<灰>

 

 

 

煙草の煙が綺麗な曲線を描く。

そうして体を少しづつ破壊していくのが、何とも言えない。

灰が積もってゆく様子を見ながら、ルーファウスは思う。

この灰のように、何もかもが焼き尽くされ、やがて軟弱な塊となって零れ落ちれば良い。

 

全てが。

 

 

 

「今日はバトルガーデンがあるんだ。お前も参加してくれ」

隣にいる長身のソルジャーにそう言うと、ルーファウスはまっさらなシャツを羽織り始めた。

「バトルガーデン?…お前の趣味の、か」

口端だけで笑い、あとは無感動なふうにそう答えたのは、神羅が誇るソルジャーのセフィロス。

上体をゆっくりと起こしたセフィロスは、酔狂だな、と静かに続けた。

「酔狂?結構な事だ。そういうお前だって好きなんだろう、そういうのが」

お前にとっても好都合なシステムじゃないか、とルーファウスは少し自慢げに話す。

それは、ルーファウスの言葉から始まったシステムだった。

次世代の神羅を担うルーファウスにとって正に処女芸術でもあるそれは、まともな精神を持った人間であれば誰しも嫌悪するものだったが、しかし彼にとっては違っていた。

効率的じゃないか、と思う。

必要性の無い人間の排除と、力量の見せ場とを兼ね備えている、それは。

「訓練生にでも任せておけば良い。俺など出る必要は無いだろう?」

「そんなのばかりではつまらないじゃないか。お前の剣捌きは見ていて気持ちが良い」

セフィロスが一太刀振るえば、人は瞬時にして命を落とす。

それは、痛みを感じる間も無く、先が無いと分かっている者にとっては返って優しい処置だったかもしれない。

かつてこのバトルガーデンというものにセフィロスが登場した時は、歓声が上がったものだった。

普通これにエントリーされるのは、訓練生か若しくは新手のソルジャーである。

相手は、企業スパイやテロリスト―――つまり神羅にとっての敵である。

そういう輩が不幸にも拘束され、神羅の中だけで静かに制裁される。

それは公表されない、一部の「闇」だった。

「ふん、全く呆れたもんだ」

それとなく自分を褒める相手にセフィロスはそう切り返しながら、

締め切られたブラインドの隙間を指でこじ開けた。

外は薄暗い。夕刻である。

「…夜は良いだろう?」

その様子を眺めながら、服を着込んだルーファウスは言う。

「虚実が、隠れる」

「虚実。お前からそんな言葉が聞けるとはな」

「馬鹿にするな。言ってみれば…そう。この関係もそうだ」

「ほう?」

ルーファウスの物言いは特殊だった。というよりかは、精神的に問題があった。

セフィロスもまた一般的な感傷などを心に溜める性格では無かったが、その彼でさえそう思う事がある。何がそうされるのかは分からなかったが、それについて深く考える必要もまた無いといえば無い。

正に、干渉を一切必要としない、体だけの関係だった。

「―――で。その虚実とは?」

興味本位でそんな事を聞いてみる。

その言葉にルーファウスは、ふ、と笑みを漏らしてこう呟いた。

 

 

「―――――存在」

 

 

 

 

