日課にさえなっていた高級レストランでの休憩が終わりを告げたその日の夜、レノはあるバーで一人酒を煽りながら考え事をしていた。

考え事をするなんて、余程自分には似合わない。

酒を手に考えごとなんて、更に極悪としか言いようがない。

しかしそう思っても尚、日中のことが頭を巡り、それについて考えざるを得なかった。

ルーファウスが最初自分を休憩に誘ってきたのは何が理由だったのか…まず発端はそこである。それはタークスについてを知りたかったという単純な興味と考えても問題はなさそうだ。その後の数回の休憩でも内容はほぼ変わらなかったから、それも同じ理由と考えて良さそうである。

では今日、ルーファウスが日課である休憩にピリオドを打ったのは何の為か?――――そんなのは分かりきっている、もう欲しい情報は手に入ったからだ。

しかしその時点で既に分かるのは、ルーファウスにとってレノは情報を引き出すためだけの媒体だったということであろう。まあ一言でいえば利用といって良い。別段そこにそれほど痛さは感じないレノだったが、しかしそれにしても何故最後になった今日という日にツォンのことなどを口にしたのだろうか。

しかしルーファウスは言っていた、ツォンに個人的に何かを依頼しているのだ、と。

「そこが府に落ちないんだぞ、っと…」

今迄レノは、ルーファウスに散々情報を渡してきた。それは大した情報ではなかったが、それを知りたいと思っていたルーファウスにとっては随分と大きなものだったに違いない。

そうして今迄共にあのレストランで過ごしてきた時間というのは、加算すれば随分と長い時間になると思う。多分それは最近になって仕事依頼をし始めたツォンになど負けないくらいの時間だろう。

そうなると自然とレノは、ルーファウスにとって近しい存在になっていたはずである。しかしそれにも関わらず何がしかの依頼をするとならばツォンを選ぶわけで、しかもそれは個人的な依頼だときたものだ。

たまたまSPをしてもらって腕が良かったから――――――そんなことを言っていた。

しかしそれは逆の発想でいえば、たまたまSPをしなければこんなふうに個人的な依頼などをするキッカケすらなかったということである。つまり接点などそれまで全くといって良いほど無かったということだ。

「たった一回のSPでねえ…」

本当かよ?、そう思う。

いや、ハッキリ言えば、そんなのは嘘じゃないかと思う。

レノの中で僅かに浮かんだ疑念としては、レノとの会話の中でタークスのことを知ろうとしたのさえ大元はツォンに原因があるのではないかということだった。いや、むしろツォンとの橋渡しの為に、本人には接触できずにレノに接触してきたのではないか。考えすぎといえば考えすぎといえないでもない疑念だが、それにしてもあまりにもスマートすぎるのだ、今日の最後が。

だから何の為にタークスのことなどを聞いてきたのか――――――――それが問題。

しかしその疑念を元にすればその問題すら簡単に解決できるのである。つまり、ツォンに接触するために、まずはタークスのことを知りたかった、というふうにいえる。いや、タークスの内容について話していたその中にこそその接触の為のキッカケを見出していたのかもしれない。例えばタイムスケジュールが分かればどの時間帯に暇をしているかが分かるし、共に仕事をしているかしていないかを探り共に仕事をしているのであれば、その仕事の過去話などから性格だって読み取れる。つまり全てが接触のキッカケになりうるわけだ。

「でも何だってツォンさん…?」

レノはそう漏らしながらもグラスに入った酒をグイと飲みやる。そこはカウンターで、目前にはマスターしかいない。マスターはどこかの客の酒を作るのに忙しいからレノには眼を配っていない。平日の夜だからかそのバー自体に人が少なく、だからそこは本当に何だか一人を思わせる空間だった。

その中で、思う。

何故ツォンなのか、何故ここ最近では一番身近であった自分ではないのか。

個人的な依頼をするのだったら、もう既に慣れただろうレノの方が余程依頼しやすいだろうに、何故。

その理由を、考える。

低級な考えだけれどピッタリ簡単に一致する理由は――――「好きだから」?

