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約束だからといってレノに案内された店は、確かにものすごく古めかしい店だった。 今時こんな作りの家などあるだろうか。最近では鉄筋とコンクリートでカチコチに固めた建物が普通なのに、いかにも木を繋ぎ合わせただけで隙間風がぴゅーぴゅー吹きそうな家である。 恐らくずっとずっと長いことそこに経っていたのだろう。木はすっかり焦げ茶色になっていて、どこもかしこもガタがきているといったように継ぎ接ぎがしてあった。 店先には、小さな飴玉やガムや竹とんぼなどが置かれている。 それぞれが小さな箱に入っていて、きちんと行儀良く並んでいるけれど、全く売れている気配などなくて、長らくそこにおかれているせいかパッケージの端っこが色あせてしまっていた。 それらの商品の隣に、皺に年季の入ったおじいさんが杖をつきながら丸椅子に座っている。どうやら足が悪いようだ。 「此処で買ったんだ。でももうスーパーボールは無いけど」 レノはルーファウスにそんな説明をしながら、店先に座っているおじいさんに「こんにちはー」と話しかける。するとおじいさんは、にっこりと笑ってゆっくりお辞儀をした。 「んーもう全然残ってないな。飴かガムか…こっちのラムネにしようかな?」 独り言を口にしながら、レノはそら寂しい店先の商品を吟味している。ルーファウスはそんなレノの背後から、恐る恐る店先の商品を覗き込んだ。 「副社長も食べる?ラムネ。飴とガムもあるけど」 「あ、いや…私は別に良いや。それよりこれは何だ?」 「ん?あーこれは…」 ルーファウスが指を挿した場所には竹とんぼがあった。なんのことはない、手でグルグルと回してパッと飛ばしてやれば、鳥とまではいかないまでも空を舞うオモチャである。 「気になる?」 「まあ…」 気になるかと聞かれれば、そりゃあ気になるに決まっている。 何しろルーファウスは今までそれを見たことがないのだ。何をするものかも想像がつかない。 「じゃあこれも買おっかな。おやっさん、じゃーこれでヨロシク」 レノはラムネと竹とんぼを手にとると、のんびりと座っているおじいさんにそう声をかけた。するとおじいさんは、重たそうにしながらも体を起こし、レノの渡したギルを手に取ってうんうんと頷く。どうやら丁度だったらしい。おじいさんは、ありがとう、と一言口にした。 「どうも!…じゃ、行こっか?」 「あ、うん」 レノに催促されてすぐに店先を離れたけれど、ルーファウスはどうしてもその店が気になってしまい、何度も何度も振り返ったものである。あのおじいさんは元のように丸椅子に座り、やはり杖をつきながらぼんやりと座っていた。一体どれくらいの客が来るのだろうか。きっとほとんどこないのだろうけれども、それでもおじいさんはずっとそこに座っていたのである。 「…何で閉店するんだろう」 やっと視界から店が見えなくなったころ、ルーファウスはぽつりと呟いた。 まったく時代錯誤でちっとも欲しいものなんて置いていないし、あれでは客が来ないのも頷けるというものだが、そう分かっていても何故だかそんな言葉が口をついていた。 「何でって、見りゃ分かるだろ?客も来ないし。今時こんなの売れないし。商売上がったりじゃやる意味なんて無いんじゃん?」 「そうだけど…。でも、じゃあ何でレノは買い物をしたんだ?」 「俺?そりゃーだってさ。ほら、これ!」 レノはそう言うと、さきほど買ったラムネと竹とんぼをズイっと差し出す。そして、言った。 「俺は買いたいものがあったから」 レノはラムネの袋をバリリと破ると、その中に入っている白い錠剤のようなラムネをぼととっと口に入れる。そうして、食べる?、とルーファウスにも差し出す。 袋の中身を恐る恐る覗いたルーファウスは、食べたいなんて思わなかったけれど、それでも少し考えた後、錠剤みたいなラムネを一粒そっと手にとった。 