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空にむけた祝杯 ----------------------------------
「今日はヒドイ天気だな。こんなに降って…」 その日、外は大雨だった。 ひどい降りようで、外に出ようとなど思う者はそうそういない。 そんな中、恒例になりつつあるティータイムに参加していたロックは、本来ならそこにいるべきはずの人物が一人見当たらないのに気付いて、主催者でもあるエドガーを振り返った。 「なあ、セッツァーは?」 いつもだったら何だかんだと文句を言いながらも参加しているセッツァーが、どうやら今日はいないようである。 その他の仲間は大概揃っているし、参加できないという仲間からはあらかじめ連絡を受けていた。けれどセッツァーからは連絡も受けていなかったから、それは少し変な感じだった。 そう問われたエドガーは、首を傾げながら、 「さあな、用事でもあるんじゃないか」 などと言う。どうやらエドガーもその詳細は知らないらしい。 用事があるというなら頷けるものの、しかし外は大雨である。まさかこんな天候の中を出かけているなんて…。 しかしこのティータイムに参加している自分たちも結局は「出かけている」事になるのかと思い、ロックは少し笑った。 「ま、良いか。次回もあるし…始めよう」 その一声で、ティータイムは始まる。 かつての仲間達との、ちょっとした団欒。 アルコールでもないのに、ちゃりん、とカップで乾杯などをする。 その音は、綺麗に部屋の中に響いていた。
「乾杯」
ザアアア…と鳴り続く雨の音。 鬱陶しい雨は容赦なく身体に降り注ぎ、更に鬱陶しいことに長い銀髪を頬に張り付かせた。ぺったりとくっ付く髪をそのままに、セッツァーはひたすら歩いている。 向かう場所は一つ、今日この日だけにしか行かない場所。 毎年この日には必ず訪れて、花を手向ける。 そういう行為はあまり自分には似合わないと思う。それは以前からずっと思ってきたことだったが、それでも毎年この日だけは欠かさずに行動してきた。 確か今日はエドガー達との約束もあったはずだ、そんな事を思いながらもそれは連絡もなしに欠席をしてしまった。大切な仲間なのだし本当なら正統な理由を述べて欠席すべきなのだろうが、この日だけはどうしてもそれができなかったのだ。 とてもじゃないが―――――口に出したくない。 哀れみの眼を向けられるのも胸が痛い。 というより、それはセッツァーの中で侵されるのを許せない範囲の事柄だった。 「拘っているのは俺の方かもな…」 雨に濡れた大きな花束を持ちながら、セッツァーは一人そんな事を口にする。 “拘るのはもうやめたらどうだ?” ―――――――そうだ、いい加減やめた方がいい。 その方が何倍も楽だし、その方がきっと自分らしい。 けれど…。 「…これが本当の自分かもしれない」 誰が知らなくとも、一人だけは知っていた。 分かり合えていたと思うからこそこうして拘っている。それは良く分かっている。 分かっているからこそ――――――こうして心の中で「不可侵の場所」となる。 例えそれが、失ったもので取り返せないものだとしても。 ザアアアア…と鳴り続く雨の音。 それを背景に、セッツァーはやっと辿り着いたその場所で、手にしていた花を地に置いた。花のすぐ側には、粗末な石が立っている。その石は雨に打たれてヒドイ有様になっていたが、それでもセッツァーはその石に優しい微笑を投げかけた。 「久し振りだな」 もう既に泥と化した地面に膝をつくと、そっと目を閉じてから両手を合わせる。こういう姿もきっと自分には似合わないのだろうと頭の片隅で思ったりしたが、そんな考えもやがてすっと薄れていった。 ――――――記憶の中で、誰かが笑ったから……。
「乾杯」
