「グラス一杯分の幸せ」

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じゃあ、こうしよう。

グラス一杯分の幸せを賭けよう。

お前がそれを引き受けてくれたら、グラス一杯分の幸せをやろう。

 

ツォンさんは、そう言った。

だから俺は、そのグラス一杯分の幸せってのは何かって、そう聞いた。

そしたらツォンさんは。

 

それは、もしそれを手に入れたら…その時になって分かるだろう。

 

そう、言ってた。

 

 

 

携帯の音が響いて、俺は目を覚ます。

この音は目覚ましじゃない。ってことはつまり、誰かからのコールってな訳だ。

俺はそれを承知で、わざわざそのコールを無視した。無視したけど、まあ時間くらいは確認してやっても良いかと思って時計表示に眼をやる。と、そこには天下の神羅じゃ出勤時刻を1時間も過ぎた時間がちゃっかり表示されてた。

はいはい、立派な遅刻。

俺はそれを分かってて、それでもまだベットの中でうつらうつらしてる。でも勘違いは勘弁、別に俺はやろうと思ったらすぐにだって起き上がれるんだよな。そ、やろうと思えば。

でも俺がそれをやろうと思えないのにはまず理由ってのがある。

それが、このコール。

「21、22、23…なかなかしつこいぞ、っと」

俺はそのコール数を数えて、丁度30回目のコールの時になってやっと通話ボタンを押してやった。これでやっとアクセス成功ってわけだ。

「はい、もしもーし」

ベットにべったり背を付けて、ついでに足なんかも組んで、俺はのんびり口調でそう言ってやる。相手はもうバッチリわかってるし、まあそんな急く必要もない。

『レノ!やっと起きたか!全く…何がもしもーし、だっ!遅刻だぞ、遅刻!!』

…訂正。

相手は相当急いているご様子。

ま、それでも俺には関係ないけど。

だから俺はそのお怒り口調ににっこり笑顔で答えてやった。残念なのは、この俺のにっこり笑顔までは届かないってトコロ。

「はいはい、分かってますって。でもホラ、こうでもしないと、モーニングコール貰えないし」

『お前なあ…!誰が好き好んでこんなことするか!仕方ないからやってるんだぞ!?』

「それも分かってるんだぞ、っと。でも俺にはコレが良いんだな」

『ああ、もうっ!早く来い、早く!30分以内だ、良いな!?』

「んー…30分以内ってのはちょいキツ…」

プツッ、そう音が聞こえて通話終了。

おいおい、まだ俺、最後まで言ってないんだけどな。

俺はそう思いながらも、まあ良いか、と切ボタン押下。でもって本当に通話は終了。

俺の朝はこうしてモーニングコールから始まる。その相手はウチの社長なんだけど、これってば結構にプレミアものじゃないかと思うわけだ。だってあの社長直々のモーニングコールなんて滅多なことじゃありえない。

でもそこはご愛嬌、相手が俺だからって解釈も有なわけで、俺は滅法そこをプッシュしてるわけだ。そうそう、モノゴトは良い方向に考えないと体に悪いし。

「じゃあ出勤といきますか…、と」

俺はようやく体をベットから起こすと、タークスご愛用のスーツを着込んだ。まあ良くも毎日こんなもんを着込んで頑張ってるもんだって自分に拍手。

でもま、これも一つの生き方だからな。

 

 

 

俺は出勤して早々、まずは社長室に挨拶なんかをしにいった。これはまあ、レノ君は無事出勤しましたって報告みたいなもんだ。

ともかくそうして俺がそこに出向くと、モーニングコールの主である社長は途端に目を細めた。ああ、駄目駄目。そんなんじゃ折角の顔が勿体無い。

「レノ、やっと来たのか。……一時間経ってるが」

「そう?まあ良いでしょ、来たんだし」

「全く、お前は…」

はあ、と溜息なんかを付いてる社長。俺はそんなに期待はずれだったかな?そんなはずはないけどなんて思いながら俺は笑顔をくれてやる。

ほら、朝はまず笑顔から始まらないと。何事もやる気にならないし。何しろ俺は毎日やる事が山積で大変なんだからさ。

「…まあ良い、ともかく仕事の話だ。今日はこれを頼む」

「へえ、何?」

俺は出された書類を手に取ると、早速今日の任務に眼を通す。書類に書かれていたのは至って単純な内容で、まあ何だか平和な時代の任務そのものだった。つまりそれが何かっていうと、ソルジャー候補云々ってやつだ。ソルジャー候補を各地で攫って…いや、間違えた、募って来い、って、そういうやつ。これは数年前からタークスの正式な仕事みたいになってる任務だったけど、最近はケタタマシイ日常が続いてたせいかそんな任務は回ってこなかった。って事は、だ。本来ならこんな任務は此処で出てくるはずがない。それが此処にきてリジューム?

