至上の味

-------------------------------------------

 

 

 

「はい、社長」

「これだ、社長」

「ほらよ、社長」

「……」

――――――――今、ルーファウスの眼の前には、三つの食事が差し出されている。

カダージュ・ヤズー・ロッズのそれぞれ三人に差し出されている食事は、どれも何だか妙な形状をしていて、未だかつてルーファウスには見た事がないシロモノといえた。

そのどれもを受け取る事ができないでいたルーファウスは、こんな事になった経緯を酷く恨んだものである。といってもそれは自業自得…要するに自分がそれを言わなかったらばこんなことにはならなかった。

そう…つい先ほどのことである。

不意打ちでやってきたこの思念体連中に考えあぐねたルーファウスは、その場凌ぎと思って「食事がまだだから話はできない」とそう言ったのだ。そんな事を言ったのは単にその状況を突破しようとしたからであり、ルーファウスの予想ではそういえば彼らは出直すだろうと思ったのである。

ところが、彼らは何を思ったのか食事を作り始めた。

食事を食べれば何か話してくれるんでしょう、などと口にしたカダージュを先頭に、何故だか勝手にロッジ内で食事を作り始めた三人…そもそも食事の何たるかを知っているのかどうかも妖しいこの三人がそれを作るというのだから驚きである。

自分の思惑が外れたことと、話をしたいが為に三人が食事を作り始めたこと。その二点への驚きで最早口をつく言葉も無くなってしまったルーファウスは、結局その調理風景を呆然と見遣る事となり今に至っている。

差し出された食事からするに、当然、どれかを選べということなのだろうが…。

―――――――だが、これは確かに食べれるものなのかどうか…?

そんな基本的な疑問に突き当たりつつも、ルーファウスは催促の言葉を浴びせられていた。

「社長、早くしてよ。冷めちゃうとマズイだろ」

「ああ、カダージュの言う事は尤もだ。早くしてくれ、社長」

「おい、社長。当然俺のメシを選んでくれるんだろうなあ?」

「……」

ハッキリ言ってそんなものはどうでも良いと思う。

飯が美味かろうが不味かろうが彼らにとってはどうでも良いことである。本来その食事は話を聞きだすための道具に過ぎないのだから、冷めたらマズいだとかいうのは何だか妙な話だ。

しかし手にした食事に自信を持っているらしい三人は、口々にその食事が美味しそうであることをアピールしてくる。熱いうちが美味いだとか、調味料は完璧だとか、隠し味があるとか…もうハッキリ言って料理自慢の域だ。

「…分かった、じゃあ遠慮なく貰うとしよう」

何故こんなことになったのかと溜息をつきつつも、なかなか収まりそうもないその状況を見据えて、ルーファウスはとうとうそう口にする。当然その言葉は三人の眼を光らせ、誰の食事が選ばれるのかという緊張感を作り出した。

―――――本当は、誰のものでも良かった。そう、何でも良かったわけである。

その中から一番マトモそうなものをと思って受け取ったのがカダージュの作った料理だった、というだけで他に意味など全く無い。

それだというのに、自分の食事を選ばれたカダージュは、そのルーファウスの選択に酷く満足げに笑った。

「社長、なかなか見る目あるよ」

そう誇らしげに言うカダージュの隣では、無言で己の料理に目を落とすヤズーとロッズの姿があった…。

 

 

 

思えばそれは、ちょっとしたミスだった。

よもやあの食事の選択がこんなことにまで発展するとは…思ってもみなかった。

そう思いながら溜息を吐くルーファウスの眼の先には、カダージュの姿がある。そのカダージュはあの料理の日以降毎日のようにやってきては妙な形状の物体を作ってルーファウスに手渡す。勿論本人には格別の自信があるのだから、まさかルーファウスがそれを拒否するなどという頭は無い。

その所為か、渡し方も自然と強制のようになってくる。

「はい。残したら怒るよ」

「……」

ねちょっとした物体を受け取ったルーファウスは、それを眺めながらも「またか」と思わざるを得なかった。だって、もうここ数日ずっとこのねちょっとした物体を口にしているのだ。最早、美味しいとか美味しくないとかそういう判断をするつもりはないし、それを食べたからといって腹具合がおかしくなったという事実も無い。だから料理自体に文句を言うつもりはないのだが、この状況には当然文句の一つも吐きたくなる。

数日も食べ続けた料理…要するに、数日も此処に通いつめているカダージュ。

確か最初は話を聞くためという理由だったはずだが、彼は何故だか今はもう話を聞こうとはしない。それよりもそうして何かを作る為に来ているといった具合…さしずめ家政婦といったところだろう。

