飛水と坊主
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 そろそろ装備品も増えてきたことだし、少しは整理をしなければ。
 そう言った藍の言葉を受けて、龍斗は如月骨董品屋まで出向いた。
 涼浬と奈涸の二人がいれば話は早いだろうと思いゴッソリと両手に装備品を携えた龍斗だったが、どうやら着いた先にいたのは奈涸だけだった。
「奈涸だけなのか。二人いてくれたら話も早いと思ったけど」
 ごっそりと運んできた装備品を下ろした龍斗は、奈涸一人ではさすがにこの量の鑑定と売買は大変だろうと思い、やはり出直そうかということを考え始める。
 しかし奈涸は一向に構わないと言うと、早速その品定めをし始めた。
 皆がかつて使用していた武器が五万とあるものだから、種類も半端が無い。
「うむ…これは神業物だが本当に良いのか?」
 一つの剣を手にして、奈涸はそう問う。
「ああ、それ京悟のだ。もう良いって言ってたから大丈夫だと思う」
「そうか、良いんだな。…よし、買った」
「ありがとう」
 そうして早々と事を進めていく奈涸は、やはり忍びの者だからなのか身のこなしも早かった。骨董品などというものはどちらかといえば安穏趣味に思えるが、彼はそれを趣味とし、そして正反対の神速を必要とする忍びを生業としている。涼浬も同じことだが、龍斗にとってはそれがどうも不思議に思えて仕方なかった。
「なあ、奈涸。もし、忍びとこの店と…どちらかしか選べないとしたらどっちが大切だと思う?」
「ん?どうした、突然」
「いや、だって…奈涸はこうしてる時は楽しそうに見えるからさ。でも忍びは生業だから楽しいというのとは違うだろうと思って」
「まあ、そうだな。君が言う通り、あれは喜怒哀楽の上に立つものではない。とはいえ俺は…」
 そこで言葉を切った奈涸に、龍斗は慌てて謝る。
 奈涸が抜け忍となったその理由を思い出したからだ。
 忍びとは喜怒哀楽滅して当然とも言われるが、奈涸はそれに反した過去を持っている。それを知った時には、責めるというよりもむしろ共感を覚えたものだ。それだというのに陳腐な質問をしてしまったと反省した龍斗は、先の質問に対して気にしないで欲しいという事を告げる。過去を知りながらそれを今更計りにかけろなどと言うのは野暮な質問も同然だろう。
 しかし奈涸は、小さく笑うと「別に構わない」と口にした。
「兄妹は共にいるべきだと言ったのは君だろう。涼浬と共にいる事が叶った今は、君に感謝しているよ。だからなのか最近、特別な柵を感じなくなってな。この店も、過去の事も、特別視しようとは思っていないよ。ただ自然と心が傾くままに…それが一番よかろうと」
「ああ…」
 納得して頷いていた龍斗は、話しながらも動かす手を止めない奈涸を見て、涼浬と共に過ごすことが叶ったこの現状を改めて良かったと感じた。
 きっと、これが理想の形なのだろうと。
「龍斗、先の質問だが…あれはどちらも選べないな」
「ああ、さっきの…あれはもう良いよ。俺が悪かった、あんな事聞いて」
「否、折角の君の問いだ。是非答えたいと思ってな。この骨董品屋にいれば必然君がやってくるが、忍びとして行動しても当然君と共に戦うことになる。いわば同じ利益があるという事だ」
「…え?」
 思わず聞き返した龍斗に、聞こえなかったのか、と奈涸が同じ言葉を繰り返す。しかし龍斗が聞き返したのは聞こえなかったせいではなくその内容が妙に自分にあることだった。確かに奈涸の言うようにどちらの場合も龍斗と関わりがあることになるが、それでもそれが利益だとは思えない。まあ仲間として認められているならば感謝するべきだが、どうもそれだけとは思えなくて。
「しかし世には利益不利益があるものだな。再会と共に別離が始まろうとは…」
「別離って?」
「涼浬さ。俺は再会を喜ばしく思い、妹も同じ思いだった。しかし俺達はそれを喜びながらも同じ物に惹かれた敵にもなっていたという訳だな」
「…は?」
 もう全く話が見えなくてそう声を上げた龍斗に、奈涸は遠慮無用に笑った。その珍しい笑い声に呆けた顔をした龍斗は、やがて奈涸の口から語られた事実についてとんでもなく驚くことになる。
 まさかそんな事があろうとは…。
「俺も涼浬も君に惹かれている者同士。血肉を分けた兄妹でありながらも恋敵には違いない」
「こ、恋敵って…」
 それは恋なのか。
 涼浬はともかくとして奈涸はどうなのだろうかと思わざるを得ない。
「そこで今度は君に問いたいのだが…君は、俺と涼浬とどちらを選ぶ?例えば…戦であろうと何であろうと、まあどんな場でも良いんだが」
「どちらをって…そう聞かれると少し困ることが…」
 奈涸の話し振りからしても、これはうっかりした事は言えないと判断した龍斗は言葉を濁して何とかその場を切り抜けようとする。
