ブラインド

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斜光が強いからと、部屋の窓にブラインドをつけた。

隙間からそっと覗くと、その先にはいつも彼が見えていた。

その姿を確認しながら、そっと視線を外す。

たったそれだけの作業。

たった一秒ほどの話。

それが、この心を安堵させるなんて、認めたくは無い。

 

 

 

好きだと告げられたのは、初めてではなかった。今まで男女問わず、幾度もそんなような言葉を投げかけられていたし、それはもう既に本来の意味を失ってセフィロスの心に伝わっていた。

どんなにそう言い寄られても、応えはしない。そういう主義だ。

誰かを独占することや独占されることは、セフィロスにとっては正にタブーだった。というよりか、それは耐え切れないことだった。そうして誰かの所有物になることや、誰かを保有することは、結局重荷になると知っていたからである。

昔、何とも思っていない人間に、やはりそう言われたことがあった。だから、何ともなしにそれに応えてやったのだが、その結果は散々だった。何かあればすぐに喧々囂々と言い争いになり、見切りをつけようと思えばそれはそれで泣き縋られる。

一体どうしたいのか、それさえもハッキリしない。

だから、そういう鬱陶しい関係は既に懲りていた。それ以降は、それを繰り返さないためにも誰の言葉にも応えることはしなかったのだが、それでもやはりそういう言葉は絶え間なく生成される。

その言葉をどれだけの重みを伴って発するのか――――――――セフィロスはそれを計るために、そう言い出す人間にそれぞれある課題を与えては切り離した。

その課題とは大概が無理難題だった。

例えば、どういった事情があろうと呼び出せばすぐに来ることだとか、特定の大切な何かを捨てろと強要すること、そして戦って勝てなどという、およそ不可能な話まであった。そういう篩いにかけることで切り離された人間は数多い。

そうして彼らは大概去っていくので、その後は綺麗さっぱりと何も無かったように振舞える。

けれど、それに耐えうる人間がいた場合――――――その振る舞いもまだ変わってしまうのである。

それが、正に今の状況だった。

今回出した課題は、“半年の間、毎日通い続けること”だった。

これは至って単純なことのようにも思えるが、実際は酷く辛い試練のようなものである。天候に関わらず通い続けること。しかもその通うというのには少し言葉のアヤがあり、実際にセフィロスが家の門を開け放つことはない。だから、そのドアの外で、じっと待つしかないのである。

その場所に来てもセフィロスに会うことはない、それでも半年間ずっと通えという。

その無理難題を今なお実行しているのは、クラウドただ一人だった。

セフィロスがそれを確認するのは、窓につけたブラインドの隙間からであり、それはクラウドには見えはしない。だからクラウドは、セフィロスが自分の存在に気付いているのか否かを確認する術もなく毎日そこに来ては数時間佇んでいたのだ。

ドアに触れてはいけないという事になっているから、だから訪ねるというわけにもいかない。

その中で。

「セフィロス…」

そう呟く口の形が、克明に見える。

「……」

何をそんなに望むのか、セフィロスはそう思いながらそれを見つめていた。

今までそこまで強く近付いてくる者などいなかった。何故そこまで固執といえるほどまでに、与えられた行動を続けられるのか。それすら理解できない。

それが、クラウドの利益になるとも思えないのに。

ブラインドに背をつけて、セフィロスは腕を組んだ。

このままでは、いつかクラウドはセフィロスの与えた課題をクリアしてしまうだろう。そうなったら困る。元々クリアできないようにと与えているものなのだから、それをクリアした後のことなど考えもしていなかったのだ。

過去にそのような前例はなかったから。

だから―――――――。

「俺に何があるというんだ…」

人と触れ合いたいわけじゃない。

側にいて欲しいとも思わない。

温もりなど感じたいとも思わない。

それなのに、それを逆に求める者がいる。そうあれと言わんばかりに、行動する者がいる。ある意味それは、セフィロスの中では脅威ともいえる。自分には無いほどの感情を持つその存在は。

そんなふうに思考しながら、セフィロスは次なる試練を考えていた。

一つクリアできたからと言って、それに応じようとは思わない。だったら、また何か新しいものを与えれば良い。今度こそクリアできない重大な課題を与えれば言いのだ。

それはやはり、難問だった。

 

 

 

半年間通いました、そう言ってクラウドが自分からセフィロスに話しかけたのは、本当に丁度半年過ぎたその日の午後のことだった。

この半年間、神羅内で会ってもセフィロスは無視などを決め込んできた。だからそれは、話すことすら半年振りという凄まじい状況である。その間クラウドはセフィロスの事を考え、与えられた課題を実行してきた。しかしセフィロスの方はそれを考えずとも良かったわけで、それは非常にクラウドにとって心の痛む課題だったといえるだろう。

しかしその苦しい期間もこれで終わった。

これが終われば何になるという詳しい話など実は最初から何も無かったが、きっとそれを実行できた暁には何らかの喜ばしい事態が待っているのだろうとクラウドは思っていた。だからこの報告をした時のクラウドの表情は、幾分か嬉しそうで。

