「この屋敷には、15人の住人がいる。私とレノを除外して、15人だ。彼らはまだ幼く、そしてさる事情により保護者がいない」
「孤児…?」
「そう、孤児だ。確かお前も孤児と共に暮らしているんだったな」
「……」
 確かに、それはそうだった。
 今ではそれが普通になっていてそんなふうには思わないが、確かに孤児という存在には関わっている。それはティファの考えでもあるのだけれど。
 ツォンはクラウドの様子を伺うようにしながら、次の言葉を繰り出した。
「ルーファウス様は孤児救済という事を考えていらっしゃる。しかしそれはあからさまな慈善事業であったり利益目的の事業であってはならないともお考えだ。だからこれは、言わばルーファウス様の個人的なものといえる。そして、個人的なものだからこそ大掛かりに大人数へ救済の手を差し伸べることができないんだ」
 だから、15人。
「事業化すれば人を雇用し拡大を図ることも可能―――しかしそれは、しない。ルーファウス様はあくまで自分の手の届く範囲でそれを実行されている。二日に一回は、この屋敷にルーファウス様もいらっしゃるんだ。そして彼らと話をしている」
「…何でそんな事」
 あのルーファウスが孤児の一人一人と話を?―――――考えられない。
 一体どういう風の吹き回しだという気がするし、そんな事をしてどんな利益があるというんだという気がする。いや、利益目的ではいけないのだからそんなものは要らないのか。
 それにしたって、どうしてルーファウスが突然そんなことをしだしたのかが分からない。これがもし事業化していたならばまだ納得もいったというのに、現実はそうではない。
「人間、変わる時は変わる…ってね」
 ふと、ツォンの脇にいたレノがそう口を開いた。
 そのレノの言葉に、ツォンが嗜めるように「レノ」と厳しい声をかける。
 しかしレノはおどけた風に手を広げるだけで、自身の言葉を曲げようとはしなかった。そしてクラウドに目を向け、緩い表情ながら真面目な言葉を放つ。
「昔は気付かなかった事でも、今になってみりゃそうだったのかって気付く事もあるんだぞっと。昔は嫌いだったものが好きになったり、昔は許せなかったものが許せるようになったり。かくいう俺達もそんなモンだろ?昔は敵だった、でも今はそうじゃない」
「……」
 まあ、一理ある。そうは思う。
 しかしルーファウスと孤児とを繋ぐものが、そういうものの中に含まれているかどうかは分からない。少なくともクラウドにとってルーファウスというのは今でもまだ少し微妙な存在なのだから。
「昔俺達が敵同士だったのはどうしてかっていうと、神羅があったからだ。あの頃の世界にとっちゃ神羅の存在なんて当然も当然だった。でもま、当然ってやつが崩れちまうと途端に状況は一変するってワケ。それはあの人もおんなじ事」
 ルーファウスの中で当然だったものが崩れたから、とでも言うのか、レノはそんなふうに言った。クラウドは別段それに否定を返すことなく、ただ、此処に自分を手配したルーファウスの事を思い浮かべる。
 恋人にならないか?、そんな馬鹿な言葉を吐いて笑っていた。
 もう手配してしまったんだと、そんな勝手なことを突きつけて悠然としていた。
 どこからどう見ても余計なお世話で理解不能だというのに、それでもルーファウスはこんなふうに孤児に接して何かをしようとしている。それはクラウドの中のルーファウス観を、少しだけ変えるに至る事実だった。
 が、それにしてもまだ分からない点がある。
 その事実が分かったのはともかくとして、此処に来た意味――ツォンはナビゲーションだと言ったが、それがよく分からないのだ。もしかするとこれは単に、ルーファウスが個人的に孤児に接しているという事実を提示する為だけの手配だったのだろうか。しかしそれであるなら口で言った方が何倍も早いというものだろう。
「…それで、俺にどうしろって言うんだ。ルーファウスが孤児と接していることは分かった。でも、それがどうだって言うんだ。俺は此処に呼ばれただけで、それは仕事の話だとしか聞いてない」
 仕事が無いというならば、もう此処にいる必要性は皆無だ。
 そうハッキリと言い放ったクラウドに、ツォンは「まあ、そうでしょう」などという言葉を放つ。それはまるで、すぐにでも帰ることを許可するかのような物言いだったが、実際の所は単なる繋ぎでしかない肯定言葉だった。
