2/3のタンク

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一か八か。

勝負に出る。

「やってみなけりゃわからないだろ」

それがいつも口癖で。

 

 

 

 

難解な事件。

ちょっと暇だったからって民間のお悩み相談を受けたらそいつはなかなか難関だった。

誘拐?失踪?家出?

分からないけどどっかに消えたガキを探せ、これがある企業のVIPのお悩み相談。

XXXXX、17歳。

花も恥じらうお年頃、だけども企業のお偉いさんの御曹司としてこの世に生まれてきたもんだから将来決まってて憂欝で仕方ないお年頃。そんなお年頃の少年心をすっかり忘れたオッサンが、息子がいなくなったと大騒ぎ。

どうせいつも話なんてきいてやらないんだろ?

悩んだり苦しかったりしたって話せないような圧力しょって息子の前に構えてんだろ?

そのクセに居なくなったら騒ぎ立てて更には隠密で捜し出して欲しいときたもんだ。

そもそも間違ってるだろ。そう思う庶民な俺に、会社は大儀そうに胡坐かいて司令を出して来る。

とにかく探してくれ。

金になるんですかこの仕事?

とゆーか関係なくないですか俺達の仕事とは?

そう言ったら会社はこう返事した。

後々のコネクションを考えてくれ。

コネクションじゃなくて人情とでも言ってくれりゃ頷けたのに。

 

 

大企業神羅の秘密組織が民間の依頼のために動く。

この画期的且つ馬鹿らしい話に動くことになったのは俺ともう一人の新人タークスだった。その上その画期的な話のヘッドは副社長だった。

長年つるんでるルードとは離れるわ一緒に仕事する奴らはどうかと思う奴らばっかだわで、俺は正直最初からこの話に疲れてた。

新人タークスは誰が入社させたのか知らないけどやる気ない奴で、仕事の合間に隙を見てはプライベート携帯でポチポチ何か打っちゃ同僚新人の愚痴を言ってる。で、極め付けはいつでも鏡で自分をチェックだ。やる気あんのか。

それから上司の副社長はいかにも近寄るなオーラを出してて、私はこんな仕事はやりたくないだとか言う。一緒だよ、俺だってやりたくないよこんな仕事。

こんなけったいなメンバーで構成された画期的活動に、俺は溜息をつきながらも従う。だって仕方ない、これは仕事だし俺は庶民だし、何より俺は俺を曲げたくない。

やってみなきゃ分からない、この信条ってやつを曲げたくない。

だから俺はこの新人タークスと一緒に散散イロイロ回り探した。あのVIPなオッサンの息子だとかいうガキを、な。

「先輩〜絶対こんなトコ居ないですよお。相手はVIPの御曹司ですよお?今頃どうせ放蕩してるに決まってるしい」

ジャングルかココは?

そう思うようなうじゃうじゃした森林地帯に潜りだした頃、新人タークスは突如そんなことを言い出した。辺りは一面、草、草、草。だもんだから足場も悪くて、俺も新人も前進するのにさえヒーヒー言ってる。けど仕方ない。何しろ俺たちはタークスだ、たまにはこんな仕事もある。

「そうかもしんないけど。でも探す。だってまだそうと決まったわけじゃないだろ」

「そうですけどお〜」

もうこんなトコ歩くのやだ〜!

そんな叫びを上げつつ新人は俺の後についてくる。その間も新人は「もうやだ」とか「もう辞める」とか散散愚痴ってたけど、こう言う奴に限ってなかなか辞めやしないのがこの世の七不思議の一つだろ。

「も〜何で家出なんかしたんですかねえ〜!探さなきゃいけないこっちの身にもなって欲しいですよお。ほんと迷惑!」

「…っていうか。誰もそんなの考えて家出なんてしないだろ」

「だから迷惑なんですよお〜。人の迷惑考えたら家出なんて絶対できないですよお。御曹司なんだから大問題になるの分かってるじゃないですかあ〜!」

「まあな」

そりゃそうだ。

これがもし庶民の息子だったら、こんなにオオゴトになってなんてないだろうな。でも、だからってそれが全部じゃない。それは単に“オオゴトにされない”だけで、身近な人間にとってはいつだって“オオゴト”なんだ。