チャリン、と音が鳴る。 常連並に利用している酒場での、親友同士の乾杯。 初めてココにやってきた時には店の主人に恋人なんだろうと冷かされたものだが、それも今となっては昔話のようなものである。確かに男にとって女を「親友」というのはなかなか難しかったが、それでもセッツァーにとって彼女は親友だった。 名前はダリルという。 「今日は祝いだな、何せお前のはこれで最速になったんだ」 そう言ってセッツァーは笑う。 ダリルとは空を飛ぶ仲間でもあり、良きライバルでもある。最近の話題といえばやはり、飛空挺をいかにして最速にするかということで、ダリルは特別なルートでそれを手にいれたのだった。 その報告を受けたときはさすがにセッツァーも驚いたし、少し嫉妬心もあった。しかしダリルは親友でもあり仲間でもある。だから裏を返せばそれは、とても喜ばしいことだった。 だから今日はその祝杯をあげようというのである。 ダリルはセッツァーの言葉に礼を述べると、でも、と言葉を放った。 「まだ問題点はあるけど。まあ今の所は記録的な数字が出たことに喜ぶべきかな」 「ああ。今度ゆっくり試させてもらいたいもんだ」 そんな事を言うセッツァーに笑ったダリルは、高いわよ、などといってやはり笑う。 笑った彼女は、とても綺麗だった。 それは出逢ったときから密かに思っていた事だったが、まさか口に出して言うわけにもいかず今でも心の中に仕舞いこんでいる。とはいえ、実際にそう口に出したところでダリルという人は一笑して終わらせてしまうのだろうけれど。 数人いる空の仲間は、大概が男性だった。当然でもあるが、そんな現状ではこのダリルはかなり稀有な存在といっていい。男の中でそれに屈せずに最速を手に入れた女性。彼女のことは他の誰もが、好いている。元々容姿も良いからか、冗談を冗談で済まさないような男もいたが、それは仲間内では違反行為だった。 女と思う前に、一人の仲間だと思って欲しい。 そう彼女は言っていた…だからこそ、それは違反なのだ。仲間としての違反である。 「で、どういうルートでそんなもんを手に入れた?」 一口だけ液体を口に含んだ後、早速というようにその話題をセッツァーは持ち出した。今時期の感心ごとといえば専らそれである。空を翔る人間にとってはいつでも課題であり、夢である「スピード」。セッツァーの飛空艇もそれほど悪くないしスピードも速い方だったが、なぜかいつもこのダリルはその先をいってしまう。 最初に、ボディーがもっと風圧に強ければという話題になった時も、ダリルはその話題の出た数週間後に強いボディーを手に入れていた。その後も、飛空艇内の設備がどうという話をしたら、すぐに簡易的な部屋を設けたりしていた。 いつでも直ぐに夢を叶えてしまうのは、彼女だからなせる業である。 「んー…それは秘密だと言わなかったかしらね?それを知ったらセッツァーも即ゲットするわけでしょ。つまらないじゃない」 「つまらないって…お前はどうせ、俺の一歩手前をいってる奴なんだから」 「ふふ…また拗ねて。面白いのね」 「ああ、すぐコレだ」 両手を挙げて素っ頓狂な声でそう言うと、セッツァーは仕方無さそうに笑う。まあこんなものだ、教えろといって教えてくれるはずもないことは大体分かっていた。 「で。それは他の連中には?」 「言ってない。皆すぐ同じものを手に入れようとするからね」 まあ然りだな、そう思いながらセッツァーは頷く。しかし一番ホッとしたのは、他の人間にも教えていないという事実だった。もし仮に他の連中に教えて自分には教えないなどということがあったら、それこそ腹立たしい。というか、悲しいというほうが正しいだろうか。 「とにかくこれは秘密。誰にも言わないわ。私は私の為に、あのスピードを手に入れたんだから」 「そうだな」 その通りだ。それは、誰かのためのスピードではない。誰かに教える為のスピードでもないのだ。セッツァーはそれを理解して、もう一度一人、頷いた。
