|
DEAR BLUE ---------------------------- 後編 [ In party ]
レナとの約束の日付。 その日、ファリスはいつもより遅く起床した。 気だるい。 いっそ行かない方が良いのではないか、またそんなことを思う。けれどその考えを何とか払拭すると、いつもの格好で、いつものように、慣れたその場を後にした。 タイクーン城までの道のり、考えていたことは様々だった。 あの別れの日のこと、それから、その後のこと。更には幼き頃のことまで頭を巡る。つい最近思い出してしまった例の過去まで蘇った。 それは一言でいえば“今までの人生”である。 それらを頭の中で反芻しながらレナの待つ場所まで向かう。 距離はそこそこあるが、それほど苦にはならない。というよりもうほぼ苦になる場所などない。一度あれだけの旅をしたのだから当然といえば当然だろうが。 アジトを出る時は、昔の友達と会うからとだけ言った。仲間の一人は心配そうな顔をして、ついていきましょうかなどと言ったものだが、その言葉には微笑みながら「大丈夫」とだけ返した。 大丈夫―――――――――――そう、大丈夫だ。 レナが尋ねてきた日から、何だか色々なことを考えていたような気がする。実際それは事実で、それ以前よりかは過去を思い出す機会が増えた。別れのあの日以降、これが自分の道なのだと信じ、ひたすらそこを大切に考えてきた。仲間と楽しみ、仲間と笑い、仲間と泣く。常にそこが自分の場所であり、その場所こそが自分だと思ってきた。 けれどこの期間、思ったことは正反対だった。 それは、本当の思いを隠して塗りたくった表面。 勿論仲間を大切にしていることは事実でそれは認めることができる。 けれど、言えなかった言葉や、できなかった事があるから――――――そういう過去の上に今があるから、だから…まるでその過去を隠す為に上塗りをしているような、そんな気がして。 そういう事を、今は認めることができる。 レナのいる場所に向かっている今なら、認めることができるのだ。 後悔したシーン、そこにいた彼らとの再会だからこそ。
途中少しの休憩を挟みながらタイクーンに向かう。 ファリスがタイクーン城下町に着いたのはもう夕方の話だった。 レナから聞かされていた話では、そのパーティは夕方五時頃から始まるということで、ファリスがそこについた時は正に始まったばかりの状態といって良かった。段々と暗くなる空の下、タイクーンだけが煌びやかに光を放っている。パーティ用になのか飾り付けられたライトは、程良い暗さを保ちながら人々を照らす。 いつもどちらかというとキッチリとした感のあるタイクーンが、その日だけは開放感に溢れているといった感じで。 城下町の中、歩を進める。 両脇に広がる和気藹々とした雰囲気に思わず笑みなど漏らすと、その場で楽しく酒などを煽る人々が気さくに話しかけてきたりする。レナが言った言葉を思い出すと、このパーティというのは明るさだけを持てば良いわけではないことが分かるが、それでも人々が楽しんでいるというのが分かるだけでファリスは自然と幸せな気分になれた。 こうして酒を掲げ乾杯などをする人々はきっと、レナの真意など知りはしないだろう。それでもこうして何かを理由に一つになれること、それはとても綺麗だと思う。素直に楽しいと思えること、それ自体が綺麗だと思う。 このパーティの真意がどうのといって愚痴を漏らしながら不味い酒を飲むよりかはずっと良い。とはいえ、きっと此処の人々はそんなふうに愚痴を漏らすことはないだろうとファリスは思っていた。今を楽しむこと、それはつまり今が幸せであるということの証拠である。つまりそれは現状が平和でありそれを称えた上での楽しさということになるだろう。 だから、こうして笑えること、それこそがこのパーティの真意への理解に繋がる。 「平和を祝して!」 そう高らかな声が響く。 所々で声が響く。 その声を潜り抜け、ファリスは中央に聳え立つタイクーン城に向かった。タイクーン城壁には飾りが付けられていて、それはとても綺麗な花だったり、はたまた人々の言葉を集めた石版だったり、子供のイタズラ書きのような絵だったりした。いわゆる高級そのものの飾りではないことがどことなく親近感をもたらす。以前はありえなかったようなこんな風景も、レナが実権を握るようになってから随分と変化があり、より馴染みやすいものとなっている。それを見て、何となく顔がほころぶ。 良かった、と。 城門まで辿り着いたとき、その脇に衛兵が二人ほど立っていたが彼らが言った事といえば「平和を祝して」という文句だけだった。すっかり身分などを聞かれるものかと思っていたが、さすがにこの日は無礼講であるらしい。レナの計らいだな、そう思ってファリスは笑みを漏らす。 城内に入ってみると、驚いたことにその中にも市民の姿が見られた。本来滅多なことでは城内に入ることなど許されない。訴えなどの為に訪れることはあるが、そういう場合でも城門で身分を問われ、訪問理由を問われるのが常だ。しかしそういう畏まった雰囲気など一切なく、誰しもが普通に片手にアルコールを携え、世間話に興じている。城内で、だ。 はっきり言えば少々妙な気分になったが、しかしそれは最高のもてなしだと思う。そういった開放、そして親近感。威厳を保つべきことは確かにあるが、しかしあまりに遠すぎるものであれば誰も此処にはいないだろう。先の王も人徳ある人間だったが、これはそれを上回ったかもしれないな、とそんなふうに思わざるをえない。 少し歩くと、広間ではダンスが開かれていた。勿論そこには色んな身分の人間がいて、誰しもが対等になって踊っている。それなりの身分の人間でしか味わえないだろう豪華な食事も用意されており、それはバイキング形式で誰でも自由に取り分けて食べられるようになっていた。