俺は心にいつでもナイフを持っていた。
 そのナイフは鋭く尖った先端で、いつも俺の心臓の核を狙ってる。
 俺はそのナイフが自分の心臓の核を抉らないようにと、いつもいつもそう怯えていた。
 
 
 
 俺はデキが悪かった。
 成績は中の下くらい。
 でもそれは俺が一般的に見てレベルが低いという訳ではなくて、此処に集められた人間の中で、という話なんだ。つまり此処にはデキル奴らが集まってる。
 デキル奴らは、デキナイ奴らを見下す。
 デキナイ奴らはデキル奴らを「凄い」の何のと言って賞賛し、尾っぽを振って取り入る。
 だからそうだ、デキル奴らはより一層天狗になる。
 これで勝ち組と負け組がしっかり出来上がるって話だ。
 デキル奴らをほめておけば間違いは無いし、少なくとも自分があぶれる事は無い。皆、デキル奴らのふんぞり返った姿にムカついてても、それを罵倒するような危険な橋は渡らない。
『さすがですね、××さん』
 ――――――本当にそう思ってんのかよ?
『俺、尊敬してますってば』
 ――――――尊敬って言葉はいつからそんな軽い言葉になった?
 …俺には良く分からない。
 確かに俺の周囲にはデキル奴らが沢山いて、そいつらは確実に"デキル"事は確かだったけど、それでも俺はそいつらを凄いとも思わないし、尊敬だってしてなかった。
 世の中がそうして奴らを持ち上げたって、俺は俺の価値観からしてそいつらを持ち上げるなんて不可能だったんだ。
 だから俺は、デキル奴らに従わなかった。
 だって俺はちっとも凄いなんて思わない。
 だって俺はちっとも尊敬なんてしてない。
 俺が尊敬し、凄いと思えるのは―――――セフィロスだけだったから。
 
 
「今日は出て行けって言われたんだ」
 俺はセフィロスにそう零した。
 大好きな、尊敬するセフィロスの、部屋の中。
 俺はそこで、デキル奴らに従ってないことから生じた"嫌がらせ"についてセフィロスに告げる。
 前々からこういうことは良くあった。それはどれも度を過ぎない程度のものだったけど、細々とした嫌がらせをされる。"皆と一緒"じゃないから、俺は疎まれる。それは俺と同じデキナイ奴らも同じで、彼らもデキル奴らと一緒になって俺を疎むんだ。いつもいつも従うしかしてない彼らの、いわば解放の時って具合に、俺はターゲットにされる。
 俺はその嫌がらせに耐えてきた。
 それは耐え切れる程度のものだったし、俺はその嫌がらをされたって屈する気も更々無かった。
 だからそれは俺にとっては、俺が耐えれば良いだけの"些細なこと"だったんだ。
 だけど……。
「何故それを早く言わなかった?」
 セフィロスは俺に怒った。
 俺が誰かに嫌がらせをされてるって事が、セフィロスにはどうにも気に喰わないらしい。
 そうして俺のことについて怒ってくれるセフィロスは、何だかとてつもなく優しく感じられた。
 俺はそれが嬉しくて、セフィロスに怒られても何とも思わずにただ"ごめんなさい"を言う。
 セフィロスはそんな俺の態度がやっぱり気に喰わなかったのか、誰がそんなことをするのか言ってみろ、なんて言ってきた。だから俺は素直にそいつらの名前を列挙してみせる。
 ××、××、××、××、××………
 それと、そう――――××、××………
 そんな具合に言っていくと、セフィロスはそれを聞きながらただ黙って俺を見詰めてくる。その目は哀れみとか悲しみとかが一切無い、ただただ強い目、だった。
 なのにセフィロスは、口ではこう言った。
「気付いてやれなくて悪かった。…良く耐えたな、クラウド」
 その後セフィロスは優しく俺を抱きしめてくれたから、俺は全てが全て安心したようにその胸に顔を埋めた。
 ありがとう、セフィロス――――――。
 
