不条理なパズル

------------------------------------

 

 

 

気持ちは、ひどく純粋で、しかしひどく残酷な、神様からの贈り物。

 

 

 

セフィロスと初めて会った日のことを、あまり良くは覚えていない。

確かひどく舞い上がっていたと思う。そういう気持ちのことしか覚えていないから、実際のセフィロスがどんなことを口にしたかとか、そういうのは記憶からすっかり消えているのである。

ザックスにとって、セフィロスの記憶というのはそれだけのものだった。

そもそも、出会いの記憶なんて覚えていなくたって良いと思っている。何故なら、いつも顔を合わせているし話もしているし、だからわざわざ記念碑的にある一定の日のことを覚えていなくても良いと思うのだ。だってザックスは、過去よりも今や未来のほうが、いつも大事だと考えていたから。

「でもやっぱり出会いって大切だろ?俺は忘れたくないな」

「へえ、そんなもんかね?」

ザックスと正反対の意見を述べるのは、ザックスの可愛い弟分のクラウドだった。クラウドは、出会いというのを絶対に傷つけてはいけない大切なものみたいに包んでいるらしい。

彼にとって、セフィロスとの出会いは余程素晴らしいものだったのだろう。

いつも、興奮気味にその日のことを語っている。

正直、その話を聞くのはかれこれ10回目で、それに関してはザックスも少し呆れ始めていた。それに、可愛い弟分が自分よりもセフィロスとの出会いに目を輝かせているのは、やはりどうもおもしろくな い。そこに若干の嫉妬心が起こらないわけがないのだ。

とはいえ、そこで強く出ることは出来ない。

そういう理由が、ザックスの中には存在していたのである。

「まあさ、セフィロスを神様みたいに崇めるのも良いけどさ、あんまりのめり込みすぎるなよな。その内痛い目見るかもしれないし」

「痛い目って?」

全く意味が分からないといった具合のクラウドが、首を傾げてそうザックスに問いかけてくる。

まさか、そこに正当な答えを出すわけにはいかない。

「まあ色々あるじゃん。思ってた人と違ってた、とかさ。俺が言いたいのは、女の子みたいにあんまり男に期待しすぎるなってこと!」

「何だよそれ!まるで俺が女の子みたいな言い方するなよっ」

「ははは!そりゃ良いや!俺、クラウドと付き合っちゃおっかな〜」

「ザックス〜!!!」

ちょっとばかり話せば、すぐこんなふうに楽しい会話に持っていける。ザックスにとってそういうことは得意中の得意で、特にクラウドなんかはすぐに乗せられるところがあったから、ザックスにとっては楽な存在だった。勿論それはいい意味で、である。

しかしそんなザックスにも、自分のペースに巻き込めない人間というのが存在していた。その中でも一番厄介なのが、神羅ご自慢の1stのソルジャーであり、ザックスにとってみれば出会いなんぞ忘れて久しい“セフィロス”である。

――――――そんなに希望なんか抱くなよ。

はしゃぐクラウドを見るたびに、ザックスは心の中でそんな言葉を繰り返していた。しかし、口には出さない。というより出せないのだ。

それを口にすることは…よりにもよって自分が口にすることは、ある意味でクラウドを裏切ってしまいそうで厭だったのである。そして、ある意味では自分が惨めな気がして、それも厭だったのだ。

「あ、俺そろそろ行かないと。実は急遽任務が入って。ヘルプ程度なんだけど」

ふと、目の前のクラウドがそんなことを言い出す。

クラウドはそそくさと身なりと整えると、少し笑って、ザックスに軽く手を上げた。じゃあまた、という合図である。

ザックスは笑ってゆっくり頷くと、同じように軽く手を上げた。そうして、小走りに去っていくクラウドの後姿を見送る。

今までクラウドと二人きりだった談話室は、急に寂しく静まり返った。

しんとする室内は、空気の動きすら音になって聞こえてきそうなくらいに静かである。

しかし、その静寂を切り裂くように、ふと、ブルブルと空気の振動する音が響いた。どうやら携帯電話が鳴っているらしい。それに気づいたザックスが、ズボンのポケットからおもむろに携帯電話を取り出しそのディスプレイを見やった。

予想的中、思ったとおりの相手。

「…もしもし?」

1つ深呼吸をして、電話に出る。

電話の向こうから聞こえるのは落ち着いた低い声で、その声は実に簡潔に、ザックスに対する1つの命令を出した。尊大な態度というふうではないが、そのやり方は一方的である。ザックスの意見など聞かず、勝手にそんなふうに予定を決めてくるのだから困ってしまう。とはいえ、今までザックスがその勝手で一方的な予定を無視したことは一度も無い。

