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ネガイ -----------------------------------
此処はどこだろう? ――――――良く分からない。
「兄さん」 カダージュはそう口にして、目の前のクラウドを舐めるように見遣る。 クラウドの耳を掠めるのはそのカダージュの声と、そして時折窓ガラスが風で揺れる音。 たったそれだけが耳から入る情報で、その他のものは情報としてクラウドの中に入ってくることはなかった。 何故なら、目が見えない。 隠されているその瞳には黒い色しか見えないし、だからカダージュの声だけが妙に大きなものとなって頭の中に巡ってくる。 此処は――――――どこなのか? クラウドはそんなことを思いながらも、先ほどからどうやら自分の近くでうろうろと歩いているらしいカダージュのほうに顔を向けた。とはいっても勿論、その瞳には何も映らなかったが。 「ねえ、兄さん。そろそろ質問に答えて欲しいな。そのくらい、出来るよね?」 「…知らない」 「嘘ツキ。知ってるくせに」 クス、と笑う声が聞こえて、クラウドは口を閉じる。 先ほどから何度も問われている内容、それは“母親はどこか?”という質問だったが、クラウドにはその言葉の意味がさっぱり分からなかった。意味が分からないのに、知っているも何もない。 そもそも何故自分のことを兄さんなどと呼ぶのか、それも理解できない。 「兄さんは意地悪だ。そうやって隠し立てして、僕たちを否定する気なんでしょ?」 「否定?何のことだ…訳が分からない」 意味不明で理解不能の言葉の羅列に眉を顰めたクラウドは、そう言った後に質問する側に回った。いつまでもこのままの状態では意味が無いと思ったからである。 そもそも分からないこと…それらを明白にしなくては。 でなければ、このカダージュという男の言葉はおろか、存在すら分からない。 一体何故自分の前に現れ、こんなふうに目を隠し力で捻じ伏せ、そうして自分を兄さんと呼ぶのか。そして、彼の言う母親とは誰なのか、彼自身は何者なのか――――。 「…お前は一体何者だ。何で俺の前に現れた?」 静かな口調でそう聴いたクラウドに、カダージュは歩を止めた。 そうして少しばかり呆然としたような顔をしてクラウドを見詰めると、それに飽きた頃に、はっ、と飛ばすような笑いをかける。 「“何者”?“何で”?笑っちゃうなあ!兄さん、そんなことも分からないの?兄さん、僕達と兄弟なのに!」 「だから。その兄弟という意味も分からない。教えてくれ、お前は一体何者なんだ?」 「へえ。結構、本当に分かってないんだ?」 カダージュはクラウドの言葉が本当に可笑しいかのように散々笑い転げた後、すっと艶のある笑みを浮かべた。それはどこか見下すような笑みで、自信に満ちている。 そうした表情でクラウドを見遣ったカダージュは、すっとクラウドに近付くと、その目にかけられていた布を引き抜いた。スルリと落ちた布はクラウドの視界に彩度を与える。 そうして久々に視界を得たクラウドの瞳に映し出されたのは、青白い肌に銀髪の髪を揺らすカダージュの姿だった。 その姿はどこか、懐かしい気がする。 とはいえ、勿論カダージュとはつい先日初めて顔を合わせたばかりだし知り合いというわけでもない。しかしその容貌は何かを思い出させ、クラウドの脳裏に妙なものを植えつけてくる。 多分それは――――――思い出さない方が良いことだと、分かっているけれど。 「何?そんなに気になる、この顔が?」 クラウドの視線を実直に受けていたカダージュは、ふっと笑うとそんなふうに言う。 それを受けたクラウドは、そっと視線を外しながら否定をした。 がしかし、カダージュはそんなクラウドの様子に何かを見たようで、突然何かを思いついたようにこんな事を言い始める。それはクラウドの心に棘を刺すかのように、響く。 「ああ…そうか、分かった。兄さん、思い出してるんだ。そうそう…裏切った時のこと、思い出してるんでしょ。それから…そうだな、本当は裏切り者なんかになりたくなかったって事を、思い出してるんだ」 「どういう意味だ」 「言葉どおりだよ。要するにあのセフィロスのことを、思い出してたんだろう?」 「……」 それは、図星だった。 しかし言葉に出して良い名前ではなかった。 だってそれはあの決着から2年経った今では、封印されて然るべき言葉だったのだ。今はもう誰も彼の名を口になどしないし、したいとも思わない。