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人魚姫 ----------------------
子供の頃、絵本を読んでもらった。 シンデレラも白雪姫も。 絵本の中の主人公は、どんな苦しい思いをしたってそれを切り抜けて、最後には素敵な王子様と結ばれる。最後はハッピーエンドなの。最後は幸せになれるの。 私は絵本の中の主人公みたいになりたいと思ってた。 いつも笑って皆に幸せを分けてあげられるほどの主人公に。
“ねえ、お母さん!私ね、お姫様になりたいの!” ―――――――まあ、お姫様に? “うん!それでね、いつか王子様と結婚するの!” ―――――――うふふ、エアリスったら。 “何で笑うの?おかしくないもん!” ―――――――そうね、そうよね。ごめんね、エアリス。 “だけど、ちゃんと王子様と会えるかな?” ―――――――ええ、いつか貴女も王子様に出会う時が来るわ。 “そうだよね!良かったあ!” ―――――――だけどね、エアリス… “……” ―――――――エアリス? “……” ―――――――まあ、寝ちゃったのね。 “……” ―――――――本当にいつか王子様が現れると良いけれど… “……” ―――――――……それが、『幸せ』だとは限らないわ。
何年前の事だったか、エアリスには好きな人物がいた。 スラムに花を売りに行ったときの事、気さくに話しかけてきた男がそれで、男は花を買ったは良いもののなかなか帰らなかったものである。一輪の花を手にしながら花売りのエアリスの隣を陣取って、営業妨害よろしく喋り続けていた。 なあ、君どこから来たの? ミッドガル? それとも他から? そんな質問攻めに遭い、さすがに最初は面食らったものの、最終的にエアリスはその男の事を好きだと感じたものである。それは、ある一言がキッカケで。 “ミッドガルには花なんて咲かないから、こうして久々に見ると嬉しくなるよな” 男はそう言って笑った。 その笑顔が屈託なくて実直そうで、とても好感が持てた。 それからというものは、何となくその男の事を考えて過ごしていたようにも思う。勿論エアリスが以前から続けている花の世話というものが一番の大切なことだったけれど、それでも彼が心に入り込んできたことは否めない事実だった。 けれど、そうして彼の事を考え、彼に会い、彼と過ごす時間も、それほど長くはもたなかったものである。別に、エアリスが何かをしたというわけでもないし心変わりをしたというわけでもない、単に彼が姿を現さなくなったからだ。 その時、ふと思った。 王子様はいなくなっちゃったんだ、と。 幼い頃に読んでもらった絵本の中には色々な主人公がいて、その主人公は大体最後に幸せになる。その幸せには王子様という存在があって、人生のどこかでその王子様と出会うようになっているのだ。 彼と出会ったとき、別にそれは劇的というほどのものではなかったけれど、それでも王子様じゃないかとエアリスはひっそりと思っていた。スラムで花売りをしていて、花を買ってくれる人はそうそう多くない。だけれど彼はその花を買ってくれたし、花を見て「嬉しい」とさえ言ってくれたのだ。だからそれは、ちょっと特別なことのように思えたのである。 でも、その王子様は去ってしまった。 自分に何も言わずに、すっとどこかへと消えてしまったのである。 ――――――――やっぱり、絵本の中みたいにはいかないか。 そう思った。 そう思いながら、それでも花は売り続けた。 そうしていつしかそんな王子様のことも忘れそうになった頃、エアリスはある一人の男と出会ったのである。その男はやはり花を買ってくれ、かつての王子様のように笑顔は見せてくれなかったけれど、珍しいなと言って暫くそれを見つめていた。 それが、クラウド。 かつての王子様…ザックスとはまるで違うし、全く愛想というものがなくてどこか暗い雰囲気を纏っている。はっきり言って、楽しくお付き合いできるタイプではない。 だけれど何故か、出会った瞬間に不思議な気分に陥った。 一目惚れとは違う、何か異質な感覚。 まるで磁石みたいに引き寄せられるような、バラバラだったものがぴたりと一つに嵌ったような、そんな不思議な感覚。 ――――――――私、この人の側に、いなきゃ。 その次に思ったのは、それだった。
