SENSE
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 好きな奴がいるんだけど。
 そう言ってザックスがセフィロスに相談を持ちかけたのはつい最近のことだった。
 他人の恋愛事など何で聞かねばならないのかと疑問だったセフィロスにとって、それはいかにも面倒な相談である。はっきり言ってしまえば、どうだって良いだろう、というような内容だ。
 がしかし、任務でも一緒になる事があるザックスにそう言われると、さすがにその話題から離れることは容易ではない。何しろザックスは任務の間でさえその話をセフィロスに振るのだから、安易に無視をするわけにはいかないのである。仮にそうしたとしてもザックスの口からは次から次へとその話題が出てくるのだからどうせ同じことだ。
 ―――――――全く。
 何故に人というのはそう、愛だの恋だのと騒げるのだろうか。
 セフィロスにはそれがさっぱりと分からない。
 今迄確かにそういう関係を作ったことはあったが、それでもセフィロスにはその気持ちが良く分からなかった。だから当然、ザックスのその恋の悩みとやらも訳がわからない。世の中で言われているような模範解答を口にすることは実に簡単なことだったし、それは知識としてセフィロスも持ち合わせてはいたけれど、だからといってそれと自分の意見とが同等なわけでは全く無かったから、それを口に出すのは当然躊躇われる。その結果、セフィロスはザックスの話を聞いているだけで何も意見らしきことが言えなかった。
 しかし、相談をしているザックスの身としてはどうだろうか。
 相談しているのだから、当然何かしらの答えが欲しいに決まっている。
 仮にそれが最終的な判断にならずとも、判断材料くらいは欲しいのに違いない。これがもし相談じゃなく、話を聞いて欲しいというだけの単純なことならばまた状況は違っただろうが、幸か不幸かザックスは「相談」をしているのだ。単にのろけ話をしているのとは訳が違う。
 そういうザックスにとっては、セフィロスの無言というのはいまいち参考になどならなかった。というより、全くならなかった。
 だからだろう、ザックスがある日とうとうセフィロスをなじったのは。
 そもそも恋愛の相談だったのだからセフィロスを相手になじるのは少し方向は違うのだが、それでもザックスはそういう方向に出たのだ。
 少しはマトモに考えてくれよ、と。
 尤も、これはセフィロスによっては限りなく見当違いな言葉だったが。
 
 ある日の夜。
 ちょっと飲みに行こうぜ、と誘われたセフィロスは、どうせまたくだらない恋愛相談に付き合わされるのだろうとうんざりしながらもそれに従った。まあ断っても良かったのだが、たまには酒を飲もうかという気になったのである。それは別にザックスと、という訳ではなく、自分自身の中の酒のペースとしての話で。
 そうしてザックスと入った店は、ミッドガルの賑やかな夜に貢献している洒落たバーだった。白熱灯の光でぼんやりした店内に、ゆったりしたジャスがかかっている。カウンター越しのマスターは絵に描いたように蝶ネクタイを結んだちょびひげの男で、身体を右に傾けながらもシェーカーをカタカタやっていた。
 店内には客の姿が少なく、席はどこでも開いているという状態だったが、二人は敢えてカウンターに腰を落ち着かせる。これはザックスがそこに向かったからに他ならず、セフィロスの意見ではない。
「俺、ブラッドオレンジ。こっちは…」
 早速オーダーをしたザックスが、ちら、とセフィロスを見遣る。それが催促だと分かったセフィロスは、ザックスと同じくメニューも見ずに酒をオーダーした。
「ジャックダニエル。シングルロックだ」
 オーダーを終えてカウンターに身を乗り出したザックスは、目前のマスターが酒を用意している姿など気にもせずにセフィロスに視線を向ける。そうして、早速というように話をし始めた。
「あのさ、今日は話があんだ。セフィロスに」
「今日は、じゃなくて、今日も、の間違いだろう?…どうせ下らん話に決まってる。さっさと済ませろ」
 じゃないと酒が不味くなるからな、そうとさえ言ったセフィロスは、ザックスがその話を始めるのをじっと待っていたものである。がしかし、なかなかその話は始まらず、結果、酒が先にやってきてしまった。
 仕方なくその酒を乾杯もせずに口に運んだセフィロスは、同じように酒を口に運んでいたザックスにふっと目をやると、そうした割にはそれをすぐ反らし、再度ザックスの話の始まりを待った。
 そうして暫しの沈黙が流れた後、ザックスはようやく口を開く。
 その口から出てきたのは、セフィロスにとっては意外な言葉だった。
「前から思ってたんだけど…セフィロスさ、少しはマトモに考えてくれよ。セフィロスっていつもだんまりじゃねえか。仮にも俺は相談してるんだぜ?」
