その日の事をそんなふうに思い出して、クラウドはすっとセフィロスの方を見遣った。

あの日の事を思い返すと、さすがに後悔がある。けれどそう言った自分自身が全て悪いとはやはり思えなくて、それはどこか矛盾して心の中に滞っている。

「あの質問をそのままって…どういう意味?」

大体想像はつくけれど――――敢えて口に出してそう聞いてみると、セフィロスは静かな口調でこう言った。

「あの日お前は言っただろう。自分の為に何かをしてくれるのか、と。それを俺もまたお前に聞いてみたいんだ。お前は俺に何かをしてくれるのかどうか」

「…する、よ」

好きなんだから当然だ、そう思いながらも少々弱気な声でそう答える。

例の日、セフィロスにあんな事を言った裏には、勿論自分の逃げ場があった。というより、あると思っていた。それは、自分はセフィロスとの時間を楽しみにしていたし、もっと楽しく思えるように考えてきたから。それに、悩みだってキリがなかった。だから、セフィロスに比べれば自分は絶対にそんなふうに言われるはずが無かったのだ。

それなのに。

クラウドの言葉に、セフィロスはやっと笑いを浮かべた。しかしこの状況からするとそれはどうも良い意味ではなさそうである。

「ではこう聞きなおそうか。今まで…今まではどうだ?これまでの間にお前は俺に何かをしてきたと、そうはっきり言えるのか?」

「言えるよ。してきたじゃないか、俺はいつだって…」

「“焦った”り“悩んだ”り、か?」

早々にそう言われて、クラウドは言葉に詰まった。それは正に言おうとしていた言葉の一部で、セフィロスに言われるとは思ってもみなかったものだった。

クラウドが何も言えないままでいると、セフィロスは真面目な顔つきに戻って、

「それがお前が勝手にしていることの一部だろうが」

そうハッキリと言い切った。

それはあまりにも衝撃的な、言葉。

今までセフィロスはそういう痛い言葉一つかけてくることがなかったし、いつだって反論ということをしなかった。だからいつでも冷静でやる気というやる気が無いように見えたのである。

それが今は違う。

「今回の事…つまりこの傷だ。この背中の傷ができたことでお前はそれこそ焦ったんじゃないか?今回の事でお前は何かしら感じただろう。でも今までお前が“してきた”筈のことで、俺が何か感じたと思うか?そんなものは微塵も感じなかったが」

そこまで言われて、消沈気味だったクラウドもさすがに反論した。

「それはセフィロスがそういう態度だったからだろう?」

「違うな。お前が心の中で何を思おうが勝手だ。だがそれが俺に届くか?口にも出さず行動にも示さずに何を分かれというんだ。いざ言葉に出したと思えば、今度は随分と皮肉だしな」

「…いけないのかよ」

溜まりきって、耐えられなくなったから…だから言ったのに。

「だからクラウド。お前が俺の為に何かをできるというなら、証明してみろ。行動で」

俺の証明はこの傷だろうしな、そう言いながらセフィロスはクラウドを直視した。

突然の立場逆転。しかもクラウドにとっては分があまりにも悪い。散々反論された挙句に、クラウドの感覚では分からなかった“証明”をしろとセフィロスは言うのだ。

行動での証明…確かにセフィロスの背中についた傷はそれに当てはまるだろう。何せセフィロスはクラウドを庇ってその傷を受けたのだから。

しかしそんなふうに傷を作るほどまでの証明は、クラウドには到底出来なかった。だって力に差がありすぎる。そんなに重いものを先に提示されて、じゃあ次はお前だと言われても、それ以上の行動ができるとは思えなかった。

けれど―――――――悔しかった。

だから証明したかった。どんな手を使っても。

セフィロスに分かってもらう為に。

「分かったよ」

クラウドは強い目でそう言うと、もう一度確認するように同じ言葉を口にした。その視界の中に映っていたセフィロスは、少し目を細めていた。

 

 

 

出逢った頃、セフィロスが言っていた言葉を思い出した。

それこそ絶対会えないだろうと思っていたセフィロスを目にした日、それは新しく神羅に入った兵士全員が説明などを受けていた日だった。大勢が集まる中、その後ろの方で退屈そうに立っていたセフィロスはその説明とやらが終わった瞬間にその場を立ち去った。多忙であるのに「立ち会え」と言われて嫌々そこにいたのだから、それは当然の行動である。しかし大概の人間がセフィロスという人を知っている上、更には憧れていた。

