DEAR BLUE

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前編   [ In past ]

 

 

平和を取り返した世界。

仲間達は今までの時間を忘れずにと笑い合い、そして、それでもお互いそれぞれの道へと帰っていった。

約束など、最初から無かったから。

ただ偶然の名の下に出会った大切な仲間だから。

だからこそ、自然に離れ離れになった。

一緒にいることこそ不自然で、どんなに遠くにいても、いつでもまた出逢えると信じあえていたから…だからこそ。

最後の戦闘が終わって、光の渦の中舞い戻ったその場で、確か聞いた。

“バッツ。お前は…これからどうするつもりだよ?”

今や一国のトップとなってしまったレナは帰りを急がねばならなくて、その時は時間が無くて、だから端的にそれだけを質問した。

戦闘の傷をそのままに、バッツは言っていたはずだ。

“俺か?俺は最初から当てのない旅をしているから…だから、それに戻るだけだ”

当てのない旅の中で出会った、とてつもなく大きな出来事と仲間。

それがあまりにも大事だから、だからこそ今までの道を歩もうとバッツは笑っていた。

“ファリスは?”

“俺は…”

“分かってる。ファリスが仲間思いなのは理解してるから。戻るんだろ?”

あの陽気で大切な海賊仲間のもとに。

“ああ”

答えに自信はあった。迷いは無かった。

あの仲間達を置いて、どこかにいけるはずなどない。

実際その裏では、レナから何度も懇願されていたのだ。タイクーンの王女なのだから、然るべき場所に戻ってもおかしくはないはずだ、と。確かにそれはそうだとも思うが、それでもレナとは今までの生き方も違うし、その過去の生き様の中で培ってきたものをおきざりにするわけにはいかない。つまり、ファリスにとっては海賊仲間を、である。

だからその話について答えを求められたとき、ファリスはなるべくレナが傷つかぬように笑いながら言ったのだ。

俺には、そんなの性に合わない。

それに今更その事実を突きつけても、誰も信用などしないし、それこそおかしなことになる。だから、元に戻るだけだ、と。

レナはそのファリスの回答に悲しそうな顔をしてはいたが、多分実際にはそういった回答が出てくることを知っていたのだろう。彼女は強引に縋ることもなく、ただ首を縦に振っていたから。そういうふうになることすら、この旅の間で培った知識や意識の中で理解できてしまっている。そういう事実は嬉しくもあるが、少々悲しくもある。

結果的にお互いがお互いの道を選び、そして時間が流れていった。

そしてそれは、正しいことだったのだろう。

―――――――――きっと、そうだったのだ。

 

 

 

「お頭〜!」

そう叫びながら走ってきたのは、昔からの海賊仲間でもう古株ともいえる立場の男だった。

いつも通りの指定場所にいたファリスは、その叫び声に気付き、すっと立ち上がる。大体こういう声が聞こえるときは何かトラブった時なので、対処は早くしなければ、という危機感が襲うのだ。

しかし、今回のその叫び声の意味合いはどうやら少し違っていたらしい。

バタバタと駆けてきたその男の姿を目にして、ファリスは断固とした態度で「どうした!」などと聞いたものだが、

「お客様が!」

そう聞いた瞬間に緊張感が途切れてしまった。どうやらただの客人らしい。

単なる客人の来訪に何をそんなに血相を変える必要があるのかと嘆息しながらも、ファリスはその相手を聞いてみた。すると、その男の口から出された名はどうもファリスにとってとても大事なものだったようである。

ああ、なるほど。

その名を聞いて、やっと理解できた。その男が何故焦って大声を出したのかも。

それはそうだろう――――――…一介の海賊にとって、一国の王女では大層な差である。

とはいえ実際はファリスもそういった身柄なのだからこの場でその男と話していること自体おかしな話なのだが、それは過去が肯定してくれている。そういう人生だったのだからそれが正しいのだ、と。

とにかくその客人に会わなければ、そう思ったファリスは少しいつもの自分を切り離して、その場から足を踏み出した。

 

岩場の洞窟。

その中で海賊の頭と一国の王女が対話をする。

客観視すればどう考えても妙な光景だったが、それは久々に会った当人同士にとっては酷く落ち着く空間だった。

ドキドキしながらタイクーンの王女レナを迎えた男を退出させた後、ファリスはやっと本当の自分に戻ったかのように、久々に明るい笑顔を見せた。勿論笑顔はいつでも惜しみなく仲間に見せているが、レナに見せるものとはまた少し別物である。海賊の頭としての笑顔はいわば人間としての笑顔で、レナの前で見せるのはどちらかというと女性としての笑顔に近かったかもしれない。

