「な…?」

バン、と派手な音で開かれたドアの向こうに、ルーファウスは驚いて眼を見開いた。

何故なら、そこには思いも寄らぬ人物が立っていたからである。

「よう、社長」

「…何でお前達が…?」

ルーファウスの視界に入っていたのは、カダージュではなく、ロッズとヤズーだった。彼らは二人肩を並べてロッジ内に踏み込むと、ルーファウスの前にまで歩み寄り、そして突然ルーファウスの前に武器を突きつける。

「…!」

瞬間、ヤバイ、と思った。

これはもしや全てが罠だったのかもしれない、そんな思いが駆巡り、ルーファウスは自分自身を呪った。あんな甘言に騙されるなんてあまりにも馬鹿げたミスだ、と。

―――――――が。

「ひでえ…ひでえよ。何でカダージュを…くそ〜カダージュを返せよ〜うわああん」

「…泣くな、ロッズ」

…何故かルーファウスの前では、ロッズとヤズーの友情が繰り広げられていた…。

ルーファウスが唖然としたのは言うまでもない。

「社長…カダージュのこと殺ったんだろ!?…カダージュ…ぐじっ…ぢぐじょ〜!!」

「ロッズ、落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない」

「でも…でも…うおおおおお〜!!」

「…叫ぶな、ロッズ」

―――――もう全く話が読めない。一体これは何なのだろうか?

ワンワンと泣いているロッズの隣で、まだマトモそうなヤズーが武器を手にしながらルーファウスに眼を向ける。そうして彼は、無表情でルーファウスに問うた。

「カダージュが帰ってこない。社長が殺ったのか?」

「なに…!?」

「社長の所に行ったきり帰ってきていない。あいつは弱くはない。何かあったとしか考えられない」

淡々とそう語るヤズーに、ルーファウスは眉を顰める。まさかそんな事情があったとは思わなかった。しかしルーファウスが知る限りではカダージュはこの場を去っていったし、特別何か気にしているふうでもなかった。強いて言えば例の好意うんぬんに関わるそれくらいである。

「残念ながらそれは見当違いだ。彼は此処を出て行った。その後に何があったか、私はよく分からない」

「社長も知らない…?じゃあカダージュは何処に行ったんだ」

ヤズーはやはり冷淡にそう口にして、ひとまず武器を下に下ろした。どうやらルーファウスではないということが分かって、その場限りの殺意は無くしたらしい。

そんなヤズーの隣では相変わらずワンワンと泣き喚いているロッズがおり、ルーファウスは彼らを見比べながらも首を傾げた。

彼ら思念体でも、やはり仲間意識はあるのか―――――――そうは見えないのに。

そんな事を考えながらも時計に目をやると、時刻は既に20分経過していた。夜は時間を待たずに深まっていく。

「ロッズ、此処にはカダージュはいない。…探しにいくぞ」

「うわあああん!カダージュ〜!!」

「…まだ殺られたわけじゃない。泣くな」

「うあああああああん!!」

――――――――埒が明かない…。

そんな恐ろしいほどの鳴き声が響くロッジの中、ルーファウスは溜息を漏らした。

一体カダージュは何処に行ったのだろうか。この仲間二人が彼を追っているのに姿が見当たらないこともそうだが、それにも増して気になるのは、此処に来るといったくせに来ない事である。自分から来ると言ったくせに。

「まったく…なんてヤツだ…」

――――――――そう漏らした、その時。

バアアアン…!!

