面には面を
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「なあ、面ってどんなのでも彫れるのかよ?」
 何を思ったのか、弥勒の彫った面を見詰めながら京悟はそんなことを聞いた。
 何時の間にやら支奴の工房とドッキングしたらしい弥勒の工房には、所狭しと妖しげな面が並べられている。それは売り物とは別に置いてある面だったが、別に見世物というわけではない。あくまで弥勒が個人的に彫っている面である。
「何でも…というか。それは俺が考えるものだ」
 性格上あまり得意という訳ではない京悟を見ながらそう答えた弥勒は、途中だった彫りを進めていく。どうやら京悟の期待しているものを返そうという気は無いらしい。
 しかし、京悟は頑固に食い下がった。
「おいおい、そりゃつれねえな。俺にちょっとした案があんだよ。此処は一つ、その案にのっちゃくれねえか?」
「案?…どうせ大したことのない案なんだろう」
 聞いて損することを請け合いだ、心の中でそう思っていた弥勒は京悟に目もくれずに彫りを進めていく…が、次に京悟の口から出た言葉に思わずその手が止まってしまう。
「此処は一つよ、ひーちゃんを驚かしてみねーか?」
「なに?」
「…お?どうやらこりゃ脈アリ、ってワケだな」
「……」
 何でそうなるんだと言いたかったが、すっかり止まってしまった手が京悟の言葉を証明してしまっている今ではそれすら言えない。
 仕方なく京悟の話に耳を傾ける事にした弥勒は、とりあえずは面を彫る手を止めた。
「…で。一体それはどんな案なんだ」
「話が早くて良いな。まあちょっとした遊び心ってやつよ。この前ひーちゃんが、自分そっくりの面があったらどうのってな話をしてたわけよ」
「…という事は、龍斗の面を彫れと?」
「そうそう!アンタの面はそりゃ見事だぜ、素人の俺が見てもそう思うし」
 お世辞なのだかそんな事を言った京悟は、その確かな腕前を持つ弥勒だったら本人ソックリの面が出来るに違いないと一人で納得して頷く。
 弥勒としてもそれは出来ない事ではなかったが、かといって自らそれをしようとは思わなかった。自分の彫る面が念を持ってしまう事を知っている手前、それはご法度に近いことでもあったから。
 しかし…龍斗の面というのは少し惹かれるものがある。
 不思議な気の持ち主である彼の面…念がどう反応するのかという事も気になるところだが、それ以上に気になるのは京悟と同じくどんな反応を示すかという部分だ。
「ひーちゃんが驚く顔なんて滅多に見れないぜ。な、良い案だろ?」
「まあ…」
 確かに龍斗の驚く顔は滅多なことでは見れない。京悟の言うとおり。
 人を驚かそうなどというのはあまり良い趣味ではないが、それが龍斗となると少し興味が沸く。
「じゃ、そいつで決まりだな!頼んだぜ!」
 京悟は勝手にそう決めると、弥勒の返事も聞かずにその工房を去っていった。
 残された弥勒は、特に京悟を呼び止めることもなく、先ほどまで彫っていた面に目を落とす。しかし頭の中には、新たな面の事が浮かんでいた。
 
 
 
