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御見合騒動 ---------------------------------------------
ババン! そう出された四角い写真にルーファウスは思わず息を飲んだ。 ゴクリ……唾なんか飲んだって美味くも何ともありゃしない。が、それにも増して目前の写真は美味くも何ともありゃしなかった。というか、ぶっちゃけて言って、不味かった。 「どーじゃ?ワシってば良い娘、見付けてきただろう?」 「……」 自信満々の父親はいかにもといった調子で胸を45度に傾け、更にそれを57度に傾けたものだからその拍子にズデンと後ろに倒れた。ルーファウスはそれをサクッと見て見ぬ振りをして「むむ」などと唸っている。 ――――――――いかにも不味い……そう思う。 何が不味いって、その写真がそこにある理由自体もそうだし、その写真に映っている顔もそうだ。あんまりにも不味すぎて失神して病院に運ばれたかったが、残念なことにルーファウスの体はそれほど病弱でもなかった。こういう時、自分の健康が恨めしく思えるのは罪であらうか。 まあとにかく倒れもしない頑丈な体でもってルーファウスはその四角い写真を見ていたのだが、どうにもこうにも溜息が止まらないことは確かだった。 何故ってそれは―――――――……。
「見合い〜!!!?」 そう叫んだザックスは叫んだ拍子に、口の中でモグモグやっていたカステラを派手に吹き出した。カステラの破片は勢い良く飛び散り、瞬時に、対峙していたルーファウスの顔面にべちょ、っと張り付く。 「………そうだ、見合いだ」 ルーファウスはべちょっと張り付いたカステラを手で拭い去りながら憮然としてそう言うと、どうしたら良い、などと言い出す。 確かに見合いするなんて言われたらどうしたら良いのか良く分からない。 いや、基本的にそんな事はしたくないのだから嫌だと拒否すればそれで済む事なのだが、あの父親の様子だとかなりやる気満々なことは間違いない。 その上、お決まりパターンとしてその見合い相手の女性は取引先のうんたらかんたらであるらしい。……あまりにもベタすぎる。 あの父親としては先方の技術を狙っているのであって彼女自身がどうこうという訳ではなかったが、それにしたって犠牲になるルーファウスとしてはどうこうという訳である。 目下シリアスな関係―――…には見えないが、取り敢えずそういう事になっているザックスに相談するのも難な話ではあるが、それでも黙っている訳にはいかない。 というわけだから、ルーファウスは事の次第を説明した次第であった。 しかしかのザックスはといえば―――――――この調子である。 カステラをモグモグやりながら難しい顔をしている。 「どうしたら良いって言ってもなあ……社長がプッシュしてんだろ?」 「まあそうだけど…でも考えてもみろ。稼ぎ時の俺の歳で見合いなんてどうなんだ?その上アレだ、何で好きでもない女と結婚しなきゃいけないんだ」 そう憤るルーファウスの言うことは、実に尤もだった。 世の中広し、政略結婚などというものが無いわけではないが、だからといって自分の身に降り掛かるのはもっての他である。 とはいえ結婚したい相手が他にいるかといえばそうではないし、かといって結婚したい相手がいるのであれば別にいつ結婚しても構わないとは思う。つまるところ、例えばこのザックスが相手であれば何も問題ない。しかしザックスの場合、根本からして問題がある。何かといえばそれは勿論、男という事実。 結局ルーファウスが見合いを拒否するのは当然ながらザックスの存在があるからに違いなかった。 がしかし、ザックスの方は何を考えているのか、こんな事を言い出す。 「しかしなあ、いつかはそういう時が来るんだろ?ホラ、俺と違って世継云々って話になるじゃん?そしたら別に良いんじゃねえか、今でも」 「何だと!?」 その想像を絶する言葉を耳にしたルーファウスは、容赦無く怒りを顕にした。 別に良いんじゃねえ?、だと?――――――――良い訳が無い!! そのルーファウスの怒りは彼らの関係としては当然の感情だったろう、何せ好き合っているのだし、その相手が自分以外の誰かと密になるというのに黙っていられるはずがない。 例えそれが、好きな相手にとって自分といるより幸福であると仮定したって嫉妬心がそれを許しはしないはずなのだ、普通なら。…そう、普通ならば。 が。 「すれば、見合い?」 「……」 シーン… その場は暫し静まる。 目を見開くとか、耳を疑うとか、最早そんな次元の問題ではない。 