choices ある夏のこと。 ルーファウスの言葉に大いなる悩みを抱えることになったクラウドは、ため息をつかんばかりの毎日を送っていた。 ストライフ・デリバリーサービスという運送業を営んでいるクラウドは、それなりに仕事をしていながらもその性格が影響してかあまり客足が伸びていない。がしかし、たまたま居合わせたルーファウスが仕事を回してやろうだとか大きなお世話を焼いた為、今ではその忙しさたるや並ではなくなっているのだった。 別にそんなこと、頼んじゃいない。 クラウドの言い分としてはそれなのだが、まあ実際仕事を回してもらっている現実には代わりがない。となると、クラウドにとってルーファウスというのは漏れなく恩のある人ということになるわけだ。 非常に嫌な事実――――――クラウドはそう思う。 そんな余計なお世話を焼いてくれたおかげで今ではルーファウスに呼び出されて午後の紅茶だとかなんだとかいうどっかの商品名みたいな時間を一緒に過ごす羽目になり、まったくとんだ災難である。 しかし、そこまでは良い。 百歩でも五百歩でも、大負けに負けて千歩でも、そこまでは良いのだ。 問題はその先、ついこの間ルーファウスが口にした素っ頓狂な言葉にある。 "恋人にならないか?" ――――――――ありえない。 何が悲しくてお前なんかの恋人にならなくちゃならないんだ!、クラウドは当然そう反論したのだが、ルーファウスはそんなものは物ともせずに涼しい顔をしてこう言った。 私がそう望むからだ、と。その答えからしてありえない。 しかし仕事上の付き合いがある以上、顔をあわせないわけにもいかないわけで、クラウドは非常にこの事態に頭を抱えていた。 明日は、ルーファウスの元にいくことになっている。 それは仕事上の話だし断るわけにはいかない。尤も、ルーファウスとの縁を切って以前のようにこじんまり仕事をやるというならばそれは出来ないことではないのだが、既に顧客になっている人々のことを考えると無碍にもできない内容である。何しろその顧客は、ルーファウスと少なからず関係がある人々なのだ。 「…かといって、そんな馬鹿な話に乗るわけにはいかないしな」 クラウドは、独り自宅で項垂れる。 いかにも気が重い。 もしあれが冗談であればそれほど良いこともないのだろうが、残念なことにあの男の言葉は絶対嘘ではないのだ。それはここ最近の付き合いでよく分かっている。…まあそれが分かってしまうようになった事はかなりショックなことでもあるのだが。 「仕方ない」 クラウドは時計を見やりながら寝支度の準備をすると、重いため息を吐きつつもそう呟く。 仕方ない。 仕方が無いから――――――――――諦めてもらおう。 クラウドがその件について口にしたのは、正にルーファウスと顔を合わせた瞬間のことだった。開口一番「諦めてくれ」と言ったクラウドに、ルーファウスはうんともすんとも言わない。しかしそれでもその「諦めてくれ」がどこから繋がっているかは良く理解しているらしく、何だか奇妙にニヤニヤと笑っている。 それがどうにも気になったクラウドは、もう一度念を押すように同じ言葉を口にした。 「諦めてくれ」 「ふうん…なるほど」 ルーファウスはどうとも取れないそんな言葉を発すると、まあその件は後にしよう、などと言ってクラウドに席を勧める。 ルーファウスの所有しているロッジは、その人には似つかわしくないくらい自然の中にあった。まあそれは一年前から知っていたことなのだが、未だにクラウドはそれが似合わないと感じている。それもきっと、ルーファウスの以前の姿を覚えているからだろう。 神羅という会社はクラウドにとって忘れられない大きなものだった。 それはルーファウスにとっても同じことだろうが、ともかくその会社はあまりにも機能的で、且つ無機質すぎたのである。その上その会社が行っていた非人道的な事柄を思い起こせば、それは自然とはまるで正反対…要するにルーファウスに神羅のことを重ねているとどうしてもそこにギャップが生まれるわけだ。 ―――――――それも昔の話だけど…な。 頭では分かっているから、クラウドはそんなことを心中で呟きながらも勧められたままに椅子に座る。 籐で出来た椅子はいかにも涼しげでこの部屋に合っていた。 窓からは明るい日差しが入り込んでいる。 部屋は非常に広々としていて、その上必要最低限のものしか運び込まれていないからとてもクリーンに見えた。 そんな場所に、ルーファウスと二人。 「まあ、クラウド。ビジネスの話でもしようじゃないか」 「ビジネス?」 そうだ、ルーファウスは足を組み背もたれにべっとり背を付けながらそんなふうに頷く。 そして、胸の内ポケットに入っていたらしい紙切れをペロリと取り出すと、人差し指と中指でそれをひらひらさせながらクラウドに言う。 「新しいクライアントだ。これは私の大の得意先でもある」 「そんな大きな相手なんか俺は…」 そう拒否しようとすると、有無を言わさないとでもいうようにルーファウスの言葉が降りかかった。強行に話を通そうとしているらしい。 「まあ今迄のクライアントとは確かに違う。