そうそう…丁度俺がガキの頃にそうだったみたいにさ。

「…なあ新人。お前、家出とかしたことないか?」

「は?」

突然の俺の質問に、新人は素っ頓狂な声を上げる。で、その後すぐに「あるわけないじゃないですか〜」とやけに明るい声で言葉を続ける。

俺はそれを聞いて、何だか心のどっかが急速に冷めてくような気分になった。

何だろうコレ。まるで急速冷凍。体の2/3は水分だっていうけど、そいつらが一気に氷化したみたいな気分。

「家出なんてちょっとグレてる人がやることじゃないですかあ〜。自分はそんな人間じゃないですよお。今だって真面目に仕事してるじゃないですかあ、こんな草ばっかのトコ歩いてるしい」

「ふうん。まあ、そうかも」

俺は端的にそう答えて、その後は何も言わないことに決めた。

どうせコイツに言っても意味がない。言葉が重力しょってドスンってな具合に地面に落ちるだけだろ。それじゃ俺の言葉がもったいない。

その後、新人は俺にイロイロ話しかけてきてたけど、俺の耳はさっぱりそれを感知してなかった。右から左へ、左から右へ、トンネルみたいに潜り抜けてく。そんな中で俺は、さっき断念した言葉と再会セレモニーをしてた。

家出。

VIPの息子がしでかした、新人曰く“ちょっとグレてる奴がやる”不真面目行動。

 

“おっ死んだかと思ったじゃねえか、この馬鹿が”

初めて見た。

あー、人間って涙を出すんだ、って思った。

体内の2/3の中の僅かな水。

目の淵から湧き出す水。

2/3のタンクは、その日、目に見えて「意味がある」ことを俺に教えた。

 

 

 

俺がいなくなったってさ、どうせ気付きゃしないって。

大体俺のこと煙たがってんだからさ。

それは俺の常に持ってる考えだった。

誰が見たって質素な家、誰が見たってただの庶民。そんな感じの俺と、俺の家族。

特に何が嫌ってわけでもないけど、強いていえば「普通なこと」が嫌。とびきり特上な「特別」になりたいわけでもなかったけど、何となくも少しくらい自分をデカク見てみたかった。そんな俺にとっちゃ、質素な家もただの庶民もそれに馴染んでる俺の家族も、何だか古びた写真みたいに見えたもんだ。

何か、何か、何かが欲しい。

そう思って、思って、俺は段々家族と疎遠になる。

こじんまりと上手くやれば良いのに敢えてアクシデントを起こしてみたり、ガキらしくしとけば良いのに敢えて踵を上げてみたり。そういう事が、その時の俺にとっては「欲しい何か」だった。完全に満たすものじゃないにしても、それに近づくための「何か」だった。

そんな俺に、俺の家族は勿論腹を立てた。

だけど腹を立てたところで交渉なんて成立しやしない。

俺は三角形の角の部分みたいになってたし、家族はそれを何とか削ぎ落とそうとしてたし、そんな俺たちにはまるで接点がない。接点といえば俺が嫌いな血が一緒だってことくらい。

とにかく俺たちは、離れ離れだったわけだ。

そうしてやがて俺は、何も言われなくなった。

何も。

それは自由に似てた。

国境線のない土地をただひたすら歩くみたいな、保護区域を飛び出した鳥みたいな、そういう自由に似てた。だけどそれは危うい自由で、仮に俺が鳥だったとしたら、保護区域を飛び出したことで守られることもなくなったってわけだ。

だけど俺は、それでもまだ足りないと感じてた。

傲慢だけど、足りない。

本当は心のどこかで何となく見えてた諸刃の刃みたいなものをひた隠しにして、俺はとにかくその足りなさを埋めようと思った。埋める為には?―――完璧な自由しかない。

完璧に自由な空と、それから、珍鳥という名札。

質素な巣に住んでた名もない鳥が珍鳥になるためには、質素な巣に住んでたってことや名もない鳥だって事実を全て捨てなきゃならない。完璧な自由ってのは正にそのためにあるんだ。