 それが証拠にツォンは、まるで此処からはビジネスだとでも言うように、一枚の紙をペラリと示す。しかしその紙に書かれていたのは契約の云々でも何でもなく、何か商品の名称のようであった。
 まず、とツォンは言葉を放つ。
「此処にピックアップしたものを購入してきて欲しい。資金は我々から支給するから安心してくれ。そしてこれらを購入したら、記された期日に再度この屋敷に運んで欲しいんだ。まあ運び屋の範疇外の事も含まれてはいるが、大した内容ではないだろう?」
「購入って…一体これは何なんだ?」
「見て分からないか?」
 クラウドが目を落としたその紙には、商品がリストアップされている。
 しかしその商品群は何故だか妙な物体ばかりで、とてもルーファウストとは関連が無さそうなものばかりだった。一体こんなものを購入してどうするのか、クラウドは自然と首を傾げる。
 しかしそんなクラウドに、容赦なくツォンはギルを差し出した。
 それは束になっており、相当な額だと分かる。恐らくリストアップされた物体を全部買ったとしても有り余るくらいのものだ。
「では、頼んだぞ。期日はそこに書いてある。その日に、此処に運んでくれ」
「でも、これは…」
「では私はこれで。レノ、行くぞ」
 ツォンはクラウドの言葉を遮断するようにレノに呼びかけると、すくっと立ち上がる。それに反応して体勢を正したレノは、クラウドに軽く頭を下げるような素振りをすると、そのままツォンと共にその部屋を出ていってしまった。
 そうして、本来客人といってもおかしくないはずのクラウドだけがその部屋に残ることになる。部屋は当然シンとしていて、いかにも取り残されたという感じがした。
「全く…何なんだ、一体」
 仕事の話だと聞かされてわざわざこんな場所まで来たというのに、出てきたのはこんな意味の分からない事実―――――――そもそもあれじゃ説明にさえなっていないじゃないか。
 嵌められた、クラウドはまたしてもそう思う。
 これ以上関わりたくないのに状況はどうやらどんどんと悪化しているらしく、関わらないどころか深みにはまるばかりで分が悪すぎる。このままでは脱出できないくなってしまうのではないか、と思う。
 でも――――――――。
「……」
 残されたその部屋で、クラウドは静かなため息を吐いた。
 ギルの束を握り締めながら。
 
 
 
 紙に書かれた期日までには数日の猶予があった。
 その間にクラウドは、気が進まないながらも取り敢えずリストアップされた品々を購入し、残りのギルはそのままに放置していた。購入した品を自宅に置いておくのは何だか妙な気がしたが、普段仕事で家に居る事が少ないクラウドにしてみればそれは既に置物と同様である。だからさして思考に入り込むことは無かったのだが、やはりふと目に入ると何か違和感を覚えた。
 そうして購入した商品が置物と化してから数日。
 とうとう例の期日がやって来、クラウドは約束とおり…というより半ば強制的だと思うのだが、ともかくもあの辺鄙な場所にある屋敷へと向かった。以前そうであったように人一人しか入れないような道をバイクで通り抜け、忌々しいとも思えるそこへと向かう。相変わらずそこは辺鄙という言葉が似合うような場所だったが、二度目ということもあってか以前のように戸惑うようなことは無い。が、やはり行き着く場所があの屋敷であり、更にはそれがルーファウスと関連していることを思うと、どうしても何か釈然としないものが心に残った。
 この数日間、何度かルーファウスの元に赴こうかと思ったものである。
 何時もであれば、そんな事はつゆにも思わない。それでもルーファウスの方が呼び出してくるものだから嫌々向かうということになる。
 がしかし、今回は何故かそのようなことも無かったのだ。
 まあ数日だけだったことを考えると別段用事が無いのであれば呼び出す必要性も無いと考えられるが、それにしたってあんな話を振った後なのである。何かアクションがあってもおかしくはないだろう。
 けれど、それでもルーファウスからもアクションは無かった。
 だから、クラウドも何もアクションを起こさなかった。
 ―――――――…一体何を考えているんだか。
 クラウドは屋敷に向かう間そんなことを考えていたものである。そんなふうに思うなら直接にも聞けば良いのだろうが、ルーファウスの方から呼び出されたわけでもないのに自ら其処に向かうとなると、尚更相手の思うつぼのようで何だか嫌だったのだ。それに、単純に面倒だとも思う。
