ヒトミヲトジテ

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 前編

 

 

 

ほら、もう目を覚ませ―――――――。

 

そんなふうに声が聞こえる。

瞼の裏で霞んで見えるその姿が誰なのかは、良く分からない。

ただ、いつもこの声を聞いているような気がした。

妙に安心する。優しくて、柔らかくて、とても……。

 

とても、温かいから。

  

 

 

「もう目を覚ませ」

はっきりそう聞こえて初めて、クラウドは目を覚ました。全部を開けるにはまだ眩しくて、少しだけ開けた目の隙から向こう側を見ると、そこには綺麗な顔があった。

ああ、なんだ。

あの声は――――そう思って安心すると、クラウドはまだ眠たげな目のままでその人に抱きついた。そして、寝起きの声でこう言う。

「おはよう、セフィロス」

言ってから当然のように軽いキスをすると、相手の首に手を回したままクラウドはまた目を瞑ってしまう。まだ起きるには勿体無いなどと思うから。

折角なら、このまま抱きついたまま、温かいままでもう少しまどろんでいたい。

けれど、そう思うクラウドに反して、相手はそうそう優しくはなかった。勿論、本当の意味合いで優しくないというわけではない。

単に、早く起きろというだけの話である。

「ほら、いつまで寝てる気だ。もう八時になるぞ」

「…も少し…」

「駄目だ。ほら、しっかり起きろ」

そう言って、セフィロスは結局クラウドを抱き起こすことになった。無理矢理ベットから引きずり出すと、その身体をひょいと持ち上げて床に下ろす。ひんやりとした床の感触に、ちょっと残念だなと思いながら、仕方なくクラウドは目をこすった。

どうやら、起きなければいけないらしい。

「んん〜!」

大きく伸びをするクラウドに、もうすっかり起きていたらしいセフィロスはテキパキと今日の事について語り始める。それは何だか日課になっていたが、セフィロスの語る内容はさしていつもと変わりはなかった。

今日はどこそこでこの作業をして、この時間には大体帰ってくる。それが大まかな内容で、仕事内容の進行状況についてが時々オマケみたいについてくる程度だった。ごく稀に、最近手に入れた仕事以外の情報を口に出すこともあったが、それはあまり期待できない。

この間は、近くに新しい店ができたらしいというから散歩がてらに行ってみたが、言われた場所から随分遠い所にあり、更にはまだ開店していなかったというオチがあった。

でも、それでもそうして何かしらの言葉をくれる事、それはクラウドにとっては嬉しいことだった。

「もう行くの?」

「ああ」

そうか、そう呟いて、クラウドは服を着替え始めた。そうしながら、

「俺も付いて行って良い?」

そんなふうに聞く。

セフィロスが出かけている間、クラウドは大体の場合、時間を持て余すことになってしまい、それは何だか退屈だったのだ。いつも付いていくのはさすがにいけないかな、と思い、たまにだけこうして一緒にその場に出かけたりする。

セフィロスは大概、悪い返事はしない。

だから、その日もやはり「ああ」と答えてくれた。

クラウドはその返事を聞きながら、少しだけ、笑った。

 

 

 

その家を後にして、クラウドはセフィロスと共にある場所を目指していた。それは、家から然程遠くも無い。大体が歩ける距離で、家からもそのシンボルは見えている。

緑豊かな土地と、風車。

その風車が台風の被害でほぼ全壊したのは、もう何ヶ月か前の話だった。その被害は凄くて、それを一通り元に直すのがセフィロスの仕事だった。それはほぼ簡単そうな内容に見えるが、それがそうでもない。何せ風車は高いところに取り付けられており、数といったら半端ではない。

その土地には何故か、風車が群れをなしていた。だから数字にすれば20はある。それを全て直し、ついでに建物をも直さなくてはならない。

当初その話を受諾したのはセフィロス自身で、敢えて繁華部から離れるような仕事に頷いたことにクラウドは驚きを隠せなかった。折角便利な土地にいるというのに、それを敢えて捨てるなんて、考えられなかったのだ。

繁栄する都市部では、何でも手に入る。何から何までが手に入り、望むものは揃っているという状態。けれど、それと同時に勿論、都市の嫌な部分が見えてしまう。それは仕方無いことだった。

極端な繁栄の裏には、絶対に犠牲になる何かがある―――それをクラウドも分かったいたからである。

とにかくそうして遥か長閑な土地にやってきたわけだが、今ではクラウドもそれに満足をしていた。最初はそれこそどうかとも思う部分があったが、二人きりの静かな生活もそう悪くない。何か物を仕入れるにはさすがに苦労する部分があったが、それでも二人で買いに出ることを考えればさして苦ではなかった。

そんな風に長閑な生活が続いて、もう何週間かが経っている。セフィロスの直している風車も半分近くは風に吹かれてカラカラとまわるようになっていたし、その後の作業も順調である。それは日に日に元の状態になっていき、それを見ながらクラウドは何だか時々悲しくなることすらあった。