結局そんな状況の中で、何人かの新入り兵士はセフィロスを追いかけたりしたのだった。が、その中にクラウドはいなかった。本当は行きたかったけれど勇気が無かった。格好いいとはいえ一見して恐い雰囲気を纏っているセフィロスのこと、近づける方が余程不思議である。

だから、少し遠くから見ていた。

そっと、影に隠れて。

 

“英雄セフィロス、自分はあなたに憧れて入社しました”

 

張り切った兵士の一人がそう言い、他の数人がそれに続く。

けれどセフィロスはそれを一瞥すると、

 

“…悪いが。使えない奴は邪魔なだけだ。それ相応になってから話しかけるんだな”

 

そんなふうに言ったのである。

みるみる内に兵士達の顔が凍りついたのは言うまでも無い。しかしその人は英雄とまで呼ばれる人なのだから、そのくらいに思われても仕方無かったのだろう。確かにセフィロスの言うとおり、今の段階での彼らは戦力になどならないのだから。

 

駄目だ、一生無理だ。

クラウドは一人そう思っていた。

自分はセフィロスに話しかける勇気すらなかった。そんな自分がセフィロスに認められるほどの人間になるのは到底不可能に違いない。そう思ったから、セフィロスに憧れてはいるものの、どこか諦めのようなものが膨らんだ。

到底叶わない――――――セフィロスにも、あの兵士達にすら。

そんなふうに思ってきたクラウドがセフィロスと話せるようになったことは、だから奇跡に近いことだったろう。大勢いる中の一人。それが自分の位置だったのだから。

それでもチャンスは巡ってきた。

ソルジャーの演習などを見て、実践などをやらされた時。たまたま当ったソルジャーがザックスで、そのザックスは演習後もそれなりに付き合いを続けてくれた。それはクラウドに限ったことではなくて、もしそれがクラウドでなくともザックスはそうしていただろう。

とにかくそんなザックスの隣にいたことでクラウドも普段の訓練の事などを気軽に相談できた。そこから先は良く分からないが、どうやらザックスからそんな話がセフィロスに渡ったらしい。

だからセフィロスの中のクラウドは当初、見込みのある奴、という事になった。それはそれで運が良かったが、さて実績はといえば胸を張って言えるようなものでもなく、結局セフィロスはその事実を知らないままにクラウドという人間を見るようになった。

嬉しいけれど、恐ろしいほどのプレッシャーである。

だから最初は、それこそ頑張っていた。というより頑張る振りが必要だった。どうにかして、頑張っているように見せる…例えそれが事実ではなくとも、である。そんな姿から仲が進展したわけだが、それなりの仲になったらなったで、今度は気が抜けてしまった。

そもそも最初から“振り”だったのだ。だから気を抜いたらそれで全ては普通に戻ってしまうのである。

結果的にクラウドは標準の人間に戻っていき、セフィロスはそれすら知らないまま過ごすことになった。しかしそれでも問題は無い。何故なら認識はそういうふうに確立されているし、関係が関係なだけにそんなことより大切なものが出来上がっていたからである。

だけど。

“それ相応になってから話しかけるんだな”

そう言ったセフィロスと、

“俺のために何かしてくれるのか?”

そう言ったセフィロスは同じ人物で、どちらにしても納得してもらわなければならないというのは同じ。

それ相応の人間なんかではないと、本当の自分は知っていたから――――だから思ったのだ。

 

もしかしたら、見てもらいたくて“好き”と言い続けているのかもしれない、と。

納得して、認めてもらいたくて。

 

そうしてもらうには、セフィロスのした証明以上の“証明”をしなくては。

 

 

 

その日の午後、神羅本社で用を済ませたセフィロスは、その建物から出ようと身支度を整えていた。セフィロスからしたら馬鹿みたいなものでも上司というものがいる。その彼らに月次報告などをしたのは良いものの、更にその他の世間話に付き合わねばならないのは少し憂鬱なことだった。