 でも、それでも心のどこかでルーファウスの真意が気になっている。
 一体何を考えあの場所に向かわせ、一体何を思ってあんなリストアップをしたのか。
 リストアップに関してはルーファウスの意思だとは言っていなかったが、恐らくあんな用件はルーファウスの発想に違いない。何しろ、ツォンやレノが自らの発想でクラウドにそんなことを頼むなんて考えられないことだ。
「…見えてきたな」
 クラウドは大きな荷物をバイクに積みながらも、ようやく見えてきたあの屋敷にそんな言葉を漏らす。その屋敷は、相変わらずの様相を呈していた。
 
 数日振りの屋敷は、以前来た時と同じ雰囲気でクラウドを迎え入れた。
 但し以前と違う所が幾つかあり、まず第一に違ったのは、クラウドを出迎えた人物がツォンやレノではなかったという事実である。
 その日クラウドを出迎えたのは、クラウドの見知らぬ人間だった。
 しかもそれは―――――――――――――――――"子供"だったのである。
 重苦しい扉を僅かに開けてクラウドを見つめた二つの瞳は、あまりにも純粋そうな、それでもどこか寂しそうな色をした、そんな瞳だった。背丈はクラウドの半分ほどしかない。その時点でクラウドは、それがツォンの言っていた孤児なのだと気づいたものである。
 そう、確かツォンは言っていた。
 この屋敷には、ツォンやレノ以外に15人の孤児がいるのだ、と。
 そしてそれはルーファウスの個人的な意思で此処に集められていると…確か、そう言っていたのだ。
 つまりそれは、孤児の一人なのである。
「…お兄ちゃん、誰?」
 クラウドを見つめながら、その子供はそんなことを口にした。まあ当然だろうか、見たこともない他人が突然屋敷にやってきたのだから。こんな辺鄙な場所では、そうそう人も訪ねてなど来ないのだろう。
 クラウドは、その子供をじっと見遣りながらも返答に困り黙していた。
 頭では分かっている、彼らがどういう存在で、そしてどうして此処にいるのかを。しかし、それを分かってはいても、だからといってどう接すれば良いかはまた別の問題である。今迄少なからず孤児という存在と接してきたクラウドにとって、それは初めて直面する問題ではなかったが、それでもやはりこういう場面に遭遇すると、本質たる部分が表面化してしまうのだか戸惑ってしまう。
 そう、そもそも――――――――自分も、同じだから。
 目前にいる孤児の瞳は、純粋そうで、でもどこか寂しそうである。
 それはまるで、誰かを信じたいのに信じられず、行動を起こしたいのに行動できず、自我をもっているのに発揮できないでいるような、そんな様子に見えた。
 そういう様は、何だか自分に似ているようにクラウドは思う。
 最近では少しづつ変わってきたものの、それでも本質たる部分を拭い去ることは容易ではない。いや、むしろそれは無理なのじゃないか。無理だからこそ、変化というものは、本質を基盤としてその上に何かを積み重ねていく…つまりはプラスアルファという事になるのではないだろうか。
 いずれにせよ、今この孤児を前に、そのプラスアルファの部分で接することは難しい。何しろその子供は、クラウドのプラスアルファを消し去ってしまうほどの何かを持っていたから。
「お兄ちゃん、誰?ルーのお友達?」
「え…?」
「それとも、悪い人なの?」
「あ…俺は、その…」
 悪い人じゃない、そう言いたかったが、何だかあまりにも妙な物言いだし、何故だかとても躊躇う。そもそも悪い人というものの定義が曖昧すぎる。勿論社会的には悪い人ではないが、それでもこの子供にとって自分が確実に良い人間かどうかは甚だ疑問である。
 が、そんな事よりも前に、クラウドには引っかかる部分があった。
 それは、子供が口にした言葉である。
 確かに今、この子供は言ったのだ。ルーのお友達?、と。
 "ルー"というのはルーファウスの事に違いない。それは分かるのだが、あのルーファウスがこの子供にそんなふうな呼ばれ方をしているのが何だか妙に思えたのである。いや、というよりもむしろそう呼ばせているのかもしれないが、それであったとしてもやはり妙には変わりない。あのルーファウスが?、と思ってしまう。
「友達…なのかな。…いや、違う。仲間―――かな」
 仲間?