俺がいなくなったってさ、どうせ気付きゃしないって。

大体俺のこと煙たがってんだからさ。

だから俺は行く。

質素な家はゴメンだ、ただの庶民もゴメンだ。

もしかしたら珍鳥になんてなれないかもしれない、だけど、そうだ、やってみなきゃわからないだろ。

俺は、俺の意思を尊重した。

そうして知らない土を踏み、知らない人々に囲まれた。そこはすごく居心地が悪くて胸やけがするような場所だったけど、それでも俺は必死に、そこを「自由」だと思い込もうとしてた。そうじゃなきゃ俺のやったことには意味がなくなるから。

俺は自由だった。

だけど独りだった。

それでも独りはさして苦痛じゃなかった。

ただ、思い知った。

こんなふうにしたって俺は結局ただの庶民でしかないって事を。

質素な見知った土地を飛び出て知らないところにきたから、まるでそれは大偉業のように俺は思ってたけど、そもそもそんなのは間違いだったんだ。それは単に俺が、土地から土地へと移動しただけのことだった。その移動は今まで叶わなかったことだったから、移動できたことに満足してただけだ。本当はそんなことは大したことじゃない。

俺は見知らぬ土地で、独りで、前よりももっと「ただの庶民」になってた。

金も無いし能力も無い、単なるガキ。

そんな俺ができることといったらたかが知れてる。俺が散散嫌がった俺の家族よりももっと、俺は下等だった。下等というか、力の無いただのガキだったわけだ。

お前、家出してきたんだって?

これからどうするつもりだ?

周囲にいる奴らは俺にそう言った。

俺はこのとき初めて知ったんだ、俺が成し遂げた偉業はただの「家出」だってことに。というか、世の中じゃ「家出」と呼ばれてるってことに。それは勿論、保護区域にいることが当然とした上での物言いだ。

俺は俺の意思を尊重しただけだ、と俺は言い返す。

だけど周りの奴らは、そんな俺を笑い飛ばした。唾を飛ばしながら。

そういうことはいっちょ前の人間になってから言えよ!

いっちょ前って何だよ、そう俺は思った。俺は一人でココに来たし、勿論そん時は自分をガキだなんて思ってなかった。それこそいっちょ前の人間だと思ってた。

けど、どうやら違ったらしい。

どういう経路で伝わったんだか知らないけど、俺を家に連れ戻すためにどっかのオッサンがやってきた。俺は嫌々ながらそれに従った。きっとそうだ、それに従ったのも心のどこかでは帰りたかったのかもしれない。

そして俺は元に戻った。

居心地悪い、俺と俺の家族。

質素な家、ただの庶民。

俺はそこで、久方ぶりに親父の背中を見た。もう何年も見てない背中、俺がどっかに消える前だってずっと見てなかった背中。ろくすっぽ話なんかしなかったし、ろくすっぽ顔も見やしなかったのに。

親父は俺に言った、ただ一言だけ。

“おっ死んだかと思ったじゃねえか、この馬鹿が”

初めて見た。親父の目じりに涙なんか溜まってんの。大の男が涙なんか流すなよって思ったけど、何でかその時はその場から離れられなかった。

あー、人間って涙を出すんだ。

そんなの、俺は知らなかった。知ろうともしなかったから。

だけど親父は、親父の中にある2/3のタンクの中の水を上手に使ってた。それが分かった瞬間、あーそうか、俺はまだいっちょ前じゃないんだって事に気付いた。俺は未だに2/3のタンクの水を使いこなすことすらできてない。こんなんじゃ、やっぱただのガキだ。

そして俺は実感したんだ。

やってみなきゃわからない、その俺の信条はやっぱり合ってたんだって事に。

だって、やってみなきゃこんなこと分からなかった。保護区域を飛び出さなきゃ、あんな親父の背中を見ることなんてなかったんだろう。

何かに気付くことができるっていうなら。

やっぱり俺は、やってみようって、そう思ったんだ。

 

 

 

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