◆この胸の痛み◆

 

 

 

他愛無い会話、優しい笑顔。共に過ごす日々は楽しいし、幸せだった。

そうでないはずが、ない。

けれど、どうしてこんなに心が苦しくなるのだろう。

それは、全てを捨てて貴方を選んだからなのでしょうか。

それが私の罪だったのでしょうか。

―――もう戻れはしないというのに、この胸の痛みだけが…消えない。

 

 

 

「ねえ、どうしたの?」

顔を覗き込んでくる花梨に、彰紋は慌てて笑顔を作った。

「何でもありません。ごめんなさい、心配させてしまって」

「ううん、何でも無いなら良いの」

何も気にしていないように、花梨は次なるデートスポットなどの話などをしてくる。

何処が良い?

渋谷?原宿?それとももっと違う、海とかどう?

そんなふうに楽しそうにする花梨に、彰紋はとてもじゃないけれど心の内など明かせなかった。

花梨との恋に落ち、彼女が去ってしまうのが辛くて、自分がこの世界にやってくる事を選んだ。その結果が今で、こうして二人でいられることは本当に幸せそのものだった。龍神様のお陰か、経歴や戸籍などの心配も一切無く、とても自然に溶け込んだこの世界。

京とは大違いで、静かな場所と賑やかな場所のギャップが相当激しい。それでも今はもう慣れてしまっていたが、最初はかなり戸惑ったものだ。

――――――その頃は、こんな痛みも無かったのに。

「ね、これはどう?」

ふっとそう問われて、彰紋は自分の思考の中から返った。

「え?あ、ああ。良いんじゃないでしょうか」

「な〜に?何だか素っ気無〜いっ」

ちょっと膨れてそう言う花梨は、あの頃と変わらずとても愛しい存在で、その顔を見ていると安心するようにも思う。

そこはファーストフード店の中だったけれど、彰紋は思わずその花梨を抱きしめた。

「ちょ…!人、いっぱいいるよ?」

焦ったふうな、照れたふうな花梨の言葉に「構わないです」と答えながら彰紋は目を閉じる。周囲には確かに人が沢山いて、本当ならこんなことをする状態じゃない。それに、彰文もそんな性格では無かった。

―――それでも、今はこうでもしなくては不安なのです…。

 

 

 

あれほど自分を憎んでいた、哀れな和仁の顔が浮かぶ。

本来ならば自分は今日で東宮から帝になるはずだった。

その東宮の地位も、帝の地位さえも手に入れられない彼。それなのに、そのどちらも昔から約束されていた自分は、それを途中で捨てて、この世界にやってきた。

それが例え愛する人のためだとしても、許される事ではなかったはずなのに。

その事実が、心を苦しめる。

 

彼女を愛さなければ、こんなことにはならなかった。

いや、京にいれば彼女をもっと幸せにできもした。

帝の妻として、彼女を迎える事だってできた。

それでも、彼女が望んだから――――。

 

 

 

「ねえ、どうしたの?やっぱ、変だよ?」

抱きしめられたままの状態で、心配そうに花梨がそう聞いてきた。あどけない顔が、更に心を締め付ける。悪いのは自分なのに、この世界を選んだ彼女を責めてしまいそうになる。

そうなってしまうのが、彰紋はとても怖かった。

何故なら自分をこの世界に繋ぐものは、花梨一人、たったそれだけだったからである。

「…お願いです。ずっと側にいて、私だけを見ていてくれると、そう言って下さい」

「…えっ…」

突然の言葉に花梨は驚きの声を上げる。

「そんな…当たり前じゃないの」

「…分かっています。けれど、もう一度ちゃんと、貴方の口から聞きたい…」

そういえば最近は口に出して“好き”なんて言うこともなかった。それを思い出してちょっとばかり反省したみたいに、花梨は呟いた。

「私は…あなたが好き。だからずっと一緒にいようね?ずっと、ね」

その声は優しく浸透していき、目を閉じたままの彰紋を俄か安心させる。

その言葉がある限りは、自分が此処にある意味があると信じられるだろう。

彰紋は、抱きしめる腕に力を込めた。

「そうですね、ずっと一緒にいましょう」

 

どうか、見失わないように。

自分が捨ててきてしまった大切なものに、後ろ髪など引かれないように。

罪悪感など、感じないように。

 

 

 

どうせこの胸の痛みは一生、消えやしない。

 

どうせこの罪は一生、消えやしないのだから―――――――。

 

 

 

 

END

 

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