それこそが正に、ルーファウスにとっての憂いだった。

「…カダージュ」

何とかねちょっとした物体を全て食べ終えたルーファウスは、今日こそは、と思ってそう切り出す。それは当然、何故こんなことをするのかという疑問と、もう辞めろという制裁とをぶつける為である。

「悪いが、明日からはもう食事は要らない。お前にはこんな事よりも別に大切なことがあるだろう?」

「…何だよ、それ」

突如として不服そうな顔をしたカダージュは、ルーファウスの言う「別にある大切なもの」のことなど頭にない様子だった。どうやら、話を聞きだしたいという気持ちはどこかに風化してしまったらしい。

しかし、それも思えば妙な話である。

何せカダージュがルーファウスに近付いてきた当初の理由からすれば、それは理由でありながら最終目的でもあると言えるのだ。その話を聞かない限りカダージュは欲しい情報を得ることはできないし、目下彼の目的を果たすこともできない。そこからすれば当然彼のすべき行動はその「話」の方になるはずなのに、彼はまるでそれを忘れてしまったかのように食事などを作っているのだ。これほどおかしいこともない。

とはいえ、カダージュはまるでそんな事など考えていないようだった。

「ハッキリ言えば?僕の作ったものなんて飽きたんだ、って。ムカツクよ、そういうふうに綺麗事ばっかり並べてさ」

「むかつく?…そんな事を言うが、お前は一体何の為に此処に来ているんだ。情報が欲しいんだろう。私と話をすることが目的じゃないのか」

「話?…ああ」

そう言われてやっとその事を思い出したらしいカダージュは、それでも不服な顔を崩さないままに少し遠い方向を見遣る。どうやら何か考えているふうだったが、それがやがて解けると、彼の口からは信じられないような言葉が舞った。

「…話は、もう良いよ」

「―――は?」

もう良い?

そんなことで良いのか?

敵でしかないカダージュを応援するつもりなど無いが、それにしたって相当おかしな理屈である。良いはずが無いだろう、どう考えても。

そう思うのに、カダージュは本当に何とも思っていないらしくこんなことまで言ってきた。最早ルーファウスの口が塞がらなくなったのは言うまでもない。

「それより社長の喜ぶ顔を見てる方が退屈しないよ。どうせ話をしたって笑いもしないクセに…こんなくだらない料理の一つになら笑ってくれるんでしょ?」

「……」

―――――――――愛想笑いだったんだが…、とは口が裂けても言えない…。

しかしそれよりも、そんなふうに言われた事の方に大きな驚きがある。

喜ぶ顔を見ている方が退屈をしない―――そう言うが、それも当初の目的からすれば妙にずれた思想であることは間違いない。笑おうと笑うまいと、退屈しようとしまいと、話をすることには関係ないはずである。その情報こそが大切なのだから、その他のものなど求めずとも良いのだ。

――――――――…“求める”?…そう、求めている。

求めているに違いない、このカダージュは。

まさか彼にはおよそ関係ないだろうと思われた喜びという感情が、どうやら彼には心地よかったらしい。だから、求めているのである。

しかし、カダージュがそれを求めているからといって、ルーファウスがそれを返す義理もない。状況からして、じゃあそれでも構わない、とカダージュに返す必要性などどこにもないのだ。

……が。

「僕の前で笑っててよ」

「……」

そう言われて、言葉に詰ってしまった。

だからなのかカダージュは「決まりだね」などと勝手に解釈をし、ルーファウスに向けて笑う。あからさまな満足を表現するでもなく、ただ自然な笑みを。それを見ると単に敵というだけで彼を済ますわけにはいかないような気持ちになって、ルーファウスは身の振り方自体に悩まざるを得なくなった。

話を聞きたいというならば、情報を引き出したいというならば、彼は敵である。

しかしただ笑っていて欲しいというならば、多分それは敵ではない。例えその根底に眠るものが前者であろうとも今はそれを引き合いに出さないのだから、当面のところ彼は単なるビジターとでもいうところだろう。

「…変なヤツだ」

ふとそう漏らしたルーファウスに、カダージュはやはり笑った。多分その意味など分からずに。

「カダージュ。お前は“退屈しない”と言う事がどういう事か知ってるか?」

「さあ?」

「それはな、言い変えれば“楽しい”という事だ」

「?」

――――――――と、そこまで会話が続いた時、ふとロッジのドアが開いた。

ガタン…

そう音がしたのに反応して目を向けると、そこにはどうやら見慣れた姿がある。その見慣れたというのは当然ルーファウスの感覚であって、カダージュにとってはそうではない。見たことはあるが、見慣れたというにはまだ浅い感覚。

