その散々な夜から数日。

あの男は結局金も払わずにクラウドを二度も抱いた。その事実がクラウドにはどうしても許せず、だから何か良い方法はないかと考えあぐねる。

このままでは、あの男はこれからもずっと強引にクラウドを組み敷いてくるに違いない。そう考えると、その男に限ってはどうにかして関係を切らねばならなかった。

しかしそう考える上でネックになっていたのは――――――風紀が云々という話である。

実際にそういう取締りの話も知らないし、そんな場面を見たこともない。だからもしかしたらガセだったのかもしれないと何度も思ったが、それでも何だか引っかかっていた。もしそれが本当で、自分が告発されたら、その時はもう…クビになるかもしれない。

そうなっても今更もう故郷には帰れそうもないし、それこそ路頭に迷うのはごめんである。とはいっても、こんなふうに自分を追い込んだ神羅がこれ以上自分を認めてくれるとも限らなかったけれど。

男を清算する為には――――――。

そこまで考えて、クラウドはある事を閃いた。

リスクは高いかもしれないが、あの男がいる限りは苦痛でしかない。となると、あの男こそこの神羅から消えるべきなのである、自分ではなくあの男が。

そうすればその他の、証明をくれる人間だけと関係を続ければ良い。

「そうか…」

そう考えて、クラウドは賭けをしようと思った。非常にリスクは高いけれど、やってみなくては分からない。男が自分を脅したように、今度はこっちから脅してやれば良い…それだけの話。

それを閃いたクラウドは、そのリスクの高い賭けの為にこまめな準備を進めることにした。

まずやらねばならないのは――――――ボランティアである。

本来なら金というものと引き換えに身体を売り渡しているクラウドだったが、その日からの数日間は無償で抱かれるという荒業を敢行してみせた。その裏にはこれまた色々な準備が必要で、それは主に演技という分野のものだった。

あの男以外の相手に関しても、演技をする。

金が手に入らないなどもってのほかだったが、とにかく男を貶めるにはこれが必要だった。だから他の相手にもまずこんな演技をし始める。

“お金もないし、本当はしたいんだけど…でも気にかかることがあって”

まるで悩める青少年を演じ、クラウドは巧みに相手の心配を誘う。そうして相手が「どうしたんだ」などと聞こうものならクラウドの計画はそれで成功なのである。

相手は今迄とはうって変わった態度のクラウドを見て心配そうにする。

そこでクラウドがでっちあげのお涙頂戴話などを一つか二つ口にする。

相手は―――――――今迄抱き合ってきた故の同情心で、クラウドに優しさを提供する。

それは金という物体のやり取り無しに、ある種の“愛情”という形で。

勿論それはクラウドの戦略であり、それ以降続くものではない。あまり同じ相手とそういう無償のセックスをしてしまうとそれが常になってしまうので、クラウドは同じ相手に一度しかその手を使わなかった。それでも問題は無い、相手は沢山いる。

そういう態度を回りに振りまき、最後にクラウドは例の男の下に向かった。

そして――――――その相手にだけ、違う演技をしてみせた。

その男は元々無償のセックスを求めてきた男だから、同情心を煽るような偽話は必要ない。その代わりに、正反対の態度が必要だった。

つまり、拒否、という態度である。

男はいつものようにクラウドに手を出す。勿論男にはクラウドが金を要求するだろうという頭があり、それを保った上でクラウドはわざわざ自分から出向くわけである。そして男の方から求めてくるのをじっと 待ち、男が自分を押し倒してきたら予定通りの「拒否」をする。

「やだ…やめろよっ!」

そんな具合に必死に拒否をしている演技をすると、男はまんまとこんな言葉を放った。

「はっ!そんな拒否なんかしたって無駄だぜ」

男がそう言ったのは、金銭授受に関してのことだった。クラウドは金を要求する、しかし自分は払う意志などない。これはもう既に前回のことで分かっているから二人の中では共通したものである。男は“拒否をしたって支払いなしに事を済ます”という事を言いたかったわけでそれはつまり“金を払わないと分かっているからセックスを拒否するのだろう”と思っていたのである。

しかしそれは真っ赤な嘘。

拒否をするのは貶めるため。

それはとても危険な賭けだけど。

―――――――――散々拒否した上で、クラウドは男に抱かれ続ける。

嫌だ、辞めろ、もう嫌だ、そう叫んでもそれは男にとっての興奮剤でしかない。今迄クラウド優位だったものが突然のように自分優位に変わるのだからそれは当然の動きであろう。しかしその間にクラウドが考えていたことといえばもっと別な事だった。

ああ、この一回のセックスで、この男を切り離せるかもしれない……そんな、こと。

そしてその情事が終わった時、クラウドは初めて笑ったものである。

ニヤリ、と。

男はそのクラウドの笑みにすら気づかず、満足そうだった。

 

しかし、その彼もやがては知ることとなる。

その拒否がクラウドの罠であったことを。

 