「何?」
 思ってもみなかった言葉を受けて、セフィロスはふっとザックスを見遣る。それは別段怒ったふうではなくセフィロスにとって普通の表情だったが、相手にとっては幾分かきつい表情だったのだろうか、ザックスは少しバツの悪そうな顔をした。
 しかしすぐに気合を入れなおすと、ザックスははっきりとセフィロスに言う。
「俺は…な!セフィロスの意見が聞きたいの!こういう時はこうじゃないか、とか…何かそういうのってあるだろ。セフィロスなりのさ。そういうのは聞きたいんだよ、俺は」
 なのにセフィロスはいつも黙って話を聞いてるだけじゃないか。
 そう指摘されて、セフィロスは返す言葉を失ってしまった。
 ―――――――ザックスの言うことは、合っている。
 そう、合っているのだ。
 セフィロスはザックスの相談を黙って聞いているだけだったし、特別アドバイス的なことをした覚えはない。そもそも面白くもなんともない話だから、そういう事をしたいとも思わない。だからこそそういう態度になるわけだが、それは目前のザックスにとっては絶対的に考えられない範疇のことだとセフィロスには分かっていた。
 そもそも、ジャンルの違う人間なのだ。当然である。
 しかしそうは思っても、こうして指摘されてしまってはセフィロスとて何かしらの言葉を返さないわけにはいかなかった。本当のところを言えば、だったら他の奴に相談でもすれば良いだろう、と言いたかったが、さすがにそれを言うのは躊躇われて。…尤も、そこを躊躇う必要などどこにも無かったのだが。
 ともかくセフィロスは、"何かしらの言葉"を返すことにした。
「俺にもそれは分かっている。だがな、ザックス。本気で俺が意見したとして、それがお前の望み通りとは限らんぞ。…まあ、大方お前が沈むような事しか思い浮かばんな」
「何だよそりゃ。俺が沈むかどうかなんて、言ってみなけりゃ分からないだろ」
「そうか?」
 言わなくても分かっている。
 そう言いたげな視線を向けながら、セフィロスは酒を仰ぐ。
 しかし目前のザックスは依然として納得できかねるようで、セフィロスの言う"ザックスの沈む言葉"を待っているようだった。まるで、だったらやってみろ、とでも言うように。
 そうしたザックスの要望にセフィロスがしっかりと応えたのは、セフィロスのグラスが完璧にあいた後のことだった。
 新たなジャックダニエル、シングルストレートを手にしたセフィロスは、ザックスに目を遣ることなく口を開く。
「そもそも、恋だの愛だのというのが分からん。俺にはそういうものが、騙しあいに見える。相手との騙しあい、若しくは…自慰行為」
「自…って!何だよ、その言い草っ」
 思わずそう反論したザックスに、セフィロスはそっと目を瞑って笑った。
 ほら、やっぱり相容れない。
 そんなことはとうに分かっていた、だから言わなかったのに。
 だけれど此処までくると、変に隠し立てする方がおかしい気がして、セフィロスは続けて自分の論を紡いだ。
「そういうものは結局"喰え"ない。腹の足しにならん。要するに現実的でない。それでも世間ではこう言うのだろう?"愛は金で買えない"と?…ふふ、下らん論だな。逆に問いたいものだ、だったら"金は愛で買えるのか?"とな」
「…現実論者」
 最低、そんな言葉まで添えて放たれたザックスのそれに、セフィロスは笑うだけである。そういうセフィロスの笑みは、ザックスには余裕の笑みのように映っていた。しかしザックスはそれを口には出さず、じゃあ、とセフィロスの論の続きを促したりする。
「じゃあ、セフィロスは愛とか恋とか嫌いなんだな」
「さあ」
「さあ、って…嫌いだからそういう言い方するんだろう?騙しあいとか自慰行為とかって…普通そんな考え方しないぜ」
「だろうな」
 そんな事は分かってる。分かってるから黙っている。まるで世間の論に合わせるみたいに黙っている。それが今までのセフィロスの遣り方だったのだ。いや、"遣り過ごし方"といった方が正しいか。
 その論を今此処でザックスに告げたことはセフィロスの中で大きなことだったが、それでもそれが相容れなかったことは大した衝撃ではない。むしろ衝撃なのは、相容れないくせに話の続きを促してくるザックスのその行動の方だろう。
 ―――――――騙しあいとか自慰行為とか。
 ―――――――普通そんな考え方しない。
 ザックスはそう言ったが、セフィロスにとってはやはりそれに違いない。はっきりと言葉にも表せない感情であるそれを「大切」だとか言うのは単なる陶酔にしか思われないし、愛し愛されることに陶酔し満足を得るのであれば人がそれを求めるのはさも当然のように思われはするものの、結局満足が欲しくて求めるのかと思えば自慰行為と変わらない。
