|
アンティーク・ドール
『ああセフィロス…こっちへ来なさい。』
振り返ればそこにいるのは、ガラスの髪をした真っ白な少年。 大きく見開かれた翡翠の瞳。 少年は、小さくうなずいてその手元に走り寄る。男の太い指が消毒薬の匂いのする少年の、そのガラスのような銀髪をゆっくりとなでる。 いつからか――いつからか。
…オレはその時、やっと11歳になったばかりだったのだ。
――あの日オレを売ったのは、実の父親だった。 だが娼婦になることを決めたのは、オレ自身だった。 あの時のオレはむしろ、歳には似合わない小賢しい子供だったのかもしれない。生きるために従うことが必要だと、頭のどこかで理解していたのかもしれない。 …あの頃、一体何を考えていたのか覚えていない。 覚えているのは、いつも目を見開いていたこと。真っ白な部屋、きついアルコールと薬品の匂い、時たま体に巻かれる包帯の目に痛いほどの白さ。白衣を着た行き交う人々、嫌な摩擦音を立てる機械の群れ、その中に一人ぽつんと立ちつくす少年の姿。 黒く細い目をした男が、少年に優しく声をかける。 「セフィロス…さあ検査の時間だ、始めようか。」 「はい…はかせ。」 子供は逆らうことを知らない。 何を言われようとも表情を変えない幼すぎる少年のことを、研究員達が何と呼んでいたか…。
『…私はあの子供が欲しいのだよ、宝条君。』 絶叫にも似た父親の抗議の声を、まだありありと覚えている。
「プレジデント・神羅。サー・1st・セフィロスがお見えです。」 無機質な秘書の声の響きに応じ、かたんと小さな音がして扉が開いた。辺りを見回すこともせず、オレは無造作にその中に踏み込んだ。 …馬鹿馬鹿しいほど厳重なそのセキュリティの質も、その持ち主の資質を思えば、単なる宝の持ち腐れとしか思えない。 ――よくぞここまで金をつぎ込んだものだな。 いつもながら足が埋まりそうなほどふかふかに敷き詰められた暗い色調の絨毯も、ひどく歩きにくい以外のどんな感想もオレには与えない。しゃれたクラシックのアンティーク家具でまとめられた室内は、いつもどこか沈んで物憂げだ。…アール・ヌーヴォーとでも言ったか。それが何億ギルするような代物であろうと、そっち方面にはとんと興味がないオレにとっては、はっきり言ってどうでもいいことだった。…わざわざ歩きにくくする絨毯を敷き詰める、その思考回路は分からないわけでもない…が。 …甘い葉巻の匂い。 今では滅多にかぐこともできないらしいプレジデント・神羅愛用の葉巻のその匂いを、この嗅覚はいつでもかぎ分けることができるのだ。 「良く来たな、セフィロス…。」 重そうな机の向かい側に腰掛けたまま、満面の笑みで部屋の主は訪問者を迎える。 …もう長い間会っていない。互いに仕事が忙しく、休みなどろくに取れなかったのだ。 「お前に触れられずに、寂しい思いをしていたよ…。」 静かに見下ろす、その色薄い青の瞳。 この男に、自分以外の愛人が何人いるか知らない。知っているのはただ、昔も今もこの男が自分の主であるということ。 …決まりごとのようなこの関係。 「…相も変わらず、お前は男とも思えぬほどに美しいな…。まるで冬の夜のようだ。ああそうだ、この肌…。」 伸びてくる太い手を、避けようとも思わない。 …深まる夜に陶酔したような薄い眼差しを、セフィロスはまっすぐに見つめ返した。
この男に触れられるたびに、昔を思い出すのは何故なのだろう? ――何も知りはしなかった子供時代。 体にまとわりつく消毒薬の匂いはやがて血の匂いに変わり、包帯は戦闘服へと姿を変えた。機械につながれる代わりに、オレは人殺しの道具という役目を与えられた。 …それでも、根本は何も変わりはしないのだ。 結果として実の父親に売られ、実験動物であると同時に性的な玩具として弄ばれつづけている自分は、…誰も知らぬこととはいえ、他人の目から見れば地獄のような境遇にも思えるのかもしれない。 くつくつと鮮やかに笑いながら、セフィロスはベッドの端に腰掛ける。どこか消毒ガーゼを思わせる真っ白な肌は、薄ぼんやりとした照明の下で死人のようにも見えた。 今も昔も変わらず、オレは何も知らない。 この白く清潔な部屋に閉じ込められた、無菌室育ちの性奴隷。…たわむれに男に誘いをかける方法だけなら、この体は幾らでも覚えた。
「セフィロス…おお、何と美しい…。」 情欲と執着に狂った目で、男はこの体に手を伸ばす。逆らいもせずにその瞳を見つめ、オレは微笑を浮かべて静かにその腕を待ち受ける。 この男が狂っているのと同じように、自分自身も狂っているのだと思う。そんな己を冷笑する瞬間に、不意に暗い喜びを感じるのだ。 逃げ出せないわけではない、拒めないわけではない、もちろんそんなことをすれば騒ぎにはなるだろうし、それも原因の一つでもあるだろうが、それだけを気にしてオレはこの男との関係を続けているわけではない。 …正直に言おうか。自ら望んでいるわけではないが…オレは決して、この男との関係が…そう、嫌いではないのだ。 ――有り余るありとあらゆるものと権力に囲まれながら、それでもなお持たぬものへの執着を捨てきれぬ…愚かなこの男との関係が。
「…お前は私だけのものだ、セフィロス…。」 狂いかけた声にひざまずく。口元に、静かに冴えた微笑を隠す。 「セフィロス、お前は最高だ…。お前だけだ、私の心を満たしてくれるのは…。」 …その執着が、どこから来るのか知っている?お前が金に任せて娶った女も、美しい女だったろう? 女の顔は知らないが、お前のあの息子を見ればよく分かるよ。 …性格だけは、本当にそっくりだがな。 機能的でない絨毯を敷き詰めるその嗜好も、突き詰めればその執着から来ているのだ。
…今日も獣の下で、オレは作り物の喘ぎを漏らす。
振り返ればそこにいるのは、ガラスの髪をした真っ白な少年。 大きく見開かれた翡翠の瞳。 逆らうことを知らない幼すぎたその子供を、研究員達が何と呼んでいたか…。
『アンティーク・ドール。』
だが娼婦になることを決めたのは、オレ自身でもあったのだ。
END
|
■ back ■
この小説は、
西條九月様(Parallel Worlds !)
からの頂き物であります♪
イズルの我侭リクに対し、素敵な小説を下さった西條様に心より感謝!