5センチの未来

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何でこんなに育ってしまったんだろう?

たまにファリスはそんな事を思う。

育つといったって別に歳の問題ではない、問題はそう…背、である。

最近どういうわけだかバッツと親密になってしまったファリスは、とにかく自分のその身長のことを気にしていた。

バッツの身長は176センチらしい。

そしてファリスの身長は、うろ覚えだが確か172センチくらいだったはずである。

だからその身長差は僅か4センチというわけで、それはあまり大した差ではなかった。しかもファリスの場合、実際は女性なのだからその身長はかなり高いといって良い。

――――――――こんなんじゃ、隣も歩けないだろうが…。

そんな事を思って、ふう、と息を付くファリス。

とはいえ、実際の道中ではそんなことをいちいち気にしている暇はない。だから堂々とその4センチ差のまま隣を歩くことだってある。

でもどうだろう。

親密になりすぎた二人を考えてみたら、何だかそれはちょっぴり寂しいのだ。

仮にも恋人と呼ばれる関係になった二人は、いくら旅の仲間とはいえ、二人きりになれば恋人同士に戻るわけで、そういう時間それを感じずにはいられない。

ファリスの中の恋人像というのはこんな具合だった。

そう――――――……彼氏:彼女=大柄男:小柄女。

男にとって彼女として一緒に歩きたいような女性は、大概、小柄で可憐な女性と相場が決まってる。勿論そういう女性は口の利き方だって“なっている”だろうし、いつだって可愛らしいスカートなんかをはいて笑顔でいるだろう。

それとひきかえ自分はどうだろうか?

「背はデカいし、口も悪いし、スカートなんか死んでもはかないし…なあ」

その上、海賊のドンときたら、これはどうなんだと思う他ない。

どう考えたって「彼女像」とかけ離れているファリスは、自分を女だと重々自覚することはあまり無かったが、それでもバッツと一緒にいる時にふとそんな事を思ってしまう。何せバッツと二人でいる時…つまり恋人同士として一緒にいる時は、自分は確実に「女」という分類になってしまうのだから。

「…もっと良い女が沢山いるだろうが。…なあ」

はあ、と、もう一つ溜息。

溜息と同時に出た言葉はファリスとしては本音だったが、女としては勿論本音なんかじゃなかった。もっと良い女がいる、だなんてバッツ相手に口にしたらとんでもないことになる。

ただでさえバッツは意固地なまでに「ファリスだから好きなんだ」と言い張るタイプだったので、そんな事を言おうものなら説教の如くくどくどと文句を言われるに決まっている。まあそんな文句もはったおせる位の力は簡単に持っていたファリスだったが。

「せめて背だけでも何とかなりゃあなあ…」

口調なんか絶対直す気がないらしいファリスは、腕を組み、目を閉じながら「う〜ん」と唸ってそんなことを呟いた。

 

 

 

城下町というのは結構反映しているものである。

世界には幾多の町や村があるが、城下町というのは少し特殊で、大概が城の恩恵で様々な物資も豊富に揃っていた。

いつもだったら即刻酒場に直行するはずのファリスは、そのとある城下町についた時、珍しくそういうふうには行動しなかった。それというのもある店が目についたからである。

静かな村なんかでは絶対お目にかかれない店――――――それは嘘みたいな話だったが、衣料品店の類だった。

勿論、村なんかでも簡素な衣類はちょこまかと売られている。売られているがそれは体外飾り気のないシンプルな木綿製の服で、城下町の店にあるような派手目のものは一切ない。それというのも村の中でそれほどおしゃれをしてもあまり意味が無いからだろう。

しかし城下町というのはそれとは訳が違う。

城の人間と顔を合わせることもあるし、城には他国からの訪問者だってやってくる。だから自然と余所行きの顔を持つようになり、その結果、着飾ることに敏感になったということなのだろう。

だから城下町の衣料品店に並ぶ服というのは、村のそれとは比べ物にならないほど煌びやかだった。

「ふうん…こういうのが好きなのか?」

「わっ!」

煌びやかな城下町の衣料品店、そのウィンドウ越しに商品を眺めていたファリスに、背後からバッツが声をかける。それはあんまりにも唐突だったから、さすがのファリスも驚いて声を上げてしまったものだ。

「いきなり話しかけんなよ」

まったくもう、そう言いながらファリスは文句を言うと、バッツの顔をチラッと見て、

「あーあ、つまんねえ。酒飲み行くか」

そんな事を言い出した。

先ほどまでウィンドウの向こう側の商品をまじまじと眺めていたくせに、である。

だからバッツは首を傾げて、

「あれ?もう見ないのか?」

そんなふうに聞いた。

しかしファリスはその問いに「じゃあ見ようかな」なんて口が裂けても言えなかった。

何故かといえば、さっきまでファリスが見ていた商品というのは他でもない――――女性モノの洋服だったからである。しかもご丁寧に裾にレースなんかがはためいている、いかにも女の子チックなやつだ。