 しかし奈涸は深刻な兄妹事情を話し出すと、その話で龍斗を窮地に追い込んだ。
「最近、涼浬と君の話になってな。危うくお互いに奥義を繰り出しそうになったくらいだ。やはりこの辺で君の本音を聞いておかねばと思うのだが…」
「いや、でも、それはちょっと…」
 問題は選択肢が二人しかないという部分である。もう既に他の人間は選択肢に無いときているからどうにもならない。
 それにしてもそんな事で流血沙汰にはしないで貰いたい。
「龍斗、此処は一つ、嘘偽り無い言葉をくれないか?そうでなければ飛水が滅びるのも目と鼻の先…」
「滅びるってそんな馬鹿な!」
 二人が奥義を繰り出さなければそれで済む事じゃないか!…と思ったが、あまりに深刻そうな奈涸の顔を見ているとそれすらも言えない…。
 ともかくこの場で何かを言わなければと思った龍斗だったが、どちらの名前を口にするにも勇気が要ることは確かだった。
 しかし言わねばこの場は収まるまい…もう嘘も方便でどちらかの名前を言うしか…。
「うっ…」
 悩み悩んだ龍斗は、頭の中で必死に「どちらにしようかな」を歌ってはその答えを導こうと踏ん張った。名前さえ言ってしまえば、後は何とかすれば良い。恋だというならば人の心など移ろいやすいもの、その揺らぎを利用して何とか辻褄を合わせていけば良いのだ。
 どちらにしようかな…
 天の神様の言うとおり…
「俺は…ッ」
 ―――――――と、そこまで言った時。
 ガラッ
 如月骨董品屋の戸が派手な音を立てて開いた。
 そしてそこから現れたのは…。
「おい、龍斗はいるか?…おお、いたか。お主を此処にやると帰りが遅いのでな、藍殿も心配していたことだし拙僧が様子を見にきたのだが」
「…雄慶?」
 そこに居たのは雄慶だった。
 その上、どうやら違う坊主まで来ているらしい。
「お、師匠!俺も様子を見に来たぞ。手荷物が多いようだったからよもや手伝いが必要かと思ってな」
「…尚雲まで」
 そこに立っていたのは、二人の坊さんである。この二人は龍斗にとって強い絆で結ばれた仲間であったが、目前の奈涸にとってはそういう問題ではなかった。今しがたの会話の内容からすれば、そこに突如現れたのが坊主とくれば少し考えざるを得ない。例えば此処で京悟あたりがやってくるなら奈涸もまだ納得できたのだが、よりにもよって坊さんが二人…これは稀な光景だ。
「…龍斗」
 ふと奈涸に声をかけられ、龍斗は慌てて振り替える。するとそこには、極真面目な奈涸の顔があった。
「…いつも君の周りをうろついている蓬莱寺ではなく、この者達が来るという事は…やはり何か意味が?」
「えっ…まあ、多分…」
 多分も何も無い、意味もへったくれも無い。
 しかしこれは龍斗にとって又とない良いチャンスだった。何しろ先ほどまで、嘘でも誰かの名前を口にしようとしていたのだ、そこにこうして誰かがやってきたと言うことはチャンス以外の何物でもない。
 龍斗は、雄慶と尚雲の腕をがっと掴むと、
「ごめんな、奈涸!実は今この二人と修羅場の最中なんだ!だから今の所は回答できない!」
「なっ…この二人と!?」
 奈涸は”修羅場の最中”という部分よりも”この二人と”という部分に大いに驚いた。それはもう遠慮もなく驚いた。まさか坊さん二人と修羅場だなどと、どうして考えられようか。
 しかし龍斗の言う事には間違いが無いだろうと妙なところで納得をした奈涸は、仕方無いと漏らしながらも龍斗を見遣った。
「…君の気持ちは良く分かった。しかし龍斗、俺も早々と引き上げる訳にはいかない。その事は忘れないでくれたまえよ」
「あ、ああ」
 どうやら奈涸はまだ諦めるつもりがないらしい。いや、それだけではない。涼浬もきっと同じことだろう。
 思わず冷や汗が流れた龍斗の両脇では、坊さん二人が首を傾げていた。
「龍斗、修羅場というのは一体何の…」
「秘拳!!」
「ぐおっ!!」
 …さらば雄慶、暫しの別れよ。
「師匠!?こんな所でそんな技…」
「秘拳!!」
「うおっ!!」
 …さらば尚雲、暫しの別れよ。
 うまく二人をぐったりさせた龍斗は、今のうちといわんばかりに如月骨董品店を後にした。まだ鑑定やらが残っていたが、背に腹は変えられない。此処で逃げねば飛水の罠にはまってしまうに違いないのだ。取り合えず装備品は後に京悟が取りに来るとだけ言い残し、龍斗は坊さん二人を抱えて脱兎の如く逃げ去った。
 その後姿を見て奈涸が考えていたことといえば。
「…龍斗…お前はああいうのが好みだったのか…」
 奈涸の脳裏に走ったのは、
「出家するか…若しくは涼浬との方陣技を磨くか…」
 そんな果てしない事だった。
 その件以来、龍斗の好みは坊主、というのが奈枯の中での常識となった。

 

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