 ルーファウスと自分が?
 ―――――――在り得ない、馬鹿馬鹿しい。
 そう思うし、事実以前は敵同士だったのだから矢張りその言葉は確実ではない。しかし今この子供にも分かるように説明するには、そういうふうに回答するほか無かった。
「仲間?仲間って、お友達と一緒だよね。お兄ちゃんは悪い人じゃないんだよね」
 子供はクラウドを見つめながら少しだけ笑うと、そんなふうに言う。
 それを聞いてクラウドは何か反論めいたことを口にしようとしたが、最終的にはそれは言葉にならなかった。
 やがて子供はクラウドを見ながら完全な笑顔を作ると、じゃあ入れてあげるね、と扉を大きく開けたりする。この前ツォンによってすぐに開けられた扉は、今日、僅かな判定をされてようやく開けられることとなった。
「…ありがとう」
 クラウドは大きな荷物を手にしながら、戸惑いながらもそう告げる。
 一体何に対して感謝をしているのかも分からないままに。
 
 屋敷の中。
 そこには前回と違い、15人の孤児たちがいた。
 多分以前来たときにもこの屋敷の中には彼らがいたのだろうが、姿を見なかったためかクラウドにはその実感が無かったものである。しかし今日は、一つの部屋に正に15人が勢ぞろいしているといった感じで、あまりにも彼らの存在が大きく飛び込んでくる。
 ツォンやレノは仕事で出払っているのだろうか。
 確か他事業の手伝いもすると言っていたから、もしかしたらそういう事情もあって留守にしているのかもしれない。
 しかし、もしそうだとすると今は彼ら15人だけしかこの屋敷にいないということになってしまう。果たしてそんなことがあるのだろうか。
 クラウドがそう思っていると、孤児の中の一人がクラウドに近づいてきて、何やら興味ありげな様子で口を開いた。
「ねえ、お兄ちゃん。そのおっきな荷物なあに?」
「え?」
 そう聞かれて、クラウドは自分が手にしていた大荷物の方に顔を向ける。その中には当然、リストアップされた品々が入っているのだが、それはあくまでツォンに頼まれたものであって…まあ大本はルーファウスだろうが、ともかくも頼まれたものなのだから彼らにそれを提示するわけにはいかなかった。子供相手に警戒も何も無いが、こういう時でさえ仕事上のものだから、と理由付けてしまうのは最早性格だろうか。
 ともかくクラウドは、なるべく優しく拒否を返す。
「これは…ごめん、見せられないんだ。大したものは入ってないし、な」
 がしかし、子供はその言葉にさえ反応を示す。
「大したものじゃないのに、教えてくれないの?」
「あ…うん、ごめん。仕事の荷物なんだ。だから無理だ。それに君たちには関係無いものだから」
「ふうん…。なあんだ、お願いしたのが叶ったのかなあって、そう思ったのに」
「お願い?」
 クラウドは首を傾げそう問い返す。
 すると子供は、ちょっと残念そうにしていた顔をぱっと明るくさせて「うん!」と元気良く頷いた。
「あのね、あのね、この前ルーにお願いしたんだ。ルーが何でも欲しいものあげるよって言ったから、お願いしたの。あたしはご本が欲しかったからね、そう言ったんだ。クリスマスのご本なの。お化けが出てくる話なんだよ」
「え…?」
 あれ、と思う。
 何だか妙な感覚になる。
 
 
 

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