勿論、高価なアルコールもある。 「やるな、レナ…」 思わず呟く。 旅の時はそれこそ守ってやらねばと思っていた存在だったのに、いつしか彼女はすっかり大きな器の人間となっていたらしい。過去を思い出し、過去に嘆いている自分の方が余程小さな存在に思えてならない。 それは少し悲しいけれど――――けれど今は、レナを認める気持ちの方が大きかった。 そう思うと、いてもたってもいられなくなり、自然と小走りになる。 城内を上に上に、上に行く。 その度、平和を祝して、という言葉が飛びかう。 ああ、などと端的な言葉を返しながら階上に行くと、やがて広いフロアに辿り着いた。そこはさすがに階下よりかは静かな感じで、それでも多種多様な人間が佇んでいる。 ふっと目を中央に向けると、どうやらその先に長い廊下が続いており、その先にあるドアの向こうが王の間であるらしかった。かつての此処とは随分と趣が変わったと思う。それは実際に確かなことで、レナは時折この城の改装をしていたらしい。レナの口から語られることはなかったが、風の噂でそんな話を聞いたことがある。しかしそれはいかにも豪華三昧な趣味の改装ではなく、どうも従者達や市民の為の改装だったらしい。 聞き耳を立てるのもなんだと思ったが、聞こえてしまった話によれば、何やらこの城での催しものが今後色々とあるのだとか。 長い廊下を颯爽と歩き、それから辿り着いたドアをすっと開く。意外と思い扉は力を入れねば大幅には動かなかったので、自然と腕に力が篭った。 ギイイイ、そう音がして、光が漏れて。 「――――――――レナ」 その部屋の中に見えたのは、独りだけで外を見つめるレナの姿だった。 今やその人は、この城の主…そして統率を背負う、皆の王。 それらを背負ったその肩は、華奢で綺麗で、だけどその時は少し寂しげだった。それは何だか“あの頃”を思い返させる。 懐かしくて、寂しい、それでも暖かい――――――忘れてはいけない過去を。 「ファリス!」 ファリスの姿に気付いたレナは、パッと顔を明るくさせて小走りでコチラによってくる。その姿は無邪気で、ファリスは思わず笑みを漏らした。 「悪いな。少し遅れたみたいだ」 「ううん。構わないわ。きてくれたことだけで嬉しいから」 「…うん」 こっちに来て、そう言ってレナがファリスの手を引く。誰かが見たらまるで恋人達に見えるだろうこの姿も、誰もいないこの部屋ではあまりにも自然だった。一国の王女が無邪気に海賊の手を引く。そしてその手を引いたまま、レナはファリスを奥の方に隠された部屋へと案内した。 そこは小さな部屋で、いわゆる個室というわけではない。誰かが所有している部屋というよりかは、謁見の時間の小休憩用といった感じで作りはいかにも質素である。 しかしその質素な部屋にそぐわない物があった。 それは、ファリスの目に飛び込んでくる。 「ふふ、ファリスの為にね、用意したの」 そう楽しそうに言うレナを見てから、ファリスは、その“この部屋にそぐわないもの”を見遣る。 それはそう――――――――――ドレス、だった。 フリルなどがちりばめられた、いかにも、といった物とは違う、シックな雰囲気の白いドレス。胸と肩が大幅に開いたホルターネックのドレスは、裾がマーメイド状に広がっており、大胆にも大幅なスリットが入っていた。 「…ちょっと待て」 思わず絶句した後、ファリスは冷めた調子でそう言う。 まさか、これを着ろなんて言うんじゃないだろうな、そう思って鳥肌が立ちそうになる。 しかしそのファリスの嫌な予感はいかにも的中、レナはいかにも楽しそうな様子でこう言った。 「今日のパーティはドレスで参加して欲しいの」 「……」 まさか、そんな馬鹿な。 俺に一生の恥をさらせというのか!?、と思わず言いたくなったが、それは敢えてグッと押さえ込む。何しろレナときたら、そうしなければ機嫌を損ねそうな勢いなのだ。 それでも多少の抵抗として、いやそれは…、などと言ってみたが、やはりレナの答えは思った通りだった。 「だーめっ!着て、お願い!」 だってパーティだもの、今日だけだもの、そんなふうに言われてしまってはどうしようもない。確かに今日だけだし、今日はパーティだし、此処には海賊としての自分の姿を知る者もいない。本心は嫌だったが…少しだけだったら。 少しだけ、今日だけ。 「…ああ、もう!分かったよ、着るよ」 はあ、そう溜息をつきつつそう答えると、レナはにっこりと笑って、 「ありがと」 と答えた。 そういう訳で、ファリスはその白いドレスを着ることになった。 はっきり言えば、今までの人生でこんなものを着た験しはないから、これは初めてのことだったと思う。あまりにも女である体を強調したそのドレスで、女として振舞う。そういう事自体、今までの人生にはありえなかった。 そんなことは許されないことだったし、女であること自体許されることでもなかった。 でも、今は違った。 今この白いドレスを着ているこの時だけは自分は、女であり、そしてレナの姉であるという、そんな気がする。そしてそれは実際に真実で、正しいことだった。 だからある意味では、どこか素直になれる――――――そんな、気がしていた。 「綺麗ね…ファリス」 白いドレスを着たファリスを見て、レナはそう零した。まるで夢見心地な表情でそんなことを言うものだから困ってしまう。けれど、その言葉は多分本心だったし、このドレスを着ている今の自分も嘘ではな かったから、答えは一つだった。 「照れくさいんだけど…。でも、ありがとう、な」 すっと笑える。 そんなファリスを見て、レナも笑った。 それから一国の王女であるレナは、ファリスに向かって作法に則った礼をする。 お帰りなさいませ、お姉さま――――――――――、と。
|