SONG FOR US
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やさしいうた
目が覚める直前、何だか聞き覚えのある曲が流れていた。 何だろうか――――――どこかで…聞いたような… 何だかこの曲を聴くと、優しい気分になる。 何故だかは分からないけれど、そんな気がする。 この気持ちは…
何だろう――――――――――――?
目を覚まして、エドガーはむくりと起き上がった。 目が覚める直前から頭の中に流れ込んでいた曲が、そうして起き上がってみてやっと明瞭になる。とはいってもそれは、曲が明瞭に聞こえるという意味であって、その曲が何なのかという事ではない。 だからエドガーがうつらうつらした中で感じた“どこかで聞いたような気がする”だとか、“優しい気分になる”だとか、そういう事への答えにはならない。 しかし明瞭になったその曲は、エドガーに笑顔を齎した。 何だか良く分からないけれど、その曲は優しい気分になる。だから自然と笑顔になる。そうして暫く、ベットの上で上半身だけを起こしたまま、エドガーはその曲に聞き入っていた。 その曲は、誰かが歌っている歌である。 いつもフィガロ城の中は静かで、音があるといえばたまに音楽隊が練習などをしている時くらいの話だ。そういう曲というのは楽器の音で構成されているから歌というのとはまた別物である。 勿論、「歌」を聴こうと思えばそれなりに聴ける場所はあった。活気のある酒場などというのは大体踊り子と歌姫を用意していて、その美声を披露しているものだ。だから少しお忍びでサウスフィガロに出向けばそういうものは聞くことができる。そうしなくとも、フィガロ城に呼び寄せれば聞くことは可能だし、フィガロ城がいくら静かだとはいっても、そういうものを聞こうと思えば聞く機会など幾らでも作れるというわけだ。 しかし、最近のエドガーはあまりフィガロ城から出ることがなかったので、その歌は久々に聴いた「人間の歌う歌」だったのである。 「……」 薄く目を開いてその歌に聞き惚れる。 別段、上手い歌ではない。どこかの歌姫のように済んだ声でもないし、完成度の高い曲を歌っているわけでもない。けれどその曲がこうして優しい気分をもたらすのは多分……。 「なるほど…」 その理由が分かって、エドガーはふっと笑んだ。
完全に起き上がり服を着替えたエドガーは、まず最初にある場所へと向かった。 フィガロ城、その中のある客室。 そこは主に客人を泊める為の部屋だったが、一国の城だけあって、そのような緊急用の部屋であっても流石に素晴らしい作りをしている。まあそれはともかくとして、その客室にやってきたエドガーは、こともあろうにノックもせずにそのドアを開け放つと、さも当然そうに、 「おい、起きろ」 と声を張り上げた。 客人に向かってそれはないだろう―――――――というのは大間違いである。 そう、その客室にいた人物といえば。 「んん〜…」 大きなベットの上で、巨大な身体が一つ……そう、その人物は。 「マッシュ、起きろって」 「うー…」 それは、エドガーの弟であるマッシュだったのだ。 何故マッシュがこのような客室にいるかというと、これはマッシュの希望だった。元々はフィガロの血を継ぐものなのだから、昔のままにしてあるマッシュの部屋を使用すれば良いというのに何故かマッシュはこの客室を選んだのである。 マッシュはといえば、今はフィガロを出た身のままであった。 先の戦いの日々が終わり世界が平和になると、仲間たちはそれぞれの生活へと戻っていったものである。勿論今でも連絡は途絶えていないし、たまに会うこともある。そんな具合で仲間との絆は希薄というわけではない。正に適度な距離で繋がっていると言って良いだろう。 その中で、マッシュとエドガーというのはとても微妙だった。 王位継承の後、マッシュはこのフィガロを後にした。その時のマッシュの覚悟はエドガーにもわかっていたことで、要するにそれは「もう戻らない」というのに近い覚悟だったのである。しかし先の戦いで再会し、そして平和が戻った後……二人の間には、また新しい関係が出来上がっていた。 今でも血の繋がりは確信している。だからエドガーとしては、いつマッシュが城に戻ってきても良いと思っていたのだが、当のマッシュにはやはりそれは出来なかったらしい。一度出たものは出たのだから、と。 そんな訳で、新しい関係。 それは、「だったら実家に帰ってくるという感覚で遊びに来い」、と。 そういうエドガーの言葉もあって、マッシュはこのところ良く城に帰ってくるようになった。とはいってもそれはマッシュからすれば宿屋の利用みたいなもので、ずっと留まるというわけではない。あくまで実際の生活の中心は別の場所にあって、フィガロ城は「実家」という具合なのだ。 しかしエドガーはそれでも良いと思っていた。 かつて出て行った弟の決心を一番良く知っていたのは他でもない自分なのだから、だからこそこれは、どちらかというとエドガーの希望なのだろうと、そこまで思っていた。 