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◆現世の花◆
日本史の授業は苦手だった。 全然現実味のないことが書いてあるし、教科書の文字だけじゃ臨場感だってない。 それよりかは友達とメールのやりとりをしている方が、ずっとずっと楽しかった。
でも今は、少し違う気がする。
共に行動するようになってから、花梨が少し気になっていた人。 それは八葉が一人、天の青龍である頼忠だった。 彼は至極真面目で、多分今まで花梨が出逢った人の中でもそれはずば抜けていたと思う。花梨の世界にも優等生と呼ばれるような人がいたけれど、そんな彼らだって頼忠には敵わない。でも多分、この世界の人は大体が真面目なんだろうということを花梨は思っていた。 それは自分が真面目ではないという事ではなくて、全体的にそう思うのだ。 だって、花梨が今まで過ごしてきた学生生活の中では、誰も「国の為」なんて唱える人はいなかったし、例えそれを言ったとしてもそれは大義名分みたいなものだったから。 でも、この世界の人はどこか違っていた。 国の為、京の為…それを口にしてとても真面目に悩んだり頑張ったりしている。自分のためというよりも、他のものの為にそうしているのだ。 そういう彼らの姿は花梨にとって、とても新鮮だった。 そして、どこか心に暖かいものがあるような気がした。
物忌があけた翌日、早速怨霊退治に出むかなくちゃと思っていた花梨は、災難にも頭痛に襲われて少しの休暇を藤姫に願い出た。 「神子殿。大丈夫ですの?」 「うん、大丈夫。ちょっと体調が良くないだけだから」 紫の心配げな顔を見てにっこり笑った花梨は、じんじんと頭が痛む中でそう言う。 本当は笑うのさえ億劫だけれど、まさか紫に心配なんかかけたくはない。 だからそうして繕って笑ってみると、紫は心配げな顔をしたままとはいえ一応は納得をしたようで、花梨に十分な休養をと言って去っていった。 そうして休養のための休みをもらえた花梨だったが、何となく心には焦る部分がある。それは当然、この世界での自分の役割を考えると、むやみやたらと休んでいる暇などないからだ。これが自分の世界だったらそれほど焦りもせずに休めるのだけれど、さすがに京がかかっていると思うと焦らないわけにはいかない。 そうして花梨が、この非現実的な世界の中の京に対して使命感らしきものを感じてしまうのは、ひとえに周囲の言動が真剣そのものだったからである。 皆、京を救いたいと思っている。 何となく過ぎていく時間とは、まるで違う。 だからこそ皆は真剣にそれに取り組んでいて、花梨も自然と真剣になってしまうのだ。 ――――――――何だか変なカンジ。 休養のために休みとなったその日、部屋の中に篭り切りだった花梨は、そんなことを心の中で呟く。 この世界に来る前、自分の世界では平和な時間が過ぎていた。 テストが近くなると嫌だなあと思ったり、授業が退屈だと考え事をしてしまったり、携帯電話を弄ったり…ともかくそれらはこの京からすれば随分と平和で、どんなに不平不満があったとしても京のこの状況には劣ってしまう。 「…変なの。おんなじ国なのに」 思えば、この京だって、花梨の世界だって、同じ国には変わらない。それなのに何だか随分と雰囲気が違うし、人だって違うような気がする。 何でなんだろう…? ふとそんなことを思った花梨は、部屋の隅に置かれていた花に目をやった。その花は毎日紫が生け変えてくれる花で、今日は黄色い小さな花が生けられている。 それを見て花梨は、つい先日頼忠と話したことを思い出した。
“神子殿。神子殿の名は、花の名なのですね” “はい。花梨って名前、結構気に入ってるんです” “花梨の花言葉は、唯一の愛、だそうですね” “え?頼忠さん、花言葉とか詳しいんですか?” “いえ。ただ、気になったのです。…神子殿の御名前でしたから”
その会話をした時、やっぱり京の人は風流なんだなあなんて思ったものだ。だって、男の人が花言葉だなんて、何だか不思議な感じがする。 けれど、頼忠の口から出たその言葉には嫌な感じなんてなくて、むしろそんな事を言ってくれたのは嬉しい気がした。 何しろその後、頼忠はこんなことを言ったから。 “唯一の愛……神子殿はその花言葉のように、一つの愛を大切になさる方なのでしょう” 「唯一の愛、かあ」 何だか気恥ずかしいけれど、それでも嬉しい。 でももっと贅沢を言うなら、そう言ってくれたその人が“唯一の愛”をくれたらもっと嬉しかったのに――――――そんなふうに思う。 「…なあんて。さすがに望みすぎだよね」 思わず笑った花梨は、紫の生けてくれたその花から目を反らし、それからゆっくりと横たわる。本当は頭が痛いだけだから横になるのなんて変だなと思ったけれど、紫がそうしろと言うものだからそうしているのだ。 そんなふうにしていると、普段気を張っているせいか妙に眠気が襲ってくる。 寝ちゃいけないと思うのに、どうやら睡魔には勝てないらしく、花梨はそのままスヤスヤと寝入ってしまった。