突然音が響いて、三人はハッと我に返った。さしものロッズも泣き止んだくらいだ。

「…外だ!」

「カダージュか!?」

ザッ、と武器を構えて外を見遣ったヤズーとロッズは、ルーファウスに背を向けてロッジの外へと走り出そうとする。

が、そうするや否やロッジの中へと吹っ飛んできたある物体に、二人は足を止めざるを得なくなってしまった。

ガツン、と鈍い音をさして吹っ飛んできたその物体は紛れも無く人の形をしており、更には銀の髪を揺らめかしている。その銀髪といい背格好といいどう考えてもその物体はカダージュで、彼は身体に無数の傷を負いながらも意識を持っているようだった。但し、ロッジの床に叩きつけられたときにはさすがに一瞬意識を失ったようだが。

「カダージュ!」

ヤズーとロッズはその姿に素早く駆け寄り、腰を落とす。カダージュを包むように腰を落とした二人は、声をかけてはいるもののこれといった処置をしようとはしない。

それを見ていたルーファウスは、車椅子から腰を上げると、そっとその脇に立てひざをついた。

「どけ、私が看る」

二人の覗き込む顔を振り払ってそう言ったルーファウスは、主に胸部に付いた傷口にそっと手を伸ばす。どうやら傷口はそれほど深くはないらしいが、身体に無数についた傷からすれば体力勝負に負けたというふうかもしれない。

しかし、謎だった。

カダージュが持つ力を最大限に出したとき、それはルーファウスも未だ見たことはないが、こんな傷を負うとは考えられない。余程の人物が現れない限り、生身の肉体でこの思念体を討つことは考え難いが―――――――…。

「…社長!!」

「?」

その時、ふっと外からそんな声が聞こえてきて、ルーファウスは顔を上げた。

するとそこには、ぜえはあと息を切らした様子のレノとルードが立っており、彼らは武器を片手にしながらも床に倒れこんでいるカダージュをきつい形相で見やっている。

その武器をチラと見てから、ルーファウスは二人の顔を見つめた。

「…お前達が?」

お前達がやったのか、そう問うルーファウスに、レノとルードは急いだ様子で説明をし始める。

「社長、こいつが起きたら危険だ!今の内に俺達がトドメを刺す」

「此処までするにもかなり手間取った。…今しかない」

二人の言葉を受けて途端に殺気を振りまいたヤズーとロッズが、ザッと立ち上がって二人に対峙する。当然、レノとルードもそれに応戦する身構えだった。その時点で双方既に武器は構えられており、正にその場は一触即発という具合。

―――――――――――が、しかし。

「―――やめろ!」

「やめろ……!」

その場には、二つの声が響いた。

その声にはっとして動きを止める四人。

声の主は……ルーファウスと、そして、カダージュだった。

カダージュは傷口を押さえながらヤズーとロッズを見遣っている。表情は痛々しいほどだったが、この状態に関わらず二人を制するその様子からは殺気など微塵も感じられない。

「やめろ。手出さないで、静かに先に帰っててよ。別にこんなの何でもないし…」

そう言うカダージュに、ヤズーとロッズは無表情のままに武器を下ろす。それを見て僅かに動いたレノに、今度はルーファウスが声を出した。

「レノ、やめろ」

「…!?社長、でも今じゃなきゃこの先…!」

「ダメだ、今はともかくダメなんだ。ケリは後々つければ良い。今は…やめろ」

「社長…」

レノはルードの顔を見遣ると、渋い顔をして首を傾げる。何せ今がチャンスだというのに、ルーファウスはそれをダメだと言うのだ。カダージュを此処までするにもかなりの努力が要ったのに、それすら何だか無用だったみたいに。

そんなふうに何だか納得いかないレノとルードに、ルーファウスはまたしても日中と同じ事を言った。此処を出て、暫く静かにいているように、と。だから二人はその令に従ってその場を後にしたが、納得できない上に「何で俺達が?」と再度同じ疑問を抱えることになったものである。

そうしてレノとルードが去っていくと、今度はカダージュの強制的な言葉でヤズーとロッズがその場を後にした。明日には帰るから先に帰っていて欲しいという言葉に何の疑問も持たなかった二人は、じゃあまた後でな、とかなりラフな言葉を発している。やはり感覚がちょっと違うらしい。

そうして四人が去っていくと、その場はとうとうカダージュとルーファウスの二人きりになった。本当であればこれがこの時間に用意された本来の姿だったが、残念なことにちょっとしたハプニングが起こってしまったらしい。