口に放った途端、キーンとした甘酸っぱい味が広がる。 「で、こっちは副社長にプレゼントしよっかな。はい」 「え、良いのか?」 レノの差し出してきた竹とんぼを受け取りながら、ルーファウスはごにょごにょと礼を言う。一体いくらだったんだろう。後でちゃんと支払いをするからと言ったら、レノは笑ってそんなの良いよ、と言った。プレゼントだから、と。 竹とんぼは、シャープなボディにプロペラのついたT字型の物体である。 「これは何をするものなんだ?」 「それはグルグル回して空に飛ばすんだよ。竹とんぼって言うんだ」 「ふうん…これは空を飛ぶのか」 こうやってやるんだ。 レノはルーファウスの手から竹とんぼを取ると、細いボディを両掌で擦るようにしてグルグル回した。そして、ぱっ、と勢い良く手を離す。 すると竹とんぼは、ぱあああっと空を駆け上がっていく。 「おお!飛んでるぞ!」 「だろ?あいつは飛ぶんだよ。でも問題なのは…」 レノがそう言った直後だった。 竹とんぼは緩やかなカーブを描いて地面にぼとりと落っこちてしまったのである。それはレノやルーファウスの居る場所から少し遠くにいったところで、所在無げに仰向けだかうつ伏せだかで寝転がっていた。 「期待を裏切ってくれちゃうトコなんだよな」 竹とんぼは空を飛ぶけれど、スーパーボールのように返ってはこない。 どこかに行ったままだから、こちらからまた追いかけなくちゃならない。 ルーファウスはぱたぱたと走ると、地面に優雅そうに寝転がっている竹とんぼを拾い上げた。そうして、ポケットの中からスーパーボールを取り出す。 「私はやっぱりスーパーボールの方が良いな」 ルーファウスは両の掌を見つめながら、そう呟いた。
レノが教えてくれたあの店がどうしても気になって仕方なかったルーファウスは、こっそりとそこに出向いては物陰から店の様子を眺めていた。 相変わらず店先のおじいさんは、杖をつきながらのんびりどこかを眺めている。店先の商品はやっぱり暇そうに整列してるときてる。 そんなふうに、何度か眺めていたときのことだった。 数人の子供が店先まで一目散に駆けてきて、もう数も少ない商品をごっそり手に掴んで、わああああと去っていってしまったのである。 「あいつら…っ!」 あれじゃあ泥棒だ! ルーファウスはそう思い咄嗟に物影から飛び出したけれど、ふいに目をやったおじいさんは彼らを追いかけることはせずに、ただ静かに散らばった商品を元のように直していて、何だかそれが妙に物悲しくなってしまった。 いつも物陰から見るだけで、近づかなかった店先。 そんな店に躊躇いながら近づくと、おじいさんと目があった。 おじいさんはお菓子が入っていたらしい空箱を元の場所に戻すと、地面に散らばった1〜2個の商品をつまんで空箱の中にきちんと戻す。 商品は、それが最後だった。 足の悪いおじいさんが地面からそれを拾い上げるのはとても大変なことだったのだろう。おじいさんはふうふうと言いながら丸椅子に腰をかけると、いつものように杖をついて座った。 「あの…これ」 ルーファウスはポケットの中からおずおずと100ギルほどを取り出す。おじいさんはそれを見て笑った。 「そんなに高いものはうちには無いよ」 「良いんだ。だってさっきの子供たち、ギルも払わなかった。だから私が払う」 「それはそれは不思議な人だね」 おじいさんはにっこり笑うと、残り僅かな商品を手にとってそれをルーファウスに渡す。良く見るとそれはラムネだった。初めてこの店に連れてきてもらった日に、レノが買ったお菓子である。 「これをあげよう。もちろん、ギルは要らないよ」 「え?でもこれ、売り物だろう?」 「いいんだ。君にあげるよ」 そう言われて躊躇いながら受け取ると、店先には見事に商品が無くなってしまった。 空っぽのお店におじいさん。 商品のないお店はもうお店じゃない。 閉店するんだと言ったレノの言葉がルーファウスの頭の中をグルグルと回っている。 「あの…もし店を続けたいなら、私には出来ることがあるんだ」 ルーファウスはラムネを握りながら、ぽつりとそう言った。 この店をまるごと買い取ってしまえば、おじいさんだってお店を続けられるだろう。そう思ったのである。 それはルーファウスにとってはとても簡単なことだったし、やろうと思えば今すぐにでも可能なことだった。 けれどおじいさんは、にっこり笑って、 「ありがとう。だけどもう良いんだよ」 と言っただけだった。