「あれ。お客さんがいたとはな」

「…タイミングが悪かった」

ドアの向こうからやってきたのは、レノとルードだった。

二人はルーファウスのすぐ隣にカダージュがいるのを見て、どうしたものかと顔を見合わせる。その後に指示を仰ぐようにルーファウスを見遣ると、視線の先のルーファウスが首を横に振るのを見て武器をすっと収めた。どうやらルーファウスの指示は、何もするな、らしい。

折角敵の一人が丸腰でそこにいるというのに何もできなくなってしまった二人は、ともかくルーファウスの近くに進み出、武器と共に手にしていた一つの包みをルーファウスに渡す。

「社長、土産。朝から何も入れてないだろ?これ、最近美味いって噂のヤツ」

「あ…ああ」

手渡されたそれは、どうやら食べ物であるらしい。その包みの中は小さな箱で、レノが言う通り最近美味いと有名なものだった。

いつも指示を出すばかりの自分に心遣いとしてそれを渡してきた二人、それに対してルーファウスは自然と礼を言う。勿論、笑顔も合わせて。それはルーファウスとタークスの間ではごく当然なことだった が、隣にいたカダージュには何だか奇異なものに映った。

あまりにも自然に笑みを返すルーファウスが、カダージュには何だか苛立たしい。同じように食事に類するものを手渡しただけなのに、それに対する反応の違いといったらやけに大きくて。

……だから。

「何だよ…そんなの…っ!」

カダージュは、ルーファウスの手からその包みを取り上げると、咄嗟に床に叩き付けた。床に当たった包みは箱を崩し、その中に入っていたものをべちゃっと吐き出す。

「あっ!」

「あ…」

「カダージュ!」

レノ・ルード・ルーファウスがそれぞれそう声を上げる。

しかしもう既に箱の中身は無残な状態でとても食べられそうに無い。折角買ってきたのにと沈むレノとルードの目前で、ルーファウスは息をついてカダージュを見遣ると、なるべき責め立てないようにと落ち着かせて声を放った。

「それは彼らが私に買ってきてくれたものだ。…彼らに謝るんだ」

「謝る?何で僕がそんなことしなきゃならないんだよ。それに社長はもう腹なんて減ってないでしょう?必要ないよ、こんなもの」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題だよ!…何ヘラヘラしてるんだよ。こんなヤツラにさ」

カダージュの言う“こんなヤツラ”は、目をぱちくりさせてカダージュとルーファウスとを見遣っている。一体全体この二人が何を言っているのか上手く飲み込めない。

腹なんて減ってない、という言葉もそうだが、レノとルードに関してそんな事を言うのはそれにも増してかなりの謎である。こんなヤツラも何もない、そもそも彼らこそがルーファウスの傍にいて当然の存在なのだからカダージュの方が余程おかしい。

が、そう反論する隙もなく、二人はルーファウスの令によってその場から離れることになってしまった。結局暫く外に出なくてはならなくなってしまった二人は、その道すがら「何で俺達が?」などと首を傾げたものである。

そんな彼らには後々謝ればそれで済むから良いのだが、ルーファウスにとって当面の問題はカダージュの方だった。何しろ感情の起伏が激しいし、しかもやけに利己的である。

まあ想像に易いところではあるが、それを本人がコントロールできないとなれば、他人であるルーファウスがコントロールするしかない。

問題はどうやってそれをするか…だが。

「カダージュ」

チラ、とカダージュを見てルーファウスは声をかける。

彼は、レノとルードが去った事で僅か満足そうな表情をしていた。

「お前はどうしたい?私に…あんな事を言ったが、それが不可能だとしたら?」

「不可能?そんなこと許さないよ」

カダージュは笑うと、腰を少し落とし、車椅子上のルーファウスの顔に手を伸ばす。その手はルーファウスの頬に触れ、そっと髪を撫でた。

彼がそのような仕草をするのは何だか奇妙で、ルーファウスは思わず眉を顰める。が、拒否はしないように動かずにいると、やがてカダージュは腰を上げてその顔に己の顔を近づけた。

何故?、という疑問を口に出せないままに唇が塞がれる。

一体何故――――――こんなことを?

