◆ 或る情景 ◆

 

 

その日は曇り空が広がっていた。

悪霊鎮めの真っ只中、どうしても気分が勝れない花梨は、珍しく自分から紫を呼んだ。

何事かと駆け付けた紫に、花梨は一つだけお願いがあるの、と弱々しく言う。

「何ですの、神子様?」

「あのね、今日だけで良いから、お休みして良い?」

(こんな調子じゃいつもの力が出ないもの…。)

紫はもっと深刻な話なのかと思っていた手前、その言葉にほっとした様子で笑った。

「勿論ですわ!ゆっくりお休み下さい」

「ごめんね」

(一刻を争うっていうのに…風邪かな?)

そう謝る花梨に、いいえ、と言いながらも紫は思案顔だった。

「紫姫、どうしたの?」

気になってそう尋ねると、紫の視線がちらりと部屋の入口に動いた。

(…え?)

間もなく、花梨の予想通りの答えが返される。

「実はお迎えにいらっしゃった方が…」

「あ、えっと誰かな?」

「勝真殿ですわ。でもきっと事情を話せば分かって頂けますわね。では私が…」

「あ、待って!」

早速というように断りを入れようとする紫に、花梨は焦ってそう叫んだ。

紫はきょとんとしている。

(うわっ、紫姫、絶対変だと思ってるよ〜!)

それでも後には引かず、花梨は何とか理由をつけた。

「あ、あのね…勝真さんにはまだ認められて無い部分があるでしょ?こうして来てくれるのも珍しいし、折角のチャンスかなあって!ね?」

それもそうでございますわね、と紫は納得などして、

「でもみこ様、お体は平気ですの?どうか無理はおやめ下さい」

とまで声をかけた。

「うん」

頷きながらも、花梨は心の中で紫に謝り続けた。

 

 

龍神の神子云々の事は別として、実は花梨と勝真は仲が良かった。

「俺はお前を尊認めたわけじゃないぜ」

今でもまだそんな事を言う。

(でも神子じゃないなら、良いんだよね?)

その話を抜きにすれば、勝真は意外と優しかった。

「今日はどうするんだ?」

敢えて他の八葉を連れて来なかった花梨に、勝真はそんなふうに聞く。

(勝真さんってお兄ちゃんみたい)

ふふ、と笑って、

「勝真さんのオススメの場所に連れてって下さい」

と花梨はお願いをする。

「何だ、そんな事してて良いのか?」

「許可はもらってますから」

「ふうん?」

そう言いながら、勝真はそのオススメスポットやらに案内した。

 

 

「綺麗な所ですよね」

「そうだろ?」

木々に囲まれた森に連れて来られた花梨は、素直にそう言った。

(でもちょっと意外かも…)

そうも思って、やはり京の人なんだなあと花梨はしげしげと勝真を見つめた。

「何だよ?」

視線に気付き、そう聞く。

「俺に惚れた?」

からかうようにそう言う勝真に、花梨は真っ赤になる。

「もう!ふざけないで!」

隣で可笑しそうにしている勝真は、逞しい腕で花梨を引き寄せると、その瞳を覗き込んだ。

「二人きりなんだせ?」

何も返せない花梨に、さらに言葉は続く。

「何が起こっても変じゃないよな?」

「な、何の事ですか」

そう躱しながらも、勝真の体温を感じて花梨の鼓動は早くなる。からかい半分だった勝真が幾分真面目な顔つきになり、目を細めながら笑う。

…試してみるか?」

いつもだらしなく羽織るだけの羽織が、花梨の体ごとすっぽりと二人を覆った。包まれながらさらに密着した体が、お互いの熱を伝える。

「俺を選んだって思って良いんだろう?」

先程から質問ばかりを投げ掛けられている花梨は、そのどれにも答えられずにいた。勝真の手が、花梨の髪を掻き上げる。

「それとも違う奴が好き?」

「何でそんな事言うの!?」

花梨の周りには確かに多くの異性がいたけれど、そんなふうに見られているなんて心外だった。今日だって、勝真だったから会いたかったというのに…。

そこまで考えて花梨は、アレ?と思う。

(じゃあ私は勝真さんの事が……って事?)

