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Simple Status ---------------------------------------------
プルルル… プルルル… 電話の音がそう響いて、レノは何の気もなしにそれを取る。取った先の相手は女性で、どうやら何かお怒りのようだった。 『ちょっとレノ!忘れてないわよね!?』 いきなり何だ、そう思ったが、それはどうやらデートの約束か何かだったらしく、けたたましく場所がどうのとか時間がどうのだとか言われる。 それを訊きながらレノは、あー、ごめん、などと適当な返事を返しては調子を合わせていく。そんなだから、怒っていたはずの相手もいつの間にかそれを鎮めて、最後には「じゃあ待ってるね」などと語尾をハートにして囁いてくる。 まあまあ、簡単。 ご機嫌を取るなんて大した事じゃない。 そんなふうに思いながら電話を切り上げたレノは、その電話が終わった後にふわあと大きな欠伸をした。 「さてと、お仕事お仕事…と」 そう呟くレノの隣では、相棒のルードが呆れたため息などをついている。 「レノ…お前また新しい女性を…」 「んー?」 「…良くもまあそんなに捕まえてくるもんだな…」 「ま、ね」 別段褒め言葉でも何でもなかったのに、レノはそんなふうに笑って言う。だもんだからルードは、またしても呆れたため息をつく羽目になった。 まあこんな事は今に始まった事ではないのだが、それにしたって最近はまた顕著である。何がかといえば、そう…レノのその場限りのデート癖。デート癖というよりも付き合い癖という方が正しいのだろうが、ともかくレノときたら一日限りのおつき合いをするのが多くて、その度にこんなふうに怒りの電話などがかかってくる。それというのはつまり、一人の女性に対してそれほどのめり込んでいない証拠なのだ。何しろこれでは、二股どころか三股…いや六股くらいにはなっている。 どうせのめり込まないなら、そんなふうに次から次へと手なんか出さなければ良いのに。 そんな尤もな意見を持っているルードは、何度かそのままの言葉をレノに送ったものだが、レノときたらまったく聞き耳持たずという具合である。そんなわけだから未だに六股くらいの有様が続いているのだ。 「今日はフェリアちゃん。明日は…ん?誰だったかな、と…」 「……」 ―――――――――全く、どうしようもない。
レノが「じゃ、俺デートだから」と去った後、ルードは一人で帰宅をした。レノが女性とのデートがない日には一緒にかえったりもするのだが、こういう日はもちろん一人で帰る事になる。 その道中、ルードは何となくレノの事を考えていた。 まあ…今更同じことを責めてもどうしようもない。 それは分かっているし、どうせ直しやしない。 それだけれどルードがついついレノについて考えてしまうのは、勿論それ以外にも理由があるからだった。六股くらいしているというその事実以外に思うところがあったから、だからついつい考えてしまう。 それは、他でもなく自分とレノとの関係の事である。 相棒―――――世間ではそう呼ばれている自分たちの関係。 まあ、これは間違ってはいないだろう。 しかし問題は、世間のその認識とレノの認識とルードの認識とにどこかズレがあるという部分である。そのズレとは、感情と拘束力とが作り出すズレというやつだ。 普通、相棒というのは仕事上で使われる言葉である。まあプライベートでも親友に近い意味合いで使われるかもしれないが、ともかくポジションとしてはだいたい行動を同じくしている者といった感じである。それが世間でいうところの認識。 それはレノもルードもお互いに持ち合わせていた認識だったが、それでも個人個人になるとちょっと違ってくる。 それが何かといえば……干渉というやつだ。 それは主にルードの心持ちの問題のように思われたが、ともかくこの干渉というところについてルードは少し過大になっている部分があった。といっても、ああだこうだと口を挟んでいるわけではなく、単に心の中でレノに干渉しているということである。つまりこうして考えていたりする事……だからそれは感情、ひいては心の中だけの拘束力である。 そんな訳でルードはレノについてそれらを持ち合わせた上での相棒を認識していたのだが、一方のレノはちっともそんな風ではなかった。 レノときたら、今日もそうだけれど、六股くらいかけているのである。 