【神羅学園フレンズダイアリー】

 

 

 

作戦が決行されたのは、翌日の下校開始時刻、おおよそ五時頃のことだった。

授業後に素早く学校を抜けたクラウドは近くの公衆トイレでサクッと着替え、おっさんが小用を足している背後をミニスカートで駆け抜けていった。おっさんが「え!?」と振り向いたのも無理は無い。

そして辿りついたのは神羅学園の校門前。

ずらずらと下校していく神羅学園の生徒たちからジロジロと好奇の目で見られながらも、クラウドはじっとじっと我慢してそこに立っていた。たまに生徒たちがこそこそ内緒話をして笑ったり、それどころかナンパしてきたりしたが、それもグッと堪えて待ち続ける。

作戦では、スパイ男のほうから話しかけてくる予定なのだ。

しかしまだそういう声はかけられていない。

「まだかな…」

クラウドは下校する生徒たちをきょろきょろと見回した。

こうして改めて見て見ると、神羅学園の生徒は確かにそこそこレベルが高いんだなあ、なんてことを思う。制服は決められているけれど、それを上手くアレンジして着こなしている生徒が多い。髪型だって格好イイ人が沢山いる。

それを見ていたら、何だかクラウドは自分のことが気になってきてしまった。だってクラウドは特にこれといって身だしなみをピシッと決めているわけではなかったし、そこまでお洒落に気を使っていなかったから。自分なんてよっぽど駄目だなあと思ってしまったのだ。

と、その時。

「ねえ、君。もしかして王子探し?」

「は、はいっ!お…わ、私ですかっ!?」

――――――来たああああ!!!

とうとうスパイが来た!

そう思ってクラウドはあわあわしながらもコクコク頷いた。まるで壊れたオモチャみたいな動きである。その変てこりんな動きもものともせずに、スパイ男はにっこりと笑って話を進めてくる。どうやらかなり慣れていると見た。

「なに、どんなのが好み?良かったら情報持ってきてあげるよ」

「えっ、ほ、ホントですかっ!?」

クラウドは嬉しくて仕方ないという演技をしながらも、とにかく何か好みを言わなくちゃと頭をフル回転させたものである。しかしどうだ、好みといったってクラウドは男の子である。好みは?と聞かれたら女の子の趣味を答えるのが当然なのであって、男の好みの模範解答なんて持ち合わせていないのだ。

これはどうしたら良いものか?

「えっと、えっと、えっと…!」

クラウドは引きつった笑顔を作りながらも必死に脳ミソを働かせたものである。しかし焦れば焦るほど訳の分からん言葉が頭の中を徘徊しどうして良いか分からなくなる。それどころか、段々と目の前のスパイ男すら誰かとダブって見えてくる始末だ。

そう、ダブって…。

「…あれ?」

おかしいな、そう思ったクラウドは、目をコシコシと擦ってじっくりとスパイ男の顔を覗き込んだ。何だか誰かとダブって見える、何だか誰かと…と思っていたのだが、それはどうやら嘘ではなかったらしい。

そう、スパイ男はどうやら見知った顔だったのだ。

「どうしたの?」

スパイ男がにっこりと笑ってクラウドの顔を覗き込んでくる。至近距離でその顔を見たクラウドは、今度こそこれは確実だ、と思った。

その男は、ザックスの後輩のルクシーレだったのである。

クラウドも彼とはそれほど頻繁に会うわけではないが、しかしまさかこんなところでスパイ行為をしているとは夢にも思わなかった。

「ザックスの…」

ザックスの後輩のルクシーレ、という気持ちがあったからだろうか。クラウドはいつの間にかそう口にしていた。正に不可抗力である。

しかしそれは、ルクシーレにとっては質問への回答に違いなかった。

「え?ザックス?君の王子ってザックスなの?」

「え…あ、あの、それは…!」

いかん!間違った!!