 三日の後、弥勒の面は完成した。
 本人を映したようなその面は、弥勒が珍しく自ら龍斗に話しかけたり共に行動したりという涙ぐましい努力の賜物でもある。その都度顔をじっと見詰めていたものだから、龍斗もそれを不思議がっていたくらいだ。しかしその甲斐あってか、龍斗の面は完成度の高いものとなった。
「すげえ!ひーちゃんそっくりじゃねえか!やるなァ」
「気に入ったか?」
 脇で面を弄っている京語を見遣りながら、弥勒は道具の手入れをしている。京悟の言うことによれば、夜の内にひっそりと龍斗の寝床に忍ばせるのだというが、弥勒はどうもその辺りが気にかかっていた。
「じゃあコイツは預かるぜ。楽しみだな、ひーちゃんの驚く顔!」
「…おい待て。約束が違うだろう」
 そそくさと去ろうとしていた京悟の背中に、さすがに今度は弥勒も声をかける。何しろ京悟はその面を一人で持ち帰ろうとしているのだ、しかも肝心の夜の打ち合わせも無しに。そんな京悟の考えている事は大体見当がつく。
「お前、一人でやるつもりだな」
「あ?だってアンタ、ひーちゃんとは別のトコで寝てんじゃねえか。その点俺なら前から隣で寝てるし、疑われる心配もないときてる」
「じゃあ俺がそれを彫った駄賃はどうするつもりだ」
「駄賃〜!?」
 そんなもん取るつもりかよ!?、そう怒鳴った京悟に、弥勒は憮然と言い放った。それは当然も当然である。龍斗の驚く顔が見てみたいからこの案に賛同したというのに、それが見れないとくれば彫った意味も何もない。
「お前に面を渡すのと龍斗の驚く顔を見るのは、いわば交換条件だ。俺も今夜はそこに邪魔をする。そうでなければそれは渡せないな」
「…ひーちゃんが絡むだけで妙に頑固になんだな」
「……」
 思わず答えに詰った弥勒に、京悟はニヤニヤと笑った。
 手にした龍斗の面を見ながら、ははあ、などと勝手に納得している。
「なるほど、道理で良い出来なわけだな。そりゃ念だって篭るって話だ」
「……」
「まあ良い。じゃあそうしようぜ。今日の夜、アンタも来てくれよ。そうしたらひーちゃんが驚く顔もしっかり拝めるってなもんだ。なあ、それで良いだろ?」
「ああ…」
 妙に景気良く京悟がそう言うので、ともかく弥勒は頷いた。
 しかし、京悟のニヤニヤした表情がどうにも気になって仕方無い。おおよそ言いたいことは分かっているが、弥勒にとっては京悟とて自分と同じ存在のようにしか思えない。
 そもそも、龍斗の驚く顔が見たいというその気持ちこそがおかしいのだ。これが藍だったり桔梗であったらまだしも龍斗というあたりが如何にも…。
「じゃあ、面はアンタに預けとくぜ。また夜にな」
 そう言って放られた面を受け止めた弥勒は、帰る間際までニヤ二ヤとしていた京悟の姿が見えなくなると、手の中の面をそっと見詰めた。
 そこには、龍斗の面がある。
 
 
 