「久し振りだな」

まず挨拶程度にそう言って対面した場所に腰を下ろすと、ファリスはレナの姿をじっと見つめた。レナはいかにも王女たらん格好をしていて、とてもお忍びだとかそういう次元の話ではない。ドレスと称されるものを身に纏い、ファリスの人生には必要ないだろうと思われる香水などを身に振り掛けて、それはどう見ても男を魅了する女性らしい姿だった。

「久し振りね」

笑ってそう言うレナの顔は、決して血色が良いわけではない。その顔一つで、どんなに笑顔であろうとも苦労が読み取れてしまう。レナと会えたことは嬉しいが、そういった部分を見てしまうとどうしても胸が痛くなってしまうものだ。大体、本来なら自分がその苦労を背負っていたはずなのに、過去のある過ちのせいだけで、今その全てが彼女の背にのしかかってしまったのだから。

勿論それは今更誰が責められるようなことでもない。

それはわかっている。

けれど、彼女に比べて自由奔放を生きている自分が、こういう時はどうしても重く感じられてしまうのだ。

そんな重みをなるべく内に隠しながら、ファリスは言葉を発した。

「どうしたんだ、こんなところまで。しかもその格好じゃ勿体無いぞ」

「うん、良いの。だってファリスに会いに来たんだもの。これは礼儀よ」

「そうか。じゃあ俺はもっと格好よくするべきだったかな」

いつも通りの自分の格好を見遣りながらファリスがそう言うと、レナは、くすっと小さく笑う。別にやりとりが可笑しかったわけではなくて、ファリスの言った「格好良い」に笑ったのである。女性である事実を知っているレナに対しても尚、男性のように振舞う。そんなところにファリスらしさというものを感じてレナは笑ったのだ。

そんな軽い会話が終わった後レナは、特に重みがある雰囲気でもなくこう切り出した。

「あのね、ファリス。突然なんだけど、お願いがあるの」

「お願い?」

何だろうか、突然。

あの旅の別れからこの方、実のところ今回が初めての再会である。その間3年近くは経っているし、その3年近くの間の詳しい世情などはレナほどは分からない。

お願いと言われれば断る理由など無いが、何だか変な感じがする。

そう思いながらも内容を催促すると、レナはこんなことを話し始めた。

「もうすぐ、あれから丁度3年が経つの。“あれから”って、何のことだかファリスは分かってるでしょう?」

ああ、そう頷きながらファリスは笑う。

「平和が戻って…それから、別れた日だな」

「うん。…ちょっと悲しかったけどね」

少し笑ってレナはそう言うと、一回息を吸い込んで話を続けた。

もうすぐ、あれから丁度3年の月日が経つ。

その間、世界はそれなりに進歩して、回復できる部分は回復したし、そうでない部分は勿論のこと廃れていった。しかし何にも勝ることは、今が平和であるという事実である。

その平和という事実に、今、誰しもが安心しきっているのだ。

元通りに戻り何不自由なく、未来に不安など無いかのような平和。

それは絶対的に良いものなはずなのに、その戦いの渦中を見た僅かな人間にとっては何かが引っかかる。というより、辛い気分になる。

「パーティをしようと思うの」

「パーティ…?」

うん、そう、そう言いながらレナは幾分か強い口調になる。

「今とっても平和で、私も頑張ってるつもりだよ。でもね、それだけで良いのかなって思うの。…ううん。何ていうか、忘れちゃいけないっていうか…あの時みたく、いつだって何かが起こる可能性はあるんだって、だからそういう過去のこと忘れちゃいけないし、今が平和でいられるのはその過去があったからなんだって刻んでいきたいと思うの」

変かな、そうレナが聞くので、ファリスは首を横に振って答えた。

そんなことはない、と。

確かにあの辛さを目の当たりにしなかった人々にとっては、何故そこまで、とそう思うかもしれないがファリスにはレナの気持ちがよく理解できる。レナの言うように、あの過去があり、あの過去の戦いで勝利できたからこそ今があり保障されているのは事実なのだ。そういうことを何一つ知らず、それどころか忘れてしまったらば、それは“平和の何たるかを知らないままに生きている”事になってしまう。

今が平和で、それが大事だと思うからこそ、レナはそう言えるのだ。

「で、そのパーティって、その事と関係あるのか?」

「うん。記念じゃないけど、今言ったような意味でのパーティをしたいなって思ってて」

矛盾しているかもしれないけれど、それなりに豪華にやりたいなと思うとレナは言う。そのパーティはタイクーンだからといって著名人を集め行うのではなく、城下町や至るところで全体的に行いたいのだとも言った。つまり「〜祭」と名のつくような行事みたいなものだ。だからこそ全ての人が参加できるし、全ての人がその目的を果たすことができることになる。