全ての風車がカラカラと風に吹かれるようになったらば、この土地とも離れてしまうかもしれない。そう思うと、今度は今の生活が惜しくなる。

二人きりののんびりした生活。

誰にも気にせずに、二人だけで笑いあう生活。

とてもじゃないが、それを壊したくない――――そう思っていた。

とはいっても別に、この風車が完全に直った後に元の都市部に戻るなどとセフィロスが言ったわけではない。でもきっとそうなるだろうとクラウドは思っていた。

「皆、この土地の人は元気だよね」

そう言いながら、クラウドは道端の石を小さく蹴ってみる。コロコロと転がり、近くに流れる小川に流れ込むと、その石は軽いせいかその流れにのまれていった。

「そうだな。随分と違う」

頷いてそう言うセフィロスの顔は、どことなく優しい。それを見ながらクラウドは、嬉しくなってセフィロスの腕に手をまわす。セフィロスは少し驚いた顔をしたが、それでも何も言わないでいた。

「もうそろそろ着くな」

「うん、そうだね」

滅多に人が通らないのはきっと、土地が広いからだろう。人家間の距離が随分とあいていて、二人が住む家から隣の家まではこれまた随分と距離がある。そういうせいもあって、本当に人とすれ違うのはまれだった。だからこうしてくっ付いていても、さして問題は無い。

とても、温かいと思う。

しかしそうしていられるのも数分の話だった。

そろそろ風車郡が近付いてきて、その辺りに作業の人々が集まっている。それはほぼ土地の人間で、セフィロスのように遠くからやってきた人間はそう多くない。

土地の人は皆、もう既にセフィロスとクラウドの事を知っていて、それでもそれに何か文句をつけるわけでもなく優しく接してくれていた。

都市部にいた頃とその扱いは随分と違う。まずそうして男二人でいることに蔑みの眼を向けられることがあったからである。

勿論、理由はそれだけではなかったけれど―――――――――。

「クラウド。じゃ、行ってくるから」

「ああ。頑張って」

やんわりと解かれた手をそのままに、クラウドはセフィロスを送り出した。別段急ぐでもない足取りで群れの中に入っていくセフィロスの背中を見ながら、クラウドも別の方向に歩き出した。

帰るわけではなくて、その作業を見守るためにである。

少し離れた場所に、小さな崖があって、そこからは風車郡が良く見渡せるのだ。そのスポットはクラウドが探し出した穴場でもあり、未だに誰も来たことがない。

そこに座って見ていると、皆の作業の様子が良く見えてどういう訳か飽きは来なかった。少し前の自分なら、確実に飽きていたかもしれないけれど、どうやらこの土地に移ってからは心の持ちようも変わったらしい。

丁度そのスポットに辿り着いて、クラウドはそこに腰を下ろした。崖なので少し危ないとはいえ、そこに足を放り出すのは気持ちが良い。

そうしながら、クラウドは両手を後ろの方について空を見上げた。

快晴で、雲一つ無くて――――――とても温かくて。

「終わっちゃうのかなあ…」

独り言を呟いて、溜息混じりに笑ってみる。

あの都市部に帰ることになるのは、あとどれくらい先のことだろうか。作業はもう半分は終わっているのだし、もうすぐといえばもうすぐのような気がする。

帰りたくない。

ずっと、このままが良い――――――二人で、一緒に。

そう思いながら視線を風車の方に戻す。

視界の中では、幾人もの人が、風車を直そうと作業を始めていた。勿論その中にセフィロスの姿もある。

それは、とても和やかな雰囲気で、クラウドは知らず笑顔になっていた。

 

 

 

あれはいつの話だったろうか。

殺伐とした狭い部屋。部屋の窓からは眠らない夜を楽しむ人々の姿が見える。

とても騒がしくて、いつも眠れなかった。

それでも物を入手するには便利な場所で、そうそう文句を言っているわけにはいかない。しかし、一番辛かったのはそういう部分ではなかった。

周囲の蔑みの眼や、羨望の眼。

その視線が突き刺さるのがとても嫌だった。

例え言葉として出されないものでも、その視線だけで十分その人々の言いたい事は伝わってくる。それは痛いくらいに胸に刺さり、何度も何度も悩み苦しんだ。

このままいてはいけないんだ。

離れなくてはいけないんだ。

そんなふうに悩む日々が普通で、それは苦しいと思うのに、どこか心は麻痺していたのだろう。そうして悩む日々でも、何ヶ月かすれば心は何も感じないようになっていた。

目前で囁かれるどんな言葉にも、注がれるどんな視線にも、何も感じなくなっていたのだ。

それどころか微笑みさえ浮かべられるようになっていた。

それでも、揺るがなかったのは側にいたいという心だけで、それ以外は何もなくしていた。

要は、それだけが全てだったから。

 

 

 

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