そう考えてから、まさかな、などと思ってすぐにその考えを払拭する。しかしそれでもその考えがあまりにもハマりすぎて何だか捨て切れない。

しかしルーファウスがツォンを好きになるなんてことがあるのだろうか。普通に考えて男同士だし、いかにもな程の地位の差。しかもルーファウスからしてみればツォンなんていうのはかなり下の部下なのであって釣り合いだって取れるのかどうか分からない。それになにより、好きになるキッカケがない。接触以前に、好きになるキッカケが。

「全く、なに考えてんだかな…」

呆れてモノも言えない。正に自分に対して。

そんなふうに思いながらレノは、最後の一口を飲み干す。

目の前のマスターはいまだ酒を作っており、バーの中には数人の客しかおらず、やっぱりそこは一人の空間でしかなかった。

 

 

 

疑念、それが真実味を帯びたのはある日の午後のことだった。

今日の仕事はもう終わったし、そう思いながら散らかったデスクで雑誌などを広げていたレノは、隣のデスクで忙しなさそうに何かをしているツォンに気付いて声をかけた。

ツォンはレノの方を見もせずにただ声だけで返答をし、黙々と作業をし続けている。一体何の作業かと思ってひょいと覗き込んでみると、そこには何かのリストがあった。ツォンはそのリストを見ながら何やら必死にチェックをしている。

「ツォンさん。それ、何のチェックしてるのかな、っと」

「ああ、個人的なリストだ。気にするな」

「個人的、ね…。で、その個人的なリストが高級レストランのリストなわけ?」

サッとそう言うと、ツォンの手がすっと止まった。

確かにツォンの手にしているリストとやらにはレストランの一覧が書かれている。そのレストランというのはレノが知る限りではかなり高級なレストランで、ハッキリいってレノでさえ入るのは困難なものだ。ルーファウスと休憩をとっていたあのレストランの比ではない。それはつまり、ツォンでさえ入るのが困難なレストランであるということであって、個人的なリストとはいってもツォンにとっての「個人的」ではないことは明らかだった。何せそのレストラン達は、本当のVIPしか受け付けない類のものなのだから。

ふっと眼があったツォンに、レノは真顔で問い詰める。

「それ、誰の“個人的”?」

「……」

「秘密、って?」

「……」

あくまで沈黙を守るツォンに、レノはそれでも真顔で視線を投げつけた。そうして沈黙されるほうが余程苛立つ。だってもし本当に自分の個人的なリストならば、例え入るのが困難であったとしても沈黙などしなくても良いだろう。そこで沈黙するのはつまり、それがツォンの個人的なものではない証拠だ。

誰の、なんて――――――聞かなくても分かってる。

あの金髪上司に決まってるのだ。

「…レノ、お前が気にすることじゃない」

暫くしてそんな言葉を返してきたツォンは、そう言ったきりそのリストを伏せてしまった。まるで見られたくないかのような素振りである。それがまたレノの気分を一層苛立てていく。

だから、レノはついついこんなことを口にした。それは勿論、無意識に近い行為で。

「あっそ?まあ別に良いけど?…でもショックだな。あの金髪上司とツォンさんがそれほど親しい仲だなんて、ね。どうせ金持ちってのは気紛れだしツォンさんも気をつけた方が良いぞ、っと」

「レノ!」

意外にも反応を見せたツォンに、レノはますますヒートアップして言葉を繋げる。暴言だとわかっているが止められない。むしろ暴言だからこそ止められないのかもしれない、だって自分の立場を思えばこれほど空しいことなんか無いのだから。

