スーパーボール

--------------------------------------------

 

 

 

掌にすっぽり収まる程度の、もにょっとした手触りのボール。

最近レノはそのボールを常備しているらしく、ふとすると、ボールをぽーんと床に当て、びよーんと跳ね返させている。

あんまりにも滑稽なその様子に、ルーファウスはついつい首を傾げた。

何だありゃ?

大体あんなものを常時持ってるなんてちょっと変なんじゃないか?

というよりもまず仕事中にびよーんとかやるのはどうなんだ?

そんな疑問を抱きつつも、そのボールがあんまりにも素敵な具合にびよーんと高らかに跳ねるものだから、ルーファウスは若干自分でもびよーんとやってみたくなっていたものである。

「おい、レノ。私にもやらせろ。何だか気になってきたぞ」

「マジに?じゃーどうぞ」

レノから手渡された小さなボールは、レノが今まで手に握っていたせいか、ほんのりあったかい。その上、感触がむにゅっとするから何とも奇妙だった。

「よし、これを地面に勢い良く…」

わくわくしながら、ボールを地面に勢い良く叩きつける。

するとボールは、ルーファウスが思っていたよりもずっとずっと高く、びよーんと跳ね上がった。

「おお!高いな!」

「んー。良く跳ねてんな」

空に跳ね上がったボールを見事キャッチしたルーファウスは、その何でもない小さなボールに至極満足し、にっこりと笑顔になったのだった。

 

 

 

さて、そんな小さなボールの魅力にすっかり取り付かれたルーファウスは、あれは一体何なんだろうという基本的な疑問に陥ったものである。

何だろうといったって、ボールだということくらいは分かっている。

それにあの感触からいって、ゴム製であることだってバッチリ理解しているのだ。

そう、バカにしてはいけない。

が、しかし。しかしである。

ルーファウスはいまだかつてあのようなボールを手にしている人など見たことがなかったのだ。故に、あのボールの名称というものを知らない。レノが常備しているところからしても、実は密かに流行っている最先端のグッズだという可能性もあるし、そういう意味では、是非ともあのボールの正体を暴きたいというのがルーファウスの気持ちだったのである。

善は急げだ、そう思ったルーファウスは、どこがどう善なんだかさっぱりよく分からないがともかく持ち主であるレノにあの物体は何なんだという重大な質問をしてみることにした。

そして返ってきた答えが―――――――…。

「ありゃスーパーボールだよ」

「スーパーボール??」

はて?

それは何であらうか??

ルーファウスはさっぱり分からんというふうに首を左に傾げたり右に傾げたりする。まるでメトロノームだ。

「あれ、もしかして知らない?スーパーボール。ほら、ガキの頃とかに遊んだりしなかった?」

「子供の頃?…そんな覚えはない」

「そっか。うん、まあ副社長は、こんなボールなんかじゃ遊んでないよな。ま、いわば庶民の遊びっていうか。俺らにとっては、昔懐かしい遊びの一つ、って感じかな」

「そうなのか…」

レノはそう説明しながらも、またもやボールを取り出して、びよーん、と高らかに跳ねさせている。ルーファウスはその軌跡を目で追いながら、少しばかり寂しい気分になってしまった。

レノにとってはとってもメジャーで、且つずっとずっと昔から知っているような遊びでも、ルーファウスにとっては初めて出会う遊びである。つまりそれは、レノにとっては流行りでもなんでもない、むしろ廃れた遊びであるのに、ルーファウスにとっては目新しい面白い遊び、ということになるのだ。その違いは、とてもとても大きい。

「…何だ。何だか私は出遅れただけのような気がしてきた。折角楽しそうだと思ったのにな、そのボール」

気落ちしたようにそう言ったルーファウスの隣で、レノがニヤッと笑う。

「何で?楽しいと思ったんならそれで良いじゃん?」

「でも、普通は子供が遊ぶものなんだろう?流行ってるわけでもないんだろう?」

「まあそうだけど。でも俺の中では今コレが流行ってるんだ。自分の中で流行れば、それは流行ってるってコトになるんじゃん?」

「そうかな?」

「そー」

レノがそう言うものだから、じゃあそういうことにしておこうかな、とルーファウスは取り敢えず納得した。本当はそのボールが楽しくて好きになっていたから、そう納得するのは簡単なことだったし、むしろそう納得したいという気持ちが最初からあったのかもしれない。

ルーファウスはにこにことして、

「じゃあレノ。早速だけど、お願いがあるんだ」

そう言った。

ルーファウスのお願いとは、そのボールをどこで手に入れたか教えてくれ、というものだった。

 

 

 

ぽーん、びよーん。

ぽーん、びよーん。

スーパーボールは良く跳ねた。

跳ねて跳ねて跳ねて、どこまでも高く跳ねまくった。

 

ぽーん、びよーん。

ぽーん、びよーん。

ほんの少しの力だけでとてもとても良く跳ねた。

あんまり高くに跳ねるから返ってこなくなるんじゃないかと心配した。

だけどスーパーボールは必ず返ってきた。

 

 

 

スーパーボールの在り処を教えてあげる代わりに、俺とデートしよ。

レノにそう言われたから、今時は男同士でもデートなんてするんだろうか、いやまさか、そんな馬鹿な、だけどひょっとして今ブーム?、なはずないか、とか何とか思いながらもルーファウスはそれに応じることにした。