カダージュはその身に傷を負っている。

「大丈夫か?」

「あ…ああ、大丈夫だよ、社長。時間があれば何とか修復できる体なんだ」

「自己治癒ができるのか?」

「元々備わった機能だからね。…でも、十分な時間がないと出来ない。力で治すことはできないから」

「そうか…」

それを聞いてカダージュをベットに誘導したルーファウスは、彼がそのベットに横たわるのを見届けると、車椅子まで帰ろうと足を進めた。

がしかし、それをカダージュに止められる。

「社長、腹減ってない?」

「は?」

何だそれは、そう思って思わずそう聞き返す。足止めの言葉がもっとマモトなものならまだしも、腹が減ってないかどうかというのは絶対におかしいと思う。というか、この時点ではどうでも良い話だ。

ところがその話題はカダージュにとってはどうでも良い話ではなかったらしい。それが証拠にこんな事を言い始める。

「折角食料を買いに出かけたのに、アイツラに会ったんだ。アイツラ、また社長の事話しててムカついた」

「アイツラって…レノとルードの事か?」

カダージュは頷くと、レノとルードが何を言っていたかについて口にし始めた。ルーファウスはそれを黙って聞いていたが、聞いていけば聞いていくほどその内容があんまりにもどうでも良い内容だったものだから、思わず呆れてしまったものである。

カダージュが言うところによると、食料を買いにでかけた所にレノとルードに遭遇。二人は日中のようにルーファウスへの土産を買おうかと相談していたらしく、それを耳にしたカダージュは例によって怒り始めた。そこで二人と対峙している内に、何が何だか分からない間に戦闘に突入――――――その間カダージュは一切反撃をしなかったと言うのだが、その理由といえばレノとルードに脅されたから…因みに脅された内容は「俺達に何かあったら社長が悲しむな」という一言だったらしい。…そんな訳でこの重症。

「アイツラがあんな事言わなきゃ、絶対こんな事にはならなかったのに…」

悔しそうにそう言うカダージュを見ながら、ルーファウスは呆れながらの一言を放つ。

「お前な、そもそも怒る所がズレてるんだ。…仮にお前がタークスだったら相当重宝しただろうがな」

これだけルーファウスの事で怒れ、これだけルーファウスの事で武器を収められるならば、それは相当なものだろう。神羅が健在であれば優秀な人材も同じだ。…無論、それはありえない話だったが。どんな方向から見ても。

ルーファウスはベットの脇に腰を下ろすと、カダージュに背を向けながらもポツリとこう口にした。

「…お前はどうなんだ。腹が減っているのか?」

「まあ」

「…そうか」

ルーファウスは少ししてゆっくり腰を上げると、今迄一回も自ら使用した事が無いキッチンへと向かった。それを視界に見たカダージュは、不思議そうな顔をして首を傾げる。

「社長が作るの?」

そう問われた言葉に、ルーファウスの答えは無い。

ただ無言でキッチンへと向かうと、慣れない手つきで何やらその辺りを物色し始める。しかし何せ今迄自ら使用したことがない空間だから、何処に何があるかすら分からないし、どうやって何をすれば良いかも知識上でしか分からない。

そんな様子を見ていたカダージュは、少しだけ笑った。

何も言わないルーファウスだが、おそらく…というよりも絶対に、自分の為に何かをしてくれていると思うと、何となく嬉しい気がする。しかしカダージュにとってそれは少し足りない嬉しさで、欲をいうなればもう一押しが欲しいところだった。

「ねえ、社長。こっち来てよ」

「…腹が減ってるって言ったのはお前だろう。ちょっと待ってろ」

「やだ。待つの嫌いなんだ」

「……」

その言葉を聞いてやはり溜息をついたルーファウスは、仕方なくその足をカダージュの法へと向ける。そしてベット脇まで辿り着くと、横たわるカダージュの顔をスッと見下ろした。

「社長、ちょっと耳かして」

「?」

そう言われて、訳も分からずに顔を近づける。

――――――――と。

突然唇を囚われ、ルーファウスは眼を見開いた。耳を貸せというから貸したのに、突然キスだなんて嫌らしいことこの上ない。そう思って憤慨でもしようかというところだったが、当のカダージュの方はそれに大層満足な様子で、それを見ていたら闇雲に憤慨することすらできなくなってしまったルーファウスである。

