SONG FOR US
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なつかしいうた
カチカチカチ… どんなにネジを回しても、もうあの歌は、流れない。
「なあバッツ、これ壊れたみたいだ」 そう言ってファリスは、手にしていたオルゴールをバッツに手渡した。 「ああ、これか」 バッツは手渡されたオルゴールを隅々眺め解体しそうな勢いでそれを触っていたものだが、やがてその動作を止めると、困ったように笑う。 「うん、もう駄目みたいだな」 「そうか…」 そう言われて、ファリスは少し残念な気持ちでそう答える。いや、残念というよりももっと…悲しい気持ちに似ている。 そのオルゴールは木製のもので、いわゆる年代もののオルゴールだった。 中に刻まれた曲はこれといって有名な曲でも何でもなかったけれど、それでも二人にとっては思い出の曲でもあり、そのオルゴールはとても大切なものだったといって良い。 オモチャのようにいつでもカチカチと回して曲を流していたわけではないけれど、たまにそうしてみると何だか心に染みたものだ。 そんなふうに思うのは多分、この曲が思い出の曲だったからだろう。 だからこそ、その曲を刻むこのオルゴールも思い出の品ということになる。 オルゴールが壊れたことに少し悲しい表情を見せていたファリスを見て、バッツは徐にこんなことを言いだした。 「直しに行こうか、これ?」 「え?」 「うん、だから直しに行こうか、って。確かアンティークショップで修理してくれるって聞いたことあるし」 「ああ…」 そういえば修理という方法もあったか。 そんなふうに思ってファリスは「そうだな」などと言って頷いたが、しかし何だか心の中では悲しさが蔓延したままだった。 修理をしても、完全に治るとは限らない。 それに完全に治ったとしても、一度壊れてしまったという事実は覆せない。 ファリスにとって悲しいのは、その曲の有無ではなくて、その曲を刻んでいたオルゴールに寿命が来てしまったという、時間的な事柄だった。 「そうだな…うん。直しに行こうか」 ファリスは無意識にそう繰り返すと、やっと表情を元に戻した。 しかし、そうするファリスの心中をバッツが見逃しているはずなど無かった。
オルゴールを直しに、あるアンティークショップに向かう。 いつだったか、そのアンティークショップで修理をしてくれるというような話を聞いたことがあったのだ。それはオルゴールに限らずあらゆるものの修理を請け負ってくれるという話で、大体は骨董品の類だった。まあアンティークショップなのだから当然といえば当然だろうか。 とにかくその修理というのは、対象品がそういった古いものだったので、正しく言えば修理というか再生だった。例えば木製のものであればその木を新しくするだとか、そういうふうに再生を行う。つまりまったくそのまま同じふうにとはいかないわけなのだ。 そういう事が念頭にあったせいか、バッツとファリスはそれを依頼する立場ではあったが、完全に同意というわけではなかった。 絶対に元には戻せない。 そう分かっているから悲しい。 それでもそれを再生しようとするのは、そうまでしても残したいと思う気持ちがあるからだ。 手の中のオルゴールは、こじんまりしながら黙り続けている。 「これ、修理してほしいんだ」 店のカウンターまでついてバッツが最初に言った言葉はそれだった。 カウンターの端にあるレジスターには、小さく「修理承ります」の言葉がある。それを見ながらバッツが笑顔でそう主人に告げてみると、相手は慣れた様子で「ああ」などと言ってそのオルゴールを手にした。 主人はそのオルゴールを手の中で転がしながら、ああ、だかと、ふうん、だとか言っている。何がどう「ああ」なのか「ふうん」なのかバッツとファリスには分からなかったが、とにかくそのオルゴールは主人にそういわせるだけの何かがあるということなのだろう。 暫くそうして主人の品定めの時間が続いた。 それがやっと終わった時には、バッツもファリスも、店内の骨董品に目を向け始めていた。 「うむ、待たせたの。…修理だったかね」 「ああ、そうなんだ。