しかしそれも順調に聞き流し終えると、セフィロスはやっと本来の職場に戻れると安堵の溜息を漏らす。

受付を通り抜け、ドアをすりぬける。

その時。

「お、セフィロス。お疲れさん」

「ザックス?」

妙なところで会うものだ、そう思いながらもセフィロスはその人物を見遣る。本社で会うなんて事は今までまず無かったし、大体ソルジャーは殆どこの本社には足を踏み入れない。護衛関係の仕事が入ったときくらいだ。

「どうした。お前が此処に用があるなど…あまり考えられないが」

本当に不思議に思ってそう聞くとザックスは、またまた、などと言いながら笑う。

「俺だってたまには来ますって、此処。ほら、先月言ってただろ?ジュノン支社が何たらっていう話。それの審査にかかっちゃっててさ」

「ああ…ジュノンの」

そういえばそんな話が先月から出ていた。それは神羅のジュノン支社というのを立ち上げるのに、派遣のソルジャーが必要だとかそんな話だった。そちらにもそれなりの設備を整えたいだとか言う話で、だったらソルジャーの屯所も二分しようという構想なのだ。

審査があるというのは、つまりそれが選び抜かれた少数だけを異動させるということなのだろうが、ザックスがそれに持ち上げられているというのは知らなかった。

「本当はミッドガルが良いんだよな…だからなるべく落ちるようにしたいんだけど」

「また…昇進できるかもしれないんだから少しは真面目にやっておけ」

ザックスは手をひらひらさせながら、無理だって、などと言う。

「ジュノンなんかつまらないって。そういや、一般もいくらか異動らしいぜ。ま、それはほぼ警備だけど」

「ああ、そうだな」

とはいえまだ構想状態の支社のこと、それほどリアルな話に聞こえない。それにセフィロスにはその話はほぼ関係がないことだった。セフィロスは本社の方に残ることになっていたし、重要な仕事はほぼミッドガルで処理される。

ふと腕の時計を見遣ったセフィロスは、顔を上げるとザックスに軽く手を上げた。

「では、俺はこれで。お前がミッドガルに残ることになったら、また知らせてくれ」

「はいよ。ま、残るようにするけどな」

全く埒のあかない奴、そんなふうに呟いて少し笑うと、セフィロスはすっと歩き出した。

しかし、その後姿にザックスは思い出したように声をかけてくる。

「あ!そういえばさ、一般でクラウドも推薦受けてるって言ってたぜ?」

その言葉が耳に入るなり、セフィロスはピタリと足を止めた。

今のは…幻聴だろうか。

クラウドがジュノンに行く――――――そんなことを言ったような気がしたが。

振り返ったセフィロスは、訝しげな表情になってその言葉に返答をした。

「…クラウドが、推薦を?」

それはまさか信じられない話だった。

確かにクラウドは、出逢った当時からそこそこの成績だったとセフィロスは記憶している。その後は何だかんだと関係ができてしまったことで、あまり訓練や仕事のことで会話をすることは無かったが、多分そのままを維持しているものとセフィロスは思っていた。だから、そういう事実から考えれば推薦を受けるのも本来なら頷ける話である。

しかし、一般兵というのは数も多い。

何故よりによって、その中のクラウドが選ばれなくてはならないのか。

「そうそう。何でもクラウド、絶対に行くんだって張り切ってたぜ。まあ仕事としてはスキルアップかもしれないけどさ、良いのかよ?遠距離恋愛は辛いぜ?」

心配心からそう言ったザックスは、やめた方が良いと思うけどな、などとその後も一人呟いたりしている。

その様子を窺いながらセフィロスは、言葉もなくモヤモヤとした心に包まれていた。

そんな話は聞いていないし、ザックスから聞くのも間違っているような気がする。

しかしとにかく問題は、クラウドがそれに対してかなりのやる気を見せているという部分だろう。ザックスは自分なりの理由でミッドガルに残りたいというのだから反論はしつこくする必要も無いが、クラウドの場合はその反対である。絶対に行きたいというのは、セフィロスにとって少々問題のある考えだった。

勿論、仕事としてそういう向上心を持っているというのなら、反論などしない。

けれど――――――果たしてクラウドはそれで良いのだろうか。

あれほどまでに自分を望んでいるクラウドがそれを純粋に求めているなどとは、セフィロスには到底考えられなかった。

「…そうか」

しかしその心内を全て此処で吐き出すわけにも行かず、セフィロスはそう呟くしかしなかった。

 

クラウドが何を考えているのか。

それが、見えない。

 

 

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