自分の知らぬところで、自分を介して始まったもの。

そんなものなんて、許せるはずもない。

「まあ何?俺も利用されるだけ利用されたクチだから言うけど、散々絞られてポイってのはどうかな。なあ、ツォンさん?ツォンさんはうまいこと気に入られてるみたいだけど、そんなのいつまで続くか分からないし。…その高級レストランのリストだって、いつか絶対自分が痛い気分になるだけだし?」

「レノ。お前、口を慎め!」

「無理なんだぞ、っと。俺はこれでもプライド持ってタークスやってるつもり。でもあの金髪上司にはそれでさえただの情報なんだな。俺は単なる情報屋で…で、ツォンさんは宝物ってわけだ。呆れて笑いも起こらないってね」

「――――レノ」

スッ、何か冷たいものがレノの額に当る。

それが何かは、すぐに把握できた。

視界一杯に広がる―――――銃。

レノの額に銃を突き付けたツォンの顔は、至って真面目だった。

「レノ、私は本気だ。これ以上あの方に暴言を吐くようなら、例えお前であっても容赦はしない」

「―――へえ…」

突きつけられた銃の冷たさを肌で感じながらも、レノは至って冷静にそう声を上げた。顔は、意外にも笑っている。別段此処で撃たれようとさしてどうでも良いような気はしたが、しかしレノはその場面ではそれ以上の反抗はしなかった。

だから、両手を静かに上げて、笑う。

はい、降参、と。

「―――――了解、サー」

その言葉が響いた後、暫くしてツォンは銃を降ろした。それでも暫くはレノに対峙したまま佇んでいたが、それも数分したら元のようにデスクに向かう。だからレノも同じようにデスクに向かい、読みかけの雑 誌に眼を落とした。

まるで何も無かったような空間――――いかにも嘘くさい。

雑誌に眼を落としているもののその内容などはまるで頭に入ってこない状態でレノは、視線は動かさずにツォンに声をかけた。さっきの今だから少しは緊張感があっても良いはずなのだが、そういうものは一切無い。

ただ、純粋に疑問が浮かんだからこそレノはそれを口にする。

「なあツォンさん。これは純粋に質問。ツォンさんって副社長といつからそんなに親しくなったわけ?少なくとも前はそうじゃなかったと思うけど」

落ち着いた口調の質問だったからか、ツォンもその問いにはちゃんと答えを返してきた。それはいかにも本音という具合で。

「ああ…まあ、そうだな。以前は単に…それこそ上司というだけだったが。ごく最近のことだ。たまたまSPを頼まれたんだ。ある幹部会のな。そこから少し話が発展して、個人的に取引が始まったという事だ」

SPを頼まれたって、それ、社長命令?」

「いや、ルーファウス様直々に令を出されたものだ」

「―――――は?」

何だそれは、話が違う。

だってタークスは社長の令でしか動かない、つまりルーファウスの令であっても動かないはずなのだ。ルーファウスと話した時はてっきり社長がルーファウスのSPにとツォンを刈りだしたものかと思っていたのに。

そう驚きを見せたレノに、ツォンは小さく笑った。

「まあ驚くな。我々は社長直下だから分からないでもないが。…その件についてはオフレコだ」

「型破りで強行突破ってことかな…」

「まあ、そんなところだ」

淡々とそう語るツォンに、レノは心の中で舌打ちした。表面上穏やかに会話を進めてはいるが、やはりツォンのその語り口調には苛立ちが募る。別にツォンが嫌いなわけではないのだが、それにしてもその型破りな強行突破を黙認するとはどういうことかと思う。しかも相手はあのルーファウスなのだ。そう思うと、更に自分が落ちていくような気がしてならない。

そこまでして――――と、そう思う。

「…ツォンさん、最後に一つ聞きたいんだけど」

「何だ?」

――――――結局、これはどういうことなのか。それが、知りたい。

だからレノは、単刀直入にそれを口にした。

「ハッキリ言って――――副社長とは高級レストラン行くだけの関係?」

そう言った瞬間、ツォンの手は少し止まった。しかしそれはすぐにもとのように動き出し、そうした後に端的な返答が返る。

たった一言だけ。

「……いや」

―――――――――ほらな。

レノは心の中でそう一言だけ呟くと、雑誌のページをめくった。

 