夢を見た。 それは頼忠と歩いている夢で、隣の頼忠は何だかまるで恋人のようだった。 並んで歩いているその道の脇には満開の桜が連なっていて、ひらひらと散る花びらは二人を包むかのように暖かで。 『神子殿。神子殿は桜はお好きですか』 そう聞かれたから、花梨はにっこりと笑ってこう答える。 『はい!桜って綺麗ですよね。私の世界でも満開の桜が見れるんです』 『…もし京が穢れに包まれたら、この桜も見ることが叶わなくなりますが』 『あ…そう、ですよね…』 そうだ、こんな笑ってる場合なんかじゃないんだ。 そう思って思わず落ち込んだようになった花梨に、頼忠は少しだけ笑う。それから、そっとこう言った。 『花は、愛の化身だという話を聞いたことがございます。もしそれが本当ならば…神子殿の世界もまた、愛に満ち溢れた世界だということですね』 そう言われて、花梨は口をギュッと結んだ。 花は愛の化身―――――――もし本当にそうだったら…。 今此処で京を守らなければ未来はなくなってしまう。未来がなくなれば花梨の世界は無いのだし、そうすれば花などは見ることが叶わない。 もし花が愛の化身だというなら、まずはこの世界を守らなくては。今見ているこの満開の桜を守らなくてはいけない。 そして、好きな人がずっとその花を見られるようにしなくては。 『頼忠さん。私…ずっと花を見ていたいです』 やがて花梨は、たった一言だけそう言った。
翌日、花梨は早速のように怨霊退治へと向かった。 その日は丁度頼忠が迎えに来てくれたが、怨霊退治ともなればもう一人誰かを連れて出かけるのが普通である。だから普通だったらそこで誰の力を借りようかと悩むところなのだが、何故か花梨は二人だけで出かけることを押した。 花梨がそんなことをした理由は一つ、頼忠と話したい事があったからである。 出むいた場所は少し静かな場所で、そこには花が沢山咲いていた。色とりどりの花がとても綺麗で、こんな穢れの蔓延る世界の中でさえも一生懸命に咲いている。 その様子は、花梨の心を和ませた。 それと同時に、花梨に一つの勇気を与える。 本当は言っちゃいけない言葉だけど――――――――でも、どうしても言いたい。 京を守ろうとして頑張り、そして心から京を想っているこの人に、どうしても告げたい言葉がある。一つの愛を大切にする方なのでしょうと花梨を表現したその人に。 「頼忠さん。私、頑張って京を救います。それは私が帰りたいからじゃなくて、この国を守りたいから…今はそう思ってるんです」 花の香りの漂う中、花梨は頼忠に向かってそう言った。 それがあまりに唐突な言葉だったからか、頼忠は驚いたような顔をして花梨を見遣る。が、それはすぐに厳しいながら優しさを含んだ表情と代わり、その言葉への返答を響かせた。 「神子殿…私は八葉であることを誇りに思います」 「私も頼忠さんが八葉で良かったなって思います。でもきっと、一緒に色んなお話をしたりできるのって今だけなんですよね。だって京を救ったら私は…」 多分、元の世界に戻れるから。 京を救うことは頼忠と離れ離れになることを意味している。それは分かっているし勿論寂しいけれど、それでも花梨はこの世界を救いたいと思っていた。 今、大好きな人が目の前にいるけれど。 本当はずっとその人と一緒にいたいけど。 でも―――――――――救わなくちゃいけない理由が、できたから。 「私…この国にずっと綺麗なお花が咲き続ければ良いなって思うんです」 「花、ですか?」 夢の中の頼忠は、花を愛の化身だと言っていた。今目の前にいる頼忠はそんな事は言わないけれど、でもきっと伝わるだろうと花梨は心の中でそっと思う。 だから花梨は、花は愛の化身だという言葉は口にしないままに、話に続けた。 「もし穢れがいっぱいになったら、お花も咲かなくなっちゃうんですよね。お花が咲き続ける為には穢れを無くして京を救わなきゃいけない。それって、この国を守ることですよね?」 「そうですね。神子殿の仰るとおりだと思います」 「私、頑張ります!だから、えっと…一つお願いしても良いですか?」 「お願い?」 一体何だろうというふうに首を傾げた頼忠に、花梨は少し笑う。それは少し切ない笑みだったがまるで花のように可憐で、思わず頼忠をはっとさせる。 その中で花梨は言う。 たった一つのお願いを―――――――……。
「私がいなくなった後、お花を見たら…ちょっとでも私のこと、思い出して下さいね」
元の世界に戻ったその時はもう、好きな人は側にはいないだろう。 離れ離れになって、永久に会うことなどできないだろう。 だけど、花が咲いていたら幸せになれる。 苦手な日本史の教科書に載っているような色あせたその時代に、自分が救ったその京という国は、花を咲かせ続けただろうから。 その花はやがて枯れ、やがて種を飛ばし、そうしてまた花を咲かせる。 そうして巡り巡って時代は流れ、やがて現世の花となる。
現世の花を見たらきっと、こう思えるだろう。
好きな人への叶わない愛情として救った花は、こうして確かに此処に咲いている、と。 愛情を託した花は、救われた京で、救われた国で、綺麗に咲き巡ったのだ、と。 花は愛の化身だから、そこに“唯一の愛”を。 それは時を超えて、今此処にある―――――――そう、思えるはずだから。
あの人が愛するこの国が、今はとても好きだと思う。 あの人への愛情を託した花が咲くこの国が、今はとても好きだと思う。
END
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