まさか此処で「見る」なんて言ったら、いかにも変だろう。まるでその服が欲しいみたいじゃないか。

「良いんだよ、別に。単に、こういうのもあんのかって思ってただけだしっ」

実際には、こういうのを着たらどうなるんだろう、なんて少し考えていたファリスだったが、それは口にせずにそんなふうにぶっきらぼうな口調で答える。

「ふうん、そっか…。なんだ。俺てっきり、ファリスもこういうの着たいのかなって思ったよ」

「はあ!?バカじゃないかお前。俺に着れるかっての!」

「そうかなあ…」

バッツはいかにも「ファリスも着てみれば良いのに」と言いたそうな顔をしてそんなふうに言う。ファリスはそれを見て、表面上はバカにしたような顔をしていたが、心の中では焦りに焦っていた。

だって…。

―――――――そうかなあ、なんて…まるでフリフリレースの服を着たって許されそうな感じがしてしまうじゃないか。

とはいえ、ちょっと想像してみたトコロそれはあまりにも変テコだったので、ファリスはその想像をすぐにかき消したほどだった。だから実際には、仮に着たいと思っても自分にはあまりにも似合わないから着れないだろうと思う。

「そうか…残念だな。俺、ちょっと見てみたかったかも」

バッツがそんなふうに言って笑ったから、ファリスの心はこれでもかという具合に焦ってしまった。

見たい…!?そんなことがよく言えたもんだ。似合わないって分かってるのに。

そう思ったけれど、やはりそれも口に出さない。

「ばかばかし…俺、行くぜ?」

最初は自分がいたというのにそんなことを言い出したファリスは、まるで逃げるかのようにその場を去ろうとした。

が。

「あ、ちょっと待って。ファリス!」

「何だよ」

「これこれ、これくらいだったら抵抗ないだろ?」

「はあ?」

何だその、抵抗ないだろっていうのは。

まあフリフリレースが抵抗あるというのは本当の話だが、そういうものに対して抵抗があるという事を悟られているのが何だか妙に嫌な感じがする。

そう思いつつもファリスはバッツの指差す方向をチラッと見やった。

と、そこには。

「うっ!」

ファリスは思わずそう声を上げた。

その隣でバッツはにこにこしながら、

「な?これくらいだったら抵抗ないだろ?」

そんな事を言う。

しかしその物体は、どう考えたって大抵抗のあるものであった。何故ってそれは―――――――――5センチヒールの、靴だったから。

ファリスは心の中で思いっきり毒づいたものである。こんなヒールをはいたらどうなるか分かっているのだろうか、バッツは。考えてもみろ。5センチヒールなのだ、3センチじゃない。

ファリスの身長172センチ+5センチヒール=177センチである。

で、バッツの身長は175センチである。

つまり……そんなものをはいた日には、バッツの身長を抜かしてしまうのではないか!

「ば、バカ野郎!こんなもん履けるか」

ファリスは身長計算をサクッと頭の中でしつつもそう反論したが、隣のバッツはいかにも陽気に「そんなことないよ。足元なら目立たないし」と全く違うところを指摘してくる。そんな具合だったからファリスは、そうじゃなくて背だ背!と心の中で叫んだ次第。

「大体、こんな道中にそんなもん履けるかよ」

「まあ確かにな。でもさ、レナだって買い物してたよ?」

「レナは良いんだよ。俺はいつかアジトに戻ったってそんなもん履かないし」

「…ふうん」

ファリスの言葉にバッツはそんな曖昧な返事を返す。表情はちょっとだけ真面目そうである。その表情をチラリとやりながら、何だよ、とファリスは少し強めに口にした。

するとバッツは、こんなことを言い出す。

「あのさ。いつか元の暮らしに戻ったら――――――その時は一緒にいてくれるのかな?」

「…え」

それは、唐突な質問だった。

しかもこんな衣料品店のウィンドウ前でするような会話ではない。いかにも似合わない。

けれどバッツの表情はいかにも真面目で、何だか果てしなく遠い未来のことを思わせた。

「ファリスに海賊やめろって言ってるわけじゃない。俺だって多分、こういう性分だから一つどころに留まるってわけにはいかないんだと思う。でも俺は、時々でも良いからこうしてファリスと話したいんだ。離れ離れになってもさ」

