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ざっと真摯な目と共に響いたその言葉は、バッツの目を見開かせる。 ――――――――約束。 この場で、あの会話の流れで、約束などという言葉はあまり筋が通らない気がする。しかしファリスがそうして真摯な瞳でもって放った言葉であるから、それには意味があるに違いない。 だからバッツは、どういう?、と問うた。 すると。 「お前がさ、過去への後悔をチャラにする為に―――その…今日は俺が胸を貸す!ほら、男が泣くなんてホントは情けないだろ。だからお互いに一回だけ胸を貸し合うって事にしよう。な?」 「…それって、今俺に泣けってこと?」 少し考えてからそう返したバッツに、ファリスは「うっ」とやりながら、まあ、などと言う。 その言葉が恥ずかしかったらしいファリスはそれきりバッツから目を逸らすと、まあそういうことだ、などと言いながらも視線を地面に投げた。 後悔をチャラにする―――――――実際過去は変わらないし、消えない。 それだから実質的にはファリスの言うそれは不可能なことである。 しかしあの日飲み込んだ様々な感情を吐露できるなら、理想論としてはそれも成り立つということになるだろう。 ファリスはきっとそれを言ったのだ。 お互い一回づつ、などというのはバッツにその提案をする口実に過ぎず、自分が何かを期待しているわけではないのだろう。 「……ありがとう、ファリス」 それらの事を思いながらバッツは、少し笑んでそんなふうに言った。 例え過去が変わらなくても、未来は変えることができる。過去をクリアにした未来には、行けるから。 「ありがとう」 バッツはもう一度そう言うと、ファリスの提案通りにそれをチャラにすべく過去を流しだした。 多分、初めてだったろう、そんなことは。 それは、出会うよりもずっとずっと昔の素の心が、初めて曝け出された瞬間だった。
約束を、した。 ただ一つの約束。
その約束すら風化しそうなほど月日が経ったころ、事態は終局を迎えた。 あの暁の戦士達の力を借りエクスデスを倒した後、そこは邪悪の無い平和な世界へと変化した。いや、戻ったというべきだろうか。 とにかくその世界の中で、今まで旅をしてきた4人の仲間達は、新たな道に向かってそれぞれ歩みだすことを誓い合ったのである。 これまで共にしてきた時間は忘れずに、むしろそれを糧にして一歩を踏み出して行こう、と。 ――――――そうしてそれぞれが元に戻ると、そこには今までと変わらない景色が流れていた。 しかし、変化したものはある。 経験だけでなく、変わるものがあったのだ。 その変化は終局を迎えた3ヵ月後にやってきた。 戦い続きの上に帰る家も無いからという理由で、ある村で暫しの休息を取っていたバッツは、ちょうど3ヶ月目のその日になって、とうとう旅出を決意し、めっきり重くなった腰を上げようとしていた。 連れのボコは此処3ヵ月ですっかり弛んでしまったのかダルそうにしていたが、敢えてその体をぴしゃりと押したりする。 「ほら、ボコ。今日が出発だぞ。気合い、出せ」 「クエー…」 「はあ、もう…!全く…」 やる気の無いボコの鳴き声に思わずため息を吐いてしまう。 がしかし、そんなボコの気持ちも分からないでもないな、などとチラと思いもした。何しろ自分とて意識を持たねばダラけてしまいそうだったから。 此処から先は明確な目的が無いだけにそういう怠惰は襲いやすいのである。あの戦いの前までと同じ状況に戻るだけだというのに。 「仕方ないな…」 バッツはポリポリと頭をかくと、ボコの暮らす小屋の近くに置かれていたバケツを手にし、更にはその中に貯まっていた水をザッパーとかけた。 「クエー!!!」 「あはは…ってオイ!体振るなよ、ボコっ」 突如そんなふうに水を浴びせられたボコは、ぶるぶると体を一振りし、その水滴を派手にバッツに振りまく。だものだから、バッツは一気にびっしょりとなってしまった。 「全く…ボコの奴」 そう毒付きながらも顔では笑みを漏らすと、バッツはボコと同じようにぶるぶると頭を振って水滴を落とす。 