そう思ったが時は既に遅かった。

「ふーん、そうなんだ?ザックスみたいなのが好みかあ。君、変わってるね」

もしザックスが聞いていたら明日はルクシーレの葬式だろう。

「良いよ、持ってきてあげるよ、ザックスの情報。他の王子は誰かいる?」

「え、えっと…!」

ザックスの名前を間違って言ってしまったことに焦ったクラウドは、今更無かったことにはできないとわかっていても、そえを帳消しにしたい一心で色んな名前を次々に挙げていった。とにかく沢山名前を言えば、ザックスはその一人でしかない、というふうになるだろうと思ったからである。まあ実際そんなことをしても意味は無いのだが。

それだけではなく、こうこうこういう人が良いだとか、こんな感じの人がタイプだとか、学力レベルはこのくらいとか、身長体重奥行きはこのくらいだとか、そんなことも沢山話した。もはや結婚相談所の勢いだ。

「君の王子様はいっぱいだなあ。まあ良いよ、その分俺も頑張るし」

「は、はいっ!じゃあそんな感じでお願いしますっ!」

良し、やったぞ!俺はやったぞ!

クラウドはそう思い、内心ガッツポーズを決めた。

…のだが。

「全部で…20人くらいだね。じゃあ1人につき1万ギルだから、合計20万ギルだけど大丈夫かな?」

「は?」

「いや、だから。情報料だよ、情報料」

「え…ええええええ!!???」

――――――聞いてないよ!!!

そう思ったクラウドは、取敢えず、やっぱりその半分にしてくれと懇願した。これは作戦だから本当に払うなんてことはないだろうけれど、もし…もし万が一なんてことがあった日には、20万なんて金額は払えない。破産だ。豚さん貯金箱を泣く泣く割ったって足りやしない。

「分かった、じゃあ10人ね。ザックスは10人のうちに含めとくから心配しないで。それじゃ…明後日にまた此処で会おう?」

「は、はい…」

クラウドはぶるぶるしながらも取敢えず頷いた。

何だかもう気が気じゃない。最後の20万ギルの話を聞くまではまだマトモだったのに、あの悪魔の一言がクラウドを震わせたのである。

まあ考えてみればそれもそうだなあという気がしないでもない。だって、もしギルを払わなかったら、ルクシーレは情報提供するだけになってしまうのだ。それではただのボランティアになってしまう。スパイをするくらいなのだから、そこには何か利益があると考えるのが当然だったのだろう。

「そっか、ギルかあ…」

作戦を終えたクラウドは、しょんぼりしながらトボトボと公衆トイレに戻った。そうして、数分前と同じように着替え、今度は正真正銘の男としてトイレを後にする。

スパイ男がルクシーレだったことと、20万ギルの請求をされたことについて、やはりセフィロスに報告しておいた方がいいだろう。そう思ったクラウドは、もう一度神羅学園に戻ることにした。

「ん?あれって…」

ふと見ると、どうやら先ほど作戦を決行した校門前に誰かが立っている。しかもそれは数人のカタマリになっていて、その皆が皆、もじもじとした動きをしていた。

ははあ、あれが例の女子校生だな。

クラウドはそう思いながら、校門を潜り抜ける。

彼女たちも大変なんだろうなあ、好みの王子様を見るために頑張って来てるんだろうなあ、あそこって意外と緊張するもんなあ、と、同じ立場に立ったクラウドは思ってしまう。そう思ったからか、クラウドはついつい彼女たちを振り返ってしまった。……それが波紋を呼ぶとは知らずに。

「なになになにあの人!ちょっと可愛くない!?アリなんだけど!」

「どれどれ?きゃ〜ほんと可愛い〜!あの人誰?」

「ノーマークだったし!ちょっと誰か名前聞いてよ!」

「そんなの出来るわけないじゃん!!」

―――――――何だか嫌な予感がする…。

クラウドは直感的にそう思った。

そう思ったから一目散に校舎に駆け込んだものである。

さすがの彼女たちも校舎までは入ってこないし、これで一安心だ。そう思って胸を撫で下ろしたクラウドは、早速セフィロスに報告をしようと、校内を奔走するのだった。

 

 

 

さて、そんなクラウドの捨て身の作戦の結果はというと、これがまた妙な方向に進んでいたものである。

ルクシーレとの約束である二日後の放課後、うっかりそのまま臨んでしまうとみすみす20万ギルを請求される恐れがあるから、もうそのときには女装無しで行こう、いやむしろ現行犯逮捕しようという壮大な話になっていた。