 

 

それが明らかになったのは、ある日の朝だった。

神羅内の各所にある掲示板にはこんな張り紙が張られ、それからその活動は目に見えて始まった。

“神羅風紀取締強化”

それはあの男が口にしていた例の話であるが、クラウドはこの活動が始まったことにも大した驚きは見せなかった。男の口から知っていたこともあったが、それ以上にもっと大きな理由がある。

いや…それどころかクラウドは、その活動が始まる日取りすら知っていたのだ。

笑みを漏らさずにはいられなかった。

あまりに馬鹿馬鹿しくて。

やがてその男が取り締まりに引っかかったことを知ったが、それを知ってもクラウドは別に驚きも焦りもしなかった。その男によって自分が告発されることがないと知っていたから。

賭けは―――――――成功した。

クラウドはそう思って満足げに掲示板の張り紙を見たものだ。その羅列された文字すらある意味では尊いなどと思う。何せその活動はあの男を切り離してくれたのだ。あのエラそうに無償のセックスを求める男に、制裁を与えてくれたのだ。

クラウドの中の神羅は自分を絶対に認めてはくれない場所であったが、しかしその時だけは少しばかり守られているような気分になった。神羅も少しは自分を認めてくれるんではないか、とそう思ったのだ。

「馬鹿だな…あの男」

そう、彼は馬鹿だった。

あんな馬鹿げた取引などしようとしなければこんなことにはならずに済んだのに。

しかしそんな彼にも感謝しなくてはならないだろう。何せ彼がこの活動のことを教えてくれなければクラウドは事前策を練ることもしなかっただろうし、未だに演技なしの有償セックスをし続けていたに違いない。そうすればあの男を遠ざけることになり、多分その男はそのクラウドの態度に腹を立てて告発していたはずだ。そうなっていたら、クラウドは危なかった。正に対策無しの泥沼に陥っていたのだから。

そう思うと、感謝しようと思う。

例えこちらから貶めることになったとしても。

「アリガト。あんた意外と良い人だったね」

クスリ、そう、笑う。

そう――――――良い人だったよ。

そうして掲示板を見ながら優越と感謝に浸っていたクラウドだったが、ある声が響いてはっと我に返った。

「クラウド!呼び出しかかってるぜ!」

特に焦るふうでもなくそう呼んでくるのは、クラウドのそのような状況も何も知らぬ同僚だった。振り返ったクラウドは、その呼び出しが何であるかは分からなかったものの大したことではないだろうと踏んでいた。告発される心配はもうない。

だから、その言葉にも素直に反応できた。

「ああ、分かった。今行くよ」

そう言ってにっこり笑ったクラウドの本性を知るものはいない。

いないけれど―――しかし。

その笑顔の裏に隠されたものを暴こうとしている者がいることを、クラウドもまだ分かってはいなかった。

 

呼び出されて足を向けたのは、ある訓練室だった。

そこは説教や相談などをする場合にも使われ応接セットなどもある特殊な訓練室で、クラウドが此処に来たのはソルジャー試験の結果報告の時以来だった。

だからはっきり言えば悪い思い出がある場所といえる。

しかしその日のクラウドには自信があった。悪いものではない、という自信である。

それは大体にして合っていたが、内容はといえば、少し緊張感が走らないでもないものであった。

つまり、この神羅風紀取締についての事だったのだ。

「クラウド・ストライフ君だね」

そう言われて、「はい」と答えて部屋の中央に進み出る。クラウドの名を呼んだのは見知らぬ男で、スーツ姿であることからも多分かなり幹部クラスの人間なのだろうと思う。その男はクラウドに「そこに座りなさい」と命令口調で告げると、呼び出しておきながら自分はその部屋を去っていった。

バタン、と背後で閉まるドアの音を聞きながらクラウドは首を傾げる。

一体何なんだ、呼び出しておいて。失礼な奴。

そう思ったが、どうやらそう思っているのも束の間だったらしい。数分後にはその場に違う男が現れ、クラウドの向かい側に腰を下ろし、こんなことを言い出したのだから。

「貢献ご苦労」

その端的な言葉でクラウドは、目前の男が随分な立場の人間だという事に気付いた。外見的にはかなり若いように見えるが、まあ自分よりかは上といった感じ。大体スーツ姿の人間といったら本社勤務の者だと分かっていたが、どうもその男は様子が違う。まず何が違うかといえば、そのスーツは黒ではなくまっさらな白だった。

その上、どう考えても行き過ぎた態度――――――これはかなりの幹部と見て良い。

「…あの」

クラウドが窺ってそう口にすると、その男はふっと笑って、

「紹介しなくては分からないか?」

そんなことを言った。

かなりの幹部と分かっているのに「はい」などと答えたらどうなることか…そう考えるとうかつに肯定できない部分はあったが、仕方なくクラウドは「すみません」と謙虚な肯定をしてみせる。すると男は、自分をこう名乗った。

「私は神羅カンパニー副社長、ルーファウス神羅だ。私と一般兵の君が話をするなどという事はまず在り得ないことだ。故にこの時間を貴重と捉えてもらいたいものだな」

「あ…、はい」

そう名乗られて少し驚きはしたものの、クラウドにはいまいち実感が無かった。

これが神羅の副社長―――――?