 
 数日後、俺の目前には信じられない光景が広がっていた。
 俺の目の前に、あるもの。
 それは、首、手、足。
 俺の視界には、バラバラになった首と手と足が沢山転がっていて、俺はそれをまるで映画のワンシーンを見るように眺めてる。
 首、手、足。
 バラバラ、バラバラ。
 ―――――――数人分の、死体。
 血にまみれた床に転がった首と手と足は、もう既に人間の一部じゃなかった。
 物、だ。
 その血まみれの床に、一つだけ動いてる物体がある。
「あ」
 俺が思わずそう声を上げると、そのピクついた物体はビクッとして、ギョロリと俺を見た。それは、人間。
 そうだ、こいつは―――――俺に嫌がらせをした奴だ。
 怯えた目が俺を見てる。
「やめてくれ…ごめんよ、許してくれ…」
「え…?」
 俺はどうして良いか分からなかった。だって俺は別に何もしてない。俺はこの血まみれの床を作った張本人じゃない。
 この首と、手と、足は―――――…。
「クラウド」
 ―――――この人が作ったんだ。
「…セフィロス」
 振り向いたそこにいたのは、紛れも無くセフィロスだった。
 セフィロスの長刀には血がこびりついていて、今もまだポタポタと赤いものが滴っている。
 ――――――――――セフィロスが…殺ったんだ。
 ――――――――――俺に嫌がらせをした奴らを…
 ――――――――――セフィロスが、殺ったんだ。
 俺はそれを認識して、それからもう一度、血まみれの床でピクついている"物体"を見遣った。
 そうだ、こいつは今、セフィロスに怯えてるんだ。
 俺に謝罪しながら、セフィロスに命乞い。
「…ごめんって、クラウド。俺だって仕方なくやってたんだよ。だって、そうしないと…」
 うん、分かってるよ。分かってる。
 "そうしないと、自分がターゲットにされるから"だろ?
 分かってるんだ、そんなこと。
「今更見苦しいぞ。自分のやった事の後始末もできぬとは…その責任能力の無さには反吐が出るな」
 セフィロスは一歩そいつに近付くと、血のついた長刀をスッと振り上げた。
 セフィロスは殺すつもりだ。こいつを、殺すつもりなんだ。
 そう思った途端、俺はどうして良いか分からなくなった。セフィロスの"優しさ"を嬉しいと思いながらも、どう考えても分の悪い目前の物体を哀れんでる。例え目前の物体が抵抗しても力量の差は歴然で、物体が死ぬことはほぼ確定してた。
 けど、俺がもしここで一言を言ったら?
 "セフィロス、やめてよ"―――――――
 そう言ったら、多分セフィロスはその長刀を振り下ろさないだろう。俺にはそれが分かってた。だから、事実目前の物体の命を握っているのは俺で、俺だけが彼を救える唯一の人間だったんだ。
 俺は迷ってた。
 ――――――どうすれば良い?
 人の命を無碍に奪う事は、どんな場合にでも許されることじゃない。許されないことなんだ。
 けど。
「クラウド、お前はこの男に味方するのか?どんなに傷つけられても、お前はこいつを許せるのか」
 …許せない。許せないよ。
 例え耐えうる程度の嫌がらせだったとしてもその行動は許せやしない。
けど。
「クラウド。俺達、同じ"デキナイ"者同士だろ?お前は俺の気持ちを知ってるはずだ」
 そうだね、俺はその気持ちも多分、理解してる。
 デキル奴らに従うしかない現実は嫌というほど理解してるつもりだし、そういうふうにすればどんなに楽かって事も知ってるよ。分かってるんだ。
 ――――けど。
 
 俺はセフィロスに告げた。
「……セフィロス、剣を拭いてよ」
 俺の目前の物体は、ホッとした顔をして俺を見る。
 だから俺はにっこり笑ってあげたんだ。
 セフィロスにこう告げながら。
 
「じゃないと、斬れないよ?」
 
 
 
 
 ねえ、考えてみてよ。
 俺のした事だって同じことだよ。
 デキル奴らに尾を振って、デキナイ奴らが俺を疎む。
 "デキル奴ら"という後ろ盾があるから、俺にそういうことができたんだ。
 だったら俺も同じこと。
 だってホラ、今俺の後ろには…
「セフィロス、ありがとう」
 セフィロスがいるから。
 
 ――――――――ね、同じことでしょう?
 