ありえないだろ。

「で?何で突然こんな事になったのかな、っと」

俺が書類から眼を離してそう聞くと、社長は口の前で両手を組んで真面目にこう言った。

「必要なことだからだ。それ以外に理由が必要か?」

ふうん、そうきたか。

でも俺の眼は騙せないってね。だって今の時期にそんなことをする馬鹿なんかいない。今がどういう時期か一番良く分かってるのは社長のクセに。

「必要、ね。一つ質問なんだけど、社長は俺達のこと信用してるのかな、っと」

「俺達?」

「タークスって意味。…まあ、ツォンさんを抜かして」

「……」

俺の言葉に社長はダンマリ、さすがに今の言葉はマズかったかな。でも仕方無い、これだって仕事だし、嘘を言われちゃ困る。俺はこう見えて結構マジメにタークスしてるんだから。

でもま、社長が此処でダンマリな理由は良く分かってる。多分俺なんかは一番良く分かってるんだよ。そりゃそうだ、俺だって社長の立場だったら同じコトしてる可能性大。分かってる。

そ…だってツォンさんは――――――――もういないから。

いつからだったかもう忘れたけど、ウチのご自慢の英雄はどっかに失踪した。前の社長にしてみたら完璧な戦力落ちでそりゃもうショックだったろうな。まあそれは抜かすとして、ともかく英雄がどっか行ったもんで神羅はその行方を追わなきゃならなくなった。その裏には何だか色々事情があるみたいだけど俺には関係ない。興味もない。だからその辺は良く知らないけど、ともかくそんな事情にプラスして例のアバランチって奴らが動き出した。良くもまあしつこくやってくるもんだって思うけど、敵ながら天晴れってカンジ。

で…その二つが絡む中、ツォンさんは死んだ。

殉死。

多分そういうふうに言うんだろうけど、俺らにとってはそんな軽いもんじゃなかった。だって、今迄ずっと一緒に任務やってきたツォンさんが突然いなくなったんだから…そんな軽いもんなわけ無い。だけどさ、そこで涙流したりなんかできるか?できるわけないだろ。

そういうの嫌ってたのは、ツォンさんなのに。

だから俺は、それでも続いてく任務をただこなしてた。今迄通り、指示された通りに、ルードと一緒に。俺達タークスはいつだってそうやってきた。誰かが死ぬってことに、感情的にならないようにやってきた。だから今回も同じ。それだけのこと。

でもどうだろう、この社長に俺達と同じことができるか?

できるわけないに決まってる。

それは別に社長が駄目だとか言ってるわけじゃなくて、もっと別次元の問題。つまり社長には、社長として優秀な部下をなくしましたって悲しさとは別の悲しさがあるわけだ。俺はその理由も知ってるから、だから責めるとか絶対できないわけ。

だって見てみろよ、名前を出しただけでこのザマだ。

…泣きそうだし。

「あー…ゴメンゴメン。今の嘘!信用してるよな、分かってるぞっと。…じゃ、俺はどっかでソルジャー候補を見つけてくるから」

駄目駄目、そういうの。

呆れ半分、空しさ半分…見てるとそんな気分になるから、駄目。

だから俺は早々にそこを引き上げようと思って、意味なんかさっぱりなさそうな任務に了承を出す。っていうか了承なんていう権利、本当は俺にはないけど。

「…レノ」

と、そこでお呼びの言葉。

今度は何だ?

「―――――タークスの次期主任の話、受けるつもりは?」

「……は?」

いきなり何を言い出すかと思ったら、そんな話?

分かり易過ぎるって、社長。

ツォンさんがいないことは事実。で、その現実の壁にブチ当たった瞬間にコレってのは辛すぎ。穴埋め程度に主任なんて肩書きは欲しくないんだけどな。

そ、社長の心の穴埋め程度には、な。

「ツォンがいなくなった時から考えていた事なんだ。実力主義の面から見ても、お前なら適任だと思うんだが」

「…本当にそう思ってる?俺にツォンさんと同じことやれって?」

「そんな事を言いたいんじゃない」

ヤバイヤバイ。ついつい言葉がオカシクなるな。

でもホラ、こういう時に差ってヤツは出るんだろう?ツォンさんなら冷静に対処してるようなコト、俺はそんなふうにできない。そこに亀裂、完璧な壁。となると、社長の言う適任ってのはどうかって気がするけど。

悪い話じゃないってのは分かってるけど、俺はやっぱりその話には快諾ってわけにはいかない。何でかっていえば、ツォンさんとは差があるし、も一つ言えば、社長の心の穴埋め程度の存在にはなりたくないから。

…そうそう、穴埋め程度は困るんだよな。

だって俺にはさ―――――…。

「…じゃ、提案」

「?」

俺の言葉に、社長は首を斜め45度。

そして俺が言うのは、まあちょっとズルイ条件。だけど俺には必要なコト。

「ツォンさんのコト完璧に忘れたら、受ける」

「…え…?」

不穏な顔をする社長ににっこり笑顔をくれてやると、俺はピッと手を上げてその部屋から出る。パタンなんて音をさせてしまったドアの向こうの無言。ま、俺にはこれも心地良い。

だってさ、考えなくても分かってるんだぞ、っと。

そんなのが無駄な言葉だってコトくらいは。

 

 

 

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