雷鳴が脳天をかち割るくらいの問題である。 何でそうなるかな、そう思う隙すら無いくらい、とにかくそれは衝撃だった。 その衝撃に脳天を打たれたルーファウスは何も考えて無さそうなザックスに冷たい視線を向けると、その次には烈火の如く叫びを上げた。 「あーあーそうだよな!分かったよ!俺なんか見合いすれば良いんだろ!?で、女の尻に敷かれろって思ってんだろ!」 「いや別にそこまで言ってな……」 「帰ったら、貴方のご飯なんて無いわよって言われれば良いと思ってんだろ!?」 「いやだから、そこまで思ってな……」 というよりもまずお前の場合は亭主関白だろう、とザックスはすかさず思ったものだが、敢えてそれは言わなかった。というより言えなかったという方が正しいだろうか。何しろ口をつく暇さえない。 怒りと興奮で止め様のない状態になっていたルーファウスは、捨て台詞よろしくザックスを指突き差してこう叫ぶ。 それは、宣言だった。 「分かったよ!見合いしてやる!!」
ルーファウスがその見合いを承諾した事、それを父親は大層喜んだものである。 見合いをする、という返事を聞いた瞬間に驚きのあまり茶をこぼし、その後、2〜3回聞き直したくらいだから相当の事であろう。 とにかくそうして喜んだ父親は仕事中だというのに嬉々としてとして先方に連絡を取り、更には服を仕立てないと、などと慌てふためいてそれらの手配をし始めた。しかもその服というのはルーファウスの物ではない、あくまで自分の、である。 それらの動作を見て思わずゲッソリしたルーファウスだったが、決めたものは仕方ない。見合いすると決めたのだから、するしかない。 そんな訳でその日は何だか大忙しであったが、それは単に神羅本社ビルの上に方の、更に数室だけの話であった。
一方、兵舎の方では溜息をつく一人の男の姿があった。 それというのは勿論――――……。 「ザックスー!」 …その人である。 ザックスは今さっき宣言された見合いについて重い溜息を付いていたが、まさか彼の友達にその内容や理由など打ち明けられようもなく、だから何を聞かれても重い溜息でもって返答していた次第である。 そしてそれはこの時も例外ではなかった。 「ザックス。どうしたの、溜息なんかついて?」 「はあ……」 「溜息じゃ分からないよ。何かあったの?」 「はあ……」 何かあったの、と聞いて重い溜息とくれば、返答になっていなくとも大体答えは分かる。何かあったのに決まっているのだ。何せ、何かなくてはザックスがこんなにどんよりしているはずがない。 親切にもそう悟ってくれた優しい友人のクラウドは、それ以上何も言わずにただザックスの隣に座り込んだ。 兵舎の奥、非常階段の辺りに座り込んでいた二人は、青空の下ぼうっと正面に視線を投げる。視線の先にあるのは神羅本社ビルで、そのビルは青空の下だというのに光が煌めいていた。一見忙しそうに見えるそのビルの中で何が起こっているかなど、兵舎に詰め込まれている彼らには分からない。 その不可思議なビルの最上階辺りに目を遣りながらザックスは、また一つ、はあ、と溜息をついた。 それから、こんな事を言い出す。 「ミッション失敗、だよなあ」 その言葉を耳にしたクラウドは、言葉通りの意味に捕らえて「そうだったんだ」などと言う。実際ザックスは全く違う意味合いでその言葉を口にしたわけだが、どういう訳か会話はそのまま進行した。 「失敗するなんて更々考えなかったのによ」 「それは仕方ないよ。きっとコンディションが悪かったんだ」 「なるほど……やっぱりカステラ食ってたのはマズかったか」 「駄目だよ!もっと真面目にやらなきゃ!自分が傷つく事になるよ」 「そっか…。確かに傷ついたなあ…何かこう、グサッときたもんな、グサッと」 そんな事を言うものだからクラウドは、ええっ!、などと声を上げて 「もう大丈夫なの!?」 などと心底心配そうな顔をした。 無論クラウドの心配しているような外傷は無い。 しかし勘違いのまま進行していた会話から、ザックスは恐れ多くもこのように返答した。誤解を招くとも考えずに。 「いや、実は致命傷でさ。俺の命もあと……僅かなんだ」 いかにも遠い目をしたザックスは、いつもは見せない儚げな表情でもってそんなことを言う。だもんだからクラウドは、「ええええー!!!?」と豪快に叫んだ。 「う、嘘でしょ、ザックス!?」 「いや…もうビンゴだ。これで終わりだ。俺の夢も……」 「そ、そんな…!」 その夢が、ある人と一緒に遊園地に行ってみたいという夢であることは口に出さない。 「まあ楽しかったな、短いながらも色々あったし」 「そんな…寂しい事言わないでよ」 クラウドの脳裏にはザックスとの思い出が走馬灯のように流れていたが、ザックスの脳裏にはある副社長とのラブラブな会話が神羅のお昼の放送をBGMにして流れていた。 「ま、そういうわけよ。さすがの俺も少しは落ち込むわな。これからについて、ちっと悩んでみるわ」 「ザックス…」 クラウドの目には涙すら溜まっている。が、ザックスはそれを笑顔で振り切ると颯爽とその場から去っていった。…誤解を訂正もせずに。