 
 
 
 俺の心にはナイフがある。
 そのナイフが俺の心臓の核を貫かぬように俺はいつもいつも怯えていた。
 けど、そうしてセフィロスが血の海を"完成"させたとき、俺の心に眠ってるナイフは、少し動いた。
 俺の心臓の核に向けて。
 
 狡猾な悪に心を染める事は簡単だ。
 ソイツはいつだって、わずかな良心を食いちぎろうと狙ってる。
 いつでもどこでも狙ってる。
 どこにもかしこにも転がってる。
 そう、町の中、誰かの視線、僅かな怠惰、狂おしい程の欲求…
 ここにも、あそこにも……どこにだって。
 
 
 
 
「セフィロス、だーいスキ」
 俺は俺の盾に抱きついてる。俺の頑丈な盾は、俺をガッチリと包囲して、耳元でこう囁いてくれる。
「ああ…愛している」
 俺は貴方に体を明け渡し、一緒に大きな華を咲かす。精液、体液、唾液、ドロドロに混じりあった中で、俺は俺の盾を求める。
「うッ…っ!セフィロス…っ、もっと…」
 この華は何の為に咲くのか、俺は十分に承知してる。承知してて、俺はそうしてるんだ。
 俺がもしこの華を咲かさずにいたら…そう、俺はすぐさま、俺を守ってくれる盾を失ってしまうだろう。
 最初、俺はその盾を持ってなかった。
 その盾の使い方を知らなかった。
 だから俺に嫌がらせをしてたアイツラの体を切り刻んだセフィロスが恐いとさえ思ったんだ。理解できなかったんだ。
 でも、今は違う。
 今の俺はセフィロスという盾を持って、あの時の血まみれのセフィロスにすら笑顔を浮かべられるようになった。
 それは―――――俺の心の中にあったナイフが、俺の心臓の核を貫いた証拠だ。
 俺は盾を失えない。
 だから華を咲かせる。
 セフィロスの勃起した性器にしゃぶりつきながら、それを背後に受けながら、そうして俺は華を咲かせる。
「ねえ…セフィロス…っ」
「どうした?」
「お…願い…っ」
 俺は、言う。喘ぎながら、懇願の眼差しで、
 
「いつまでも、側にいてね―――――――」
 
 ―――――――――いつまでも、盾になって…お願い。
 そうしたら俺は剣でいられる。
 心臓の核を貫いたナイフ、そのナイフは剣と変わり、そして俺自身を剣にする。
 貴方の盾に、俺の剣。
 貴方に守られてこそ、俺は―――――…
 
 
 
 
"見ろよ。クラウドの奴、変わったよな"
 ヒソヒソ…話し声が聞こえる。
 そんなのは日常茶飯事、だって俺はそう噂されるくらい"スゴイ人間"だから。
「お前、何様のつもりだよ。俺に逆らうことの意味――――――分かってる?」
 俺は、今まで俺を見下してきた人間にそう言っては、何事をも従わせた。
 やつらは何でも言う事を聞いてくれる。
 いわば"パシリ"だ。
 そいつらの顔ときたら、また笑えるんだ。
 恐い、許して…―――――――――――そんな顔、してる。
 そうだよな、俺に逆らえば大変なことになるんだもんね。俺の盾が黙っちゃいないからね。
 それを承知してる利口な奴は、上手い具合に俺に"おべっか"を使う。
 そんなの意味ないのにね?
 
 俺は俺の背後にある固い盾に安心しきって猛威を振るう。
 俺は剣。鋭い矛先を持った、剣。
 誰も俺の盾と、俺の剣には逆らえない。
 それで良い
 それで良い
 誰も彼も従えば良い
 
 
 
 
 例え――――――――……
 
 俺の心臓が血まみれでも。
 
 
 
 
 貴方は、俺の強靭な「盾」。
 俺は、鋭い矛先を持った「剣」。
 俺達はいつまでもいつまでも愛し合って、華を咲かせあってこその猛威。
 離れてしまったら何もかも失ってしまうよ。
 だから側に……
 例え、一生交じり合うことができないと知っていても側にいよう。
 例え、血まみれの心臓が悲鳴を上げていても側にいよう。
 
 
 
 笑えるでしょう、この「矛盾」――――――――?
 
 
 
 END
 

 

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