眠れない夜に
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 何だか眠れない。
 視界に映る四角いタイルの天井を見ながら、クラウドは冴えた目を瞑ろうとしては失敗し、つらつらとそんなことを考えていた。
 眠れない。
 どう頑張っても眠れない。
 普通訓練なぞをした日は体もくたくたで、訓練後にどんなに元気に動いていようと寝につく時間には疲労がどっと溢れ出すものである。
 今日も変わりなく訓練をし、その後セフィロスと会っていたりしたクラウドは、いつもと変わらない日なのに何故こんなにも今日は眠れないのだろうと首を捻るしかなかった。
「変なの…」
 呟いて、ふと先程までのことを思い返す。
 つい一時間前まで、セフィロスと会っていた。
 セフィロスとは最近懇意になり、今日は初めて部屋に上がらせてもらったのである。ザックスによれば部屋に上がらせてもらえるというのは相当凄いことらしい。そんなことを聞いていたから今日の誘いを受けた時はすごく緊張し、勿論今日もずっと緊張していた。その緊張のせいでこの部屋に帰ってきたときには随分とホッとし疲労も溢れ出したものだが、今はそれもすっかり鎮まってしまった。
 部屋、すっきりしてたな。
 何だかふとそれを思い出した。
 セフィロスの部屋は妙にすっきりしていて妙に彩度が低かった。
 家具の一切はモノトーンで揃えられていて、余計な色味が無い。
 セフィロス自身も銀髪に黒の服といった調子だったから、青い服に金髪といったクラウドはその部屋で随分と目立っていた。それが証拠にセフィロスも、お前がいると部屋が明るく見えるな、なんて笑っていた。そう言われて何だか恥ずかしい気分になったクラウドは、もし次に誘われることがあったら押さえ気味の色の服を着て行こうなどと思っていた。
 髪は仕方がないから、せめて服くらいは。
「もう寝たのかな…」
 セフィロスはもう寝ただろうか。
 さっきから一時間しか経っていないからまだ起きているかもしれない。
「そういえば…」
 見つめた四角いタイルの中にセフィロスの顔を浮かべたクラウドは、その顔が笑みながらある言葉を発するのを頭の中で描く。
 それは今日セフィロスが言っていたことで、クラウドにとっては何だか信じられないような発言だった。
 "電話しろ"――――――――セフィロスは、そう言っていた。
 もしも何かあったら、遠慮無くこれを使えといって真新しい携帯式の電話をセフィロスはクラウドに渡したのである。
 それはいかにもセフィロスとの間だけの専用と言った感じで、電話帳には既にセフィロスの番号が入っていた。普段そういったものを使ってもいないし会社から配給もされていないクラウドは、その携帯が何だか妙に高価で特別なもののように感じられて一瞬躊躇ったが、それでもそれを受け取ると"有難う"と一言告げたものである。
 電話の名義は勿論セフィロスで、多分どれほど使ったとしても彼は何も言わないだろう。
 勿論そんなことはしないつもりだし、それどころかセフィロスにさえかけるなんてできそうもない。
 だってそれを使ったら、直ぐに繋がってしまうのだ。
 その為にあるのだから当然だけれど、何だかすぐに繋がってしまうことが妙に恐い気がした。
 きっと、緊張する暇もないに違いない。
「何、してんのかな」
 ふと無意識に呟いてしまってからハッと我に返ったクラウドは、ついつい発してしまったその言葉に何だか恥ずかしくなった。
 何をしているかなんて、何でそんなことが気になるんだろう。
 そんなことはどうだって良いことのはずだし、それを逐一知られるなんて相手だって絶対嫌な筈なのに。
 消えろ、消えろ、消えろ―――――…そんなこと考えるな!
 ギュッと目を瞑ってそう心の中で唱えたクラウドは、顔の筋肉がそのまま硬直してしまうんではないかというほどまでにそれを強めると、暫くした後にすっと目を開けた。