修理してほしくて」 突然主人に話しかけられてバッツは少し慌ててそう答える。 と、主人は自らそう話を進めたにも関わらずこんな返答をしてくる。それははっきり言って、修理をしてほしいという客人に対する言葉とは思えないようなものだった。 「これは良い品だ。というより、貴重だの。…元に戻すのはほぼ不可能。出来ないということもないが、こじつけてやっちまえば元の品を損なうのう。それにこれはプレミアのようだ」 「プレミア?」 そんな話は聞いたこともない。そう思ってバッツがそう聞き返すと、主人は一つ頷いてそのオルゴールのある部分をそっとバッツに向けた。それは丁度オルゴールの中で、しかも一番見え難い場所だった。 バッツは示されたそこを覗き込んで、あるものを発見する。 “愛する君へ” それは……小さく刻まれた文字だった。 「これは…」 今まで気づきもしなかった、そんな文字が入っているなんて。 いつの間にかバッツの隣でそれを覗き込んでいたファリスも、その文字のことは知らなかったらしく、驚いたような顔をしている。 「うむ、これはプレミアじゃな。プレミアといっても色々ある。そのものが世に一つしかない…つまり手作りのものであればそれはプレミアというが、こういう場合も然りじゃ。つまり個人が個人に宛てたもののように、人の意志が刻まれているもの。そういうものもプレミアというんじゃよ」 「なるほど」 こういうものは意志が宿る、だから無闇に修理をするのは勧められない、そんなふうに主人は言う。確かにそれはそうだななどと思うが、しかし修理をしないことにはそのオルゴールは単に飾りという具合である。 「そうだな…」 こうして修理にやってきたというのにそれを断念するように勧められ、バッツはどうしたものかと考えた。此処に来た理由を考えればこのまま修理を断行するのが勿論のこと一番の方法だろう。 だけどそう言われると躊躇われるのも事実で。 しかもバッツには気にかかるものがもう一つあった。 それは…。 「ファリス、どうする?」 「ああ…」 そう、もう一つはファリスだった。 バッツが修理をしようと言った時、ファリスは悲しそうな顔をしていた。それは別に修理が嫌だという意味ではなくて、オルゴールが壊れて歌を聞くことができないという全体に対することである。それはバッツにも分かっていたことで、だから実際修理がどうのという部分でファリスが嫌な顔をするというのは考えられないことだった。 しかし、あの時の表情には一概にそう言い切れない何かがあること、それをバッツは見抜いていた。 「修理、やめとこうか?曲は聞けないままだけど」 だから、バッツはそう言う。 この状況でどう判断するのが一番良いか、良く分かっていたから。 「でも…」 ファリスは、バッツがそう言うのに対して少し口ごもってそう言う。そう言って主人とバッツを見比べてみたりして、それからファリスはどう答えを出すか迷うように考え込んだりした。 いつものファリスだったらこんなふうに悩むなんて殆どない。よっぽど真面目なテーマが目の前に転がっていれば話は別だけど、大体はキッパリと白黒付けられる。それなのにこのオルゴールに関してそうできないのは、主人がさっき指摘していたようにそのオルゴールがプレミアだったからだろう。 その文字のことなど知らなかった。けれどそれが「プレミア」だということは承知していた。個人が個人に宛て、人の意志が篭っていること…そういうことを知っていたから、だからファリスはそれに関しては即断ということができなかったのである。 それからすれば、今回はバッツの方がまだ余裕あるといった感じかもしれない。 「ってか、お前はどうなんだ?」 「俺?」 「だってこのオルゴール、お前の…」 そこまで言って、ファリスは口を噤んだ。 けれどそんなファリスにバッツは、にっこりと笑う。 そして、何でもないといったふうに事実を口にした。 「俺の――――――――両親のだから?」 「……」 そう――――…それは、バッツの両親が遺した、オルゴール。
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