その翌日、オーダーメイドの服を鼻歌混じりに着込んだプレジデントは、鏡の前でうっとりとしていた。 何もアンタが見合いするんじゃないんだから、というツッコミをしてくれる優しい部下は幸いにもそこにはおらず、だからその場は幸せいっぱいの空間であった。間違いなく。 その反面、不幸のどん底にいるような面持ちをしていたルーファウスは、隣の自室で溜息を連発していた。 見合い――――――それを了承したのは分かってる。 分かっているが、何でその見合いがよりにもよって今日なのか。 いや、最初の話でいけばこんな急な事ではなかったのだが、怒り任せに意気込んで見合い宣言をした瞬間に、事態は急展開になってしまったのである。 「何が善は急げだよ…」 この見合いが善であるというなら、その証明を400字詰め原稿用紙2枚以内で説明しろと言いたい。いや、この際レポート用紙でも構わない。 しかしそんなことを愚痴った所で見合いを承諾したのは自分なのだから、それは到底口になど出せない心の愚痴と変わる。 「はあ…」 だから、思わず溜息が出る。 自分が決めた事とはいえ気が滅入ってしまう。何故って、ルーファウスは別に本心から見合いすることを望んでいたわけではないし、しかもこんな急な展開になるとも思ってはいなかったのだ。 なのに隣の部屋で奇妙な鼻歌を歌っている父親は、ちゃんと見ておけ、なんて言って見合い写真を置いて行くし、それどころか「この服はどうだ」なんて言って見せびらかせに来る始末である。それこそ、 始末したろうか、と思ったのは言うまでもない。 しかしともかく見合いの時間まであと僅か…そう思うと溜息だって出るというものである。 「何でこんなことに…」 ふと、カステラをモグモグさせたザックスの姿が浮かんだ。 その瞬間に、見合いすれば?、という言葉が頭の中で反芻する。 「…あのヤロー…」 そもそもそうだ、ザックスが悪いのだ。 普通だったら激怒して当然のところをあんなにサクッとさっぱり肯定してしまうものだから、ルーファウスはあんなふうに切り返すしかなくなってしまったのである。此処で、ムキにならなければ良いのではないか、という尤な言葉は通用しない。 何しろそんなことが出来るくらいならとっくにやっているし、それが出来ていたならば今迄の人生だってもっと円滑に進んでいたというものだ。 要は、ルーファウスの性格的にあのザックスの切り返しは不味かった、という事なのである。 「あのバカ!!…でも何だってあんなふうに」 見合いすれば?―――――何でザックスはあんなふうに言ったのだろうか。 確かにルーファウスのような性格なら、ムキになってあんな切り返しをすることは十分考えられる。がしかしザックスはそういう性格ではなかったし、それからするとあのシーンでは激怒して然るべきだと思う。 にも関わらずあんなふうに、しかも緊張感の欠片すら無くカステラなんか頬張りながら言ったのだから、やはりあれが本心なんだろうとしか思えない。 しかしもしあれが本心というなら、ザックスにとって自分は、他の誰と居ても構わないような人間ということになってしまう。それでは、あんまりにも虚しい。 「所詮その程度かよ……アホ」 ルーファウスはそう呟くと、ぐったりとデスクに伸びる。 それから大きな一際溜息を吐くと、伏せ目がちにさせた目線で空を見遣った。 ――――――否定してくれたって良いのに…少しくらい。 「……」 そんなの駄目だ、とか、許せない、とか…そういう否定の言葉。 それを――――本当は望んでいたのだ。 怒って、この関係が一番大事なんだと肯定して欲しかった。 それなのにその素振りすら無く、それどころか肯定されてしまうなんて。 「…もう良いか。どうせそうだ。それだけの付き合いだったってことだ。ただ…それだけだよな」 自分に言い聞かせるようにそう呟いたルーファウスは、今度は視線を床に落とし、それから目を瞑った。 数秒後その目が開いた時、それはもう見合いへの決心が固まった時であった。
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