「レノ。お前は人を好きになる度に、いつもそんなふうに思っているのか?」

「は?」

ふとかけられた言葉に、思わずレノはそう声を上げる。

するとツォンは同じ言葉を繰り返し、それから、こう付け加えた。

「誰かを好きになる度に、これ以上は一緒にいたくないとか、これ以上は踏み入られたくないだとか…そんなふうに思っているのか」

「いや、あんまり考えたコトないから」

「考えたことがない?」

何だそれは、いかにもそういいたそうな顔をしたツォンに、説明するふうにレノは言う。それは今迄の恋愛の仕方みたいなもので、レノとしては毎度守ってきたスタイルである。そしてそれは幸いに、相手からも守られていたスタイルだった。だからレノは今迄、今回ほどの疑問を持った事は無かったのである。

「だって今迄は――――」

今迄は、好きかもと思ったら直行してきた。

それはそうそうハズレ無し、ほぼ完璧という具合。

そしてそこからは、その日の気分によって行動し、その日の気分によってコースが決まっていた。今日は此処に行くとか何時に帰るとか、そういうものは事前に打ち合わせるようなものではなくて、その日毎に違ってくる。それが、レノのスタイルだった。

相手はそんなレノに不満など無かったらしく、レノはいまだかつてそんな自分のスタイルに対して何か指摘を受けたことはない。まあ例えそこで何らかの指摘を受けたとしても、それを強行するくらいが当然だとは思っていたが。

ともかくそうしてやってきた今まで、相手から何かを提案されるといった経験は無かった。だからルーファウスが良く口にしている「今度」というのは無いのである。勿論、帰り際の挨拶に、じゃあまた、などという言葉を使うことはあったが、具体的にいついつどこで、などという打ち合わせは存在しないから、それは単に挨拶程度の言葉だ。

そんなレノのスタイルの中では、ツォンが言ったような「これ以上は一緒にいたくない」とか「これ以上は踏み入られたくない」とかは存在しない。何故なら、レノがそう思うくらいの状況などなかったからである。といってもそれは、相手次第とかそういったことじゃない。

そもそも相手はいつも、その日の気分で行動するレノについてくるだけだったから。

「―――そんな感じだったかな、っと」

今までのスタイルというものを一通り言葉にしたレノは、だからそんなものは考えたことがないと言った。

そんなレノへの反応は様々で、ルードの方は「レノらしい」という一言を漏らしたが、ツォンの方は呆れ顔といった感じである。ルードはレノとの付き合いが深いせいかそれを否定しようとは思わずに肯定しているのが分かるが、ツォンの方はどうやら違っていた。

それは、スタイル不一致の証拠だろう。

「レノ、お前のやり方を否定しようとは思わないが…少し考えてみたらどうだ」

「考えるって何を?」

「だから。お前の今までのやり方だ」

そう言ってツォンは、話を元に戻した。

最初にレノが口にした、例えば自分を好きでいてくれる人がいて…という、あれである。

「要するに今お前は誰かに好かれているんだろう?でもそれは、今までの相手と随分と違うということだ。今までの相手はレノのやり方に文句一つ言わずについてきた…それはお前がリードしてきたとも言えるかもしれないな」

「ああ、まあ。そうかも」

「だろう?でもお前が今回悩むことになったのは、きっとお前がリードできない状態だからじゃないか?それは言ってみれば、お前のスタイルが通用しないということだ。…そうだな、相手の方が一枚上手なんだろうな」

「えっ。あれのどこが一枚上手なんだよ?」

そう言われて、すぐさまレノの脳裏にはルーファウスが浮かぶ。そのルーファウスは相変わらず嬉々として今度を連発していて、思い出しただけなのにレノを疑問の淵に落とさせる。

勿論そのルーファウスの姿など知りもしないツォンは、大真面目に自分の言葉を継いだ。

「お前との事を考えている、という所だ。むしろお前にとって良いチャンスなんじゃないか、その相手は」

良いチャンス――――――?