今迄のクライアントは私と然程関係深くはない。私のグループ会社の一部が担当していた顧客を、そのまま君に流しただけだからな。要するにもう既に私との関係は切れている、書類上はな。…が、今回は別口だ。正に今私が――――グループ会社ではなく私自身が取引しているライアントだからな」 「だから何で」 そんなものは欲しくない。 ルーファウスが今までに斡旋…というと聞こえが悪いが、ともかくそうしてくれたクライアントだけでも十分である。何せそのクライアント達は、ルーファウスの言葉とは裏腹に、ルーファウスの関連する会社との関わりを自負しているのだし、そこからの紹介とあってクラウドと取引しているのだ。そういうこともあって彼らは、あの会社の関連者だからと言ってまた別の人間にクラウドを紹介したりする。つまり段々とクライアントは増えていくわけだ。 そこにきて、更に別口の、しかもそれほど大掛かりな客など持ってしまったら、本当に仕事に手が回らなくなってしまいそうである。 「悪いけどこれ以上は引き受けられない。俺だけじゃ手が足りなくなる」 クラウドが本心からそう言うと、ルーファウスは、 「だから言ったんだ、デリバリーサービスを組織化すれば良いとな。今からでも遅くは無い、資本なら私が工面してやるが」 そんなことを言った。 その話はもう何度かされていたしクラウドも悪い話ではないとは思ってたが、それにしたってそこまで大掛かりに仕事をやろうという気持ちになれない。そもそもクラウドがこじんまりとデリバリーサービスを始めたのは、あまり表舞台に出たくは無いという気持ちも少なからずあったからなのだ。 それなのに――――――――…やっぱりこれは余計なお世話だろう。 「それは必要ない」 クラウドがきっぱりとそう言い放つとルーファウスは、そうか、残念だな、などと言った。がしかし、その割りに顔はさして残念そうではない。まあ今まで何度も断っているのだからさして期待をしているわけでもないのだろうが。 「まあ、内容自体は大したことじゃないから大丈夫だ。単に相手が私の大の顧客というだけの話だ。それにこれは絶対に引き受けてもらわねばならない」 「何だって?」 「実はな、もう既に話は通してあるんだ」 「なっ…!勝手なことするなよ!」 驚いてそう叫んだクラウドに、ルーファウスはいかにも凉しげな顔をしている。 どうやら、クラウドがどんなに拒否しても絶対にやって貰うという意思らしい。ルーファウスの場合そう言い出したらきかないし、それは既にクラウドも分かっている。その上、絶対に拒否できないように工面までされているあたりがこのルーファウスなのだ。 …あんまりにも分が悪い。 「…全く」 クラウドはため息を吐くと、少しだけルーファウスを睨んだ。 あまりに大きなお世話を焼く目前の男を。 しかしルーファウスはふっと笑うだけで、後は何も言わなかった。ただ、手にしていた紙切れをクラウドに渡すだけで。 ルーファウスから手渡された紙切れには、住所が書かれていた。 それはどうやらルーファウスの大の顧客である人物の住所のようだったが、今までクラウドが仕事で赴いてきた場所とは全く違っている。普段は市街地であったりそれなりの高級住宅地だったりするのだが、今度はやけに辺鄙な場所でとても大の顧客とは思えない。 一体どんな輩なんだか。 クラウドはそう思いながらバイクを走らせた。 そうして走行すること約三時間、あまり地質の良くない地面にバイクを滑らせ、市街地とは正反対の奥地に入り込んでいく。今迄開けていた視界が段々と狭まっていくと、その先はとうとう人一人分しか入れないような狭道となっていった。バイクでギリギリ入れるというくらい、これでもし歩かなければならないくらいだったらとっくに放棄していたところだ。 しかしそれは免れ順調に進んでいくと、ようやく目的の場所がクラウドの視界に入り込む。それは、さすがにこんな場所にあるだけあって、あまりにもボロい家だった。 煉瓦作りの、厳しい門構えの家。 これがもし綺麗に整えられていたら一端の豪族といったところだが、残念ながらそういかなかったのはひとえにそれが掃除されていなかったからだ。そう、だからボロく見える。所々に出来た蜘蛛の巣にはしっかり住人がいるし、煤などはそこら中に広がっている。その上煉瓦の一部は欠けてしまっているし落書きまでされている。厳しい門は塗装が剥げたままで枯れたツタが絡まっているという有様。 ――――――――これが大の顧客の住む家か? 「…ハメられたんじゃないだろうな」 クラウドはあからさまに嫌そうな顔をしつつ、ポケットに捻じ込んでいた紙切れを取り出す。一応住所を確認してみたが、それは確かに此処で合っていた。 取り合えず此処まで来たからには訪ねなければ。 ルーファウスの顔を立てるだとかそんな気持ちは一切ないが、それでも此処までの労力を無駄にするのは嫌だと思う。だからクラウドは、その紙を再度ポケットに捻じ込み、一歩づつその建物に近づいていった。そうして、門の前に取り付けられていたインターフォンを押す。 もしかしたら壊れているかもしれないと思ったインターフォンは一応機能していたらしく、数分後に「はい」という低く落ち着いた男の声が返ってきた。