 そういう自慰行為をしたがる人間同士が「愛を確かめ合う」のは、まるで相手を愛しているかのように見えても、結局は自己陶酔の放出のし合いに他ならないように思う。とすればそれは、ただの騙しあいなのだ。
 まるで相手を愛しているように見えて、その実自分でさえ気付かない深いところで自分を愛している。単なる自己愛。恐らく一番簡単で、そして一番満足できる遣り方。
 馬鹿らしいが、それも知恵かもしれない。
「俺は、そんなものを求めるつもりはない。普通じゃなくても構わない」
 そう言って酒を流し込んだセフィロスは、だからお前の相談に答えなど出せるはずがない、と話題を元に戻した。そう、そもそもはそこが始まりなのだ。
 ザックスの恋愛相談こそが、セフィロスにその本音を言わせたのである。
「ふうん…そうなんだ」
 それを聞いたザックスは、幾分か詰まらなそうな顔をしていた。
 それは意見の相違そのものに対する態度ではなく、セフィロスのその考えがザックスにとって詰まらなかったからである。
 しかしザックスは、だからといってセフィロスを責めるだとかいう事はしなかった。勿論、自分の論をぶちまけるという事もしない。
 その代わりといっては難だが、ザックスは例の恋愛相談のことを持ち出し始めた。
 その突拍子もない展開は当然セフィロスの目を丸くさせる。何しろ今さっき「だから相談に答えは返せない」と言ったばかりなのだ、それなのに更にそれを続けようとするザックスがセフィロスには分からない。
 しかし、そうして困惑しているセフィロスの前でザックスはしみじみと恋愛についての相談をし始めた。
「俺はロマンチストなもんだから、スキだって気付いたら気になって気になって仕方無いわけよ。相手がどう思ってんのかとか凄く気になるわけじゃん?だけどそんなのすぐに分かるわけないしさ。そんなこと色々考えてると、もう頭ン中パニックになるわけだよな」
「……」
「でも…何か知らないけど憂鬱なんだよなあ。好きってのは良いんだけど、何だかこういうのって憂鬱に似てる。恋患いってやつかな」
「……」
「ほら、熱が出て浮かされる時ってあるだろ?あれが素で出来ちゃうみたいなさ、そんな感じ」
 どうにかなんないかなあ。
 そんなふうにぼやきながらもザックスは楽しそうな表情を見せる。
 そんなザックスの表情を見ていたセフィロスは、先ほどの会話の後ですぐこれか、と少し呆れた顔をした。セフィロスがあれほど言ったというのに、その本人の前で良くもまあこれだけの事が言えるものだと感心する。尤も、それがザックスの良いところでもあるのだろうが。
「…お前は何だか楽しそうだ。どうせだったら恋煩いのままの方が幸せなんじゃないか?」
 グラスを傾けながら、ある意味本心からセフィロスがそう言う。
 それはともすれば皮肉のようにも聞こえるが、セフィロスからしてみれば本音でしかない。恋煩いだなんて苦しいものの代名詞の一つであるのにザックスはこんなふうに楽しそうに話が出来るのだ。そう考えると、むしろそのままの方が楽しいままでいられるのではないかと思ってしまう。だって、もしその恋が成就してしまったら、恐らくは苦しいことがそれなりに待ち受けているのだ。それよりかは何倍も今の方が楽だろう。
 しかし、そんなふうに言ったセフィロスの言葉をザックスは否定した。とはいえ、それは別にセフィロスの言葉を皮肉と取った為の否定ではない。そうではなく、純粋にそれは違う、という意見である。
 ザックスは、手をぶんぶんと大きく振って渋い顔をした。
「そんなんムリムリ!確かにある意味じゃ今は楽しいかもしれないけどさ、俺の考えからすれば恋は叶えてなんぼなわけよ」
「何だそれは」
 それじゃ、絶対に叶えなくてはならないではないか。
 そう思いながら眉を顰めたセフィロスに、ザックスは正しくその通りの言葉を返した。
「恋は、絶対に叶えなくちゃいけないんだよ。俺にとっては」
「強引な考えなんだな」
「まあな。でも、それにはそれなりの理由があるんだぜ。聞きたい?」
 グラスをわざと揺らして氷をカタカタ言わせたザックスは、聞きたくないだなんて答えは赦さないとでもいった具合にニヤリと笑っている。
 何でそこでそういう笑いが出てくるのだかセフィロスにはさっぱり分からなかったが、ともかく「聞きたくない」は赦されない雰囲気だと悟ってセフィロスはそれを問う。
 するとザックスの口からは、意外な言葉が出てきた。
「自慰行為とか騙し合いじゃないって事を、証明してやりたいから!」
 その言葉は、セフィロスの顔を顰めさせる。
 だって、それではまるで―――――――当て付けみたいじゃないか。
 そんなふうに思ったセフィロスの眼前では、酒をグイ、と飲み干すザックスの姿があった。
 
 
 
 

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