ピノキオノハコ
36 * NEVER...
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深い眠りの中にいる。 溢れるほどの情報と、溢れるほどの記憶と、溢れるほどの感情に包まれながら。 この星に渦巻くエネルギーを感じ、ゆらゆらと揺れながら。
“イラッシャイ…マッテイタヨ” ――――――――…???
“サア コレカラ ショウガハジマルヨ…サイゴノショウガ ハジマルヨ” ――――――――…ああ、何だ。これは記憶か…あの頃の記憶だ。
“ヨクミテイテネ…ソッポヲムイタラダメダヨ” ――――――――…当然だ。あの頃の俺はもう、この世にはいないんだから。
“ヨーク ヨ−ク ミテオイデ…” ――――――――…そうだな…新しく作られる命の為に、俺は目を凝らさなきゃな。
“チガウヨ” ――――――――…え…?
“チガウヨ ソウジャナイヨ ソッポヲムカナイデ” ――――――――…何?何を言ってるんだ?一体何を…
“クラウド、オマエハ…ナンデキヅカナイ?”
――――――――…な…にを…?
ふっと、目が覚めた。 しかしその目が覚めたという状況ほど、今のクラウドにとって理解に苦しむものもなかった。だって、おかしい。明らかにおかしいのだ。 何しろ、ライフストリームの中にいた自分にとって“目が覚めるなどという事は有得ない事”だからである。 しかしその疑問に反してクラウドの視界にはしっかりとした物質が映っており、それはどう考えても生きていた頃に自分を取り巻いていた世界だった。 ――――――――何で…!? ゾッ、とする。 これは夢なのか? だとしたら何と悪質な夢なのだろうか。いや、それとも単なる記憶かもしれない。記憶という方が明らかに理解できる。 しかし何故だろうか、記憶といえども果たして此処まで緻密な質感や感触が再現できるものだろうか。これが記憶であるならば目に情景が映るのは当然としても、生々しい感触までは再現できないのではないだろうか。 生々しい感触…クラウドは今正にそれに襲われており、それは生半可ではない極めて本能的な感触だった。 肌にぴったりと重なった生暖かい物。 下半身の辺りから昇り来る何とも形容しがたい快楽。 「あっ、ああぁ…あ!」 クラウドは、身体が感じるものをそのまま声として表現した。それはいわゆる喘ぎで、喘ぎというからにはクラウドがどのような状況に置かれているのかは判断に易い。身体にぴたりとくっ付いた生暖かい物とは紛れもなく人肌の感触で、下半身から昇りくる快楽とは正に性的快楽である。がしかし、それがこれほどまでに生生しく感じられるのはクラウドにとって明らかにおかしな事であり、その疑問は喘ぐ声に反してクラウドの脳内を混乱させた。 ――――――――何で!?何でこんな感触が!? 「あっ!っ…ん、ああ…っ!!」 おかしい。 おかしい。 おかしい。 どうして? 何でこんな感触を?何でこんな快楽を? 何で――――――――…。 そこまで考えた時、クラウドはハッとある事に気づいた。 何でこんな感触を覚えるのだろう、おかしい、そうとばかり思ったが、思えば答えは目に見えていたのである。つまり、クラウドの視界の中に今映っているものこそ、この事態への答えだったのだ。 「…!!」 クラウドの視界には、間違いなく確かに映し出されていた。 それは…綺麗にゆれる銀髪、そして、まるで監禁されているかのような狭く白い空間。 それらが指し示すものが何なのか、クラウドは一気に把握した。つい先ほどまで膨大な量の情報を感じ取っていたクラウドにとって、それらの情景がどの記憶のどの部分を指すのかを計ることくらい容易なことである。がしかし、それが容易だとしても、何故今その情景そのままの事態が此処にあるのかを把握することは容易ではなかった。いや、把握する事というよりもそれを受け入れる事は。 