店は、その長い長い歴史に幕を閉じてしまった。
誰かがそこを通り過ぎ、確かここには古いお店があったはずと首を傾げる。
誰かがそこを通り過ぎ、閉店したのかと少しばかり寂しそうにする。
誰かがそこを通り過ぎ、次は何が出来るのかなと期待に満ちた目を向ける。
誰かがそこを通り過ぎ、ペっと唾を吐きポイっとゴミくずを棄てていく。
誰かがそこを通り過ぎ、錆びたシャッターにスプレーで落書きをしていく。
いつの間にか、誰もその店を思い出さなくなった。
まるであの日の竹とんぼみたいだ。 飛んでいったきり返ってこない竹とんぼ。
いつも笑ってたおじいさんは、返ってこなかった。
ぽーん びよーん ぽーん びよーん やっぱりスーパーボールの方が良いな。 だってちゃんと返ってきてくれるから。 ちゃんと返ってくれば、悲しい気持ちになんてならないから。
折角もらったラムネをどうしても食べることができなくて、かといって棄てることもできなくて、ルーファウスはずっとそれを机の中に隠していた。 可愛いキャラクターの書かれたパッケージはいかにも今時流行らなそうである。それを見ていると何となくおじいさんを思い出して、いつの間にかルーファウスは物悲しくなってしまうのだった。 「今日はどこに行く?」 「どこでも良いぞ」 いつの間にか恒例になってしまったレノとのデートは、そんな物悲しいルーファウスの気持ちを和らげてくれたものである。 レノは、ルーファウスの知らない色んな場所を知っていた。 そんなレノがある日教えてくれた玩具屋という場所はとてもとても広くて、目が回るほどの商品がズラリと兵隊みたいに並べられていたものである。 玩具はどれも高性能で、もう既に玩具の粋を越えている商品も多い。そんな高性能の玩具に囲まれながらきゃいきゃいと騒いでいる子供たちを見ていたら、ルーファウスは少し切なくなってしまった。だってもうスーパーボールなんて誰も見向きもしないのだから。 「今じゃオモチャといえばここが主流なんだよ。最新式のオモチャがいっぱい、何だって揃ってる。誰だって喜ぶだろ?」 「うん、そうだな」 「まあ一つ残念なことは、こんだけ沢山オモチャがあるくせに、スーパーボールが売ってないってところかな」 レノはそう言うと、にっと笑った。 そんなことを言うものだから、ルーファウスはいそいそとポケットからスーパーボールを取り出してレノに差し出す。 「やっぱりこれ、返そうか?」 「いーのいーの。それは副社長にあげたんだから」 「でも…」 今更だけれど、何だか申し訳ない気がしてしまって仕方が無い。勿論ルーファウスだってそれが気に入っているし手放したくはないのだけれど。 そんなルーファウスにレノは言った。 「俺は無くても大丈夫。だって俺がスーパーボールになる予定だから。そしたらそんな小さなボールなんて目でもないだろ?」 「そういうものか?」 「そうだよ。それに、副社長だっていつかソレ、要らなくなるよ」 「そうかな?」 ルーファウスは手の中のスーパーボールをまじまじと見つめる。 そんなルーファウスの手を、小さなスーパーボールごと、レノの手がギュッと握った。 それは、どこにも行ったりしない暖かい手だった。
END
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