「…僕を選んでくれたね、さっき」

ふっと、離れた唇から聞こえた声。

それにルーファウスアは、小さく「ああ」と答える。

カダージュが言うのは、先ほどこのロッジに六人が集結していた時分のことだ。その時、当然レノとルードの肩を持たなければならなかったはずのルーファウスはそれをせずにカダージュを庇った。それどころかレノとルードを追い返したのだから相当なことだろう。

確かにその時には尤もそうな事を言ってしまった。

今はダメだ、と。

しかし何故今はダメなのか―――――――その答えはあまりにも曖昧である。

レノが言ったようにあの場面はチャンスだったし、そうするのが普通のことだった。指令を与えるくらいが丁度良いほどの場面だろう。しかしあの時カダージュは傷を負っており、そこにレノとルードが攻撃をしかけるというのはあまりフェアではないことである。もし戦闘の美徳を突き詰めるならばそれが一番の理由になっただろうが、残念ながらルーファウスはそのような美徳など不必要だと思っていたし、かつてはそれを斬るほどの会社にいた人間でもあった。それに、仮にあの場面でレノとルードが攻撃をするのであれば、最終的にはかなりの接戦を強いられたことだろう。何しろ敵はカダージュだけではない、マトモに戦闘できるロッズとヤズーまでいたのだから。

だからそれは理由になどならない。

敢えて理由をハッキリさせるならばそれは―――――――待っていたからだろう。

今夜此処に来るといったカダージュを待っていたから。

そしてそれが、ようやく来たから。

「社長。僕の事、待っててくれた?」

「…多分な」

「そうか、待っててくれたんだ。社長は僕のことを待っててくれたんだ」

繰り返しそう口にしたカダージュは、それが本当に嬉しかったらしく普通に笑顔になった。その顔を見ていたら、ルーファウスも自然と顔が緩んでしまう。

だって、そんなことくらいで嬉しいと思ってくれるのだから。

「本物だ。やっと、笑ったね」

「え?」

そう言われて聞き返したルーファウスに、カダージュが言う。僕の前では笑っててって言ったでしょ、と。

それを聞いて、そういえばそうだったと思い出したルーファウスは、今しがた笑顔になってしまった自分を少しだけ恨んだ。…だって、これではいかにもあの判定を下したみたいだ。好きか嫌いかというあの判定を。

「退屈しないよ、それ。ずっとそうしてて」

「…だから、そういうのを“楽しい”って言うんだ」

「じゃあ、楽しいからずっとそうしてて」

素直にそう言い直したカダージュは、手を持ち上げるとそれをルーファウスの胴にスルリと巻きつける。傷を負っているわりに強い力でそれを自分の方に引き寄せると、落ちてきたルーファウスの体を抱きとめた。

「楽しいね」

ぴったりと抱きしめられた中でそう言われたルーファウスは、その言葉について少し悩む。「それは楽しいという事だ」と言ったのは自分だけれど、多分これは楽しいという事とは違うのだと思ったから。

「カダージュ。これは楽しいんじゃなくて…」

「何?」

「…いや、何でもない」

ルーファウスは出かかった言葉を飲み込むと、やんわりとカダージュの腕を取り払って立ち上がった。カダージュはその動作に少し不満そうな顔をしたが、次に放たれたルーファウスの言葉に表情を緩ませる。

「腹が減ったんだろう、少し待ってろ」

「社長、作ってくれるんだ?」

再度キッチンに向かったルーファウスは、くるりとカダージュを振り返って、笑いながら言う。

「私は生まれてこの方料理ってものを作ったことがない。覚悟しとけよ」

「……」

カダージュの眼の前に外見マトモな料理が運ばれてきたのは、数分後のこと。

それが美味しいのか不味いのかはいささか疑問だったが、カダージュにとっては絶対に忘れられない味だった。

 

 

 

END

 

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