ヒトミヲトジテ

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後編

 

 

目が覚めると視界は暗かった。いつの間にか家に戻って眠ってしまっていたのだろうか。そう思ったが、しっかりと目を開けるとそうではないことが分かる。

視界に映ったそこは、見たこともない場所だったからである。

「…?」

思わず焦ってグルグルと見回してみると、どうやらそこはどこかの家らしい。しかし自分の家ではないことは確かである。勿論、セフィロスもいない。

何がどうなっているんだ?

そんな疑問を持ち、ゆっくりと今日のことを思い返してみる。

確か家を出て、あの剣を見て、それから男と話していて―――――そうだ、セフィロスの話をしたんだったろうか。そこまで思い出したが、その先がどうにも思い出せない。

結局、あの話の全貌すら分からないままである。セフィロスの過去や名声、それがどんなものなのか、それはちょっとした好奇心に他ならなかったのに。

やはりタブーだったんだろう、何故かそんなふうに思ってクラウドは俯く。しかしどうやら何か雑音がして、そうして浸るわけにもいかなかった。

最近では聞きなれなかった雑音が、妙に耳障りである。何だか嫌な感じだと思い、クラウドは腰を上げる。

しかし、それはまたしても強い力で抑えられた。

「なっ…!」

振り向くと、その腕の先には――――――。

「あ、貴方は……」

そこにいたのは、あの剣を売っていた男だった。男はまだ顔を見せないままに、ただ黙ってクラウドの腕を掴んでいる。その力はとても強くて、とても振り払えそうもない。

「離、せっ…!」

それでも強く腕を振ってみる。しかしやはり男の手は腕から離れることはなかった。

「…何をそんなに恐れているんだ?」

ゆっくりとした低い調子の声がそう響く。それは何だか今までと違って妙に恐ろしく感じる。それに加えて耳障りな雑音が、クラウドの頭をかき乱していた。

「嫌だ、…此処は、嫌だっ!」

暗い家の中でそのクラウドの声は反響する。少し怯えた調子のその声に、男は唇の端をすいと上げ、そして、どういう訳かすっと黒いマントを取り払った。

今まではずっと隠されていたその顔が、クラウドの眼の中にはっきりと映し出される。しかしそれは、とても信じられないものだった。

そこにあった顔は、あまりにも見慣れた顔だったから。

切れ長の眼と、薄い翠の瞳。――――綺麗な、長い髪。

「……」

あまりの事態に、クラウドは声が出せなかった。

目前にいるのは―――――どう考えてもセフィロスだったのだ。

「何で…セフィ、ロス…?」

とてもじゃないが信じられない。確かにセフィロスは自分と共に生活をしており、今は仕事をしているのである。あの、風車の復旧作業。しかし家の外はもう暗くなっており、今日のところはもう帰宅しているはずである。

ああ、駄目だ。そう思う。今頃きっと心配しているに違いない。

早く、早く戻らなければ。

混乱した頭の中でただそれだけが巡った。目前にいるのがセフィロスと同じ顔をした男だとしても、それは自分が生活を共にし想い合っているあの人とは違う。あの、自分の為に全てを捨ててくれた優しい人の元に戻らなければならない。

しかしそんな混乱するクラウドの側で、セフィロスの顔を持つその男はそっとこう言った。

「目を逸らすな。此処がどこか分かるだろう」

「知らない、こんなところ。それより俺、戻らなくちゃ…」

そう答えるクラウドに、その男はふっと笑う。

「戻る…?一体、どこに戻るというんだ?お前の返るべき場所など、どこにもありはしない」

そう言うなり、男はクラウドの腕を掴んだまま強引に窓際に引っ張っていった。窓の外はもう暗く、夜だというのが分かる。しかし窓際まで連れていかれて、夜は夜でも違うというのが分かりクラウドははっとする。

夜の闇に、眠らないネオン。

それは、あの平和な土地に戻る前にクラウドがいた都市部の光だったのである。つまり此処は都市部であり、あの土地からはもうずっと離れているということだ。

そうとなれば、この男に此処まで連れてこられたのだろうか。しかしそうだとしても何故そんな事をされるのか分からなかった。まだ二度ほどしか会ったことのないこの男に、そんな事をされる意味がわからない。