こんなに若い男がこの会社の副社長だなんてとても信じられない。まだ恰幅の良い中年の方が貫禄があって頷ける気がしてしまう。しかし彼の態度やら言葉遣いはいかにも上の人間として生きてきたことを裏付けるような板についたもので、クラウドはそれについて疑う必要性は感じなかった。

ただ思うのは、何故この場で副社長という男と対峙しなければならないのか、ということである。それは男が先ほど言った「ご苦労」という言葉からある程度は推測できるものだ。多分それは先の活動のことであり、クラウドがその活動においてある意味では貢献したと考えられるからこそであるだろうとは思うが、しかしその人と話し合うほどのことではない。大体風紀云々に副社長のような大玉が関係しているなどオカシイ気がする。

「本題に移ろう、ストライフ君。私が此処にいるのは他でもなく、例の風紀取締りの件だ。…君はもう知っているだろうが」

「はい」

そう、知っている。

「君のような存在からの告白を受けて、我々もようやく実際の行動に出る事が出来た。その事については感謝しよう。あの告白は勇気がいったろう?」

「はい、とても勇気が必要でした」

クラウドは即座に自分を切り替えると、つい先日まで相手を陥れていた演技を使って同情を引くようにそう言った。

「君のような存在がまだ神羅には隠されている事だろう。私も以前からこのような事態は理解しているつもりだったが…君の告白によればそれは随分と酷いようだな」

明瞭に続けられる会話に、クラウドは自信をもって答えを返していく。大丈夫、この男は疑ってなどいないようだ。だから心配は無い。

そう思い、クラウドは聞かれもしない詳細を話したりする。

男に関係を迫られ、拒否をしても強引に連行され、帰ろうとしたら監禁をされた。その上目を隠され手を縛られた上で強姦され、叫んだら口を押さえられ息が詰ってしまった、と。その後は逃げても追いかけられ所構わずセックスを強要され、恐くて逃げられなかった。相手は上司で逆らえないし、そんな日々を過ごして欝になりソルジャー試験にも失敗してしまった――――――――そう、クラウドは“詳細”を語る。

それはクラウドが、神羅の上に訴えた内容でもあった。

そう、クラウドは先手を打ったのである。

男が自分を告発するまえに、こちらから告発してしまえば良いのだ。男は風紀を乱す者を取り締まると言い、クラウドのように商売にしている者ならばクビだろうとまで言った。

しかしクラウドは考えたのである。

男の口調でいえば、誘惑された者もした者も危ういかのような感じだった。しかし実際、レイプされた被害者となったらどうだろうか。それは裁かれるのか同情を買うのか。一般的には後者であることは確かである。しかし風紀を取り締まる上でそれが通用するか否かはわからなかった。もし神羅が、そういった同性同士のセックスに及んだ者全員に制裁を加えるというのならそれは共倒れで、さらに賭けは失敗ということになる。しかし望みはある…そう思った瞬間に、クラウドは自らそれを訴えにいったのである。

同情をかうふうに、被害者を演じて。

そして、そのクラウドの迫真の演技と告白によって、神羅の風紀取締りという噂は実際の活動となったのであった。

他の相手に対して弱気な演技をして無償セックスをしたのは、自分へのアリバイ作りでしかない。大体クラウドの相手というのはソルジャーだったから、あの男と知り合いという可能性があった。もしもクラウドの嘘告白によって男が異議を訴えた場合、その男は多分、クラウドが相手をしていた他の人間を探し出すことだろう。そして同意を求める。

あの少年兵は実際は金を取り身体を売っていたのであって騙されているのは自分の方なのだ、と。

自分はあの少年を強姦していたことになっている、と。

しかし彼らは返ってその男の言葉に納得をしてしまうのだ。

ああ、だからあの日のクラウドは落ち込んでいたのか―――――と。

この男さえいなければクラウドが落ち込むことなど無かったのに、と。

同情心を買ったのは自分を守るため、アリバイを作るため、あの男の仲間を消失させるため。

クラウドの細かな説明を聞いたルーファウスは、なるほど、などと頷きながらいかにもといった具合な言葉をかける。

大変だったな、良く耐えた、立派だった、などと言う。

それらの言葉や態度は、嘘を並べ立てていたクラウドの心を満足させる。またしても騙してやったと、そう思う。

しかしクラウドがそう思った次の瞬間、ルーファウスは何故かこんな言葉を投げかけてきた。それはとても風紀取締の範囲の内容とは思えないものであり、クラウドは一瞬言葉に詰まる。

それは。

 

 

 

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