In Water
------------------------
「うひょー!良いねぇ。姉ちゃんの乳がたまらねぇな」
開口一番はしたない事を言い出したシドに、クラウドは顔面パンチをくわらせた。
何たるえげつなさなのか。
「ってえ…何すんだクラウド!」
「あほ!シドがいきなりプール行こうって言い出すなんておかしいなって思ったら…やっぱりそういうことかよ」
――――――――夏。
このうだるような暑さの中、いきなりプールに行こうなんて言われたクラウドは、最近鈍り切った筋肉を見せるなんて嫌だなあなんて思いつつもそれを承諾した。それだというのに、まさか目的がそれだったなんてあまりにも許せないことである。
顔面を押さえるシドに向かって、クラウドは大きな溜息を吐く。
まあ…仕方ない。
夏といえばやはりそちらに目がいくのは当然だから。
しかし筋肉を心配した自分があまりにも馬鹿馬鹿しすぎて虚しいという話である。
そんなクラウドは、シドに付き合って酒と煙草三昧だった最近に気になりだした腹部をさすさすと手でさする。その行動を見ていたらしいシドは、
「なんでぇ。男のくせによ。腹なんか気にしやがって」
そんなふうに毒づいた。
「シドが言うなよ。シドのおかげで俺がどんだけ不健康になってるか…」
「へっ。まあ気にするな。大丈夫だって。あんだけ激しけりゃ体力ついてるに決まって…痛ぇ!!」
「黙れ、エロオヤジ」
水面下でサクッと足を踏んだクラウドにシドは、オヤジじゃねえ!と違うところに文句を垂れる。まあこんなことは日常茶飯事で本当にいつも通りのことだ。
が、それはともかくとして問題はこのプールのことである。
遊戯場の意味合いも込めて出来上がったこのプールは、飛び込み台のような派手なものから流れるプールのような子供向けのものまであり、ついでに言えば滑り台なんかも複数あった。きゃいきゃいと騒ぐ目に眩しい女性の姿が見えるのは砂浜をイメージした浅めのプールである。
大体この季節はきゃいきゃい騒ぐために来る人が多く、だから混んでいるのは浅いやつだった。本格的な飛び込みなんぞはかなりすいている。
「うし…あれやるか、クラウド」
「はあ?」
シドがその飛び込み台を顎でしゃくりながら差したもんだからクラウドは思わず素っ頓狂な声を上げた。
あれって―――――――――飛び込み台!?
「おいおいシド。大丈夫かよ。やめとけよ」
あんた酒と煙草の過度摂取で不健康なんだからさ、と言いたかったがそこは敢えて止めておく。
そのクラウドの優しい忠告を無視したシドは、おっしゃ、などと一人で気合いを入れ始めた。しかもその 次の瞬間にはサクッと飛び込み台に駆け出していた始末である。
そんなシドの後ろ姿には青春と言う言葉がピッタリだ……嗚呼、スバラシきかな人生、もとい青春。
とにかくどういう訳だか飛び込み台から飛び込みたいと思ったらしいシドを、クラウドは溜息混じりに見詰めた。
あーあ、また始まった。
いつもシドは言い出したらきかない。
例えばそれがまともなものだったらばまだ良かったが、たまに無理に決まっている事にまで意地になったりするから困るのだ。
「世話女房じゃないんだからな、俺は…」
だけどまあ、今回はまだマトモか―――――そう思う。
飛び込み台から飛び込むくらいならまだ、清水の舞台から飛び降りるよりは命の保証ができる。
やれやれ――――――――…
クラウドがそう思って、いざ飛び込もうとしたシドを見ると……
「ひゃっほーい〜!!!!!」
「……」
――――――――楽しげなシドの雄叫びが響いていた…。
暫くしてプールから戻ってきたシドは、ニヤニヤ笑って「どうだった俺様のダイビングは?」などと聞いてきた。しかしクラウドはそれに対して「興味ないし」などととてつもなくつれない言葉を返す。だもんだからシドはぷっくり膨れてしまった。
「おいおい、お前な!折角ワイルドダンディーな俺様が華麗なる…」
「はあ…幻聴が聞こえる…」
「こらあ!聞け!耳かっぽじって聞け!!」