「な…っ、なん…でっ…!」 「“何で”?そんな馬鹿げた質問をするな、クラウド。お前は自分がどういう人間か知っているだろう?」 誰に投げかけるでもなく吐き出した疑問符に、何故か答えが返ってくる。それはクラウドの上で綺麗な銀髪を腰と共に揺らしているセフィロスの声だった。 セフィロス……その存在を思うだけで、クラウドは気を失いそうになる。 しかしそんなクラウドを他所に、セフィロスであるはずのその人は口端を上げながらそっとこう呟いた。低く響く声で。 「お前は俺と同様、“特別”だからだ」 ―――――――特別。 その言葉を耳にして、クラウドは再度気が遠のきそうになった。 それは長らく縛られてきた言葉で、クラウドをおかしくさせた観念でもある。やっとそれらから開放されたと思ったのに、今此処でまた同じ言葉を聞くということはあまりにも酷だ。それは限りなく甘美で、だけれど強い束縛を持つ言葉だから。 セフィロスはクラウドの首筋に舌を這わせ、そして胸の突起に唾液を絡ませながら低く笑う。そうして一際強く腰を振ると、クラウドが耐え切れずに悲鳴を上げたのを耳にしてさも嬉しそうにした。 身体の奥がじんじんとする。こじ開けられ異物を挿入されたそこが、張り裂けんばかりに広がっているのが判る。その中にはセフィロスの性器が埋め込まれており、それはまるで“特別性の共有をするかのように”クラウドの内肉に張付いていた。 「セフィ…ロス…!?…ど、ど…して…どし…て…!」 どうして此処にセフィロスがいる? その疑問を口にしたクラウドだが、それは当然本来の意を失ってセフィロスの耳に届く。“死んだはずの自分が”どうしてセフィロスとセックスなどをしているのかなどというのはあまりにも馬鹿馬鹿しい質問だろう。何しろ此処には生々しいほどの感触があるのだ、それを前にして死などは発想できない。 セフィロスが答えたのは、当然クラウドの気持ちを晴らすような言葉ではなかった。 がしかし、ある糸口を覗かせる言葉ではあったかもしれない。 それはクラウドにとって、遠い昔、いつかも聞いたような言葉だった。 「お前は俺と同じ星に選ばれし特別な存在だ。それが何故だか判るか?」 「な…あっ、あ…」 「…それはな、クラウド。お前は俺と同じく、真性魔晄に耐えうる身体を持っているからだ」 ―――――――――“真性魔晄”。 その言葉を聞いた瞬間、クラウドは思わず目を見開いた。 それは確かに、かつてセフィロスが自分に投げた言葉だった。他の誰しもが耐えられぬ真性魔晄をその身に浴びて尚正気が保てるのは、星に選ばれた特別な人間だからだと、セフィロスはそう言っていたのである。 そしてその真性魔晄とは…そう、星から吸い上げたそのままの、不純物を交えた最高濃度の魔晄のことだ。神羅でも禁令とされている濃度の魔晄で、普通のソルジャーでさえ耐えられぬ濃度。人体に悪影響を及ぼすとされている有害魔晄である。 「お前は協力者だ」 「きょ…りょ、く…」 呆然とする。 快楽が上り詰めている手前、それは呆然というには少しおかしい感覚だったが、それでもクラウドは呆然という言葉が似合うほどに頭を空白にさせた。 そして、空白になった後に現れたのは、諦めや絶望にも近い“笑み”だった。 ああ、そうか―――――――。 納得など出来ようはずも無いのに、クラウドはそう思う。 今此処で繰り広げられている情景はまるで昔そのままの情景のようであるが、それでも少しだけの差異があることにクラウドは気づいた。かつてセフィロスと肉体関係を持った時、それは既にセフィロスが自分を見下し始めた後のことだった。協力者とは呼ばず、使われる者とラウドの事を称していたはずである。 つまり今此処で起こっていることは、必ずしも記憶通りではないということなのだ。 がしかし、それが立証されたとなると、もう一つ立証されることがある。それは今この空間が単なる記憶ではなく“実際に起こっている事”だということだ。