「……馬鹿げている、な」

嘆息してブラインドから指を外したセフィロスは、部屋の中央に進み出てから腕を組んだ。

馬鹿げている――――確かにあのクラウドは馬鹿げた行動をする。しかし今の自分の行動もまた然りではないかと思える。

例えば、ブラインドの隙間から外を覗くこと。

何故そんなことをしなくてはならないのだろうか。それこそがもう既に可笑しい行動である。しかし半年もの間そうして同じ行動を繰り返していたのも事実で、そこから考えるともう既にそれは癖といっても過言ではなかった。

が、それは、裏を返せば……。

「あいつがそうさせたも同様、だな」

―――――――そう。

クラウドが本当にそこにいるかどうかを確認しなくてはならなかったから。だからそうして毎日覗いていたのだ。そしてそうする内に何故か、安堵していた。

ああ、今日もいる。

今日もちゃんといるではないか、と。

そんなふうに。

勿論馬鹿馬鹿しいと思う感情は消えはしなかったし、どちらかといえばそういった気持ちの方が大きかった。けれど、それを見て安堵していた自分もまた嘘ではない。

何故安堵などしたのか…そう考えるが、良く分からない。ただ、クラウドが本当に課題をクリアするかどうかは賭けと同じようなもので、その一種スリルに似たものに楽しさを覚えたのかもしれない。あの、儚げに自分の名を口にする少年の姿を見て。

クリアなどして欲しくなかったはずなのに、初めてそこまで辿り着いた人間を目の当たりにして戸惑ったのも事実なのに、それでも。

「…何故だ」

一体、何故。

何故、クラウドは――――――。

「何故、半年も…お前は何故クリアしてしまったんだ。馬鹿が」

二度目の溜息が漏れる。

呆れや疲れが全面に押し出された、それでも少し悲しさを秘めた嘆息。

人と触れ合いたいわけじゃない。

側にいて欲しいとも思わない。

温もりなど感じたいとも思わない。

今でも変わらずそう思うのに、何故クラウドに対してそんな微妙な感覚に陥るのだろうか。完璧な答えは分からないが、ただ、そうして口先だけで望みを訴えてきた人間達に比べ、クラウドは遥かにセフィロスに対して忠実だった。別段忠実さを求めているわけではないが、そこまでの執着心は新たな可能性をセフィロスに提示するだけの力があったということだろう。

何故そこまでして、と。

セフィロスに何があるのか、そこまで執着し自分をすり減らすまでの何があるのかを、クラウドの行動は着実に答えとして導いていた。

部屋の中央で考えに耽っていたセフィロスは、もう一度足を窓辺に運ぶと、ブラインドをすっと指で押し上げた。

隙間から見えるのは、何もない外の景色。

「……俺は何をしている?」

もうそこには、クラウドはいない。

だって彼は今、第二の課題を着実にこなしているのだから。

 

 

 

ブラインドをすっと押し上げること。

結局それを毎日止めることができなかった。

半年という月日の中で出来上がった癖ともいえるその行動の裏に、何があったのか…多分自分は知っているのに知りたくないと思っていた。

けれどその事実を自分自身で認知してしまえば、必ず後悔する。

何故ならもう、始まってしまったのだから。

第二の課題は、始まってしまったから。

着実にこなすクラウドを、もう止めることなど――――――…。

 

できない。

 

 

 

 

ブラインドを開ける。

 

その先に、クラウドの姿はない。

 

けれど幻は見えていた。

 

彼はそこに佇んで名前を唱えていた。

 

“セフィロス”

 

そう言った儚げな顔をした少年。

 

彼は今、自分を忘れようと必死でもがいている。

 

例えブラインドを開ける癖が抜けなくとも、

 

彼は望みの為にすべてをクリアにしてしまうだろう。

 

 

 

 

第二の課題に期限は無かった。だからそれがクリアできたかどうかを推し量る術は無い。しかもその課題の内容はといえば「忘れること」だったので、事実忘れてしまえば確認することすら馬鹿らしいことになる。