一応住人はちゃんといるんだな、そう確認したクラウドは、自分がルーファウスからの紹介で来た人間だということと、それから己の名前を名乗る。 それが終わるとインターフォンの向こうからは「畏まりました」という律儀な言葉が返ってき、そして厳しい門が重々しく開きだした。ギイイ、という、いかにも油の足り無そうな音が響く。 クラウドはそれを耳にしながら、やれやれ、と思っていたものだが、その次の瞬間にはそんな思いも彼方へと吹き飛んでいた。 だって、顔を上げた瞬間に見えたものがあまりにも衝撃だったから。 それは、門の向こうの、家のドアのところに見えた一つの影。 これが―――――――――"大の顧客"!? 外観とは裏腹に綺麗に整えられている内装は、それほど嫌な感じを与えるものではなかった。むしろ昔ながらの温かみが残っていてどこか愛着を覚えるようなふうで、クラウドはその雰囲気に思いのほか安堵できたものである。 がしかし、問題は雰囲気云々ではない。 問題は…そう、このルーファウスの大の顧客とかいう人物の方だろう。 その大の顧客だとかいう人間は、今、クラウドの目前にしっかりと構えているのだが、それはどう考えても妙な面子だった。というよりも、これが大の顧客なのかと疑いたくなるような面子だったのである。 「すまなかった、このような場所に足を運ばせてしまって」 クラウドに紅茶を出しながらそう言ったのは、ルーファウスの言う大の顧客とかいう人物だが、クラウドからすればどう見ても―――――――元タークスのツォンだった。 黒く長い髪を束ねて以前とは少し違う雰囲気の服を纏っているが、それにしてもビジネス風であることからルーファウスと関わりながら仕事をしているというのは一目瞭然である。 が、それにしても何故この男が大の顧客という事になるのかが分からない。 その上更に分からないのは、ツォンだけではなくレノもそこにいるという事だった。何故こんなところでこんな面子に会わねばならないのか、まったく不条理である。 ツォンは、接待用と見えるソファの片方にクラウドを座らせ、もう片側に自分の腰を下ろした。その脇に、レノがだるそうなふうに立っている。 「ルーファウス様から話は聞いている。我々と契約、という事だな」 「契約も何も、お前たちが此処にいる意味が理解できない。どういう事だ、何か裏があるんだろう?」 クラウドが笑いもせずにそう言うと、ツォンとレノは顔を見合わせて笑った。 そして、幾分か真面目な顔つきに戻ってからツォンがそのクラウドの疑問に答え始める。 「ご明察というべきか、まあそういう事だ。だが安心しろ、裏といっても非道な裏じゃないからな。これは単に…そうだな、ルーファウス様からのナビゲーションとでも思ってくれれば良い」 「ナビゲーション?一体何の?」 「お前を引き込む為の、だろう」 ツォンはどう言うと、胸ポケットからすっと小さな紙を取り出した。それはルーファウスが渡してきた紙切れとは違い綺麗に整えられた紙で厚みがある。 それを差し出されて、クラウドはそれが名刺であることに気が付いた。 「これは…」 「我々の会社だ。勿論出資や権限はルーファウス様にある。私やレノは営業に近い形で色々な業務をこなしている。言ってみればかつてのお前と同じだ。何でも屋、と言うのか?」 ツォンはそう言って少し笑い、数秒後すぐにその笑みを消す。 そして、その会社についての事を口にし出した。ルーファウスに権限があり、ツォンやレノが現在在籍するその会社の概要を。 「ルーファウス様は色々な事業を展開されている。我々が在籍する会社はその中でも最もルーファウス様に近い場所に存在しているが、世間的には隠蔽されている。我々のこなす営業的な業務とはつまり、ルーファウス様の展開する事業の手助けだ。言わばこれは――」 「タークスが会社化したようなもの…って事か」 クラウドがそう呟くとツォンは、そう、と言いながら一つ頷いた。 ツォンやレノの在籍する会社は、表面的に会社組織にはなっているがあまりにもルーファウスのプライベートで動く組織である。だからこそ、その会社そのものの仕事という形には囚われず、ある時には別の事業を手伝い、ある時にはまた別の事業を手伝うと言うことになる。そこからするにそれは確かに何でも屋であるし、タークスが会社組織化したようなものだった。 「我々はルーファウス様のプライベートな令で動く事も出来る会社組織だ。だから特別な業務に囚われることは無い。…が、ルーファウス様がプライベートで行っている事が一つあってな、それだけは我々の定期的な仕事といえるかもしれない」 「ルーファウスがプライベートで…?」 あのルーファウスがプライベートで行っていることなど、考え付かない。何しろ会社や事業自体まるで趣味かのように動かせる人間なのだから、それ以外に一体まだ何があるのかという具合だ。 がしかし、ツォン曰くそのプライベートでの定期的な令というのは、各事業とはまったく関連の無いことであるらしい。そしてそのプライベートでの令とこの屋敷は、関連があるという。 |