つまり此処は“現実”で、自分は“生きている”のである。 何故自分は生きているのか?――――クラウドは当然この疑問に突き当たる。 しかしその疑問すら、クラウドは絶望に近い笑みの中に消していった。 あの時…ライフストリームの中で新しい生命の循環を待っていたあの時… ――――――あの時点で、星はセフィロスによって滅んでいたはずだ。 そもそも新しい生命を作るという発想自体、あの時点で間違っていたのである。だってそうだろう、星は死んだも同然なのだからライフストリームが渦巻いていたとしてもそれが新しい命を生み出すはずがない。何でそれを忘れていたのだろうか。 そして、星を滅ぼすに当たってセフィロスは自身のエネルギー波を放出させていたのである。そのエネルギー波はライフストリームと交じり合って星を渦巻き、結果星は完全にセフィロスの手中に収まった。つまりあの星は、星自身ではなくセフィロス自身になったも同然だったのである。 ライフストリームセルの中には、セフィロスの精神は無かった。 だからセフィロスは精神だけを星に巡らせ、精神だけで生き続けていたと考えられる。 誰もいない星に、セフィロスの精神だけが留まっている…それが、この星の最後の姿だったのだろう。いや、だったと過去形にするよりも、今もそれは進行中なのかもしれない。 どちらにせよ、新しい生命など生まれるはずがない。 そして、星はセフィロスとイコールになったのだ。 「俺とお前は、星に選ばれし存在だ…」 繰り返すようにその言葉が耳に響き、クラウドはただ、 「そう…だね」 と返す。 かつて甘美だったその特別性は、いまや完璧に現実となっている。クラウドがあれほど拘った特別性とは、あまりにも現実味がなかったからこそ甘美だったのだろう。自分が星に選ばれているとは思えず、セフィロスにとっての特別 であることも証拠付けられなかった自分にとっては、あまりにも甘美な響きだったのだ。 しかしそれは、とうとう現実となってしまったのである。 そう…今やクラウドは“星に選ばれし者”となり、“セフィロスにとっての特別であることも証拠付けられた”のだ。 「セ…フィロス…」 クラウドは無意識にセフィロスの首筋に腕を絡めた。そうしてなるべく隙間のないようにぴったりと全ての肌を合わせようと努力すると、そうした後にそっと口を開けた。 その口から出てきた声は実に微かなものだったが、それでもセフィロスはそれを聞き逃さない。しっかりと受け止めて、そして笑う。 「――――――――二人きりに…なったんだね」 この星に、たった二人きり。 今この星にはセフィロスとクラウドの二人しか存在しない。 それは何の根拠もない言葉だったが、それでもクラウドはそれに間違いは無いと思っていた。今この星には二人だけしか存在せず、それはセフィロスによるものだということ…それをクラウドは自身の枠で確信していたのである。 星はセフィロスのエネルギー波によって包囲され、滅んでしまった。 新しい命は当然循環することができず、セフィロスの精神はただ独りきりでその星に生き続けていたのだろう。それがどれくらいの長い期間なのかクラウドには分からないし、恐らく時間の流れなどは意味を成さないと思う。ライフストリームセルの中と同じように、此処には今、時間などという概念は無いのである。 恐らくは気がふれるほどの長い時間、セフィロスの精神は独りで生き続けたのだろう。 たった独りきりで、誰もいない星の中で。 星に選ばれたであろう特別性を備えたセフィロスは、その力でもって星を滅ぼし、星を自分と同化させた。星を渦巻くライフストリームの中にはあらゆる人の情報や記憶や感情などが蓄積されているものだが、ライフストリームに代わって星を包囲したセフィロスのエネルギー波というのはセフィロスの持つ情報や記憶や感情しか持ち合わせてはいない。 