 それは思考が消えなかったからではない。逆に、消えなかったから。
「ダメだ…眠れない」
 それどころか一度考え出したらセフィロスが何をしているかが気になって仕方なくなってしまった。
 明日も早くもう寝なくてはいけないこの時間にとって余程どうでも良いはずのそんな些細なことが、やたらめったらと気になる。
 気になってくると今度はセフィロスの顔や声がやたらと鮮明に蘇ってくる。
 今日初めて見た表情とか、今日初めて言われたようなこと。
 今までずっと知っていた視線、今までずっと聞いてきた声。
 ともかく色んなものが交ざり合ってそれらが次から次へと浮かんでは消えた。
 何でこんなに思い出すんだろう――――――…?
 今迄だってずっとセフィロスには憧れてたけれど、こんなふうにやたらめったらと思い出すのは初めてである。
 しかしそれでも、今は多分こんな事をしているだろうという想像の範疇の姿は思い浮かばない。思い出せない。
 それは当然、クラウドにはそういった知識が無かったからだ。
 一人でいるとき彼がどんなふうにしているだとかそういうことは知らないから、だから思い出すなんてことは不可能だし、想像して思い浮べるにはその材料たる知識が足らない。
「…どんな人なんだろ、セフィロスって」
 考えてみれば、そんなことはよく知らなかった。
 ここ最近懇意になったばかりだから、まだまだ材料が足りなくてわからない。
 どんな人なんだろう?
 どんなことを考えるんだろう?
 どんなものを好んでどんなものを嫌がるんだろう?
 今まで見てきた彼だけではそれらはあまりに判断しがたい。そう思うと、普段見ている姿というのがいかに他人行儀であるかがわかる。
 普通に接して普通に、ああこの人はこんな人なんだと理解していることが、実はそれほど合っていなかったりするのはこういうことなのかもしれない。つまり、材料が足らないのだ。
 懇意にすればするほど材料は増えていくし、ソレは独自の材料になっていく。普通に接する中で感じ取っている材料なんていうのは結局ありきたりな安い材料でしかないんだろう。
 クラウドはチラとデスクの方を見遣った。
 暗い中だからハッキリとは見えないけれど、木製のデスクの上には今日セフィロスから貰った電話が置いてある。それはメタリックな体をしていて少し重みがある電話で、一回試しに見てみたところ性能は上々といった感じだった。
 あの電話を手にして、唯一登録されている番号にかけたとしたら…。
「何してるか、聞けるんだろうな」
 緊張する暇もなくセフィロスに繋がって、きっとセフィロスは今こんなことをしてこんなことを考えてたと教えてくれるに違いない。そうしたらばクラウドの気になっていることなど即解決だ。
 そう思うとそうするのが一番良いような気がするのに…やはりそれはちょっとだけ恐いと思う。だってそんな簡単につながってしまったら、今まで逐一感じていたものが馬鹿らしい気もするし、何しろ…バレてしまう。
 先程別れたばかりなのに何かを欲しがっている、そんな自分を。
「そんなの、ヤだな…」
 意地を張りたいわけじゃなかったけど、何だかそれは恥ずかしくて嫌だと思う。できるなら気付かれたくない。
 でも…。
「…」
 クラウドは暗い部屋の天井をじっと見つめたままそこまで考えると、少しした後、唐突にガバッと起き上がった。
 どうせ眠れないんだ、起き上がっていたって一緒だ。
 そう開き直ってそうすると、すべてが開き直ったようにデスクの上の携帯電話に手を伸ばす。暗い部屋の中ではそれは眩しいほどに光っていて、どんなに他の物が見えなくてもセフィロスのことだけは見えるとでもいうようにその人の番号を映し出す。
 見慣れない文字の羅列。
 それを見ながらクラウドは、とうとう通話というボタンを押した。
 そうする手は、それでもどこか震えているようだった。
 
