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「え…?」 驚いたバッツの顔を見ながら、高まる鼓動の中でファリスは言葉を紡ぐ。もう後悔しないように、今この場で告げなければならないと思った、本当の心を伝える為に。 「俺…っ。あの日だって引き止めたかったんだ、お前のこと!お前に行って欲しくないんだ、手の届かない場所なんかに」 「ファリス…?」 「あの日…言えなかったんだ。本当の気持ち。そ…側にいて、なんて言うなら―――お前だって俺の側にいろよ――――――」 「……ファリス…」 しっかりと掴んだ腕に、無意識ながら力がこもった。 本音を伝えること、それがこんなにも勇気のいることだなんて思いもしなかった。それでも、こんなふうに伝えることができる。そこに相手がいてくれれば、できる。 伝えるから、伝え続けるから。 離れていく後姿を見ながら、もう迷ったりしないから。 だから――――――――側にいて欲しい。
「ありがとう、ファリス」
ふっとそう響いた。 それから自然と身体を包みあった。 しかしその抱擁は、バッツが側にいてくれるという答えとイコールではないとファリスは分かっていた。だからそれは、せめてもの抱擁といった具合である。 こうして熱を分かち合っても、別れは数秒後にやってくる……その残酷さ。 けれどファリスは、本当の心を告げることができたことや、その本音をバッツが受け止めてくれた事実だけで、満足とはいかないまでも少しは安心していた。 離れていく事実は認めざるをえない。それは認めるだけ。 でも――――――告げたい気持ちを告げないのは、ただの後悔でしかなくなるから。 今度はそうじゃない。それだけが、唯一の救いになるように。 「ファリス」 「…ん」 「あのな、ファリスが俺を好きでいてくれるなら…一つ、お願いがあるんだ」 「何だ?」 そう聞くと、バッツはそっとファリスの耳元でその“お願い”を囁いた。 その言葉に少し表情を揺らせたファリスだったが、結局最後には、うん、と頷くこととなった。そのお願いは、お願いされなくとも当然のものだったからである。 その“お願い”が承諾されると、バッツは少し安心したように笑い、そして。 最後に――――――こう呟いた。 「明日、晴れると良いな」 あの時と同じ台詞。 でも今度は、はぐらかしじゃない。 「晴れるよ、きっと」 ファリスはそっとそう答えると、あと僅かで消えてしまう胸に顔を埋め目を閉じた。 “だってお前が来てくれたから”――――――そんなふうに続きの言葉を心の中で呟きながら。
その後――――――――バッツの姿は、消失した。 それは認めるしかない事実だった。
空は晴れていた。 薄い雲を延ばしながら、空は綺麗に青を広げていた。
それを見つめながら、悲しい気分になった。
愛しいあの人は、もうこの空の下にも見えない。 誰も、彼の名を呼ばない。 それでもこの空の下、彼の救った人々は、笑い、そして生きている。
彼だけが、今この空の下に足りない唯一のもの。
彼の顔も知らない人々が、かつての勇者として彼を称える。 彼の存在すら、人生すら知らずに。 彼の弱さすら知らずに。
だけどこの心には彼が生きている。 誰も知らない彼の名を呼び続け、誰も知らない彼の姿を見つめ続けている。
空はあまりにも晴れていて―――――――…… いつの日か、彼が感じていた寂しさや悲しさを、今、同じように感じている。
ファリスは事実を知ったのは、パーティが終わってすぐのことだった。パーティの日、バッツと離れてからレナのところに戻ったファリスは、勿論のことその事実をレナに告げた。 けれど、そうすることによって全ては明白になってしまったのである。 その日の驚きと切なさを、まだ覚えている。 バッツに会った。 そう言ったファリスに、レナは悲しそうな顔をしていた。とても悲しそうに、笑っていた。その意味が分からなくて首など傾げていたが、それも今となっては全て頷ける気がする。 当然のリアクションだった。 あの日、バッツはあのパーティに参加などするはずもなかったのだから。 レナがバッツの事に対し表情を固くしたのは、連絡が取れなかったか、若しくは来れないからだと思っていたが、それはどうやら根本的に間違っていたのである。 そして、レナの思惑すら、根本的に間違っていたのである。 そう、最初から。 “私、バッツを探していたのよ” レナはそう言っていた。少し苦笑などしながら。 “最初はね、ただ皆で会いたいって…それだけだったの。だから唯一居所の分からないバッツを探してた。でも…” 数人にバッツの捜索を頼んだレナは、勿論バッツの居所は絶対につかめるものだと思っていた。そしてそれは実際に掴めはしたが、あまりにも悲しい事実を伴っていたのだ。 それを聞いた時はファリスも息を呑んだ。
“バッツはね――――――――もう、この世にいなかったの”
まさか――――そう思った。何しろつい今しがたまで触れていたのに、そんなことが信じられるはずもない。まるで夢でも見ていたかのようなその事実。 しかし、思えばあまりに不自然だった。 レナやクルルに会わないなどというのもおかしかったし、何しろバッツがファリスに言った“お願い”はあまりにも……。 “それを知った瞬間、パーティをやろうって思ったの。バッツが死んで、何故私達がこうして笑っていられるのかって思ったら…絶対忘れてはいけないことだって、そう思ったから。彼が救った世界に、彼がいないなんて…嫌だったから” だから、最初からバッツはパーティに呼ばれることなどなかったのである。それどころか来ることなど不可能なのだ。 それでも――――――ファリスは、あの夜バッツに出逢った。それは事実で、もしそれを幽霊だとかそんなふうに表現したとしても、それでも割り切れるものではない。 しかしバッツの死は真実で、それは認めるしかないのである。 だからそれは、ファリスにとってどんなに辛い事実であろうと認めようと思える。 けれど、あの日バッツに会ったことだけは事実としてファリスの中で存在することとなった。何故なら、ファリスはバッツと約束をしたのだ。バッツのお願いをきくと言ったのだから、それだけは守ろうと、そう思う。 大切に思っている。だから守りたい。 “本当はファリスにいの一番に伝えようと思ったのに…伝えられなかった” ごめんね、そう謝りながらレナは涙ぐんでいた。 “あまりに辛い事実で…ファリスに知って欲しくなかったの…ごめんね” レナは何度も何度も謝り続けていた。 しかしファリスはそんなレナに優しく笑って「もう良いんだ」と告げるだけで責めるなどはしない。そう理性的に捉えられたのはきっと、夢か何かのようにバッツに会えたからだと思う。 死して尚―――――――側に来てくれた。 そう思える。 側にいてくれ、そんなことを言ったものだが、それはきっと最大の我侭だった。最大の不可能だった。それでも優しさを返したバッツを忘れたくないから、だからファリスはその事実を認め、そして思ったのだった。 バッツとの約束を守ろう、と。 バッツの“お願い”を心に刻み込もうと――――――――――。
………明日、晴れると良いな。 ―――――――――――なあバッツ…空は、晴れてるよ。
誰かが救った空は、晴れている。とても綺麗に、晴れている。 誰もが幸せに笑っている。 “晴れると良いな” そう言ったその人が望んだ空は、今も綺麗に晴れていて、人々に幸せを与えている。 弱みと寂しさと優しさを残して去っていったその人を想い、今は思う。 独りで生きていくことを望み、それが寂しいと気付いたその人を想い、今は思う。 今は独りじゃない。 今は大切だと思うからこそできる事がある。 約束など、最初は無かったけど―――――――今は確かに存在している。 だから、今は思う。 あの人の“お願い”を真実に変えて―――――――――…。
“今日―――俺といた時間を、忘れないで”
END
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