「…うん、分かった。じゃあ今から行くから。うん」

通話を終えたザックスは、一つ息を吐きながら、大きく上を見上げた。

 

 

 

呼び出されるのは慣れている。今更嘆くことも無い。

むしろ嘆くことがあるとすれば、それに慣れ切ってしまった自分に嘆くべきだろう。

セフィロスに呼び出され古い倉庫に向かったザックスは、目的の場所についてセフィロスの姿を確認すると、沈黙のままに軽く手を上げた。先ほどクラウドにした時とは違って、顔には笑みが浮かんでいない。

しかし、セフィロスはそんなことを気にしていないようだった。軽く手を上げ返して、早くしろ、と一言飛ばしてくる。呼び出しからそれほど時間も経っていないのに、まったく一方的過ぎる言葉である。

セフィロスから呼び出しがかかるとき、大体ザックスはその古い倉庫に来るよう指定されていた。

この倉庫では非常用品の備蓄などがなされており、勿論これは今でも稼動中なのである。がしかし、非常用の物であるためになかなか人が立ち入ることはない。定期的な点検以外では基本的には人の介入がない倉庫なので、こういった秘密裏の呼び出しには最適なのである。とはいえ、勿論これは誰でも出来るわけではない。セフィロスの1stの権限が、この倉庫の使用を可能にしているのである。いわば職権乱用だろうか。

広く高く積み上げられた荷物の隙間を進むと、奥のほうに6畳ほどの空スペースがある。そのスペースにはスプリングの壊れたソファと回転式の椅子が1つ、常備されていた。

セフィロスはいつもそこで待っている。

どうやら今日もそれは変わり無いらしい。

「よう、また呼び出しかよ。最近多すぎじゃないか?」

ザックスは、薄汚れたソファに堂々と座っているセフィロスの前で、彼を見下ろすようにして仁王立ちになった。普段はあまり見られない光景だろう、セフィロスを見下ろすなんて。

セフィロスは、ザックスを見上げたままこう言った。

「そうだったか?―――まあそうだとしても、悪いことじゃない。それが普通だと思わないか?欲求というものは、そういうものだろう?」

「…欲求、ね」

「どうした?何を拗ねてる?」

何を思ったのだか、セフィロスがふいに笑う。

多分、それは貴重な笑みだった。あまり外では見かけない類の笑顔。

しかしこの笑顔を見るとザックスはどうしてもぎゅっと胸が締め付けられてしまい、だからどちらかというと苦手なような気がしていた。

やめてほしい、こんな笑い方をするのは。

辛くなる、苦しくなる。

しかしそんなザックスの気持ちを助長するかのように、セフィロスはそのままの体勢でザックスの体を抱き寄せた。ソファに座っているセフィロスの目の前には丁度ザックスの腰があり、まるでセフィロスがその腰に縋り付いているかのように見える。

下半身をがっちり掴まれたふうになったザックスは、バランスのとりにくいその体勢をどうして良いか分からないままにセフィロスの頭部を見つめていた。

視界に入るのは銀の髪である。

それを見つめていたら、いつの間にかザックスの手はその長い髪に触れていた。まるで川の流れのようにすっと綺麗に伸びていて、触れたらどんなに気持ちが良いだろうかと思ったのである。

セフィロスはそれを、特に嫌がったりしない。

むしろそうされることを喜んでいるようにさえ思える。

「…すげえな。俺、上からセフィロスのこと見て、髪なんか触っちゃってさ。絶対殺されると思ってた、こんなことしたら」

「何故俺がお前を殺さなくてはならないんだ?殺す理由がない」

そりゃありがたい、とザックスは笑った。

しかし心の中では、セフィロスが殺さずとも、他の誰かがいつか自分を殺すんじゃないだろうかという気持ちが渦巻いていたものである。だって、他の人間には理由がある。あるはずなのだ、ザックスを恨む理由が。

その理由は、今正に、此処にある。

「ザックス――――」

セフィロスはふいに立ち上がると、ザックスを覆いつくすようにし、今までとは正反対にザックスを見下ろした。先ほどまで優勢だったはずのものが崩れると、ザックスは途端に身構えたようになり、急に体を硬くする。

しかしセフィロスは、そんな縮こまった体を遠慮なしに抱きしめた。長身のセフィロスからすると、平均より背が高いはずのザックスでさえも小さく見えてしまう。それが証拠にザックスはセフィロスの胸にすっぽりと収まってしまい、今や逃げようと思っても逃げられないという状態である。

