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Balance ----------------------
絶対に付くはずのない傷が、その身体についた日。 心臓が止まるかと思った。 たった一振りの剣で相手を死においやることすらできるセフィロスが、敢えて剣も抜かずにクラウドを庇った日。 背中の負傷だった。 背中に大きな一線の傷。 それは大きく腫れ、腫れが収まったあとでさえ暫くは不自由な日が続いた。 それは本当に、絶対につくはずのない傷だったのに。 たった一言が、その傷を作ったのだ。
「ごめん」 もう何度その言葉を口にしたか分からない。それでもクラウドはセフィロスにそう言わずにはいられなかった。自分を庇ったために、その傷はできたのだから。 ゆっくりとその傷に手を当てると、セフィロスは首を横に振って「謝ることなどない」とそう言った。 しかしその傷はあまりにも痛くて、クラウドは深い後悔を覚えずにはいられなかった。 セフィロスがその傷を作ったのは、クラウドが言ったある言葉が原因だった。直接的にそれが原因ではなかったかもしれないが、それでもクラウドにとってはそれが大きいような気がする。 たった一言だった。 “セフィロスは俺に何かしてくれるのか?” その言葉は、ちょっとした口喧嘩をしたときにクラウドが放ったものである。その口喧嘩の原因は、普段からクラウドが感じていたジレンマだった。 クラウドには、セフィロスという人を好きだと思う気持ちとは裏腹に、いつも心のどこかに猜疑心があったのだ。最初は少し憧れていたくらいだったのが、今では頑なに好きだと言い張るくらいになった。ムキになることさえあった。それがどうしてなのかを突き詰めると、一つの疑問が浮かんだのである。 もしかしたら自分は、セフィロスにもっともっと見てもらおうと思って、そういった言葉を口にするのかもしれない、と。 そうだとしたら、単なる恋愛ゲームみたいなものだと思う。もしかしたら振り向くかもしれない、だから「好きだ」と言ってみる。そんな具合で。 そういう疑問にたどり着いたとき、何故か無性に腹が立ったのである。どうしてそんなふうに思ってしまったのか、そう考えると、原因はセフィロスにあるのだと思ったから。実際それはセフィロスが原因なのではなく、自分自身の問題だと分かっていたけれど、それでもセフィロスの堂々と構えた姿が嫌だった。 自分はこんなにもセフィロスの事で悩んだりしているのに、セフィロスは自分のことで悩むなどありえなかったから、それが何だか嫌だった。どうあがいても焦りすら見せないセフィロスに、何か一つでもそういう焦りを与えたかったのだ。 そんな混乱した心情で、クラウドがセフィロスに放った言葉がそれである。 本当に好きなのかどうかと問えば、当然じゃないか、と必ずセフィロスは返してきた。ならば、少しくらい我侭を言っても良いだろう。 そんな――――――それは、ちょっとした騙しあいのような、もの。 けれどこんな後悔をするくらいなら、言わなければ良かったと思う。まさかこんなふうになるなんて思わなかったから。 一筋の線を描く背中の傷。 それはいつまででもクラウドの心を痛ませた。一度感じた後悔を忘れさせまいとするかのように。 「ごめんなさい…」 もう一度深々と頭を下げたクラウドを、セフィロスは黙って見つめていた。
背中の傷の事が気になってはいたが、それ以上に、後ろめたい気持ちが大きかった。だからかどうしてもセフィロスの元にいけず、自宅の前をうろうろしては帰っていくというようなそんな日々をクラウドは続けていた。 しかしそんな日々も何日か過ぎ、ようやく転機は訪れた。 インターフォンの一つでも押してみようか否か、そんな事を考えて、とうとうドアの前までやってきた日の事である。どういうわけか、図ったようにドアが開け放たれて、そこからセフィロスが姿を現した。 ばったりと会ってしまい、一瞬どうして良いか分からないままに固まってしまう。あれだけ何度もごめんと謝ったけれどそれでも足りない。