厄日



 困ったことになった・・・。
 ツォンは真剣にそう思っていた。
 このままでは自分の降格は間逃れない、いや、降格なら良いにしろ、給料査定に響くのはどうかと思う。
 直属の上司は、どうやらツォンが大嫌いなようで、重箱の隅を突っつくようにツォンのミスを探している。
「全く・・」
 何時もなら、絶対にしない失敗を、どうして今になってしてしまったのか。それも、今この時期に。
 監査が入るから、とぴりぴりしている経理内で、これだけの失態を犯したのは入社してから初めてのことだ。
 見逃して・・はくれないだろうな、あの上司では。
 ツォンは覚悟を決めて、上司の下へ足を運んだのだった。

 神羅化学部門研究棟。
 ここに足を運ぶのは、当然始めてのことだ。
 社内で一番金を食う部署ではあるが、それだけの実績と儲けを運んでくる科学部門。
 現在の責任者は遺伝子研究では知らない者がいないという程の知名度の持ち主にして、実力者、ガスト博士だ。
 失敗を上司に申告した途端に、科学部門への応援を頼まれた。
 畑違いの自分に、一体何が出来るのか、と断りを入れようとしたが、失敗を盾に上司に脅されては仕方ない。
 入社してこれまで、電卓しか叩いてこなかった自分に、一体科学部門の何を応援しろというのかが問題だったが、恐らくロクなことではあるまい。
 監査の時期に失敗して、同時に科学部門からの応援。
「厄日か、今日は・・・」
 ツォンは長い髪をくくりなおして、経理のあるビルとは明らかに造りとかかった金の違う科学部門のビルを潜ったのだった。
 外観はメタルであろうか? それとも合金なのだろうか? ちょっとやそっとの攻撃を食らってもびくともしそうにない壁の向こうに、ただの研究所とは思えない程頑丈な部屋がいくつも。どこもコンピューター制御されていて、ドア一つ開けるのにもキーワードを声紋照合で入力するところが面倒だ。
 他部署からの訪問者は、科学部門から発行されたカードキーで入室できるようになっているので、ツォンはカードをリーダーに通して、言われた通りのドアを潜った。
 室内には・・・。
 ――よりにもよって、マッド真っ青の宝条・・・・。
 ツォンが忌み嫌う、不可解な思考の持ち主がいた。
「これはこれは、ツォン経理係長ですか・・・随分と大物が来たものですねぇ」
 ともすれば、ヒヒヒィヒなんて不気味な笑い声が聞こえてきそうだ。
「今日は応援ということで」
「勿論知っていますよ。私が頼んだのですから」
「はぁ・・・」
 宝条は無作法にも手招きすると、ツォンを近くに呼び寄せ、不躾に頭から足の先までを嘗め回した。
「成る程・・・経理に置くのには惜しい体つきをしている」
 若い頃には武道をこなしていた為か、ツォンはかなり理想的な筋肉のついた体をしていた。
「これなら、楽しめそうですね」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
「応援の話ですよ。私はねぇ、社内の権力を使って、良いガタイの男をひぃひぃ言わすのが好きでねぇ」
 ツォンは咄嗟に身構え、宝条の隙を狙って室外逃亡を企てることにした。
 もの凄いピンチを悟ったからだ。
「おっと、逃げようとしても駄目ですよ。カードキーは一度リーダーを通すと二度と使えないように設置してあります。この部屋を出るには、私が声紋照合をしてドアを開けてあげなくてはならないんですからね」
 やられた・・・。
 今更そう思っても遅い。
 経理の失敗に、科学部門の応援。そして身の危機。
 ツォンの厄日は始まったばかり。

終わり

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