「ったく…ずるいよな、こんなデカく育ちやがって」

「馬鹿だな、そう僻むな」

「別に僻んでませんよーだ」

「ふうん?僻みじゃなければ照れ隠しか、そんなことを言い出すのは」

セフィロスのその言葉に反論しようとした時だった。

急に頭を引っ張られ、強引にキスされる。

あまりに強引だったから思わず驚いて目を見開いてしまったザックスだったが、そのキスが続けば続くほど、その目は段々と閉じていった。強引だったキスもいつの間にか緩やかになり、一方的だったはずの舌がそれぞれの口内で絡み合う。

「んっ…」

このキスは初めてじゃない。

もう何度も何度も、このキスをしてきた。

ザックスにとって、セフィロスのしかけてくるキスは今までのどんなキスよりも上級で、陶酔をもたらすに相応しいキスでもあった。だから初めて唐突にキスをされたとき、拒否をしようとしたのにそれが上手く出来ずに引きずられてしまったのである。以来、このキスには逆らえない。というよりむしろ欲しいとさえ思ってしまう。

きっと、それが悪かったのだろう。

この関係が始まってしまったのも、結局は最初のキスを甘んじて受けてしまったことに由来しているのだ。あの時もしキッパリと拒んでいたら、きっとこんな関係にはなっていなかったのだろうとザックスは思う。

しかし関係は始まり、そして段々と進行しようとしている。

だからせめてストッパーをかけなければならないと思っていた。

そのストッパーさえ確かなものにしておけば、それ以上は崩れずに済むから、と。

「ふっ…んっ…」

「ザックス…」

大体セフィロスは、キスの最中にそのストッパーを外そうとしてくる。

勿論それはある意味では正当な…というか、展開上当然ではあるのだろうが、それでもそこは超えてはならない壁なのだ。

だから、ザックスは必ずセフィロスの行為を止める。どんなに蕩けそうな完璧なキスの間であっても、そこだけは忘れずに止めるのだ。

例えば―――――股間を弄び始める、指。

セフィロスの指の感触に気づくと、ザックスはすぐにそれを払いのける。まるで貞操を必死で守るチェリーボーイか何かみたいだが、それと同じくらい必死でセフィロスの愛撫をシャットアウトするのだ。

そうすると必ずセフィロスは疑問を投げかけてくる。

「もう勃ってるんだろう?楽にしてやると言ってるのに何故そんなに嫌がる?」

セフィロスは本当に純粋に疑問を感じているらしい。

そういうセフィロスを見ているとザックスは本当に苦しくなる。どうして分かってくれないのだろうか。どうして気づいてくれないのだろうか。そんな風に。

「そりゃ…勃ってるけど!俺は後で自分で処理するっての!」

「俺が今此処にいるのに何故わざわざ一人で処理する?」

「良いだろ何だってもう!」

ザックスはその会話を断ち切るべく、セフィロスの股間に手を伸ばした。そこはザックス同様キスだけで膨らみを始めており、今ではすっかり硬くなっているふうである。

ザックスは床に立て膝でしゃがみこむと、セフィロスの勃起した性器を服の下から取り出した。窮屈そうにしていた性器は開放された途端に硬く反り返り、次にはザックスの口内で熱く昂ぶり始める。

「っ…ザックス…」

ザックスのフェラチオを受けたセフィロスは、僅か呼吸を乱し、その中でザックスの名を呼んだ。いつもとは違う掠れたその声が耳に届くと、ザックスは奉仕を続けながらも妙な快感を覚えたものである。そういうふうに名前を呼ばれるたびに下半身が疼く。けれどそれを此処で開放するのはタブーであり、絶対にしてはならない。

ザックスがこの場で許しているのは、あの素晴らしいキスと、愛撫によってセフィロスのオーガズムを導き出すこと。ただそれだけ。

それ以上のことは、絶対にしてはならないことだった。イクのはセフィロスだけで、自分はイッてはならない。それはザックスが自分で敷いた境界線だったのである。

何故そんな境界線を敷いたか?――――――答えは明白。

“一線を越えないため”。

「…くっ…っ!」

セフィロスがオーガズムに達すると、そこから噴射された精子はそのままザックスの口内に放られた。きつい味が急激にザックスを襲い、思わず顔をしかめてしまう。しかしそれを何とか飲み込むと、ザックスは遠慮もなしに「うえっ」と声を上げた。こんなふうにしてもセフィロスは厭そうな顔は見せない。いつものことだからだ。