けれどそれをまた同じように繰り返すのはきっと、セフィロスにとっても負担だと分かっていた。謝ることは無いとまで言ってくれた人なのだから。 しかしそれ以外に何を口にしようか。 そう思っても緊張の為か何も浮かばない。 あの一件以前は、あれほど頑なに好きだとか言っていたのに、しかもそれは自分でもうんざりするくらいにしつこく繰り返していた言葉だったのに、それすら忘れてしまったかのように自然に口をつくことがない。 ぴったりと止まってしまった動作、その前でセフィロスは表情を変えずに「久し振りだな」と、そんな言葉をかけてきた。 「あ…うん。久しぶり」 笑ってみたけれど、上手く笑えていなかったかもしれない。それでもそれがその時に出せる精一杯の笑顔だった。 セフィロスはクラウドの顔を暫く見つめると、幸いにも、 「入るか?」 そんな言葉をかけてきた。 「あ…うん。ありがとう」 取りあえずそんな返答をして、誘われるままに部屋に上がる。しかし不思議なことにその部屋に上がったからといって何をしようというわけでもなかった。 そう――――目的が見つからない。 謝るのもそろそろ控えた方が良いし、好きだとかいう言葉をかける気も起こらない。大体この状況でそんなふうに言う方が間違っているのかもしれない。負傷したセフィロスを前にして何をするつもりなのか、何を言うつもりなのか、クラウド自身にもそれは良く分かっていなかった。毎日のようにうろうろと家の前まで歩いてきていた事実もあるというのに。 そんな考えだったからか、とにかく部屋に上がった後のクラウドは無言状態だった。すすめられた椅子に座り、後はそのまま俯いてしまう。 セフィロスはその向かいに置かれている椅子の上に腰掛けたが、やはりクラウドに対して何かものを言おうとはしなかった。 結局、無言状態が続く。 どこかにあるらしい時計の音だけがチチチ…と響いていて、それがとても重く感じられた。 そうして数分―――――空気の流れと時計の秒針だけを感じながら過ごした後、やっとその空間を切り裂くような声が響いた。 それは甘くも辛くも無い、ただの現状報告だった。 「…傷は大分回復している」 「あ…あ、そうなんだ。良かった…本当に、良かった」 例の背中の傷は消えかかっているらしい。何となくホッとする。けれど以前のように直ぐに無邪気に何かを言うことは、さすがにできない。 だからどうしても沈んだような顔になってしまう。 それに気付いたのか、セフィロスはチラリ、とクラウドを見遣って、それから静かな口調でこう切り出した。 「クラウド…一つお前に聞いても良いだろうか」 「何?」 「あの日、お前が俺に言った言葉をそのまま、お前に質問してみたいんだ」 「え……」 あの日――――――それが指している日が何の日かは、直ぐに分かる。 それはクラウドがセフィロスにあの言葉を言った日のことである。 “セフィロスは俺に何かしてくれるのか?” あの言葉…それをそのまま返されるとなるとそれは、クラウドは俺の言うことを聞いてくれるのか、ということになる。 しかしその言葉とは、様々な会話の後に発生した言葉の一つに過ぎず、その質問の意味、全容を知るにはやはり、あの日のことを思い出す他ない。 あの日――――――あの日は良く晴れていて、泣き出したくなるくらいの青空だった。
空は晴れているのに、心の中は曇り模様だった。 何故ってそれには色々な理由があるが、とにかく第一はセフィロスに対する猜疑心。どうやら恋人と称される間柄になっているようではあるが、いまいちそれが信用できない。だから自分はこんなに好きなんだと言い張る。 けれどそうして言い張る裏で、どうしてそこまで意固地になる必要がなるのだろうと考えるとそれは、何だか純粋な気持ちだけでは説明できないものがあるような気がした。 そもそも、世間に公表できない間柄というのは、恋人と呼べるのだろうか。 危険な恋愛でも何でもないのに、結局そういうふうに括られる。 何だかいまいち納得できない部分である。 