しかしそう思うルーファウスに落とされたのは、やがて離されたカダージュの唇から漏れた一言だった。

「気に入ったものを手に入れたいと思うのは、誰も一緒でしょう?」

意味を疑いたくなるのは当然のこととしても、その理屈は尤もだった。

 

 

 

カダージュが何故そんなふうに思ったのか、そのルーツにはほとほと疑問を感じたが、それでもハッキリ言われてしまっては質問の繰り出し様がない。

こうなってはルーファウスが使える武器は「情報」のことだけだったが、残念なことにカダージュはそれさえ今はもう良いなどと言ってくる。一体全体どうなっているのだか…そう思うが、とにかく現状を纏めあげるとこれは、単なる好意としか言えなかった。尤も、それはあまりに強制的な好意ではあったが。

カダージュは敵であり思念体である。

しかしそれを抜かせば、これは単なる好意でしかない。要するに、好きだから欲しいという気持ちと一緒である。ということは、ルーファウスがそれに返すのはYESかNOかのどちらかだけで、それは好意へのYESかNOかであれば良いということだ。

「好きな嫌いか…――――」

そう呟いて、ルーファウスは溜息をついた。

一体何が悲しくて、彼に対する好き嫌いを出さねばならないのか。本当ならそういう問題ではないのだ、これは。

「馬鹿馬鹿しい…一体何をやってるんだ、私は」

再度溜息をついたルーファウスは、そろそろ時刻が夜になろうとしていることを時計で確認すると、じっとロッジのドアを見遣る。

日中レノとルードを追いやった後ずっとこの場に留まっていたカダージュは、仲間と落ち合わねばならないからといってこの場を離れたものだが、夜になったらまた来るとの事をルーファウスに言い残していた。だからそろそろこの場に来るのだろうが、その時にどういうふうに接したら良いのかがルーファウスにはてんで分からなかった。

日中に言われた言葉からするに、次に会う時には何かしらの事が心に決まっていなければならない。それはカダージュに何かを言うということではなく、ルーファウスの中での問題である。

あくまで好意に対する答えという意味だが――――――もし嫌いとするならば、もう一切の猶予を残してはいけないと思う。カダージュが何を言ってきてもそれを拒否するくらいでなければならない。例えそれで彼が憤慨しようとも。

しかしもし好きとするならば、拒否をしない事は元よりそれなりの事を返さねばならないと思う。その「それなり」がどの程度のことかは置いておくとしても、それがカダージュにとって「楽しい」ことでなければならないのである。

ルーファウスが本来返さなければならないものがどちらなのかという事は、既に決まりきっているだろう。何しろルーファウスは別段カダージュをどうとも思っていないのだから、それは嫌いに属するに決まっている。

がしかし、ルーファウスは何故か迷っていた。

決まりきっている答えを斬るかのように迷っているその理由は、カダージュ自身を考えた時に嫌いと断言するのはどうかと思うからである。普通に一人の人として考えるならば、別に彼を否定しようというふうには思えない。十人十色の世の中で、彼のような人間がいることはおかしくないし、それは悪いことではない。ただ彼が敵であることが大きな問題としてあるだけで、彼自身は否定しきれないのである。

それに、カダージュが求めているものを思えば…少し手を貸してやりたいと思わないでもない。カダージュの言動からすればそれはルーファウスにだけしか出来ないことなのだから、それをしてやるならば随分と大きなことだろう。

しかしそこでもまた問題がある。

ルーファウスがそれをした場合、周囲が戸惑うのは歴然だということだ。レノやルードはカダージュ達を当然敵とみなしているわけだし、そこからするにルーファウスの態度が曖昧であったりカダージュの肩を持っていたりすれば、彼らは迷うことになるだろう。

今迄信じて付いてきてくれた彼らをそんなふうに困らせるのは問題である。

だから、迷っていた。

――――――けれど、迷うという事自体が既にカダージュへの情けを持っている証拠だった。

「まだか…」

また時計を見遣ったルーファウスは、そろそろ時刻も深まってきたというのに一向に開かないドアについてそう漏らす。

もしかすると日中のあれは何かの間違いだったろうか…何となくそんな事まで巡ってくる。そうであれば問題もなくすっきりするだろうが、一方では拍子抜けという感じ。

しかし心のどこかでは、カダージュは絶対やってくるだろうという確信があった。勿論それは根拠も何も無かったが。

そうこうして刻一刻と時が過ぎていくと、やがて窓の外の景色も暗くなってくる。

夜特有のシンとした静けさと冷たさがやってきて、段々と心持までが孤独を纏い始める。

その中で、カチカチカチ…と響く秒針の音。

――――――午後10時。

 

ガタン

 

「!」

時計が丁度午後10時を指した時、突然ロッジのドアの向こうでそんな音が鳴った。

それに反応して顔を上げたルーファウスは、とうとう自分の中で何かしらのものを出さねばならない事に戸惑ったが、その数秒後にはもっと大きな戸惑いを持つことになる。

その戸惑いは、開いたドアの向こうからやってきた。

 

 

back next