一番の漢前
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 京悟と九桐が道場で稽古を付け始めてもう数回。
 その都度呼ばれていた龍斗は、正直なところもう既に飽きていた。
 彼らは剣と槍でそれぞれ十八番は違うが、何かしらの武器を用いて闘うという点では同じ仲間である。ところが龍斗は古武道の使い手で武器といえば素手…いざ本気の死合いとなれば闘えるが、稽古となるとそこには入りづらい何かが存在していた。
 だから龍斗はいつもその稽古風景を見詰めているのだが、どうせだったら九角か何かに見て貰えば良いと思う。その方が何倍も稽古になるだろうに、何故いつも自分が呼ばれるのか、龍斗には不思議で仕方なかった。というよりも既に、退屈で仕方なかったのである。
「おい、ひーちゃん!今日は俺の本気を見せてやるぜ!しっかり目ェ開けといてくれよッ」
「ああ」
 京悟の”本気”は既にもう数百回見ている。今更見る必要もないと思う。
 しかしとにかく笑顔でそう返すと、京悟は妙に気合を入れ始めた。
 対する九桐といえば…。
「師匠、蓬莱寺なんかどうでも良いから俺の手捌きに注目しておいてくれよ。最高の死合いにしてみせるさ」
「ああ」
 死合いじゃなくて稽古だろ。そう言いたかったがそれも面倒だと思う。
 そこもとりあえず笑顔で返しておくと、九桐は妙に気合を入れ始めた。
「いくぞ、蓬莱寺」
「おうよ、のぞむところッ」
 それぞれ気合を入れて汲み始めると、龍斗の退屈度はいよいよ深刻になってくる。二人の稽古は確かに悪いことではないが、こうして稽古をしているのをじっと見ているのはやはり詰らないものだ。龍斗も稽古ができる状態ならば良いのだが。
「はあ…やっぱり澳継か劉でも連れてくれば良かった…」
 そうしたら自分も稽古を付けられるのに、そう思って呟いた龍斗は、むしろ今から呼びに行こうかという事を本気で考え始めた。
 そのせいか、二人が声をかけてくるのにも気付かない。
「おい、ひーちゃん!今、見てたかよ!九桐の野郎を吹っ飛ばしてやったぜ!」
 嬉しそうに報告してくる京悟の声にも気の抜けた返事しかせず…、
「師匠!やったぞ!蓬莱寺を張り倒してやった!どうだ、俺の手捌きは?」
 嬉しそうに報告してくる九桐の声にも気の抜けた返事しかせず…
「おい、ひーちゃん!ちゃんと聞いてるのかよ!?」
「師匠、どうしたんだ。目が虚ろだぞ?」
 とうとう最後にはそうとまで言われるほどになってしまった。
 龍斗がそんな調子だから、自然と二人も意気消沈してきてしまう。この場所にわざわざ龍斗を呼ぶ二人なのだからそれも当然だろう。
 二人は、ぼんやりしている龍斗の前で、最後にはとうとう言い争いを始めた。
「おい九桐、お前が悪いんだぞ!ひーちゃんがあんなんなっちまったじゃねえか!折角俺の良い処を見せようとしてんのによ!」
「何を言う、蓬莱寺。お前がいけないんだろう?だから師匠があんなになってしまったんじゃないか。お前が詰らん事しかしないからだ」
「あぁ!?何で俺が悪いんだよ!俺が真面目にやってることはひーちゃんが一番良く知ってんだ。聞いてみろよ!」
「全く…そもそもその”ひーちゃん”という呼び方からして気に喰わんな。お前も師匠と呼べ、師匠と」
「はあ!?俺とひーちゃんはもっと仲良しなんだよ。そんな妙な呼び方できるかよ」
「ほう、”もっと仲良し”?だとしたら師匠のあれは何だ?如何にも詰らんという顔をしているじゃないか」
「知らねぇよ!大方お前が悪いんだよ、そんなもんはよ」
「俺はいつでも大真面目にやってるぞ。師匠の前で手抜きなどあるわけがないだろう」
「俺だってなあ!ひーちゃんの前で手抜きなんかしねーよ!」
 大声で交されていたこの会話に、龍斗は全く反応を示していない。普通こんな怒鳴り声を上げられれば気が散るのに違いないはずだが、どうやら龍斗の退屈は深刻だった。
 龍斗の頭の中にあるのは、専ら澳継と劉の顔である。
 しかしそんな龍斗の心の内など知らぬ二人は、とうとうこんな展開を見せていた。
「そんなに自信があるなら師匠に聞いてみようじゃないか。どちらがより良いのかをな」
「おう、良いぜ。ひーちゃんにとってどっちがより漢前なのか、此処で勝負を着けようじゃねえか」
 どちらが漢前か、それは二人の中で大きな問題である。
 そもそも龍斗を此処に呼ぶ理由はそこにあるのだから当然だろう。二人が龍斗をそこに呼ぶのは、その稽古を通してどちらがより「良い処」を見せられるか、それだけだったのだ。
 二人は、道場の隅で座っていた龍斗の処までやってくると、ずいっと近寄って肝心な言葉を切り出す。
「ひーちゃん!俺と九桐、どっちが漢前が教えてくれよ!」
「師匠!俺と蓬莱寺、どちらがより良い処を見せられたか、それを教えてくれ」
 京悟にとっては、その答えは当然自分だった。
 九桐にとっても、その答えは当然自分だった。
 …しかし、どうやら龍斗の答えは全く違っていたらしく、待ちに待った結果が龍斗の口から出た時には、二人は同時に鬼の形相になったものである。
 龍斗が口にしたのは…。
 
「澳継か…劉…」
 
「!!」
「!!」
 …龍斗の頭の中にあるのは、自分の稽古相手になりそうな相手だけ。
 しかしそれが稽古相手の名前だと分かっていなかった京悟と九桐は、「どちらが漢前か」という質問に対して返ってきた名前が澳継と劉だった事に大きな衝撃を受けた。
「あ、あの二人が漢前!?」
「何でだ!どっちも餓鬼じゃねえか!!」
 餓鬼相手じゃイイ事できねえだろ、と余計な事まで口走った京悟は、すかさず九桐に一撃を喰らっていたが、二人の中にある思いはその実同じである。
 ――――――――何であんな奴等が!?
 …その一言に尽きる。
 
 その後、京悟と九桐の二人は妙に澳継と劉に敵対心を燃やしたのだった。

 

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