それは良い案かもしれない。一つ行事が増えるようなものだし、特に恩着せがましい感もないのだから、誰も反対をする余地がないだろう。

「良いんじゃないか」

そう気軽にファリスは答え、それから、

「だったら俺も参加しなくちゃな」

などと、これも気軽に答えた。

しかしそれこそがポイントだったのである。

その答えを聞いた途端レナはパッと明るい顔になって、手を会わせて満面の笑みになった。

「本当に!参加してくれるのね、ファリス!」

「え?ああ、参加するよ。何でそんな嬉しそうなんだよ」

訳が分からない。誰でも参加できるのだから、そんな喜ぶ必要もないだろうに。

そう思っていたが、ハッキリ言ってレナの喜びはそういう意味合いではなかった。

つまり―――――…。

「タイクーン城でもやるつもりなの。だからファリスはお城の方に来てね」

「……え!?」

「だってファリスにはそうして欲しいと思って、それをお願いに来たんだもの」

「なっ…それが“お願い”かよ!?」

「そうだよ」

にっこり笑ってそう言うレナに、ファリスは唖然とする他無かった。

まさか――――…城に?

嫌というわけではないが、城のパーティに出入りするような身分ではない。いや本来はそうであったとしても今の自分はそうではないのだし、そもそもそんな大層な服だって持ってやしない。いかにも場違いだ。

「待て!でも城っていうとアレだ。その…お偉いさん方がうようよ…」

「うん、居ることは居るけど、関係ないよ」

「関係ないって、レナ!お前なあ」

どうもレナは時々強引だなと思う。まあそういうところがタイクーンの王女らしくて良いかなとも思うが、しかしどうにも分が悪い。立場も悪いし身なりも悪い。これでは、客人として迎えられたとしてもレナの 面子を潰すことにもなりかねない。

何せ、どう見繕っても自分は海賊なのだ。

悪さをしているわけではないが、それでも世間的には「白い目」の的なのである。そんな人物がタイクーン城などに出入りしたら、目も当てられないのではいだろうか。

そう思っていた矢先、レナの口からはある言葉が放たれた。

それは、もうずっと心の奥底に仕舞っておいた―――――本当は大切な、言葉。

「私達は…家族だもの」

「…レナ」

その僅かな言葉の内にはしっかりとレナの心情が表れていた。

あの日―――――そう、あの別れの日。

あの日レナは言ったのだ。

“然るべき場所に戻るだけだもの”

あの日レナが口にした「然るべき場所」と、今レナが口にした「家族」とは、正にイコールの関係である。それは変えようのない真実で、今お互いがどう在るかという事実を常に上回るものだから――――だから、それはいつも忘れることができない。

かといって現状が、あの日に選んだこの道が、間違っているとも思えなかった。どちらが正しいということもなく、ただそれが真実で、その上に事実があるという、たったそれだけの話なのである。

レナが今その真実を口にした事は、ファリスには少し心苦しいことでもあった。別に真実と事実を比較して自分を責めているわけではない。あの日、レナの為に城に戻らなかったことが後悔となっているわけではない。

ただ、そう言われたことで、改めて突きつけられた現実があるというだけ。

気にすることなど、何もない、と。

レナの面子を潰すかもしれないとか、場違いだとか、世間体が悪いだとか…そういった全てのことが起こったとしても、それは自分が悪いわけでも、レナが悪いわけでもない。

そこにいるのは、当然なのだから。

しかし心のどこかでそれを気にしていた自分に気付いたファリスは、そういう己の心の中にある何かドロドロしたものに対して心苦しくなったのである。

「これはね、ファリス。―――――然るべき場所に、返るパーティなの」

―――――…ああ、そうだ。

然るべき場所に返るパーティだ。

平和というものの原点に、

本来在るべきだった場所に、

真実を見たあの時間に、

“返る”。

「だからね、ファリス。その日は期待しててね」

「…ああ、分かった」

結局最後にはそう返事をしていて、パーティには参加ということになった。勿論レナが言ったように、タイクーン城の方に、である。

当初気にしていた身なりだの何だのは、レナが用意をするからという事になった。だから気にしなくて良いと言う。

しかし、誘われた身で、更には色々用意してもらうのではあまりに悪い気がする。何を返せるわけでもないのに、つい「何か俺もできることはないかな」などと聞いてしまうと、レナはクスッと笑ってこう答えた。

「あるよ」

その返答にファリスは嬉しそうな顔をして「何だ」と聞く。

しかしレナの答えは――――……

「ファリスがファリスとして、来てくれることだよ」

そんな、言葉だった。

 

 

 

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