そうしてバッツとボコがちょっとした戯れをしていると、ふと背後から声が聞こえた。それはどうやら此処3ヵ月世話になっている宿場の女主人のものだったらしく、声はバッツに向けられている。 それが証拠に、バッツ、という名が響いていた。 「?」 何だろうか? この出発の日に一体? そう思いバッツがボコから離れその声の方に向かうと――――。 「!」 そこには、にっこり笑顔の女主人と、それからもう一つの影があった。 「バッツ、あんたに客だよ」 女主人にそう言われて軽く手を上げた影…それは、ファリスだった。
思わぬアクシデントというべきか、はたまた幸運なる偶然というべきか、旅出の予定であったその日にファリスと対面したバッツは、今日で別れるはずだったその場に未だ止まっていた。 質素な旅宿は、簡素なベッドと簡素なテーブルセットがあるだけであまり様にはならない。日中だから上手い具合に窓から差した陽だけが雰囲気を醸し出しているといった感じである。 木製の椅子に腰掛けて対峙した二人は、その揚々とした雰囲気には似付かわしくない何かを醸し出していた。 懐かしいような、嬉しいような、照れるような―――――それでいて、この雰囲気から何か重苦しいような。 「懐かしいな。元気だったか」 まず第一にバッツがそんなふうに言う。 思えばまだ3ヵ月しか経っていないのだから「懐かしい」と言うには早いかもしれないが感覚的には何だかそんなような気がした。 「今日、発とうと思ってたんだ。ギリギリだったな」 「ああ。だからこそ俺は此処に来たんだ」 「え?」 「実は何度かお前を尋ねようと思ってたんだ。場所も此処だって知ってた。けど―――――ギリギリまで、迷ってた」 「?」 不可解な言葉の連続であるファリスに、バッツはつい首を傾げる。 一体どうしたというのか。 ギリギリまで悩んだ挙げ句にバッツに会いにきたファリス……その理由がバッツには分からない。 しかしそれは、計らずともファリスの口から語られる事となった。 ある一つのキーワードの下に。 「バッツ、また旅に出るんだろ。―――――何でだよ?」 「何で、って……俺は、そういうふうにしか生きてこなかったから」 だから旅するしかないよ、そんなふうにバッツは続ける。 しかしその言葉を裏返すようにファリスの言葉が響く。 「なあバッツ。あの日のこと、覚えてるか?」 あの日、そう言われて浮かんだのは他でも無いリックスの村での事だった。 墓石の前、二人でいたあの夜。 それを思い出して少し真面目な顔付きになったバッツは、そっと「覚えている」という事を伝えた。 「あの日、お前は結局過去をチャラにしなかった。そしてまた…今日も同じことをしようとしてる」 「ファリス……」 過去に清算出来なかった何かを払拭すること、それはあの日結局出来ず終いで終わってしまった。枯れた涙は流せず、不変の過去は今又あの時と同じ決断をさせようとしている。 そう、帰る場所を持たぬ生き方――――――――それ、を。 ファリスの言わんとしている所を理解したバッツは、その事実について少し考え、それから更に少し経ってからこんな言葉を発した。 「ごめん」 それは単なる謝罪の言葉でもあったが、まるでそれらの事を認めそれでも尚現状維持しようとする言葉のようにも聞こえた。 だからなのか、一度は過去の清算を促したファリスは眉根を顰める。 「ごめんって何だよ、ごめんって。そんな弱気な肯定なんて要らないだろう?」 「うん、そうだな。分かってる。……けど」 バッツはそこで一旦言葉を切ると、一息付いてからこう言葉を継いだ。 「けど、今の俺はやっぱりどこにも帰る場所なんて無いんだ。どこかに留まることは、出来ないんだよ」 それは、清算できなかった感情の出した答え。結論。 鉛と化した感情がそれ以上のものを求めなくなった、その結論である。 「だから俺の事はもう気にしなくて良いよ。何とかやっていける。……でもファリスには帰る場所があるし、待っていてくれる人もいるんだ。