 その夜、弥勒は予定通り面を手にして龍斗の所までやってきた。京悟はすっかり待っていたらしく、うつらうつらなどしている。
 それを静かに起した弥勒は、面を手にしながら京悟と共に暗闇の寝間に忍び込んだ。
 古寺の龍泉寺の、暗い寝間。
 そこで眠りについていた龍斗を見つけた二人は、お互い忍足で布団まで近付いていく。そして、そこにそっと龍斗の面を置くと、どちらともなく顔を見合わせた。
「…で、コイツをどうやって見せるかだな。龍斗を起すのが早いけど、俺達が此処にいるってのは都合が悪ィ」
「ではどうやって?」
 意外と考えなしだった京悟に呆れつつそう聞いた弥勒に、あくまで楽観的な京悟が言う。
「そりゃ障子の向こうから起すのが良策ってモンだろ。あそこの障子に隠れて…」
「大声でも出すつもりか?」
「そうそう!」
「…他の者が起きたらどうする?」
「……」
 それは確かに尤もな考えである。障子の向こうは廊下、そこから大声でも出そうものなら他の者が起きないとも限らない。そうなった時、この事態を説明するのはあまりにも馬鹿馬鹿しいことだろう。
 弥勒の意見に口を曲げた京悟は、自分から言い出したこの案について、じゃあどうすんだよ、などと静かながら声を荒げた。
 そんな京悟を見てふっと笑った弥勒は、この案を京悟が吹っかけてきたその時と同じ言葉を口に出す。
「蓬莱寺。俺に妙案がある。それに付き合わないか?」
「何だよ、妙案って」
 眠る龍斗の前でひそひそ話を始めた二人は、うんすんなどと言いながらもその案に一つの笑いを漏らした。弥勒の妙案とは、京悟にとってはまたとない美味しい案である。
「…なるほどな。良いぜ、その案乗ったッ!にしてもアンタ、分かってるじゃねえか」
 ニヤニヤ笑いながら弥勒を見遣った京悟は何やら妙に満足げだった。弥勒はその京悟の満足に小さく笑いを漏らすと、まあな、と返答する。
 弥勒の妙案―――――――それは、面を被ること。
 此処で二人の顔が割れてしまうのは詰らない、それでは駄目である。となれば、その面を被ってしまえば顔は割れないという話。しかも龍斗の布団にその身を埋めてしまえば、自然、龍斗も起きるというもの。当然、龍斗はその面の男を見遣り、驚くことになる。
「でもよ、本当に俺で良いのかよ?アンタだって期待してたんだろ、ひーちゃんの驚きっぷり」
 弥勒がその役に自分を指名してきた事について、京語は多少の謙遜なのかそんな事を言い遣る。此処まで付いてきておきながら京悟にその役を譲るというのはどうにも意外な気がしたのだ。
 しかし弥勒は全く問題無いと言う具合に、京悟にその役を譲った。
「お前がやれば良い。そもそもはこの案はお前のものだし…俺がそれをやると言ったらお前は癇癪を起すに決まってる」
「酷い言い草だな、オイ!…まあ良く分かってるみてえだけどな。そりゃ、ひーちゃんの布団に忍び込むなんて俺ほど適任はねえだろうけどよ」
 適任というよりそうしたいんだろう、と思った弥勒だが、それは言わない。京悟の気持ちなど見え透いている。
「ああ、そうだな。お前がやれ、蓬莱寺」
「おう」
「…あまり妙な事をしようと思うなよ」
「何言ってやがんだ。ヘッ」
 コイツ絶対妙な事をしようとしてるな、そう確信まで出来た弥勒だったが、そこはそのまま引き下がると、後は京悟に任せたと言わんばかりに其処を去っていった。
 ―――――――しかし。
「ぎゃああああああああ!!!」
 少しして、龍泉寺には叫び声が響き渡った。
 しかし弥勒はそれを振り返ることなくフッと笑っただけである。あの寝間で何が起こったかはもう分かっている…何せあの声は龍斗ではなく京悟のものだ。
「フッ…面よ」
 
 
 
 翌日、龍斗の面を被った京悟は、龍斗の顔のまま怒りまかせに弥勒を怒鳴った。しかし弥勒がそれに窮することは無い。
「おい!弥勒、てめえ!この面に何しやがったッ!?」
「何をしたか?…フッ、別に何もしていないが?」
「嘘付け、この野郎!」
 一夜明け、京悟が未だにその面を付けているのは、別に付けたい訳ではなく、単にその面が外れなくなってしかったからである。
 京悟の隣では龍斗が他人事のように笑っており、残念ながら驚く顔は見られない。当然京悟も、その面が外れなくなってしまったお陰で龍斗の驚く顔などは見られなかった。実に無念。
「畜生!外せよ、弥勒!!」
「悪いがな、蓬莱寺。その面は邪念を持つ限りは外れない。俺が外そうとしても無理な話だ。外したくば邪念を失くすことだな」
「じゃ、邪念って…」
「身に覚えがあるんじゃないのか?」
「……」
 黙ってしまった京悟の隣で不思議そうな顔をしていた龍斗は、それはどういう意味なのかと弥勒に尋ねる。しかし弥勒はそれには答えず、
「龍斗、たまには俺と茶でもどうだ。連日面を彫っていたから、どうも少し疲れが溜まったらしい」
 そんな事を言い始めた。
「なに、蓬莱寺の事は大丈夫だ。その内取れるだろう。…多分」
「そうか…じゃあ、たまには弥勒と過ごそうかな」
「ああ、じゃあ行こう」
 自分を他所にさっさと話を進めている弥勒に、京悟が叫ぶ。しかも今度は龍斗まで一緒ときているから始末が悪い。あまり妙な事を口にする訳にもいかなくなった京悟は、此処だけは働いているという耳にバタンと戸が閉まる音が入った瞬間に、心底後悔した。
 結局、弥勒が一番美味しい処を持っていってしまったのに気付いて。
「畜生〜覚えてろよ、弥勒!!ひーちゃん、俺はこの面を取ってみせるぜ!!」
 そう叫んだ京悟の顔から面が外れたのは、それからかなり経った後の日の事だった。

 

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