レノのデートは思ったよりも簡潔で、ルーファウスは拍子抜けしたものである。

まあ普段からルーファウスが出かけるような場所とは全然違っていたから、そういう意味では刺激的だったかもしれない。こんなところもあるんだ、とか、こんな方法もあるんだ、とか、ルーファウスは色々なことを考えた。

「副社長は、ガキの頃どんなことした?」

「子供の頃は…そうだなあ、あんまり遊んだ記憶は無いな。遊ぶといっても、観劇とか射撃とかそういう…」

「コアすぎ!もっと他のは?例えば思いっきり走ったりするようなのとか」

「走る?それは無かったなあ。走るとしたら、ジムとかかな?」

「あー…なるほどね。やっぱそっちにいくか」

住む世界が違うから、仕方ないよな。

ふとレノが口にしたその言葉が、ルーファウスを少しばかり寂しくさせる。

確かに、周りのみんなと違うということは分かっていた。おごりじゃなく、同じふうにすることは許されなかったから、仕方なかったのである。だからこそ、こうして誰かと過去を共有したりすることができないのだ。そういうことが、ルーファウスには悲しい。

「…きっとみんな、私といても楽しくないんだろうな。話も共通しないし、スーパーボールさえ知らなかったくらいだもんな」

意気消沈して思わずそんなふうに漏らすと、隣にいたレノが突然、ポケットからボールを取り出し、ぽーん、と地面にそれを叩きつけた。

あっ、と思った瞬間には既に空高くボールは跳ね上がっていて、ルーファウスは思わずそれを見上げてしまったものである。

と、その時。

「はい、キャッチ!」

「は!?」

キャッチしろって!?いきなりそんなことを言われても!

そう思いながらも、下降してくるボールを何とかギリギリでキャッチすると、ルーファウスはふう、と息をついた。間一髪。もうすぐで地面に落ちそうだった。

「ふう…全く、そんないきなり言わな―――」

「あげる、それ」

「…え?」

「あげるって、そのボール」

ルーファウスの手の中に納まっている小さなボール。

それはレノが常備しているスーパーボールで、ルーファウスも最早見慣れてしまったスーパーボール。それをレノは、ルーファウスにプレゼントするというのである。

その突然の言葉に、ルーファウスはたじろいでしまった。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったから。

でも、スーパーボールは今、しっかりとルーファウスの手の中にある。

「使い古しなんてヤかな?でもま、それで勘弁してよ。だってもう、スーパーボール売ってないからさ」

「え…?」

売ってないとはどういうことだ?

びっくりしてルーファウスが目を見開いていると、レノは大きく手を伸ばして、その手を頭の後ろ側で組んだ。そして、のんびりと空を見上げる。

「売ってたところはちゃんと教える。約束だし。でもさ、そこに行ってももう無いんだ」

「売り切れた…とか?」

恐る恐るそう聞くと、レノは違う、と首を横に振った。

「閉店だから」

「閉店?」

「ん。それ売ってる店がさ、もう終わるんだ。ずっとずっとあってさ、すっごく古い店なんだ。時代錯誤ってゆーかホンっトに古くて、今時こんな店ねーよって感じのさ。そこだけ切り取ったみたいに昔なんだ。だけど、もう辞めるんだって。その店」

レノは、レノお得意の、いつもの調子の、面白おかしそうな口調でそれを口にしたけれど、それはどこか寂しそうな韻を含んでいたものである。

何となくそれに気づいて、ルーファウスは手の中のスーパーボールを見つめた。

そうなんだ。そうだったんだ。

これはもう買えないもので、だからレノはこのボールを大切にしていたんだろう。もしかしたら、その古い店はレノにとって思い出のある店なのかもしれない。そんな店の最後の品だとしたら、きっとこれは大切な大切なものに違いないのだ。

こんなオモチャだけれど。

掌にすっぽり収まってしまうほどの存在だけれど。

もう誰も見向かない、流行ってもいない、今更だと言われるような古いものだけれど。

「…レノ。やっぱりこれは…」

私には受け取れない、そうルーファウスが言おうとしたときのことだった。

その言葉を遮るかのように、レノがふいにこんなことを言い出す。

「俺、スーパーボールみたいになりたいな」

「は?」

スーパーボールみたいに?…ワケがわからない。

何だかしんみりしていたのに、唐突にそんなことを言い出すものだから、ルーファウスはすっかり普通に戻ってしまった。

しかし、そんなワケのわからないことを言っているレノの目は本物で。

「ちょっとした力でも、すっごく跳ねるじゃん?すっごい力込めて叩きつけたらさ、もうすっごーく高く跳ねるんだ。だけどスーパーボールって絶対戻ってくるだろ?期待は裏切らないだろ?俺はそうなりたいなー。ってさ」

「…意味わからない。要するに?」

「んー要するに。滅茶苦茶こてんぱんに叩きつけられても、その分すっごーく成長してやるってこと!で、俺を信じてくれる奴がいるとしたら、俺は絶対に期待は裏切らないわけ」

「すごいな、それ。ちょっと見直したぞ」

「だろ?」

レノは笑うと、俺はスーパーボールになろう、うん、そうしよう、と一人でうんうんと頷いた。そんなレノを見てルーファウスは、手の中の小さなスーパーボールに視線を移し、ちょっとだけ笑ったりする。

うん、良いかもしれない。

スーパーボールみたいになるのは、きっと良いことだ。

そう思った。

 

 

 

back next