それはあの日の…いや、あの日までの経緯全てを思い起こさせるし、そうなってしまえばまた同じ思考の淵に落ちるに決まっている。 そうなってはいけない――――そう思っているクラウドにとって、その名前は絶対に口に出してはならない言葉だった。 それなのに。 「良いよ、教えてあげる。僕が何者なのか、それから何故母さんを探しているのか。但し一回だけだよ。そうしたら今度は兄さんの番だから」 カダージュはそう言うと、手の自由が無いクラウドの前でそれを話し始めた。それは正にクラウドの知りたい部分の言葉で、彼が思念体というものであること、彼が言う母とはあの災厄ジェノバであることを告げた。彼を含む三体の思念体は、思念体であるが為に埋められないものがあるらしく、それを埋める為に母であるジェノバを探しているらしい。 カダージュは言った。 リュニオンをしなくてはならないのだと。 そしてそのリュニオンには、思念体である自分たちだけでは事足りず、星痕症候群を患った人々が必要であるらしい。そして必要不可欠な…ジェノバ。 そこまで説明されて初めてそれがあの忌々しい過去に関わることなのだと確信したクラウドだったが、しかし何故今になってそんなことが起こるのかがやはり疑問だった。 確かに――――この2年、あの星痕症候群というものは世界を蝕んだ。 それは知っている。知らないはずが無い、何せクラウドの体すらそれに蝕まれているのだから。 しかし今何故彼らのような思念体やらが登場するのか、クラウドには理解できず、それはクラウドの口から疑問符を発生させた。 「何故、リュニオンしなければならないんだ」 そう端的に聞いたクラウドに、カダージュはおどけたように言う。 「何故ってそんなの決まってる。それが僕たちの存在を認めてくれる最初で最後の方法だからだよ。僕たちが生まれたのは、リュニオンするためだ」 「リュニオンするため…?」 そうだよ、そう答えるカダージュに、クラウドは目を伏せた。 リュニオンするために生まれただなんて―――――そんなことがあり得るのだろうか? しかし彼らが思念体というならばそれもある意味では頷けるのかもしれない、元々人間でない以上は普通一般の理由付けはできないのだから。 でも、それではあんまりだ。 そんなこと無いと―――――――そんな事無いと、あの時だって…。 “そんな事、無い!……は……だ!” 「…っ」 突如頭を掠めた言葉に、クラウドは呻きを漏らした。 頭が重い、何だか霞がかかっている。 何かが…何かが弾けて溢れ出してしまいそうな、そんな気がする。 その中で、カダージュの声が響いた。 「そう…リュニオンするため。―――――返らなくちゃ」
“いつも思う。返りたいと願う。…そんな気がするんだ” “俺は特別な人間だ。…いや、そうじゃない。人間ではないかもしれない” ―――――――――そんな事、無い!セフィロスはセフィロスだ!
“お前はやがて俺とは相容れぬ存在になるだろう” “それは、運命だ” ―――――――――何で…そんな事言うんだ…
未来なんて分からないじゃないか、誰も。
ふっと、頭に浮かんだ風景。 それにクラウドは、頭をもたげた。 何故…急にこんな古い記憶が呼び起こされたのだろうか。解らない。 しかしそれは確かに過去に見た風景で、それはまだセフィロスが己の真実にさえ気付いていないときだった。しかしセフィロスはその少し前からそんな不可解な言葉を口にし始め、クラウドにそれを伝えていたのである。 思えばあれは、前兆だったのかもしれない。 人間ではないかもしれない、相容れぬ存在になるのは運命だ、そんな事を言われて何故だか必死に否定をし続けた。そんなことはないのだと、セフィロスはセフィロスなのだから、と。 しかしそれでもセフィロスは己のその意見を曲げることはなく、正に運命に翻弄されるが如くに真実を受け容れていった。無論その真実とセフィロスの理解の間には溝があったわけで、それが大きな誤算を生んだことは間違いないだろう。 そうでなければ、セフィロスは敵になどならなかった。 セフィロスが敵になどならなければ、こんなに悲しい結末は迎えずに済んだ。 そうしたら今頃は―――――――…
“お前は将来どうするつもりだ。一生、神羅に?” ―――――――――どうかな。俺はただ…セフィロスと一緒に仕事ができたら、って。
“俺と?…お前はおかしな奴だな。俺が何だというんだ” “憧れとばかり騒いでいても仕方あるまい” ―――――――――…うん。うん、そうだね。でもそれが一つの目標だし…それに。
永遠に、憧れ続けるに決まってる。