血生臭い匂いが鼻をついた。

バトルガーデンは夜、秘密裏に行われる。

神羅の中―――ルーファウスの指揮の下に執り行われるそれは、一種のマインドコントロール効果を兵士たちに与えていた。

「恐怖政治の準備には、まず捨て駒の洗脳が必要だろう?」

結局バトル参加をしなかったセフィロスは、条件の良い優待席でその様子を観覧しているルーファウスの隣にいた。

質の良い酒が置かれ、それを美味いとも不味いとも言わずに、ただ流し込む。

「一般兵に観覧を許すのはそれが理由か」

「そうだ。おやじとは違う」

俺は金など使わない、それはいつもルーファウスが口にしていた理想論だった。

「そうだな。お前はもっと残酷だ」

酒を一気に流し込むと、セフィロスは抑揚の無い声でそんな事を言った。

別段、褒めるわけでも責めるわけでも無い言葉だったが、それはルーファウスにとっては褒め言葉に他ならなかった。

プレジデント、そう呼ばれる父親の政治はヌルイ。

それでは全てが手に入らないではないか。

そう思っていたが、その実、政治などどうでも良かった。要は、崩れれば良かったのだ。

父親が築き上げてきたものや、世界そのものが―――。

そして、それを崩してやるのは自分でなければならない、とそう思っていた。

「どうした?」

思考の中で険しい顔つきになってゆくルーファウスに、セフィロスはそう声をかける。

肩肘をついて何やら思案していたルーファウスが、その言葉にふっと笑った。

「…ほら、あの男。神羅に不法侵入した奴だ」

そう言ってバトル場の中央で半裸にされている男を指差した。

丸腰の男は身を守る武器も無く、身を隠す場所も無く、慰め程度の服すら剥がされ、目前に佇む兵士に震えている。

兵士の方は神羅の与えた防具で体を包み、最高級の武器を手にしていた。

それでもセフィロスから見ればまだまだの兵士だったが、丸腰の男にとっては正に恐怖の対象だった。

「悪趣味だ。酒が不味くなる」

ルーファウスの言葉にそう答えたセフィロスは、黙って事の成り行きを見守った。

どうせ結果は分かっている。

逃げ惑ったところで、神羅はおろか、あの小さなバトルエリアからすら逃れることなど不可能な話なのだ。

神羅に身柄を拘束された時点で、それは死を意味している。

やがて、鋭い音と共に絶叫が響いた。断末魔の声は、いつ聞いても同じ色があった。それは同じ恐怖環境に置かれた者しか出せないものかもしれない。

「…くだらない」

そう呟いたセフィロスは、空ろな目でその情景を眺めていたルーファウスの髪に手を伸ばした。

感触に気づき、ルーファウスが振り返る。

髪を指の隙間に埋めながらサラリと流し、指の甲でその頬をなぞった。

「此処でか?」

何ともなしにそう聞くルーファウスに、セフィロスは視線で合図を送った。その視線の先にはグラスになみなみ残った酒。

飲み干せという合図だった。

ルーファウスはそれを一気に流し込み、口端から流れ落ちそうになった液体を舌で拭う。

その舌先に薄い唇が重なった。

「…お前の言葉を、そっくりそのまま返そう」

微かに笑ってルーファウスはそう言う。

「何の言葉だ」

「覚えてないのか?…“酔狂だ”と言ったのはお前だぞ、セフィロス」

「ふん、そうだったか?」

セフィロスの指先は綺麗に巧みな動きをする。

半開きの目でそれを追いながらルーファウスは、相手の服を馴れた手つきで脱がし始めた。

バトルガーデンの会場には数多くの兵士がいる。

その誰かの目に留まるかもしれないというスリルが、ルーファウスの心を刺激した。とはいってもはっきりと見える訳でもないし、見られたところでその方が面白みがある。

剥き出しになったルーファウスの肌は、夜の闇の中で良く映えていた。乱れかけた金髪がそれを増長させているのは言うまでもない。

「…んっ」

一気に飲み干した酒の効果か、意識が朦朧とし始める。その中で何故か感覚だけが鋭くなり、セフィロスの愛撫に逐一反応する自分の体が可笑しく思えた。

それでも耳に入るのは、バトル場での生死の鼓動だった。

セフィロスに体を支配されている間は、自分が空虚のようで心地良い。

この世界を征服して崩してやるのは自分。

その自分を崩してくれるのはセフィロス。

どうしてそんな図式が出来上がったのかは分からない。

ただ、自分が命を絶つとして納得できるのが、この男だったのかもしれないと思う。

「…セフィロス」

下半身への刺激にビクリと体を震わせながら、ルーファウスはゆっくりと声を出した。

「何だ?」

「…吸いたい」

「ん?」

ルーファウスは、無言で脇に置かれていた煙草に手を伸ばす。それを見て、ああ、と納得したセフィロスは、それを取ってやった。

火が、夜の中で光った。

やがて立ち上り始めた煙は、綺麗な弧を描いて消えていく。

小休止の間の一服に満足げな表情を浮かべたルーファウスは、その苦い味を含んだままセフィロスの舌をせがんだ。

絡まり、特殊な味が二人の口内に広がる。

指に挟んだままの煙草は着々と灰に変わっていき、それはやがてポトリと床に落ちた。

「…こんなふうにしたい」

「また理想論か」

「良いじゃないか。それに、俺の言葉は理想じゃない。現実にするんだからな」

「そうか」

笑いながらセフィロスは、はだけた太腿に手をかける。

その感覚の中で、ルーファウスは思っていた。

 

――――――――いや、こんなふうに“なりたい”…。

 

絶頂へと上るその間に、聞き知らぬ男の絶叫が何度と無くこだましていた。

 

 

 

 

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