だから、そこを大切にして欲しい」 そんなふうに言ったバッツは、そっと笑うと「だろう?」と最後には同意を求めた。 しかし、その同意は返ることなど無かった。 何故なら…。 「――――――――捨ててきた」 「…え?」 ――――――――捨ててきた……? 意味の分からない唐突な言葉。 捨てた、その言葉の裏に潜んだ真実を、バッツは計りきれないでいる。 その場は暫しシンと静まり、窓から差す光は更に光度を増した。あまりに眩しい。その眩しい日差しの中でファリスはじっとバッツを見ている。 「捨てたんだ、帰る場所も待ってくれる人も」 「それは…」 それは、あの海賊達のことなのか。ファリスにとって家同然であり家族といっても過言でない、たとい真実が分かっても捨てようはずもない、あの場所。 それをファリスは捨てたというのか。 「何で……ファリス」 そんな悲しいことをする必要性など今の世界にはどこにも無い。 折角あの苦しい別れから解放されその家に帰れたというのに、それでは意味がない。 元のように戻り平和に暮らすことこそが幸せであるというのに。 しかしそんなバッツの思考は、確かにファリスにとってもまた簡単に決断したものでもなかった。そう、さっき言ったようにファリスは「ギリギリまで迷っていた」のだから。 それほどの迷いの末に出した答えの理由……それは疑問に違いない。 ファリスが出した答えは、いつかの日にバッツが、出したくもないのに出さねばならなかった答えそのものであるから、その疑問が沸くのも当然と言えるだろう。 「なあ、覚えてるって言ったよな、バッツ。じゃあさ、あの日の約束だって、覚えてるんだろう?」 「…ああ。覚えてるよ」 「俺はな、バッツ」 ゆっくり口を開いたファリスは、その後にこんなことを口にした。
「約束を、守りたいんだ」
はっとするほどの強い瞳、それがそこにある。 その瞳は語り掛けてくる、そう…約束を守れ、と。 約束とは他でもないあの日の口約束のことであり、それは二人が了承して初めて成り立つ、正に二人だけの約束だった。 何か強い圧力でもって結ばれたものでもないし、破ったらどうのというものでもない。 がしかし、それはファリスにとってはひどく重要な約束だったのである。 “お互い一度だけ胸を貸し合おう”――――――――その約束が。 「……あの日お前、結局昔をチャラにしなかった。そして今も昔と同じ結果に返ろうとしてる。でもそうじゃないだろ?お前にとって帰るとこって、今ではあるだろ?俺は―――――あの日胸を貸したけど、目的を果たしてない。そんなのは嫌だ」 苦々しく唇を噛み締めてそう言うファリスに、バッツは俯く。 「お前に教えてやりたいんだよ。帰る場所があるから、もうどこにも行かなくて良いんだってことを」 「無いよ、帰る場所なんて」 「……ある!その為に俺は捨てたんだ!その為に俺は此処に来たんだ、お前がどこか遠くに行く前に」 「俺の、為に…」 ――――――ああ、そうか。 ファリスは帰る所を捨て、待ってくれている人をも捨て、そして此処にやってきたのだ。 捨てることが容易ではないそれらを、それでも切り捨てて。 あの日の約束を守る為に。 そう―――――今度こそ過去をチャラにして、過去とは違う決断をさせる為に。 その為だけに、自分がストッパーになるために。 帰る場所、待ち人になる、その――――――――その為に。 「……」 強い日差しの中、少し眩しげに目を細めながら、バッツはそんなファリスを見遣っていた。しかし言葉は、口をつかなかった。何と返せば良いか分からないし、何かを返した所でファリスの言動の前には色褪せてしまいそうで。 だってそれはまるで、捨て身の告白と同じだ。 いや、それ以上かもしれない。 誰かの為に全てを投げ出し、その為に…生きる。 それほどの価値があるとは思えない―――――――この身の為に。 「…それでも過去と同じ決断をするなら…もう止めない」 最後にぽつりと呟かれたそのファリスの言葉に、バッツはゆっくりと目を閉じた。
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