――――――そうしたら今頃は、こんなふうに小さな大人にならずに済んでいただろうに。 あの頃、強い大人の象徴のように君臨していたセフィロスに憧れていた。そのセフィロスの歳までもう幾つもないというのに、それでも今の自分はこんなことを思って過ごしている。 まるで成長が止まってしまったみたいに、過去ばかりを見ているだけで。 「…返ったら、どうなる?」 ふと、クラウドはそんなことを口にした。 頭の中にあるのは、あのセフィロスの経緯である。 セフィロスとこの目前のカダージュの言うリュニオンは、実際の行動に相違点がありそうに思えるが、それでも彼らが共通して口にするそのリュニオンの原始的な意味合いは同じであろう。 リュニオン、再統合、返る場所…それはあの災厄、ジェノバの元に。 しかしそれをしてどうなる? かつてそれは宝条という男の実験であって、そこにあった目的はリュニオンの実証だった。だから過去のリュニオンというのは、リュニオンの行動が得られただけでも成功といえる節があったはずだ。何せリュニオンを一番に願ったのは、あの宝条だったのだから。 しかし今はどうだろうか、このカダージュは。 「どうなるかって?そんなのは決まってる。僕達は星に復讐するんだ。その為にリュニオンが必要なんだ。それはもうさっきも言っ…」 「違う。そうじゃない。そうじゃなくて…――――――お前は、どうなる?」 カダージュの声を遮って放たれたクラウドの言葉は、幾分か強かった。しかし感情の発露というほどのものではなく、それはどこか押さえ気味で。 その言葉を受けたカダージュは、呆然とした表情をクラウドに向ける。まるで、何故そんな事を聞くのか解らないとでもいうようなその表情は、明確にクラウドの瞳に飛び込んできた。 瞳の中の彼は語る――――――――そんな事は必要性の無いことだ、と。 そしてそれはやがて、口から言葉として放出されたのだった。 「―――兄さん、それって僕のことを心配してくれてるの?…残念だけど、嬉しいなんて思わないね。僕達の目的はリュニオン、星に復讐する事。それだけだよ。解る?」 だから自分がどうなろうとそんなことは関係ない、そんなふうに続けるカダージュに、クラウドは切ないような視線を向ける。 そして、きっぱりと告げた。 「解らない。解りたくなんか無い。だってそうだろう、人間じゃなくても良いだなんて、そんなの―――――解りたくなんてない」 「何、それ?」 首を傾げるカダージュに、クラウドはぽつりと言う。 それはかつて、お前の同胞が言った言葉だ、と。 しかしそれはどうやら逆効果だったらしく、その同胞の意味するものがセフィロスだと読み取ったカダージュは途端に顔を曇らせていった。そうしてやがてその表情は、怒りのそれへと変化していく。 カツン、そう音がして、クラウドの僅か数センチ目前にカダージュが踏み出す。 思念体だと自らを語った彼が、カタン、と音をさせて。その一歩を。 「――――――――あのセフィロスも、裏切り者だ」 怒りに彩られた表情は、感情の抑制というものを一切持ってはいなかった。ただ純粋にその怒りを最大限に放出し、相手へと向ける。 しかしその最大限の怒りという感情こそが、クラウドの瞳を悲しませていたのは言うまもでないことだった。 「あの人は母さんを愚弄したに過ぎない。確かに、そう…目的は合ってたかもね?でもセフィロスなんかに本当のリュニオンは出来るはずない。だってあの人は…」 段々と見開かれていく目。 その中で揺れている怒りは、クラウドを確実に捉えていく。 何故なのだかクラウドは、そのカダージュの瞳から逃れることができなかった。 「あの人は母さんに逆らった!母さんを利用したんだ!僕達は母さんの元に戻らなきゃいけないのに、あの人は母さんすら脅かしたんだ!」 「それは、セフィロスコピー計画が…」 「違うよ!あれは意志だよ、あの人のね。それなのに…その謀反者に加担して今度は兄さんが裏切ったんだ。…この星を助けた。母さんを、裏切った」 「違う、俺は…」 「違わないよ、何もね」 ふふ、そう笑いながらすっと腰を下ろしたカダージュは、静かに目を向けてくるだけのクラウドにそっと手を伸ばす。 それはクラウドの左頬を覆い込み、親指は目じりを捉えてくる。 カダージュはその親指に微かな力を込めると、眼球を晒すようにグイと皮膚を下に引き下げた。 そして。 「知ってるよ、全部。――――――見せてあげようか?」 「―――!」 クラウドの瞳は、急速にカダージュの瞳に吸い込まれていった。
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