「俺、帰る…!」

今度こそ腕を振り払うと、クラウドは叫んで踵を返した。しかし、男はそのクラウドの後姿に疑問を投げかける。

「だから何処に帰るんだ」

「どこって、あの家だ!待ってる人がいるんだ」

「誰が待っているというんだ」

「誰って…!」

そう叫んでみたが、言葉はそこで途切れてしまった。何せ叫んだ相手の顔は、セフィロスそのものなのだ。待っている人はセフィロスであるはずなのに、その顔は正に今、すぐ目の前にある。

何だか妙に混乱する。そして、疑問が生まれた。それは良く考えれば何故今までそう思わなかったのか不思議なくらい、当然の疑問だったかもしれない。

クラウドはその疑問をそっと口に出す。

「あ…貴方は、誰…だ?」

良く見るとその男は、顔だけでなく背格好すらセフィロスと同じだった。何が違うといえば多分、その態度だろう。あまりにも優しく心配性であるあの人とは、違う。余裕に満ちた笑い方や、少し棘のある物言いは、何だか嫌悪感すら感じさせる。

その男は、クラウドのその疑問に、

「お前が一番良く分かっているだろう」

そう答える。

――――――まさか、と思う。その言葉の意味は何となく伝わるが認めたくない事実である。というか、そんな事がありうるのだろうか。

「セフィロス…なのか…?」

あの優しい笑顔と、目前の顔が重なる。あまりにも違う表情なのに、それはいとも簡単に一致する。とにかく訳が分からなかった。

もし目前のセフィロスが本物だというなら、あのセフィロスは何なんだろうか。それとも同一人物なのだろうか。しかし、過去の名声などの話を聞いていたクラウドには、生活を共にするあのセフィロスしか信じることはできなかった。

つい、首を横に振る。そんなことは有る筈がない、と。

しかし。

「信じられないなら良く考えてみるんだな。どういう出会いだったか、何故あの男と共にいたのか」

「何だと…」

答えながら頭で必死に良い答えを探す。それは当然、あちらが本物だという証明をするための答えである。しかしどんなに考えても、やはり出会いの記憶は無い。

それどころか、自分自身が何をしていたのかも分からなかった。それはセフィロスと出会うまでの自分の姿のことである。

「思い出せないか?」

ふっと笑う目前の男。それが視界に入り、クラウドは顔を歪めた。

このまま此処にいれば確実におかしくなる、そんな気がするのに動けない。金縛りにあったように身動きがとれない。

男は答えを出すようにクラウドに向かって言葉を放った。

「教えてやろう。あれは、セフィロスじゃない」

「な…にを――――!」

「理由が欲しいか?…簡単なことだ。セフィロスはこの俺だからだ。あれは、違う」

「……」

この男の顔を見たときから、それは可能性としてあったことだった。けれど、認めたくはなかった。

でも、ならばあれは一体誰だというのだろうか?

セフィロスの名を語る別人?

だとしても――――何故、こんなにも姿形が似ているのだろうか。

男はクラウドに近付くと、まだ信じられないといったような顔をしているクラウドの頬に、指を這わせた。それからすっと唇を重ねる。

同じ顔を持つ、別人。その人との口付け。

感触は同じだった。それでも感情は無い気がする。あの熱も無い。ただ、その人が“セフィロス”だという事実だけがある。それでも不思議なのは、嫌だとは思わないことだった。