「相変わらず精子ってきっつー…不味すぎっ」

「大丈夫か?」

まさかこの為に用意されていたわけではないだろうが、セフィロスはソファの横に置いておいたらしいペットボトルをザックスに放り投げる。

それを受け取ったザックスは、どういった飲料かも確かめずにごくごくとそれを飲み込んだ。まあどんなものであれ、飲料として精子よりマトモなことは確かだろう。

ペットボトルを空にまでしたザックスは、ふう、と息をついてソファに腰を下ろす。さすがに素に戻っただけあって、下半身は半勃ち状態にまで萎えていた。しかしセフィロスはそれでさえも納得がいかないように、俺もしてやろう、だなどと言い出す。勿論ザックスは、それを丁寧に断った。

このザックスの境界線は、はっきり言ってセフィロスには理解できないものである。イキたいのは当然のはずなのに、他人への奉仕だけして終わるだなんて、セフィロスとしては何となく許せないのだ。

別にセックスの仕方にああだこうだと文句をつける気は無い。ただ、ザックスが満足しないままに終わってしまうというのが厭なのである。しかし当のザックスがそれを希望するのだから仕方が無いと思い、今のところは取り敢えずそれに従っている、というのが現状だった。

「質問して良いか?俺はいつになったらお前を抱けそうだ?」

ザックスの隣に腰を下ろしたセフィロスが、単刀直入にそう言葉を放つ。

それは、セフィロスにしてみれば尤もな質問だろう。何せどんなに達しても今さっきのは抱き合う行為とは違う。セフィロスが望んでいるのは、ただ達するだけではなくお互いが繋がるような、正に抱き合う行為なのである。

「さあ…。でも俺、セフィロスとはできないかも。っていうか、したくない」

「したくない?」

ザックスの言葉にセフィロスが素早い反応を返す。

そして、まさか信じられないとでもいうような表情をして、確認するようにこう言う。

「まさか此処まできて、好きじゃないだとか嫌いだとか言うつもりか?俺は性欲処理にお前を使ってるわけじゃない。言っておくが、俺はそんな下らないことで他人を使ったことはない」

「そりゃ分かってるよ。セフィロスが意外とセックスに真面目だってことはもうよーく分かったけど…でもやっぱ、無理だわ」

「何故だ?」

嫌いなわけじゃない。

現に、キスをして奉仕までしている。

それなのにそれ以上の行為は認められない。

それをハッキリと断言されることは、セフィロスにとって心外以外の何者でもなかったに違いない。何しろセフィロスはそこを望んでいるのだから。

「何ていうか…まあ要するに俺って、こう見えて意外と自信が無いわけよ!何つーの?そんな大層な人間じゃないっていうか…」

「そんなことを言うな。俺はお前を認めている。他の誰が何と言おうと、現に俺はお前が好きだ。それに間違いはない。自信なんて関係ないだろう」

「いやいや、だからさ…」

セフィロスにはきっと、分からないだろうな。

ザックスはそう思っていた。

でも―――――こんなにハッキリ好きだなんて言われて、どうしたら良い?

嬉しくないはずが無い。そんなのは分かりきっていることなのだ。

実際ザックスはセフィロスにそう言われて凄く嬉しかったし、今問題になっているセックスだってやろうと思えば簡単に出来ることだと思っている。

きっと誰しもがこう言うだろう。

好きあっているならば何も問題は無いだろう、と。

でも、ザックスが境界線を敷くのには理由があったし、その理由はザックスだけではとても解決できるようなものではなかったのである。

「…なあ、セフィロス」

「何だ?」

「俺は前からセフィロスのこと好きだったけどさ、それってこういう関係とか考えてたわけじゃなかったんだ。いわゆる友達っていうかさ。でも中には…多分その、本気でセフィロスを好きな奴もいるんだろうなーって…思うんだけど」

「それはつまり、お前は本気で俺が好きではないということか?」

「違うって!俺のことじゃなくて!」

ほら、やっぱりセフィロスは分かってくれないんだ。

ザックスはひっそり心の中で毒づいた。

セフィロスの外見からは考えられないようなストレートな気持ちは、意外にもザックスの悩みを助長している。嬉しいけれど素直に喜べない。それ自体苦しい。

「まあ、こういう時間が持てるならまだ良いか。きっとまたすぐに呼び出してしまうだろうが…良いか?」

「…まあ」

横から伸びてきた腕が、ぎゅっとザックスを抱きしめた。

まるで解決にならない腕が、ザックスを雁字搦めにする。早くこの人が気づいてくれればどんなに良いことだろうか、ザックスはそう思いながらセフィロスの体を抱きしめ返した。

目を閉じながら。

 

 

 

back next