クラウド、聞く耳もたず。
それどころか「ああ、疲れた」などといってサクッとその場を去ろうとまでする始末である。
シドはそんなクラウドに大きな溜息をわざと吐くと、
「お前って奴は本当に感動が薄い奴だな」
そんなふうに言った。
確かにクラウドは感動が薄い人間だった。というか多分、冷めているといった方が正しいのかもしれないが、昔のようにこれとって目的もないためか、本当に大したことでは動じない。そんなクラウドを相手にしているとシドの方がやたらめったらと感動屋に見える始末である。
そう言われたクラウドは、シドを振り返って、悪かったな、とだけ言った。
ここでも動じないらしい。
「俺はこういう人間なんだ。それ分かっててシドが俺についてきたんだろ。俺のせいじゃない」
「へえへえ、そうですよ。俺がぜーんぶ悪いんですよ。はっ」
ヤケになってそう答えるシドにクラウドは、ほんの少しだけ笑った。それはシドの目にはっきりと映る。
そしてその瞬間、シドはクラウドの背後に駆け寄ると、後ろからガッツリその体を抱きしめて、そのままプールの中に飛び込んだ。
「わっ!何す…っ!!」
「無感動屋さんにプレゼント、ってか」
ザッパーン
シドとクラウドが落ちたそのプールは、飛び込み台がある部分のプールだったのだから深さは相当なものである。飛び込み台から飛び降りるよりは圧力がないからそれほど深くまで沈まなかったものの、足がつかないのは妙な感じがする。
ブクブクブク…
突然のことで少しだけ水を飲み込んでしまったクラウドは、苦しそうに片目を瞑っていた。しかし開いた方の眼にはシドが映っていて、そのシドはニヤリと自信の笑みを浮かべている。
『此処なら誰にも見つからないぜ、クラウド』
『…何バカなこと言ってんだよ』
目と目で会話をする。
確かに此処なら見つからないし二人きりだけれど、いかんせん環境が悪すぎる。息ができない。
しかしそういう環境でありながらもシドは、浮かび上がっていくクラウドの体をガッチリ掴み、更には首をグイと引き寄せた。
そして、水圧の中、それに負けないキスをする。
『……』
ブクブクブク…
そのせいで僅か開いた口から水が流れ込む。
悪環境でこんなバカなこと―――――――いつもだったらそう言ってすぐさまパシンと叩かれそうなものなのに、この時のクラウドは特に何もしなかった。ただ、キスを受けるだけで。
水面はもうすぐ先。
ゆらゆらと揺れる水の壁に光が見える。
そこに辿り着くまでの僅かな間。
それがタイムリミット―――――――。
ザッパーン
やがて水面に現われたとき、二人はすっかりキスを終えた後だった。
あれは正に、公衆の場での二人きりの空間。
やっとこさ空気の中に出た二人は、ふう、と息をついて、お互いを見やる。クラウドの視線は少し呆れも混じっていたもののそれほど悪いものじゃなく、やっぱりちょっとだけ笑っていた。
それを見てシドは、ニッ、と大きく笑う。
何となくさっきまでの雰囲気が一転しそこには二人だけのムードが漂っていたが、そんな優しい雰囲気もそうそう続く事はなかった。
何故ってそれは――――――――…
「お客さんー!何やってるんですか!そこは入っちゃ駄目ですよ!!」
ピー、などとホイッスルの音をさせてそう叫んだのは、紛れも無く監視員である。
そう…此処は何を隠そう、きゃいきゃい騒ぎにくる遊技場のようなプールなのだから、本来飛び込み台のあるプールはそれ以外には使ってはいけないのだ。
「……」
「……」
さよなら、折角の雰囲気。
シドの演出もすっかり意味なしで終わった――――――――と、思ったが。
「良し、クラウド!上がろう、休憩だ!」
「え。休憩?ってもしや…」
全く懲りていないらしいシドは、プールから上がりながら笑う。
そして。
「飲むぞ〜!!」
―――――――――――――――――…やっぱり。
「もう…!死んでも知らないからなっ!!」
クラウドの声は、空高く響いたのであった。
END
■
back
■
|