今までハッキリ考えた事など無かったから、それが恋とかそんなものだなんて気付かなかった。

「何だよ、黙りこくって。答えられない、って事か?」

別に怒るふうでも無い言い方でそう攻めると、今や自分の腕の中で小さくなっている花梨の、その耳元に顔を寄せる。そして、耳に優しく口付けた。

「きゃっ」

突然の事でつい声を上げる。

「嫌か?」

額を当てた状態でそう聞かれ、花梨は赤面しながらも小さく否定してみせる。

ドキドキする。

今までお兄ちゃんみたいだと思っていた人が、何だか急に見知らぬ男の人になったみたいだった。

(勝真さんはどう思ってるんだろう…)

からかっているのか本気なのかが、分からない。だが、花梨の正直な気持ちは喜びだった。ふと見上げると、勝真と目が合った。どうやらずっとコチラを見ていたらしい。

「嫌…じゃないかな…」

やっとの事でそんなふうに答えを返す。そうか、という言葉と同時に花梨の唇が塞がれた。すぐにその合間から舌が侵入し、花梨のそれを捉える。熱く絡み付く感覚に、花梨は落ちていった。

「んっ…」

やがて勝真の左手が、羽織の中の花梨を探り始めた。それは巧妙に服の合わせを解き、素肌に到達する。初めての感覚に、花梨の身体はビクリと反応した。

「ちょ…勝真さんっ!」

体を引き剥がそうとする花梨に、勝真は少し笑って首を傾げた。

「嫌か?やめて欲しい?」

「意地悪っ!」

顔を赤らめてそう責めてみるが、相手は余裕を持って、そうかもな、などと言う。

(分かってるくせに〜もうっ!)

結局それは何の拒否の意味も持たないまま、勝真の行為を助長させたに過ぎなかった。やがてその手は、指は、花梨の柔らかな膨らみを丁寧になぞり始める。

「やっ…」

頂点の敏感な所に触れられ、花梨は思わず勝真の胸板に力を預けた。

「変な気分?」

「う…ん…」

執拗に責め立てられ、どうにもならない気分に捉われる。それと同時に、下半身の要所に特有の痛みを感じた。

もう既に、身体が勝真を欲しがっているのが分かり、無意識に花梨の手が勝真の肩を掴んだ。それに感付いて、勝真は再び唇を重ねる。それは優しく、何かの歯止めを掻き消すかのように――。

そして、それを合図に左手は下降した。それは短い制服のスカートを捲り上げ、するりとその中に忍び込む。

「んん〜っ!」

塞がれたままの口からは、言葉にならない言葉が流れた。どうにもならなくて瞑ったままだった目を開けると、目前には真っすぐな視線があった。

少し長めの髪がかかったその瞳はとても優し気で、花梨は心のどこかでホッとした。

(勝真さん…)

しかし、それを境に花梨の意識は遠退いた。今迄自分の身体にかかっていた重みが急速に消えていくのを感じた勝真は、その変容に目を見開く。

…花梨?花梨!」

どこか遠くから聞こえる自分の名前に、花梨は何も答えられなかった。

 

 

 

気付くとそこは、いつも寝起きしている見慣れた場所だった。

ゆっくり辺りを見回すと、視界の中に誰かが映った。

「勝真さん…?」

仏頂面で花梨を見ていたのは、一緒にいた筈の勝真だった。

(あれ?私確か、勝真さんと一緒に…それで…)

事の成り行きを思い出した花梨は、相手の顔を見たままで赤面状態に陥った。

(ぎゃ〜!あんな事しちゃったんだっ!)

一人慌てふためいていると、それを冷静そうに眺めながら勝真が口を開いた。

「体調が悪いなら最初からそう言え」

「え?」

「お前、倒れたんだぞ。出掛ける前から調子が悪かったらしいじゃないか。どうして言わなかったんだ」

少し強い調子でそう言われ、花梨は押し黙る。怒っているのは目に見えて分かるし、何か言って嫌われたらどうしたら良いか分からない。

(会いたかったから…じゃ、呆れるよね)

本心はそれだったが、何となく言えない気がした。そんな花梨を余所に、勝真は髪ををくしゃりと掻き上げて言う。その顔には、どこか後ろめたさがあった。

…知らずにあんな事して、悪かったな」

ぽそりと聞こえた言葉に、花梨は慌てる。

「そんな事っ!だって私、勝真さんが…」

「え?」

「あっ…」

ぼっと顔を紅潮させて、花梨は俯いた。

あそこまでしておいて、何を今更照れる事があるだろうと思ったが、それでも想いを口に出すのは勇気がいった。

(そういえば、勝真さんの気持ちは分からないままなんだよね)

そう思いチラリとその顔を見やると、勝真はいつものように笑っていた。

「それが本気なら、俺にはあの続きをする権利があるって事か」

そう冗談めかして言うと、優しく花梨の髪を撫でながら

「心配させるなよ、もう」

と呟いた。

一日にいくつもの顔を見たような気がする、そう思いながら、花梨はやがて寝入ってしまった。

その手には、いつまでも勝真の温もりがあった。

 

 

 

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