半年間、通い続けた。

そしてそのまた次の半年間、言葉も交わさなかった。

ソルジャーの一人であるセフィロスと、一般兵であるクラウドが遇に出会うことというのは中々無い話である。だからかつてクラウドがリアクションを起こしたように、どちらかがどちらかを尋ねなくては事の真相は明らかにはならないという具合だった。

しかし、セフィロスにはそれを実行に移すほどの情熱など無く、結局クラウドが尋ねてこない限りはその課題がクリアされたかどうかを判断する術は無かった。とはいっても課題の内容は正にクラウドの行動を制限する内容であるから、それも難しい。

このまま闇に流れればいい。

最初からこの話など無かったことにすればいい。

そろそろセフィロスはそう思い始めていたが、しかし部屋でブラインドを開けてしまう瞬間だけは自ら確認したほうが良いのかどうかを考えることとなった。

しかし、偶然というのは存在しないわけではない。

例えば廊下のすれ違いや、ある集まりの席など。

中々ないはずの自体が、起こることもあるのである。

 

丁度セフィロスが小用で兵舎を通ったとき、それは起こった。

向こう側から見える小さな影、それが目の中に入りセフィロスは一瞬動きを止めた。

あれは…もしかすると。

そう思ってその影がはっきりとした姿になるまで待っていると、時が経つと同時にその影は期待通りの姿を見せた。

金髪に青の眼。

特にこれといったふうでもない表情をして、彼はこちらに歩いてきていて、向かう方向にセフィロスの姿があることなど目に映っていないかのような感じである。

その様子をじっと見詰めていたセフィロスは、丁度自分の横に彼が重なったとき、小さな声を発した。

多分その言葉は、その金髪の少年が望んでいた言葉の一つだったのではないだろうかと思う。とても単純なものだったけれど。

「クラウド」

そう名を呼ぶと、金髪の少年はすっと立ち止まった。それからゆっくりセフィロスの方を振り向くと、その目をじっと見つめる。

久々に見たその顔は、何だか今迄見た中で尤も少年らしい気がした。事実年齢を考えればクラウドというのは成人にも満たないのだから当然といえば当然である。しかしあの課題を与えたときや、自分の望みを語ったときのクラウドはその実年齢とは少し離れた、少し大人びた顔をしていた。きっとそれは苦悩や辛苦が見せた幻想だったのだろう。

「何でしょう」

他人行儀にそう答えたクラウドに、セフィロスは静かにこう聞く。

「課題は、クリアできそうか」

「課題…」

そう言われてクラウドは少し止まったが、しかしすぐに口を開くと、こんなふうに言葉を発した。

「意味が分かりません。それに…」

とても不思議そうな顔。

小首を傾げて、とても純粋そうに。

 

「それに、貴方は誰ですか?」

 

とても純粋そうに、彼は見知らぬ他人にそう聞いた。

 

 

 

 

斜光が強いからと、部屋の窓にブラインドをつけた。

隙間からそっと覗くと、その先にはいつも彼が見えていた。

その姿を確認しながら、そっと視線を外す。

たったそれだけの作業。

たった一秒ほどの話。

それが、この心を安堵させていた。

彼がそこから消えても、同じように確認し同じように安堵をしていた。

けれど今、かつてそこに立っていた少年は自分の事すら知らない。

自分が与えた課題は少年の心を縛り、心を縛られた少年はブラインド越しに安堵感を与えた。それは何でもない真実の想いをのせた儚げなメッセージ。たったそれだけのことが一瞬の隙に、ブラインドの隙間から部屋に流れ込んでいた。

しかし自分の与えた最後の課題は、縛られた少年の心をかき消してしまった。

そうして残ったのは、過去の安堵と、今の虚無感。

もう此処には、誰もいない。

ただ見えるのは、あの時のメッセージと、それに気付かされた自分の心。

とても皮肉だと思う。

何故、とそんな疑問だけが渦巻いていた時はまだ幸せだったはずだ。自分が苦しくて理解できない方がまだ楽だった。

 

クラウドに忘れられた今だからこそ、多分今はクラウドを見ることができる。

こうなったからこそ、初めてその感情やメッセージと向き合える。

 

 

 

指で押し開けたブラインドの向こう―――――今は見える。

“クラウド”

そう儚げに呟いている自分の姿が。

 

 

 

END

 

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