 
 
 プルルル…。
 
 
 
 突如鳴り出した電話に、セフィロスはふっと思考を止めた。
 考えていたことといえば今さっきまで共にいたクラウドのことで、それはあくまで仕事とは関連のない個人的な思考である。
 その個人的な思考において少々浮かれたような表情をしていたセフィは、かかってきた電話に一気に気を引き締めた。
 こんな時間の電話など、緊急事態に違いない。勿論、仕事の。
 そう思ってディスプレイも確認せずに素早く電話を取る。相手が誰であろうと緊急であるなら同じだろうから。
 ――――が、しかし。
「もしもし」
 そう早急に応答したその向こうから聞こえたのは…。
『も、もしもし…』
「クラウド?」
 声を聞いた瞬間にそれがクラウドだと分かったセフィロスは、一瞬にして気が抜けたように体勢を崩した。先程一気に緊張を膨らませたせいか、どうやら無意識の内に背筋を伸ばしていたらしい。
『ごめん、あの…め、迷惑だった…よね?』
 電話の向こうの声は何だかおどおどとしていて、やたらと緊張しているのが分かる。それを汲み取ったセフィロスは、クラウドの見えない場所でそっと笑うと、
「いや、そんなことはない」
 とそう言った。
 そういえば先程クラウドに携帯式の電話を渡したな、などと思い出す。
 それを渡した時のクラウドは何だか驚いた顔をして、とてもじゃないけれどそんなものは弄れないといったふうに困ったふうな表情を浮かべていた。だからセフィロスは、彼がこの携帯式の電話を使って自分の所に電話などをかけてくるのは相当後のことだろうなどと思っていたのである。
 ところが、今、かかってきた。
 まだ数時間と経たない今この時に、その電話はかかってきたのである。
 そんなふうにおどおどしい声で、それでも一生懸命に言葉を繋いで。
 そんな些細なこと、それがセフィロスの表情を緩ませていた。
「どうした、眠れないか?」
『えっ!ど、どうして分かったの…?』
「もう時間は遅い。こんな時間にはお前は眠っているだろうと思ってな、だとしたら眠れないのだろうと思ったんだ」
『そっか。…うん、そう。何だか眠れなくて』
 眠れないからといって電話をかけるのは失礼かなと思ったけれど、何だかそうしてしまったんだと、クラウドはそんなことを続けざまに言う。
 それを聞いてセフィロスは、そうか、と少し笑った。
「今、12時だな」
『うん』
 時刻は午前0時。その日が終わり、次の日が始まるその時刻。
 その時に、今こうして話をしている。
 遠い場所にいるのに、たった一つの線が繋がっているだけでこうして語り合っている。
 眠れないなら、その人がそこにいないのは何だか寂しいから。
 だからこの僅かな線を、伝って。
「今はベットの中か?」
『うん。…あの、セフィロスは?』
「俺か?俺はまだ寝支度もしていない。くつろいでいる。…お前のことを考えていた」
『えっ!?』
 驚きを最大限に表したようにそう叫んだクラウドに、セフィロスは思わず声を出して笑ってしまった。だって、あまりにもおかしい。そんなちょっとした事だけでこんなに驚くなんて。
 でも、セフィロスの言ったそれは嘘ではなかった。それは本当のことで、この電話がかかってくるまでクラウドのことを考えていたのだから。
 電話の向こうで未だに、えっ、とか、あのっ、とかシドロモドロになっているクラウドに、セフィロスは落ち着いた声音にこう告げた。
「お前と会いたいと思っていた。おかしいだろう、さっき別れたばかりなのに?」
『…あ…あの…っ、俺もその…そう思ってたっていうか…』
「そうか。だったらお互い苦しい時間だったな」
 セフィロスはそんなふうに言って、けれど今この瞬間はその声を聞けるのだから幸せだ、などと口にした。
 それはクラウドにしてみればあまりにも信じがたい言葉である。
 だってあのセフィロスが自分に会いたいと言ってくれ、更には話せるだけで幸せだとそう言うのだ。まだそれほど親しくもないのに、何だかそんなのは信じられない。
 でも、こんなに嬉しい言葉なんてないから。
 だからそれは否定せずに受け止める。…ちょっぴりズルイかもしれないけれど。
「クラウド」
 そう呼びかけたセフィロスは、チラと自室の壁掛け時計を見ながらクラウドに告げた。
「時計を見てみろ、12時だな。あの時計が一周したら昼だが…そうしたらまた会わないか。明日は神羅にいる予定だからな。どうだ?」
『え、良いの?』
「ああ。それからまた一周したら夜の12時だ。そうしたら今度は…」
『…また電話しても良い?』
「ああ」
 クラウドに見えるわけでもないのに頷いたセフィロスは、口端を上げて「そうしよう」などと言う。
 時計が一周したら、会える。
 また一週したら、声が聞ける。
 たった一つの僅かな線だけれど、それが未来を繋いでいく。
 今この瞬間から――――――。
 
 
 
 眠れない夜は、貴方の声を聞こう。
 そうして未来の約束をしよう。
 貴方との未来が、ずっと眠らないように。
 
 
 
 END
 
 

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