内容だったけれど。少しばかりは隙もある。というか、その隙くらいしかチャンスは無いだろうが。 そう思いながらクラウドは、良く分からないその液体の中で視線を彷徨わせる。 視線の先にあったものは、クラウドの眼を見開かせた。 「……」 それは、ザックスの所有している剣。バスタードソードだった。 まさか、と思う。 自分が自分に渡したあの剣は―――――――この、剣だった……。 「ザックス…」 選ばれた剣。 剣は必要であり、剣は持ち主を選ぶ。 その目的を果たすために。
クラウドはザックスを向き直り、そしてもう一度、笑う。 ザックスはそれに対して少し首を傾げただけだった。
ごめんなさい……
その未来に、謝罪を。
目をそっと閉じると、カラカラと回る風車が見える。 それは、とてもとても大きくて、雄大で、綺麗だった。 まるで幸せの象徴かのように感じていた。 完成した風車が、爽やかな風に揺れて回るのを見るとき、想うその人が隣で柔らかく笑ってくれていたら、どんなに幸せだろうと思っていた。 その人とそうして流れる時間を過ごせたら、どんなに幸せだろうと思っていた。 あの、奇妙な果実でも食べながら、一緒に笑えたらどんなに嬉しかったことだろう。 けれどそれは、閉じた瞳から溢れ出た、幻想の理想的現実。 その人は今、側にいなくて、自分は一人で、大切なものさえ犠牲にして生きていくのだろうけれど。 それでも風車は回りだしてしまったから、もう止められはしないだろうから。 時間は止められないから。 だからもう―――――。
もう目を覚まそう。
END
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