物陰に呼び出されてその報告を受けたセフィロスは、その少し嬉しそうなクラウドの顔を見遣りながら腕を組んだ。それから壁に背をもたれると、

「だから何だ」

そんなことを言った。

「…え?」

驚いたようなクラウドの顔。

「だから何だと聞いている。お前が半年間俺の下に通ったからといって、それが何になる。それがお前の気持ちの証明か?」

急き立てるように途切れずそう言ったセフィロスに、クラウドの表情は段々と翳っていった。まさかそんなふうに聞かれるとは思ってもみなかった。単にそういう課題を与えられたからそうしたまでであって、それに全く意味がないふうに言われるなど…クラウドにとっては信じられないことである。

だから、少し震え気味の声で言う。

「じゃあ…あの、どうしたら良いんですか」

もうその言葉の先に、どうしたいという意味合いなど消えていた。こうなりたいから、この言葉を口にする――そんなふうには考えられないままにクラウドはその言葉を口にする。

セフィロスはそう言われて少し体勢を立て直すと、ではこうしよう、とある提案をした。

また一つの、課題。

「俺を、忘れろ」

「―――――…え?」

何を言っているのか、そう訴えるような顔をしてクラウドはセフィロスを見遣った。

当然である。

好きだからその人の期待に応えようと思うのに、その理由の消失が課題など…まさか考えられない。どうしたい、どうなりたいという希望すら忘れてしまうくらいに課題に忠実だったというのに、この仕打ちは何だろうか。

忘れろ、だなんて―――――――在り得ない。

しかしセフィロスはふっと笑いを漏らすと、どうしたできないのか、などと言いながらクラウドを見おろす。常識から考えればそれはできない事に決まっているし、そもそもナンセンスな話なのだから「できるはずのない」話に違いない。

しかしセフィロスがどのような思惑を抱いてそう言ったかはともかくとして、とにかくそれはクラウドに提示された新たなる課題に違いなかった。

例えどれほど、おかしい話であったとしても。

「…分かりました」

少し唇を噛むようにして、押し殺したような声を振り絞る。

「努力、してみます」

そう言い切ったクラウドを見て、セフィロスの方は笑いを消した。セフィロスはこの課題がいかに間違っていて、相手に酷なものかを良く理解している。理解した上でそれを課題としたのだ。

しかしまさか、本当にその課題を実行しようとするなど―――――考えてもみなかった。

忘れることは、失うこと。

まだ手に入れてもいない相手ならば、失うものとは“相手への想い”である。

その想いの為に行動しているのに、それを消せという命令と同意の課題を、クラウドは実行すると言ったのだ。在り得ない話である。

しかしセフィロスはその事についてフォローを入れることはなかった。

ただ、そう決意したクラウドを見遣りながら、混沌とした己の心の中を彷徨っていた。

―――――――馬鹿げている。

「そうか。では課題をクリアできることを楽しみに待っている」

無表情でそう言い放ったセフィロスは、そのまま身を翻すとその場を去っていった。

クラウドに背を向けている間、背中にまるで目でもついたように、何か強いものを感じていた。

 

 

 

馬鹿げている。

あんな課題に首を縦にふるなど―――――あまりにも馬鹿げている。

けれどそれは、セフィロスの心の中に強いインパクトを残した。

 

 

 

今迄近付いてきた者は、課題に打ち勝つことすら出来なかった。それは勿論クラウドにも与えた第一の課題である。課題の内容は様々だったが、レベルはあの程度…つまり生活的にクリアが厳しかったり、ほぼ不可能に近いことだった。今回の第二の課題もまた不可能に近いという意味では同様だったが、しかしあまりにもナンセンスであるから、やはり第一の課題とは意味が違ってくるだろう。

今迄、誰一人としてクリアしなかった。

第一の課題さえ、クリアできなかった。

クリアができないから、望むものを手に入れられないまま彼らは去っていったのだ。セフィロスの側に寄ることさえ断念し、そして去っていったのである。

それなのにクラウドは違う。

第一の課題をクリアし、そして更に望むものを手に入れようとする。それは正にセフィロスにとっては脅威である。

そこまでして何が得られるのか。

そもそもクラウドや、それ以前に課題に断念した人間達も、セフィロスの本質というものを知らないままにそうした望みを持つわけで、それはセフィロスにとって到底理解できないものだった。ほぼ90%は未知である己に対してそこまで強い思いを抱くのは、大体はメディアによる情報が元であろうと思う。メディアというのは誇張が上手い。だからこそ、セフィロスが一振りで一人の敵を倒そうともそれは、一振りで何百という敵を倒した、というおよそ間違った情報となって皆に知れ渡るわけである。

間違った情報が、間違った感情を抱かせる。

“強いから”

“貴方のようになりたくて”

――――――聞き飽きた台詞である。

しかしその単純な感情が結局は更に間違った感情を運び、結果、セフィロスという人自体を手に入れたいと思うようになる。しかしその流れこそ間違いだとセフィロスは思うほか無かった。

そこまでして、何故。

そうとしか思えない。

「馬鹿げている…」

そう呟きながら、セフィロスは徐にブラインドに手をかけた。

細かなブラインドを指で小さく押し開け、その隙間からそっと外を眺める。

――――――――そこには誰もいない。

「……」

半年の間、いつもそこにあった姿は、今はもう無い。

そこに佇んで、音にならない言葉を発していたあの姿は…もう。

“セフィロス”

そう、口でなぞっていた。

「……」

雨の日も、強風の日も、いつもそこにいた。

そこにいて、この部屋を見ていた。

課題をクリアする為に、望みをかなえる為に。

いつも――――――――……。

 

 

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