 

 

結局のところ単に利用されただけじゃないか、そう思う。そうとしか思えない。

ツォンの言葉からしてもそう思うし、現状知らないところでは着々と関係が築かれているらしい。しかしどうだろうか、それを果たして許せるだろうか。それは微妙だと思う。

ただそうしてツォンとの架け橋として存在していた自分を思い、それを許せないと思うのは、利用されたからというそれだけが理由なのかどうか、レノには良く分からなかった。

もしルーファウスの目的がツォンでなかったら、それはそれで許せただろうか。

いや、その前にもしツォンとの架け橋として最初から相談を受けていたとしたら、それそれで許せたのだろうか。

―――――何だかそれも良く分からない。

ただ何となく思い出されるのは、必死にタークスのことを聞いてきたルーファウスだったり、焦ったようなルーファウスだったり、食事に眼もくれず自分と話をしていたルーファウスだった。あれほど聞きたがった情 報の全てがツォンの為なのかと思うと何だか切ない。

しかしもしそれが――――――万が一にも無いことだろうが、自分の為だったら?

それだったら自分は許せたのだろうか。

もしそれを許せるというならば、それは問題だろう。

多分、大問題だ。

「参ったな、っと…」

散らかった自宅で椅子に腰掛けていたレノは、帰りがけに買ってきたウイスキーをあおりながらもそう呟く。

深夜2時。

隣の寝室には見ず知らずの女が寝ていて、その女とはさっきまでそこそこ楽しんでいた。最近では引っ掛けてどうのという行為はめっきりしていなかったのに、突然そんなことをしてしまったのはやはりヤケに なっていた部分があったからだろうか。

ともかく突然家に連れ込んでまでセックスしてしまったのは少し反省すべきだと思う。

が、もっと問題なのはそこではない。

そこではなくて、その女とセックスをしていてもイマイチ気分がノラない上に、最後まで済ませていないという点だろう。そもそも気持ちよくもなかったし、頭の中といったら別のことが渦巻いていた。今までならばそんなことは一度としてなかったのだから、要はその部分が大問題なのだ。

何を考えていたか―――――まあ、あまり公にはしたくないことだが、女を組み敷きながらちょっとした想像をしていた。それが何かといえば、あのツォンとルーファウスはどんなふうにベットを過ごすのかという事。

実際どの程度まで関係が進んでいるかなんてレノには分からない。だからそれは単なる推測でしかないが、どうせその程度まではとんとんで進んでいるに決まってる。しかしあの二人が…そう思うと何だか苛立って仕方なかった。

もし組み強いているのがあの金髪上司だったら、それほどオツなことはなかったろう。散々利用しておいて、と雁字搦めにするのも良いしどん底まで落としてやるのも良い。

自分には吐き気がするような言葉だが、優しくなどしたら、多分あの金髪上司はあのときのように焦ったようにするのだろう――――――それも何だか見てみたい気がする。

そんなことをとうとうと考えていたら、何だか意気消沈してしまった。

「参ったって…マジに」

――――結局。

考えているのはいつだって、あの金髪上司のことなのだ。

いつだって頭の中でグルグル旋回しては、レノを苛立たせる。

どうせ苛立つくらいなら、いっそずっと側にいて苛立ち続けさせてくれれば良いのに。

それでもそれは叶わない。

だってあの金髪上司はツォンがお望み。自分などお呼びではない。

だったら―――――――…だったら。

「型破りで強硬手段。まあ、悪くないって…な」

どうせ同じこと。ルーファウスが欲しいものを手に入れたその方法と、同じこと。

最後に選ばれるのは自分じゃない。

けど、最後に笑うのは自分が良い。

 

 

 

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