「ねえ、クラウド。運命って信じる?」 「運命?」 突如そう聞かれて、クラウドは大層驚いた顔をした。いつもはクールな表層を持っているからこれは多分珍しいことだったのだと思う。 少し前から妙な取り合わせのパーティで組んで、セフィロスを追っている一行。 エアリスは今その中にいたが、それというのもこの「運命」とやらが一枚かんでいるわけで、エアリスとしてはその「運命」とやらについてどうしてもクラウドに聞いてみたかったのである。 運命といったって別に、赤い糸だとかそんなことを言いたいわけじゃない。 そうじゃなくて、単に「こうなるべくしてなった」というような必然性について問いたいだけなのだ。要するに、そういうものがあると思うかどうか、それを感じたことがあるかどうか、という事を。 まあよくよく考えればそれも妙な話かもしれない。 何しろ運命なんていう言葉はあまりにも不安定で幻想的に思えるものだ。運命に則って「こうなるべくしてなった」と言い、それを必然とイコールとすると、必然の対義語である偶然というのはほど遠いということになる。がしかし、どちらかといえば偶然という奴のほうが不安定で幻想的に感じられるものだ。 「私は今までそんな事信じられなかったけどね、今はそういうのもあるんじゃないかなあって思うんだ」 エアリスはクラウドの答えを待たずにそう口にする。正しくは、クラウドがだんまりを決め込んで答えを返そうとしないから口を開いたまでなのだが、エアリスとしてはクラウドが何かを言わなくても別段そんなことは気にならないものだった。 「馬鹿っぽいって思うかもしれないけど、今は私、運命の中にいる気がするんだ」 「運命の中、って…」 一体何を言い出すんだ、とクラウドは妙な顔をする。 そんなクラウドを見てエアリスは、鈍感だなあ、と少し笑った。 数時間前、妙な取り合わせのパーティはある宿場に訪れ、そこを今日の宿とすることに決めたところである。そして、それが決まった時点で各々出かけることになり、今この場にはエアリスとクラウドしか残されていない。 二人が此処に残ったのは偶然だった。 示し合わせたわけでもなく、単にクラウドは出かけたくないという理由から、エアリスは日中の戦闘で足を痛めたという理由から此処に残っているのである。 それは偶然だったが、そうなるべくしてなったというならば偶然ではなく必然なのかもしれない。何しろこんなふうに二人きりにならなければこんな話をすることもなかったのだから。 何にせよ、これはエアリスにとってまたとないチャンスだった。 クラウドが嫌いそうなこんな話題を、堂々とできる、それはチャンス。 「自分でも不思議。だけど私はね、クラウドと会った時からそう思ってたんだ。あ、これって運命なんだなって」 「俺と…?」 クラウドは俄か驚いたような顔をしてエアリスを凝視した。余程驚いたとみえて固まっている。 そんなクラウドの様子がおかしくて、エアリスは少しだけ笑った。 こんなことを堂々といえるなんて、滅多なことではない。それにこれは、内容としてみたらまるで告白みたいなのだ、まさかこんなことを直に言うだなんて今までだったらありえないことである。エアリスの性格的にというよりかは、相手がクラウドの場合という意味で。 エアリスは少しの間驚いたクラウドの表情に笑みを漏らしていたが、その内クラウドが表情を曇らせたのでそれと同時にその笑みを消失させた。 クラウドは、口を開く。そしてその口はゆっくりと言葉を放った。 「――――――…俺も、今、運命の中にいると思う」 「え…」 その言葉に驚いたエアリスは、目を大きく開けてクラウドを見やる。まるで先ほどとは正反対の状況。 