「離れ離れ、って…」

何だよ、それ。

そう思う。

けれどバッツの言葉を否定しきれるはずもない。だって本当にバッツの言うとおり、いつか元の生活に戻ったとして今迄のものを捨て去るという気持ちは、お互いどこにも無いのだ。例え今この旅の中で一緒に二人だけの時間を過ごしていくとしたって、それが今後の生活の全てになるわけではない。

いわば特殊な時間だからこそ、そうできるというだけの話で。

「だからさ、もし元の生活に戻れる時がやってきて、その時それでもファリスが俺のこと見てくれるなら…その時は履いてくれるかな?」

そう言ってバッツはチラとそのウィンドウ越しの靴を見遣った。

5センチヒールの靴は、相変わらず静かに二人を見詰めている。

「俺にだけ特別に見せてくれないかな?」

「……」

――――――――――バカじゃないか。

ファリスは静かにそう思った。

俺にだけ特別に…そうできるものなら、いくらだってしてやる。でも、バッツ相手だからこそできないんだということを、果たして目前のバッツは分かってるんだろうか。

バッツの前だからはきたくないんだ、そんなものは。

「ファリス」

そう答えを促すように名を呼ばれ、ファリスは溜息一つ吐いて、ゆっくりこう言った。

「未来のことは…分からないけど、とにかくその靴をはくのだけは無理だ。お前のことがどうこうって意味じゃなくて、それ履いたら俺、バッツとは一緒に歩けないし」

「え?」

ファリスが服や靴を拒否するのは抵抗があるだけの話かと思っていたバッツは、そんなことを言うファリスに首を傾げる。

一緒に歩けないとはどういうことか、それの本当の意味が分かっていないのだ。

そんな調子のバッツにファリスは、

「それ履いたら俺、お前より背高くなるしさ」

と、ズバリ本当のことを口にした。

口にしてから「あーあ」と思ったのは言うまでも無い。こんなことをバッツに話したくなんてなかったし、こんなことを言えばバッツからどう切り返されるかなんて目に見えている。

どうせバッツは言うんだろう、そんな事を気にしてたのか、と。

そしてそんなファリスの目論見どおり、バッツはそのものずばりの言葉をファリスに投げかけた。

「何だ、そんなこと気にしてたのか。そんなの気にしなくて良いよ」

「…あのなあ。バッツが気にしなくても俺は気になるの!」

「何で?だってたかだか背の問題だろ。周りが何て言おうと俺は別に気にならないよ。例えファリスを見上げることになっても」

「だから!それは俺が嫌なの!」

何で分からないんだろうなあ、そう毒づきたくなる。

例え周りの人間がどうこう言っても、そんなものは構わない。バッツがそれで良いというならそれも別に構わない。でも問題は他でもないファリス自身なのであって、ファリスは何だかそれが妙に嫌なのである。

バッツと二人きりの空間―――――その中で、そんなふうになるのは何だか嫌だ。

ファリスはそんなことを頭の中で色々考えていたが、バッツの方はそんなファリスの思考とは正反対に、何だか妙に嬉しそうな顔をし出した。

しかも唐突にこんなことを言う。

「ファリスもやっぱり女の子なんだな」

よりにもよって、一番聞きたくないような言葉をサクッと言ってのけたバッツは、隣のファリスが怒りの表情をしているのにも関わらず、更にはこんなことを言った。

「やっぱり駄目だ。俺、これ買ってくる」

「は!?何言って…ってオイ!バッツ!」

呼ぶ声も空しく、バッツは店内に疾走。

ファリスは、それを呆然として眺めているだけだった。

 

 

 

その5センチヒールの靴は、プレゼントという名目でバッツからファリスへと贈られた。

とはいってもこの旅の中、そんなものを履く機会なんてまずもって無い。

しかしそれはバッツに言わせれば、約束の証拠だと言う。

いつかこの旅が終わって元の生活に戻ったとき、もしもファリスがバッツを見続けるというならばその靴を履くという―――――――それは約束。

もしその靴をバッツがまた見る機会があるというならば、それは幸せな未来。

もし無いとしたら―――考えたくはないけれど、仕方無い。

そういう意味合いで贈られた靴は、今のところは殆ど「荷物」でしかない。

だからファリスは増えたその荷物に毎日毒づきたくなったが、それでもそれを捨てるなんていうことはしなかった。

何しろその靴は、証明になる靴だから。

 

 

 

もし―――――――この靴を履いて、バッツを見おろすことになる日がくるとして…自分がそれに納得できる日が来るとしたら。

そうしたらその時は堂々とバッツを見おろして笑ってやろう。

 

手の中の荷物の重みを感じながら、ファリスはそんな事を考えていた。

 

 

 

END

 

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