拒否しなければ――――そう思うのに、それすらできない。似ているからとかそういう理由でそうできないわけではなかった。

それはとても単純な理由で――――できないのだ。

やがて身体が至近距離まで来ると、その余裕の笑みを浮かべる顔はクラウドの首筋に埋まった。耳に入り込む声は、全く同じようにクラウドの中に流れ込む。

「―――――お前が求めているものは、何だ?」

そう囁かれ、クラウドは動けないまま無意識に答えを出していた。

答えなんて、分かりきっている。

「……“セフィロス”」

それが答えだ、そう囁く声が聞こえて、それから先は男の望むままに身体を明け渡す。

真っ直ぐ見詰めた視界の先にあるのは、夜の闇。それは大嫌いな都市部の夜だった。それを真っ直ぐ見つめながら、クラウドは考えていた。

帰ってきてしまったのだ、と。

あれほど嫌がったこの土地に、帰ってきてしまった。

想うあの人を置いて、自分は一人その土地に戻った。この土地は、あの人が自分の為に全てを捨てた土地で、自分も苦痛を味わった土地である。そこで今、自分は、同じ顔の男に抱かれるのだ。

それを拒否すらできないのはきっと――――。

そう、それが正しいことだったからだ。

 

 

  

夜の闇の中で光る月。星。そして、なにより煌びやかなネオン。

耳障りな音。

閉じ込めたはずのその嫌な環境の中で、クラウドはそのセフィロスと名乗る男を受け入れていた。

全身をくまなく愛撫され、やがて下半身に鈍い痛みが走る。不思議とこういう時の手つきは似ていると思う。続く律動は、気絶寸前の感覚を思い起こさせる。

背中で揺れている髪の感触に、クラウドはくすぐったくなって腰を歪ませた。しかし実際はそれどころではない。突かれる感覚の方がずっと刺激的である。

「うっ…ああっ」

「どうした。いつものように名前を呼んだらどうだ」

クラウドはそれには答えずに唇を噛み締め、シーツをギュッと握り締めた。誰が呼ぶものか、そう思う心がそうさせるのだ。

でも大半はもう、認めてしまっていた。その人がセフィロスだということ。じゃああれは誰だったのかとか、そういう自然と発生する疑問は、何故かすっと消え去っていた。

ただ、悔しいから―――――だから名前は呼びたく無い。

今までの平和な生活が全部嘘だったと、意味の無いものだったと、そんなふうには思いたくないから。

「随分と健気なもんだ。そんなに大切か」

そう言って男は更に強く突き上げる。ベットがガタガタと揺れ動き、それは何だかやけに生々しく感じた。

「当…たり前、だ…っ」

「では、俺はどうだ。俺の事は?」

そう問われても答える術など無い。その人がセフィロスだと認めても、性格の全く違う彼に想いがあるかどうかは分からない。

たった一つ、名前だけの問題なのに。

「答えられないか」

そう言われた矢先、クラウドは後頭部の髪をグッと掴まれ、仰け反ったような格好になった。それはあまりに強い力で、シーツを握る手に知らず力がこもる。

無理に仰け反らされた背に徐々に鈍い痛みが発生したが、それと同時に、その不安定な体勢のまま無理に奥を突かれ、クラウドは耐え切れずに叫ぶ。

「ああ、あああっ!!」

違う、こんなのは。

そう思ったがそれも一瞬だった。

その強い刺激と共に、クラウドは気絶していった。

 

 

 

―――――もう少しだけ、眠っていたい。

そう思いながらも、クラウドはもう既に自分が目覚めているのを自覚していた。早く目を開けなければ、そう思う。何せ早く起きなければまた、セフィロスは何も言わずに仕事に言ってしまうだろうから。

しかし、そう思う中で誰かの声が響く。

“お前には、眠っていて欲しかったんだ”

そう優しく響く声がして、クラウドはふっと微笑む。

またそんな事を言って、置いていくつもりなんだ。言葉通りに眠っていたら、また一人ポツンと暇になってしまって困るというのに。

“クラウド―――――”

………分かってるよ、セフィロス。分かって…。

“クラウド―――――”

そう二度目の声がしたとき、クラウドは奇妙な気分になった。

何故なら、そうして自分の名前を呼ぶその男は確かにあの人であったはずなのに、それが今……姿を変えたからである。

――――――その姿は、自分の姿だった。

………!?

まどろみの中、自分を見つめながら自分の名前を呼ぶのは、金の髪と蒼い目を持つ自分自身。その自分は、ひどく悲しそうな顔をしていた。

そしてその“自分”は、ゆっくりと口を開く。

目を――――……

 

 

 

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