自分の希望が叶い、マッシュが少しでも此処に帰る機会が多くなるなら、それほど良いことはない。だから歓迎する。 それでもエドガーが苦笑せざるをえないのが、この部屋の問題…つまり、やはりどこか他人行儀になってしまったマッシュの希望であった。 エドガーはマッシュの寝そべっているベットまでつかつかと歩いてゆくと、そのベット脇でにんまり笑った。そして次の瞬間、マッシュの上にかかっているシーツを… ビシィィィィ―――――――――と引っぺがす。 「のわ〜っ!!兄貴、寒いよ〜」 「寒いよ〜、じゃないだろう。もう時間だ、ウチのご自慢シェフが待ってるぞ」 「え〜…」 シーツを剥がされて丸まっていたマッシュは、それでもまだ寝ていたいというムード満々である。 それを見ながらもエドガーは、早く早くと急かしたりする。 時刻は午前9時。 エドガーからすれば「寝すぎた」という具合のこの時間だが、マッシュにとっては「まだ寝たい」という時間である。“客人”なのだからもう少しくらい寝かせて欲しいと思うマッシュだったが、さすがにこの目前の兄には叶わないらしい。 いつまでも寝ていると、客人だろうが容赦はない。 というわけで。 「まだ寝るつもりか…仕方無い。――――――――準備」 そう言って徐にパチンと指を鳴らす。 と、どういうわけかスッとドアの向こうから数人の従者が入ってきた。彼らは皆、手に何かを持っている。ソレが何かといえば、詳細は分からないながらも、とにかく外見的に機械であることは確かだった。 そしてその機械は―――――――――間もなく、鳴り始める。しかも一斉に。 ウイイイイイ―――――――ンンンンン!!!!!!!! 「うわあああああ!!!!!!」 その途端、マッシュは思わず両耳を押さえたものである。 何故ってその音の凄さといったら並じゃない。多分これはフィガロ城の向こうにまで届いているだろう…そう思うほど凄いのだ。はっきりいって、その機械が何なのかだとかそういう事などどうでもいいから、とにかく音を止ませてくれという感じ。 その轟音で一気に目を覚ましたマッシュは、ほぼ涙目で、 「分かった!起きる、起きるって兄貴!」 そう叫ぶ。 と、エドガーはにっこりと笑って「そうか」と言ったのだった。 勿論その轟音は、そう言った途端に止んだ。
そうしてマッシュがやっと正常に目覚め、更に妙な機械を持った団体がその部屋を後にした後、やっとその場はいわゆる「普通」の場所となった。 すっかり目を覚ましているエドガーと、仕方無く目を覚まされたマッシュ。 様子は対照的であるが外見は兄弟と分かるこの二人が、客室の中で会話をする。それは兄弟だからこそできる会話といっても良い。フィガロ城で働く他の人間であればエドガーに対等な口を利けることはないし、マッシュに対してもそう言ったことはできない。基本的に客室に出入りをする人間はVIPクラスなので、どんなに外見上そう見えなくても、やはりマッシュもまたVIPということになるのだ。特にマッシュの場合は大体事情も知られているし、何度もこの場に来ていることでそういう待遇となる。 「で、ご自慢シェフが待ってるんだろ?」 ふわ〜あ、と欠伸をしながらマッシュはそんなふうに言う。シェフというからには食事のお誘いだろうと思われるが、しかしエドガーはそう言われて「いや」などと答えてマッシュを困惑させる。 「まあそれは口実だ」 「口実って…飯〜っ!」 「まあまあ。実はお前を起こしたのには別の理由があるんだな」 「は?別の理由?」 何だろう、思い当たるフシは無い。 そう思ってマッシュは首を傾げたものだが、目前のエドガーが即行動と言わんばかりに付いて来る様にジェスチャーをするので、マッシュは特に何も口に出さずにそれに付いていった。 豪華VIPの客室を後にし、そこから少し歩く。廊下はとにかく広く、その間も綺麗な絨毯が敷き詰められている。大体の客は「ほう」なんて溜息を吐くものだが、マッシュの場合は少し違っていた。そんな感嘆の溜息を吐くほど、見慣れていないわけでもないからだ。そうして、かつては自分の「家」でしかなかったフィガロ城の廊下を歩く。 何部屋かを通り過ぎた後、前を歩いていたエドガーがすっと立ち止まったのでマッシュもそれに合わせて立ち止まった。 ――――――――と、それは。 「兄貴の部屋じゃん」 「そうだ。まあ此処にお前を呼んだのには理由があるんだ」 「??何だよ?」 まあまあ、そう言いながらドアを開け放つと、エドガーはその中にマッシュを呼んだ。そうして二人がその部屋の中に足を踏み入れた瞬間、そこには何だか不思議な雰囲気が漂っていた。 ――――――――――それは……。 「あれ…これ……」 その部屋の中には、歌が流れている。 それは音楽隊の荘厳な音などではなく、か細い歌声。 しかしそれはただ弱いだけではなく、どこか優しさを運ぶ、そんな歌だった。 歌声はやはりそれほど綺麗なものではない。それでもそれは、マッシュの心に何かを呼びかけた。
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