つまり“今”この星に渦巻いているのは、セフィロスの持つ情報や記憶や感情だけなのである。その中でクラウドは息をしているのである。 ―――――――そして今、此処はどこなのか? その答えは簡単である。 此処は…そう、あのメンテナンスマシンの中だ。 少し広めに作られたセフィロス専用のメンテナンスマシンで、そのメンテナンスマシンでは真性魔晄を浴びることができる。神羅では禁令の、真性魔晄を。 真性魔晄とは何だった?、そう自分に問いかけてクラウドは酷い笑みを更に深刻化させる。あまりにも絶望的すぎてこれ以上の酷い笑みなどできやしない。 だって此処はメンテナンスマシンの中で、今は真性魔晄を浴びながらセフィロスとセックスをしているのだ。真性魔晄とは星から吸い上げた不純物の混じったままの最高濃度の魔晄だが…しかしどうだろうか、今この星に渦巻いているのはセフィロスのエネルギー波である。 つまり今全身に浴びているのは――――――…“星から吸い上げたセフィロスの情報や記憶や感情”に他ならないのだ。 星が滅んだあの日、クラウドは確かに死に至っていた。一度、死んでいるのである。 しかしセフィロスは長い長い孤独の中で、自身の持つ情報や記憶や感情の中からクラウドを蘇らせてしまったのだ。いや、もしかするとそれは思い出しただけかもしれない。ともかく、今此処にクラウドが存在していることは、セフィロスの持つ情報や記憶や感情によるものだということは確かだった。 何故なら…クラウドには判るからである。 “同じことをした”から、判るのだ。 たった独り、果ての無い長い時間を過ごすことは死よりも残酷である。その中で耐えるには、時に愚考を巡らせることも致し方ないことだろう。あのライフストリームセルの中でクラウドがセフィロスを作り出したように、セフィロスもまた“同じことをした”のだ。 特別性の果てに見えたのは―――――――…延々たる時。 星に選ばれた事により生み出された悲劇は、また同じように悲劇を生み出す。 「セフィロス…」 かつてあれほど拘った特別性に、クラウドは何か虚無のようなものを覚えた。 あれほど欲しがって手に入れられなかったものが、今こうして手に入った。 だけれど、こんなにも残酷で空しい。 セフィロスが星に渦巻かせたエネルギー波によって蘇った自分は、特別に違いない。それは星=セフィロスである今は、星に選ばれた者といっても過言ではないのだ。また同様に、セフィロスにとっての特別すらも手に入れたことになる。 「セフィロス…俺は、やっと分かった…よ」 「何が分かった?」 「それは…」 それは、俺が本当に特別だったという事だ、とクラウドは告げた。 セフィロスはそれを聞き満足そうに笑うと、そんなことはずっと昔から決まっていたことだ、と返す。その言葉はまるで嘘の無い、本当の言葉だった。 そう…ずっと昔から決まっていたのだろう、“こうなる”事は。 始めて出逢った時からきっと、決まっていたのだ。 この星は――――――――いわばセフィロスのライフストリームセル。 「クラウド、お前は特別だ。だから…そうだな、夢を見させてやろう」 「夢…?」 セフィロスはクラウドに口付け、クラウドの瞳に向けてそっと呟いた。 酷く残酷で、空しい言葉を。 「――――ピノキオ人形のような夢を」
膝を抱えて蹲っている夢。 それはかつての記憶。 それを、セフィロスと二人きりの星の中で見続ける。 生まれ、出会い、別れ、苦しみ、悲しみ、別れ、死にゆく―――――…かつての“人生”という夢を、見続ける。 いつまでもいつまでも限りなく続き、終わらない…それは、そんな夢。
ピノキオ人形のように膝を抱えた最後のショウを見続ける。 ピノキオ人形の箱のようなこの星の中で。
ピノキオノハコ/END
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