という事は、誰か一人に執着することもない。要するに、ルードとてそれに当てはまる。 だからレノがルードのことをとやかく考えているというのは実に考えにくいことだし、実際ルードに対してどうのこうのと言うことはないし、要するにルードは単なる相棒ということなのだ。だから、六股をかけていたってその詳しい内容などルードに流れてくることはない。 「相棒…か。都合の良い言葉だ…」 ミッドガルのネオンを見ながら岐路についていたルードは、そんなことを呟きながら珍しくため息などを吐く。 百式列車から降りるとあとは徒歩で、その辺りは既に静かな通りになっている。ミッドガルのネオンは遥か遠くに見えるばかりで、まるで蜃気楼かなにかのように幻想的だ。 それを霞め見ながら、今頃レノはなんと言う名前だったか…とにかくどこかの女性と酒でも飲んでいるのだろうということを浮かべる。まあその後はどうしているのか分からないが、あんまり考えたくないところではあるだろう。 …まあ、レノなら女性には困らないだろうが。 「全く…なんでそんな事…」 こんな事、考えなくても良いのに。 別にレノが誰と何をしていようが問題などはどこにもない。ルードは単に相棒なのだし、レノにとってはそれが普通のことなのだ。要するに拘束力も何もない、ただの相棒、という事。 しかし、そう分かっていてもルードの中で拘束力が強くなってしまうのは、ただ心配だからとかそういう理由からではなかった。そうではなく、ちゃんとした事実に基づく理由が存在していたのである。 あれは―――――――――いつの事だったか? 「……」 ルードは静かな通りの真ん中で大きな体をぴたりと止めると、サングラスで見えない目をそっと横にシフトさせた。その目が見ていたのは、静かな通りに面して建っていた一軒の店である。その店は古びた様子の酒場で、最近のミッドガルの洒落た酒場からすればいかにも時代遅れといったふうだった。店の前にかかっている看板などは、もう既に色が剥げている。 看板には、”LOVE”と書かれていた。 その看板が、風に揺れてガタガタと音をさせている。その様子が何だか哀れで、ルードは思わずサングラスの下の目を顰めた。 とその時、その酒場のドアがすっと開き、中から一人の女性が出てくる。その女性は地味な顔立ちをした背の低い女性で、これといって華やかさもない表情でそっとその看板を見つめ、それからすっとルードに視線を移す。 「あら…お客さん?」 立ち止まっていたからか、女性はそんなふうに問うてくる。 本当は違うのだが、こんな夜は少しくらいつき合っても良いかと思い、ルードは無言でその言葉に肯定を返した。だって、こんなふうに静かな通りで、こんなふうに寂れた酒場で、こんなふうに華やかさのない女性に出会って、それを無視などしたらまるで自分を無視するみたいだから。 今この場で出会ったその女性は、今の自分のようである。 こんな寂しい場所で立っている、華やかなネオンを遠くに見ながら。 だから……。 「ゆっくりしていってよ。こんなに寂しい夜なんだから」 ―――――――――確かに、こんなに寂しい夜もない。
ルードが”LOVE”の前で立ち止まったのは、何も偶然などではなかった。 その”LOVE”という寂れた酒場はルードにとってみれば地元の酒場であり、良く通っていた酒場でもある。この酒場にはかつてレノとも良くきていて、一時期は常連でさえあった。ただしそれはもうかなり昔のことだし、実のところその頃はまだ未成年の頃の事だったのである。 未成年に見えなかったのか、それとも暗黙の了解で入れてくれていたのか、その辺は定かではないが、ともかく昔はなじみだったその店は、ルードにとって思い出の店といっても良い。 しかしそんな思い出の店も、レノとルードが神羅での仕事に追われるにつれ、段々と利用頻度が落ちていった。仕事が忙しくなるとそれに見合った立場というものが付いてくる、そしてその後にはそれに見 合った給料が。そうなってくると、こんな寂れた酒場でなくとも、ミッドガルのネオンの中で飲めば良くなるわけだから、生活水準の上昇と共にこの酒場は心の中から消えてしまったのである。 そんな酒場に、久々に返ってきた。 相変わらず…というよりも、昔よりも更に寂れてしまった店。 その店の中でルードは、かつて飲んでいた酒をオーダーすると、カウンターにすっと腰を据えた。