がしかし、それを待たずとも事態は急展開していたのである。

「おい、クラウド。大変なことになってるぞ」

「え?何かあった?」

「見てみろ。ほら、廊下」

「廊下?」

セフィロスにそう言われ、クラウドは廊下に目を向けた。するとどうだろう、廊下には夥しい数の生徒たちがわんさかと溢れている。アンタらは満員電車のサラリーマンか!とツッコみたい。

「な、なななななにコレっ!?」

「どうやらお前のファンらしいぞ」

「はあ!?」

何だそりゃ!?、クラウドがそう思ったのも無理は無い。

だって今の今までごくごくごく普通の学生でしかなかったのだ。それが突然こんなことになったら誰だって驚くだろう。というか此処は男子校である。まずそこを声高らかに宣言したい所存だ。

廊下からこちらを覗きこんでウハウハ言っちゃっている生徒諸君を見て、クラウドが青ざめながら呟く。

「何でこんなことに…なったのかな…」

そこにセフィロスのサクッと素敵な説明。

「何故だか知らんが、女子校のヤツラの新王子様の中にお前が入ったらしいな。で、スパイが神羅学園で噂を広めた。すると皆がお前に興味を持つ。どんな奴か一度見てみたい。見たらハマった。…まあこういう図式だ」

「ちょっと待ってよ。見たらハマった、ってその一節、明らかにおかしいから」

「仕方あるまい。お前は下半身直下型だからな」

「ごめん、セフィロス。宇宙語で話すのやめてくれる?」

嗚呼、これを悲劇と言わずして何と言おうか…?

クラウドは重い重いため息を吐きながら、作戦決行したあの日に、彼女らを振り返ってしまったことについて深い後悔をした。まさか気に入られるとは夢にも思ってもみなかったから、これはいわばフェイントである。

というか、本来ならモテて嬉しいというのが男の本音なのだろうけれども、今のクラウドには到底そうは思えなかった。とにかく今は、この満員電車をどこかで停車させてやりたいというのが本音だ。…願わくば戻ってきませんように。

「まあ、女達の興味がお前に向いたなら、ある意味これで作戦成功というわけだな」

セフィロスはそんなふうに納得すると、

「これでやっと解放される」

そんなふうに喜びを口にする。

そんなセフィロスに対して、最早同情できない心境のクラウドは、あーあ、と大きなため息をついてやった。勿論、わざとである。

しかしセフィロスはやはりツワモノだった。

自分はちゃっかり煩わしい競争から逃れておいて、今度はクラウドが競争に巻き込まれると、何とかなるだろう、なんて言うのである。そんな無責任な!、そうクラウドが思ったのは言うまでもない。

「心配するな。男からも女からも、俺が守ってやる」

「えっ…!」

ふっと笑ったセフィロスに、思わずクラウドはドキッとしてしまう。

そんなことを言うから余計に人気になっちゃうんだよ!と思ったのはクラウドだけの秘密である。

 

 

 

数日後。

ルクシーレは、待てども待てどもやってこない女装版クラウドについて気を揉んでいた。

神羅学園は新生王子様クラウドで盛り上がっている状態だったし、校門前に戯れる女子たちもここのところはめっきりクラウド狙いである。

だから、もう今更こんな状況は必要ないのかもしれないとは思っていたのだ。何がってそう、ザックスとその他19人の情報である。

「せっかくザックスの好みとか調べたのになあ…」

ちぇっ、と舌打ちをしたルクシーレの手には、ザックス情報満載のメモが握られていた。因みにこれは臆面も無くザックスに直接聞いて採取した情報である。ザックスときたら、まったく疑いもせずに素直にぽんぽんと答えてくれたのだ。ルクシーレとしては嬉しいことこの上ない作業だったのは言うまでもない。

「にしても…」

ルクシーレは、隠し撮りしたザックスの写真を見遣りながら、思わずプッとふきだした。

「噂流したのに人気が出ないって…ザックスってある意味スゴイな」

写真の中のザックスは、おっきなピースをしてガハハと笑っている。

どうやらザックスの時代になるまでは、まだちょっとばかし遠いらしい。

 

 

 

END

 

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