それでもセフィロスはそういう事に対してはあまり良く思っていなかったようで、誰かと共にいる時分に話しかけると、そのまま無視されることもままあった。 それだけではない。 一緒にいても、疲れただのといって一人寝入ってしまうこともあったし、泊まった翌朝に何も言わずに置いていかれることなどもある。 最初はそういう人なのだろうと思っていたけれど、それもその内耐え切れなくなった。クラウドが何かしたいといえばそれはそれで叶えてくれはするけれど、それはセフィロスの心の中で自然発生した欲求ではない。まるで義務だからするみたいだ、そう思ったときにそれはパンと音を立てて破裂した。 “たまには一緒にどこか行きたいな” それは丁度、そんなふうに言って、じゃあ今から出かけるか、などとセフィロスがダルそうに髪をかきあげた時の話である。 『…行きたくないんだろう、本当は』 破裂した心でそう言うと、セフィロスは勿論意味が分からないというような顔をした。 『セフィロスにとってそれって“義務”なんだろう?俺がどこかに行きたいって言えばどこかに行く。何か食べたいって言えば何か食べる。…そうやってそこそこ俺をコントロールしてるんだろ?』 自分でも良くそんな言葉が出たものだと思う。しかもセフィロス相手に。 けれど口はどうやら止まらなかったらしく、どんどんとそんな皮肉たっぷりの言葉が吐き出された。 『でもアレだよな、セフィロス。そこまで俺の欲求を叶えてさ、俺がずっとセフィロスの側にいてもさ、セフィロスにとってはちっとも利益なんて無いんだ』 大体何でこんなふうに一緒にいてくれるんだ、そんな言葉まで出た。そう言う側からみるみるセフィロスの表情が変化していくのが分かる。勿論それは悪い方向に変化しているわけで、見ていて「良い」と思えるものではない。 『何が言いたいんだ。何が不満なんだ』 そう聞いてきたセフィロスに、クラウドは、得意の言葉を発した。 好きなんだ、絶対に離れたくないんだ、というふうに。 『いつも俺はそうやって考えてて色んなことを焦ったりするのに、セフィロスはそんな素振り、一切見せないんだ。俺の事で焦ったりすることなんて絶対無いんだ』 『…だから何だというんだ』 『だから、平等じゃない。何だか俺が焦ったりするの、馬鹿みたいじゃないか』 『……』 多少余裕を持って言葉を放ったはずなのに、いつの間にか表情は必死になっている。それに気付かれるのも癪で、何とか皮肉に笑ったりしてみせると、セフィロスはますます不可解そうな顔をした。 『―――俺が信じられないのか?』 ふっとそんなふうに言われて、クラウドは思い切り「当然だろ」と答える。言葉の内容を深く考えもせず勢いでそう言ったのだが、セフィロスはその反応通りに受け取ったようで、そうか、などと俯いている。 『セフィロスは俺の為に何かしてくれるのか?俺が何かしようって言い出すような“義務”的な事じゃなくて、セフィロス自身が。セフィロス自身が何かしようと思って何かしてくれるか?』 翠の眼を見て、そう言う。 答えが返ってこなかったので、クラウドはもう一度強くこう言った。 『セフィロスは俺に何かしてくれるのか?』 よくよく考えると傲慢な言葉だったかもしれない。けれどその時はそんなふうに思えるような状況じゃなかった。 セフィロスが自分の事で何かリアクションを起こすこと、たったそれだけの事が必要だったのだ。焦るでも何でも良いから。 ―――――けれど。 『どうだろうな』 セフィロスの口から出た言葉はそんなものだった。 つまりセフィロスは、クラウドが期待する何かしらのリアクションを、何一つ返さなかったのである。 焦りもせず、それどころか怒りもしない。ただ、とにかく冷静で。 何の感情も読み取れなくて。 『…分かったよ』 クラウドは、悔しさのあまり唇をかみ締めた。このまま話をしていても仕方無い、そう判断して、その後は何も言わずに部屋を後にする。 晴れている空を濁すような、そんな心情だった。
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