隣には先ほどの華やかさのない女性が座っていたが、何故だかその女性も無理にはルードに話しかけてこない。だからそこは、妙に静かな雰囲気になる。 しかしその妙な雰囲気もしばらくすると途切れ、やがて女性がルードに話しかけてきた。それは何でもない、ただの世間話だったけれど。 「ねえ。アナタ、今の生活って楽しい?」 「……」 「答えはNO?…ま、どっちでも良いけどね。単に私はすごく退屈って事を言いたかっただけなの」 女性はそんなふうに言うと、軽く笑ってグラスを口に運んだ。そうして中身を一気に飲み干すと、二杯目の酒を求めるようにカウンターの向こうにそれを差し出す。 そうして新しい酒が出てくると、それを早速手にしながら、彼女は言葉の続きを口にした。 「私ね、もうそろそろ此処を辞めるの。冴えない酒場なんて退屈だし、もっと華やかなところで働くの。でも不思議なのよね、こんな寂れた酒場でも何だかこう…寂しいっていうの?そういう気がしちゃうのよね。大した酒場でもないのに、変ね」 こういうのって同情って言うのかな、そんなふうに言いながら彼女はまたグラスを口に運ぶ。その様子をサングラスの下から覗いていたルードは、返事もしないままにただグラスを動かした。 揺れる氷の音が、カラン、と響く。 「同情なんて無くなっちゃえば良いのにね。ねえ、そう思わない?」 「……」 「思わない、か」 ルードの無言を肯定をみなした彼女は、そうよね、などと笑った。 どうやら彼女の中には彼女なりに何かが存在しているらしい、だからそんな言葉が出てくるのだろう。 しかし無言を通したルードの意思としては、別にそれを否定しようというつもりは無かった。単にその時のルードは別の事を考えていたから、だからそれに答えられなかっただけで、別にそんなことを思っていたわけではないのである。 ルードが考えていたのは、彼女の言った「同情」というものだった。 同情なんて無くなっちゃえば良いのに――――そう彼女は言ったけれど、その気持ちは何となく分からないでもないと思う。 勿論時と場合によるけれど、それでもルードの思い出した事からすれば、それはそう同意したくなるような言葉だったのだ。だって、同情はいつも曖昧すぎるし、誰の心にも備わっているような普通のものだから。 だから、同情は時として辛いものを運んでくる。 「…この店が、好きじゃないのか?」 「え?」 「この店だ。同情だと言ったが…好き、の間違いじゃないのか…」 唐突に口を開いたルードは、そんな言葉を彼女に投げかけた。それは先程彼女が言った同情という言葉についての反論みたいなものだったが、一つの考え方といっても良いものである。 同情じゃなく…強いていえば愛情、それなのではないかと。 ルードはそんなことを指摘して彼女を驚かせたが、最終的に彼女はそんなルードの新しい意見に対し、まさか、というふうに笑った。 「そんな事無いわよ。私は単に生活の為に此処で働いていただけ。ただそれだけなのよ。だから…好きなんかじゃない」 「何故そう言い切れる?」 「さあ…分からない。だけど…」 そこで一旦言葉を切った彼女は、一口グラスの中身を含むと、十分な時間を開けた後にその続きを放つ。それは笑顔をもって放たれた。 「もしこれが同情じゃないとしたら…それはきっとね、好きになっちゃいけないからだと思う。此処を好きだなんて言ったら、私は一生、華やかさとは無縁になっちゃうから。それを自分で確定しちゃうのは、すごく怖い」 「……」 好きになっちゃいけない。 自分で肯定しちゃうのはすごく怖い。 その彼女の言葉がルードの脳裏に反芻し、先ほどルードが思い出したある事柄にそっと重なっていく。まるで嘘みたいにすっぽりと重なったそれは、いつも以上の無言をルードに与えた。 ――――――それはすごく昔の事で…確か、この酒場に通っていた頃の事。 未成年で、薄給の中それでも通った酒場が此処”LOVE”だった。 別に何をするわけでもなく、単に相棒と飲み明かした酒場。 それはとても大切な思い出だけれど、何故だか今は語られもしない過去となっており、それはかつて此処で飲み明かした相棒レノとの間では最早口に出すことすら許されないだろう事柄へと変化していた。 何故そんなふうに変化してしまったかといえばそれは、まさに彼女の言う通り--------同情を生み出したからだろう。
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