もしかしてクラウドは、先ほどの自分の告白じみた言葉に対してそれを言っているのだろうか。何となくそう思ったエアリスは、無意識のうちに早くなる鼓動を止めようと必死になる。別段止める必要なんて無いのにそういうふうに必死になってしまうのは多分、自分も未だその『運命』についてよく分かっていない証拠だったのろう。 運命だとは思うけれど、それはどこか、ドラマティックに演出しようとしているのかもしれない、という気持ちが無いわけではなかったから。 が、しかし。 「俺は多分…セフィロスを倒す運命にあったんだと、思う」 「あ…。うん」 なんだ、それかあ。 そう思って、エアリスは少しだけ詰まらない気持ちになった。 クラウドが口にしたのは、エアリスの事ではなくセフィロスのことである。確かにクラウドの置かれている状況からすればそれは当然の言葉なのだろうけれど、まさかあれほどの言葉を口にした後にそんな言葉が返ってくるとは思いもしなかった。 まあ、クラウドが鈍いのは分かっていたことだけれど。 「そうだね。うん、それは運命かもね」 エアリスは気付かれぬように息を吐いてから、笑顔になってそう言った。クラウドはごく真面目にああ、などと頷いており、それを見るとどこまで鈍感なんだろうと思わざるを得ない。尤も、そんなクラウドだからこそ運命を感じたのかもしれない。運命だと言って運命だと簡単に返す人ならば、それこそ運命なんて薄っぺらいものにしか感じられないのかもしれない。 「俺はセフィロスを探し出して…そして真実を探す。そうしなきゃいけないんだ。それが俺に課せられたものなんだと思う。俺は―――――――いつも脇役でしかなかったから」 「脇役?」 「…昔からそうだった。俺は目立つ人間でもないし、一番になるような人間でもない。そういう俺が、せめて俺自身でいるためには…最低限必要なことがそれだと思うんだ」 相変わらず変なことを言う人だな。 エアリスの気持ちはそれだった。 ごく真面目にクラウドがそう言っていることは分かっているけれど、エアリスにとっては少し納得できない考え方を持っている。それがクラウド。 かつて、いつも笑って皆に幸せを分けてあげられるほどの主人公を夢見ていた少女にとっては、クラウドが自身を脇役だと思っていることすら不思議で仕方が無い。 だって、自分自身という存在はいつだって、脇役にはなれっこないのに。 「クラウドって、誰の目でいろんな物を見てるの?」 だから、エアリスはそんなふうに言う。 「私だって同じだよ。目立つとか一番になるとかなかったけど、でも私は私の目でお花を見るし、クラウドを見てるの」 「…?」 「私は私の目でしか色んなものを見れないから、クラウドが何を見て何を思ってるのかなんて分からないよ。だけど皆だってそうだと思うんだ。クラウドは自分のことなら少しくらい分かるでしょ?だけど…そう、セフィロスが何であんなになったかなんて分からないでしょ?でもそれで良いと思うなあ」 エアリスはクラウドの脇に腰掛けながら天井を見上げると、何も無いそこを見つめながら少し笑った。 クラウドには、そんなエアリスの表情の理由がいまいち分からない。 「誰だってみんな、脇役じゃなくて主人公だよ。他の誰かのほうが凄いから他の誰かの方が主人公、なんてことは無いよ。目立たなくって一番にもなれない、そんな主人公だって良いんじゃないのかな」 「……」 エアリスはクラウドを振り返りにっこりと笑う。 そうして、もうあの話題の続きは出来ないだろうことに諦めをつける。本当ならば、あんな告白をしたらばもう少し違う話もできたろうに。 だけれど、それはどうやら無理のようだから。 「だってね、クラウド」 クラウドの目には、笑顔だけれどどこか寂しそうな瞳をしたエアリスの表情が映し出されていた。 「そうじゃなきゃ、悲しくなるでしょ?」 そうじゃなきゃ、辛い。
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