レノにとっては余程信じられない言葉である。

だって相手はあのルーファウスで、こんなにも自分を疑問の渦に巻き込むのに。

しかしその前に言ったツォンの言葉は少し引っかかるものがあった。「お前との事を考えている」という、その部分。

まあ確かに…「今度」に期待をかけるのは、そうとも言えるかもしれない。何しろそれは、「今度」という“未来”に、レノといる時間を想定していることになるのだから。

「なるほど、ね」

そうとも考えられるのかもな、そんなふうに思ってレノは呟く。脳裏にチラつくあの副社長の、嬉々とした表情。それをじっくり思い出してみると、そういえば今まであんなふうにされたことなど無かったな、などと思う。勿論今までの恋愛の中でだって嬉しそうな顔一つくらいは簡単に貰えたけれど、それでもその日その時間が楽しいからといって笑うその表情と、未来に期待して笑うその表情とは、何だか少しばかり違う気がする。

そう思うと―――――――今まで幾度となく経験してきたあの恋愛というのは、何だったんだろうか。

可愛い子は沢山いたけれど、彼女達はそういえばどんな時に笑顔をくれたろう。

どんな笑顔をくれていたんだろう。

どんな言葉をかけてくれた?

どんな事を考えてた?

「アイツラって、俺の何が好きだったんだろ」

ふと、疑問が浮かんだ。

今まで側にいた人達は、一体自分のどこを好きだったのだろうか。どうして笑い、どんな言葉をかけ、どういう事を考えていたんだろうか。

何となくそんなことを思って、記憶の糸を辿ってみる。

そう――――――――、そういえば。

「えっと…」

…レノは格好良いよ、とか…

…レノと一緒にいると面白い、とか…

…レノって優しいよね、とか…

―――――――別に悪くないと思っていたけど。

でも、そんな言葉をくれて笑ってくれたけれど、レノのリードについてくるだけだった彼女らは、それ以上の事など提案しなかった。必要以上に一緒にいようとはしなかったレノに文句は言わなかったし、ボーダーの中に踏み入ることもしなかった。それはそれで良かったはずなのに、何故なのだろうか…何だか今それが、疑問に思える。

…格好良いから、だから何だったんだろう?

…一緒にいると面白いから、だから何だったんだろう?

…優しいから、だから何だったんだろう?

それは思えば「どこが好きなのか」という疑問に対する答えみたいなものだ。格好良いから好き、一緒にいると面白いから好き、優しいから好き、どれもまあまあ理由としては頷けるし、別に悪い気分じゃない。でも何故だかその先が、無い。

―――――じゃあ、ルーファウスはどうなんだろう?

“好きに理由なんか無いだろ”

そう、言っていた彼は。

ルーファウスは――――“理由なんか無い”けど、“今度”が欲しい。

「……」

思考の淵に落ちてすっかり沈黙になったレノの隣で、ツォンとルードはすっかり寛ぎ始めていた。帰り支度は万全だけれど話が終わらないから、どうせだったら寛ぐか、という具合。そんな彼らは、いつの間にかすっかり珈琲などを手にしている。

その珈琲が目前に差し出されて、やっとレノは我に返った。

目前の珈琲は湯気などを立てている。

その湯気の中に、ふっと―――――ルーファウスが浮かんだ。

「レノ、煮詰まるな。まあ煽った私がいけなかったかもしれないが」

そう言って肩をポンと叩いてくるツォンを見遣ると、ツォンは穏やかそうに笑んでいる。それから反対の方向に目をやってルードを見ていると、ルードも珍しく笑んでいた。いつも無表情が板についているルードなのに、だ。

そんな二人を見てレノは、ちょっと考えてこんなことを聞いてみる。

「何で帰らないのかな、っと」

すると二人は、何故だか息もぴったりにこう言う。

「お前が好きだからだ」

それを聞いた瞬間、レノはズルリと肩を落とした。

そりゃどうも、と言いながら。

 

 

 