その夜の幾日か後、空の仲間達の間でこんな噂が広まった。 それは例のダリルが手に入れたスピードの話題である。今までその話題は何回も出たが、それにしても今回は少し種類が違うものだった。誰にもその入手ルートは教えないといったダリルだったが、しかしある男がさも自慢そうにこんなことを言う。 「俺はダリルに教えてもらったんだ、特別になあ」 夜の溜まり場でそんな言葉を言う男を見て、セッツァーはまさか、と思った。 まさか―――――ダリルが嘘をつくはずはない。 いつも自分の夢に忠実で、媚びたりもせずに夢を叶えるあのダリルが、自分に嘘をついて他の誰かにそんな大切なものを教えるなど、到底考えられない。 しかし、男は言う。 「簡単なもんさ。俺は来週頭には最速の男になってるぜ」 その男を取り囲む男たちが、さも羨ましそうな声をして、どうやって聞き出しただの、どういうルートだのとたかっている。煩い奴らだ、と思う。 しかしその取り巻き達の言うことも尤もで、結局セッツァーも全く同じことを疑問として持っていた。 どうやって聞き出したのか、どういうルートなのか。 そう思いながらも取り巻きの一部にはならずにじっと耳を傾けていると、その男は豪快に笑いながらもこんなことを言い始めた。 「所詮ダリルも女だってことよ。空は男のモンだからなあ」 嫌な笑いに混じって、男達の歓声が上がる。 その歓声とは、男達が根底に持っていたダリルへの羨望の表れだった。綺麗なその容姿に心奪われながらも同じ場所を目指す仲間としては嫉妬している。その矛盾を抱えながらいた男たちは、もしかしたらこうして誰かが言ってくれるのを待っていたのかもしれない。 彼女が此処にいるのは、間違っている――――――――と。 セッツァーは微か怒りを覚えつつも、それでも口は出さなかった。 しかしそう思っていたのも、次の瞬間には消え去ってしまった。 だって、その男は。 「ルートが知りたいなら男になることだ。ダリルをヤっちまえば良いのさ!」 ――――――そんな事を言って、笑ったのだ。 ガハハハ、と汚い笑い声が響く。先ほどまで歓声を上げていた男達のウチの半数は、その言葉に拒絶反応を起こす。それはそうだ、ダリルは誰一人として奪ってはいけない存在だというのが、暗黙の了解だったのだから。 それなのにその男は、いとも簡単にそのルールを破りさる。その挙句に汚い言葉と笑いで、場を汚染していく。 瞳に映ったその男の全身を見ながら、セッツァーは震える手を必死に押さえた。 いけない――――――どうにかなってしまいそうだ。 しかし本心は怒りで溢れ返っていて、それは到底止められそうにない。許せない、とにかく許せない。空の仲間のルールを破ったこともそうだが、何よりそんな下賎な言葉でダリルを表現するのは許せなかった。勿論ダリルに密かに想いを寄せる男もいるし、唯一の女性ということでダリルは良くそんな話の肴にされることがあった。 抱いてみたいなあ。あんなのが自分の女だったらなあ…そんな具合。けれどこれは叶うことがないと分かった上での欲求であって、現実味を伴ったものではない。 しかし…この男はどうだ? まるで違う。 「アレは良い女だぜ。忘れられないなあ、あの夜はよお」 男がそんな言葉を吐いて、やはり豪快に笑ったときだった。 「ふざけるな!」 つい――――――声が出る。 グラスを握っていた手は力が入りすぎて赤くなっていた。怒りにまかせて歯を食いしばっていたせいか、顔も強張っている。 いつもだったら笑って過ごすはずのこの場所が、今夜は酷く嫌な場所になっていく。それは聖地を侵すような気分で嫌だったが、それでも怒りの方が勝っていた。 あまりに許せなくて。 「…あん?セッツァー、文句あるか?」 一瞬にして静まったその場で、男は怪訝そうな顔をしてセッツァーを見遣りそう言う。その言い草たるや、いかにも文句は受け付けないといった感じである。 しかしセッツァーは、感情を抑えることをしなかった。 「下種な言葉を吐くな、クソ野郎」
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