感染
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「男らしくしたまえ」
 そう言われて、心底嫌気がさした。
 男らしく我慢をしろというのか、男らしく諦めろというのか。
 それとももっと淫猥にいえば、男らしく……。

 

 目前で煙草をふかしながら目を細めている男。
 一度は殺してやろうかとも思った。いや、一度ではない。もう何度も何度もそう思ったのに。
 それでもそれを実行できない自分がいたのを、ツォンは良く知っていた。
 神羅カンパニーの幹部。
 表層で笑いながら、心の中で闇を広げる者。
 多分誰もこの男の本性など知らないのだろう。彼は神羅の幹部であり、なくてはならない存在であり、ツォンにとっても敬愛すべき存在だった。
 それだから、こんな事実は許されなかったのに。
 それでもその男は、ツォンの前で本性をさらけだし、そしてさも当然かのように笑ったりする。
 憎らしい。
 それと同時に腹立たしい。
 どれほどその男を信頼し、誇りと思ってきたことか。
「貴方は、最低だ」
 固い壁に背をつけながらそう吐き捨てるように言ったツォンに、男は訳が分からないように首をかしげた。
「ツォン。君は口のききかたが少しなっていないようだ」
 そんな事を言いながらも、手の動きは容赦がない。
 慣れたようにネクタイを外し、そして襟をゆるめる。スラックスのジッパーをおろすその動作も今や普通のように目に映る。
 すっと外気に触れた肌が、震えた。
 寒いからというだけではない。きっと、もっと別の意味があるはずだ。
「貴方は、最低だ」
 もう一度同じ言葉をかけると、今度はその手がすっと動きを止める。
 灰皿の上でもくもくと煙を上げていた煙草をそのままに、男は、すっとツォンの身体から手を離すと、じっとツォンの顔を見上げた。
「…最低という言葉は、好かないな」
 あくまで冷静な声でそう告げられたのに、更に腹が立つ。
 表面で笑って裏でも笑うのだ、冷静に……この人は。
「私は貴方を尊敬していた。でも貴方は最低だ」
 晒された肌をそのままにツォンはそう言い放つ。けれど、その男はその言葉に動揺することなどなく、ただじっと動かないままにこう返答した。
「尊敬?それは素晴らしいな。だが私がいつお前に尊敬を強要したというんだ?お前が勝手にそうしただけの
話だ。勝手に私を判断しただけだ。周りの人間がそうするように、な」
「……」
 馬鹿馬鹿しいだろう、そう言って男は、休めていた手を再び動かし始めた。
 白いシャツの間から指を忍ばせて、胸の突起を舐めるように弄る。それと同時に、下ろされたジッパーの間からも違和感が走った。膨らみを触り上げたあと、こともあろうに下着の上から舌を這わせたりする。
 唾液で濡れた下着が、じっとりと性器にこびりつく。
 何とも奇妙な感覚------------。
「…っつ」
「声を抑える必要もないんだぞ、ツォン」
 そう言われるのも忌々しい。
「もっと私を楽しませてくれ。そうすれば君もこの世界でもっと楽な生き方ができるんだぞ?」
 クク、と笑う声が、ツォンの耳を掠めた。
 一瞬悪寒が走ったが、それも少しした後に快感へと姿を変えていく。そういうのはあまり納得したくない事実ではあったが、それでも身体に嘘をつくことはできなかった。
 ただ、心にある思いは嘘ではないし、偽る必要もないものである。
 今こうして自分の身体を支配し、そして犯そうとする男……その男は今まで敬愛してきた、神羅の幹部。
 彼は誰にでも優しく、誰にでも平等だった。
 この腐った世界にいようとも、彼のような存在があるなら少しは救いがあると思っていた。
 誰もそれを疑ったりしないだろう。
 それでもツォンは今や、その人の裏の顔を知ってしまったのである。
 腐った世界の中で、やはり同じように腐っていた、その姿を。
「信…じていたのに…」
「信用できる世界など、ない」
 ツォンの呻きに笑う、それはそんな男だった。

 

 

 

 神羅カンパニー都市開発部門統括。

 最初、そうして彼は紹介された。
 とても真面目そうな面持ちをして、部下に優しく、神羅が何か汚いことをしようとすれば少し表情が曇る。
 そんなリーブは、ツォンにとっては「良い幹部」だった。神羅がいうところの良い幹部かどうかは少し疑問ではあるが、情を持った人間ならば誰しもがきっと彼をそう称しただろう。
 だから、そんな彼が話を持ち出したときはツォンも少し驚いた。
『君はこのままでは勿体無い。どうかそれなりの地位に就いてもらいたいものだ』
 それは良い話ではあったが、ツォンにとってはあまり興味のない話だった。
 だから。
『そんなことを仰って頂くほどではありません』
 だからもちろん、断った。
 けれどリーブは何故か頑なに自分の意見を通すと、神羅についての自分の考えを語り始めた。
『今の神羅はまだ未熟だ。全てが見えていない。それが何故か分かるか?…腐っている、まるで掃き溜めだ。いや、言葉が悪かったかな。…しかし過言ではないと思う。だからこそこれからを担う君のような人間には少しでも期待をかけたいんだが…分かってもらえるだろうか?』
 もう長いこと神羅に属していたリーブは、それまで見てきたことに対して嘆息し、そして、これからの理想に対して笑った。
 ああ、それほどの世界の中にいて、まだ夢を見れる人なのだ。まだ理想を追える人なのだ。
 そう思うと、ツォンはその期待に応えなければ、と思った。
 何しろこんなに優しく親身になってくれる幹部など、他にはいないのだから。
 だから、それを了承した。
『分かりました。その理想に近付くために…』
 近付くために、できるだけの努力をしようと思った。
 その優しい男が見る理想に近付くために。

 

 けれど、リーブの言う「理想」とは、腐った世界の中で蝕まれた心が見せた「闇」だった。

 

「あ…貴方は、最低だ」
 堪えてそう言うのに、もう答えは無かった。
 ただ、身体の色んな部分から全身に妙な感覚が走るだけで、他には何もない。
 身体を犯されることで、腐った世界は感染していく。
 もっとのし上がって、もっと楽な生活を、この腐った世界の中で------------その闇が、感染する。
 ほんの少し残った心は、とても悲しんでいる。
 このリーブという男が、全ての期待を裏切ったことを。
 けれど、心のどこかでは思っていた。

 ええ、なってみせましょう。
 もっとのしあがって、もっともっとこの世界を腐らせて、やがて全てが闇になるように。

 感染されていく、身体から。

 

「貴方は、最低だ」

 けれど、自分はもっと----------------最低だ。

 

 

END

 

 

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