ルーファウスの言う「今度」がやってきたその日。

レノは、隣で楽しそうにしているルーファウスを見て首を傾げていた。

時刻午後八時、場所はミッドガル市内の小さな店。

その店というのはアンティークショップなるもので、何やら骨董品だとかいうものがゴロゴロ…というほど雑然とはしてないが、ともかく沢山置かれている。レノはこういうものに差して興味が無いので「へえ」くらいにしか思わなかったが、ルーファウスは大層興味があるのだかいちいち感嘆の声を上げていた。

こんなののどこが面白いんだか…そう思わざるを得ない。

その上ルーファウスときたらそれを買おうというわけでもないらしく、だからそれはいわゆるウィンドウショッピングというやつに当てはまる。レノにとってこういうのは、尚更退屈なものだった。

「良いだろ、この店。大好きなんだ」

「へえ、そう」

「何だ、感動が薄いな。面白くないのか?」

「はあ…まあ、あんまり」

というか全然、と心の中で言い直してレノは、目前のルーファウスを見遣る。

ルーファウスは一体何を思って自分を此処に連れてきたんだろうか。例えばこういうものに興味がある輩を連れてくれば話に華だって咲こうものだろうが、自分と来たところでそんなのはちっとも意味なんか無いのに。

何だかそんなことを思って、レノは先日のツォンの言葉を思い出した。

リードできない状態―――――――うん、正にそれだ、と思う。

一枚上手と言う言葉には未だ納得できないが、その言葉には頷ける。だって今までレノは、自分の気の向くままに事を進める事しかなかったのだ。それが今は全く逆、つまりルーファウスの気の赴くままといった具合。

さて、これはどうしたものか。

「何だ、面白くないのか。じゃあお前はどんなところが好きなんだ」

「どんなって…」

そう聞かれてレノは言葉に詰った。

だって、例えば此処で「此処が好き」「あそこが良い」とかいったところで、それというのはルーファウスとは180度違うだろうと思うし、連れていったところでガッカリされるのが関の山である。

ということは言うだけ無駄、まだ黙って此処にいたほうが疲れない。

そう思ってレノは「別にいいや」などと勝手に解決すると、ルーファウスに向かってウィンドウショッピングの続行を促した。

が、どうやらルーファウスはそのレノの態度が気にくわないらしく、しつこいくらいにどんなことやどんなものが好きかと問い詰めてくる。最早、詰問レベルだ。

だからレノは、仕方ナシにこう言う。

「酒か、家でまったり」

「酒?家でまったり?」

目をぱちくりさせてそう繰り返したルーファウスに、レノは「そうそう」などと言いながら目線を明後日の方向に飛ばして髪をかきあげた。

そして、補足説明。

「ま、イカサマインテリ派なんだな。外も悪くないけど、最近はどっちかっていうと屋内派」

「へえ、そうか」

ルーファウスはそう簡単に納得すると、じゃあ、なんて言ってそそくさと店を出ようとする。だからレノは慌ててそんなルーファウスに問いかけた。勿論、何処に行く気だ、と。

するとルーファウスはレノを見遣って、ごくごく当然にこう言い放つ。

「酒か、家だろ?」

「だろ、って…まさか」

まさか―――――――ウチに来る気じゃないだろうな?

一抹の不安が過ぎりそれを口に出そうとしたレノだが、そうする前にルーファウスの方が先に口を開いてしまった。しかも、正に的中の言葉を。

「で?お前の家ってどこなんだ?」

「……」

はあ、そう溜息を吐いたレノは、仕方ないと腹をくくって住所を口にする。親切にも、此処からどうやって行けば一番早いかなどという事まで口にすると、最終確認のようにルーファウスにこう言う。

「何も無いけど良いのかな、っと。楽しくもないし、面白くもないし…あ、そーいえば片付けてないぞ」

此処で仮にルーファウスが「じゃあやめよう」などと言えば正にラッキーだったのだが、さすがにこの時ばかりはラッキーが降り注がなかった。

むしろラッキーはルーファウスの側にあるらしい。

ルーファウスはレノの言葉ににっこりと笑うと、

「何を言ってるんだ。何も無いわけない。だってお前がいるじゃないか」

そう言った。

 

 

back return next