あれはいつのことだったか―――――――単なる仲間だったところから一線を越えてしまったのは。

何でそういう事になったのか今では分からないが、とにかくエドガーとセッツァーはある時期からただの仲間ではなくなっていた。

この二人は、黙って二人で立っていれば美形二人という構図だったにも関わらず、どこかそうさせない所がある。エドガーの口説き癖もその一つだったが、やはり大きいのがセッツァーの自由思考だろう。

お互いそれを知っていて、お互いにそれを認めあっていたにも関わらず、一線を越えるとどうやら何かが見えなくなるらしい。

戦い後もそういう意味で仲間以上の関係を保っていた二人は、セッツァーの訪問という形で度々会っていた。ロックなどもセッツァーと同じ自由主義だったので、自由奔放にどこへかしこへと出向くロックに会う機会もそこそこ多かったが、それにしたってセッツァーの訪問は特別である。

大概飛空艇を乗り付けてやってくるセッツァーのその登場たるや、素朴なロックとは比べものにならないのは言うまでもない。しかもセッツァーの場合、嗜好的にも素朴とは程遠いものを持っていたので、それをもてなすエドガーの方は大変だった。とはいえそこは一国の主、別段事欠くようなことは何一つ無かったが。

そんな具合にセッツァーがフィガロ城にやってきた時のこと、いつも通りに挨拶代わりの口説き文句に華を咲かせていたエドガーは、怒り心頭のセッツァーに出くわすことになった。

何だ来てたのか、エドガーのそんな軽い言葉に更に怒りを露にしたセッツァーは、大切な国民に一瞥喰らわせてエドガーの手をグイと引きやると、もう大体把握したらしい城内奥につかつかと歩いていき、そこでこんな事を言うのである。

「お前…少しは自重しろよ」

そう言われたエドガーの方は、ワケが分からない。

「自重?何のことだ?」

「何って…あのな。少しは察したらどうだ。この俺が来てんだぞ。その前でナンパか!」

「ナンパ…??」

きょとんとしたエドガーは、少しそのままで黙していたが、暫らくするとプッと小さく吹き出した。

「何だセッツァー。ヤキモチを焼くとは可愛らしいところがあるじゃないか」

「なっ、なんだとっ!」

一気にユデダコになったセッツァーは、これでもかというほど怒りを表にする。が、何といったってユデダコである。良い具合に茹で上がったタコである。恐さもなにもあったもんじゃない。

「誰がヤキモチなんか!俺はただ、客人たる俺を蔑ろにするのはどうかってことを言ってるんだ!それをいけしゃあしゃあと…」

「ん?違ったのか。俺はどうもレディファーストが板についていてな」

ニヤニヤ笑ってるエドガーにセッツァーはマジギレ…ユデダコ100%でとうとうこう切り出した。その血相たるや表現し尽くせない。

「そんなふうに言うなら――――――…一つ、賭けをしようじゃないか」

「賭け?」

それはセッツァーの得意とするジャンルである。

とはいえ、盤の上のゲームと違いこれは生身の賭け…それがセッツァーに勝ちをもらたすとは言い切れない。

しかしセッツァーは、表現し尽くせない顔を幾分緩め、更に最後には笑みさえ見せてこう続けた。

「そう、賭けだ。どちらが先に限界になるか…賭けよう」

そう言ったセッツァーは、罰ゲームは勿論、負けた方の言う事を何でも聞くことだろうな、などと言葉を放ったが、しかしどうも肝心のことを口にしないままである。

だからその肝心なところをエドガーが尋ねた。

「それは何の限界を賭けるんだ?」

そう、そこが問題である。

つまりその賭けによって何を計りたいのか、そこが問題なのだ。

そう問われたセッツァーは、宣言よろしく憮然とこう言った。

「俺は今日以降、此処には来ない」

その言葉にエドガーが驚いたのは言うまでもない。

何を突然言い出すんだ、とそう思う。

何せ今迄二人がこうして会ってきたのも、元はといえばセッツァーからの訪問という形で成り立っていたわけだから、その当人に「もう来ない」なんて言われた日にはそれは本当に消失してしまう。

エドガーとて出かけられないわけではないが、国王としてそれこそ自重せねばならない部分があるし、何しろこのセッツァーときたら何時何処にいるとも分からないような存在なのだ。ということは、エドガーからの訪問はかなり難しいと言うことになる。

そうして幾分驚いた顔を見せたエドガーに、セッツァーは勝ち誇ったような笑みを見せた。

「つまりそれが、賭けだ。俺はもう俺の意志では此処には来ない。でもエドガーがどうしてもって言うなら来てやっても良いけどな?…要は簡単。離れ離れの状況で、どっちが先に限界になってアクションを起こすかって、そういう話さ」

「――――――なるほど」

エドガーは幾分真顔になってその言葉に頷くと、少し考えた後に、

「しかしそれは勝算あっての提案か?」

そんなことを聞いてきた。

セッツァーはニヤリと笑うと、当然、というふうに答える。

どうやらこの自由奔放でギャンブラーな恋人は「エドガーに会えなくても問題無い」と宣言できるらしい。

それを確認したエドガーは、ゆっくり笑って、その賭けに了承をした。

「良いだろう。その賭けに、乗ってやろうか」

 

そんな過去があってから早三ヶ月――――――。

エドガーはアクションを何も起こさなかった。

一線を越えたいわば恋人であるその人と会えなくても、エドガーはいつものような日々を過ごすことで満足を得ていたのである。それは国民に話しかけたり、挨拶代わりに口説いてみたり、という方法で。国民の悩み一つ一つに耳を貸せたのもその一つだったろう。

そんな日々の中でエドガーは、こんなことを考えていた。

それは例の賭けのことだったが、やはりあの賭けの勝者は自分だろうと、そう考えていたのである。とはいえセッツァーから何かアクションがあったかといえばそういうわけではない。だから何か証拠や確証があってそう考えていたわけではないけれど、何だかそんな気がしていたのである。

三ヶ月経って、まあそろそろアクションを起こしてくるだろう―――――そんなふうに思っていた時だった。

そういう時に丁度、例の少女が駆け込んできたのである。

だからエドガーは一瞬の閃きで、アクションを起こさないセッツァーにわざをそれを促す方向に持っていこうと思っていたのだ。

エドガーの婚姻――――――そのネタは、実にもってこいである。

それを耳にしたセッツァーはどう思うだろうか。

どんなに今迄アクションを起こさなかったとしても、そんなことを聞けば自ずとアクションをせずには居られないだろう。何せ、何かをしなければエドガーはどこかの誰かと結婚してしまうというのだから。

――――――――と、そう考えていたのに…。

 

 

 

「…おかしい」

どう考えたって、おかしい。

真っ先に飛んでくるはずのセッツァーが姿を現さずに、マッシュとロックが現れるだなんて…どう考えてもおかしいのだ。

「おかしいな…うん、おかしいぞ。此処までのネタを出されて黙っているなんて」

先ほどマッシュとロックを別室に案内したエドガーは、その後すぐに自室に戻り其の中に篭って、ああでもないこうでもない、とブツブツやっていた。何しろマッシュとロックの前ではこのような独り言すら言えない。

「もしやアイツの耳には届いていないのか?」

そう思って、部屋を右往左往していた足をピタリ、と止めたエドガーだったが、しかし考えてもそれは無さそうである。何しろ今ではどこにいってもその噂を知らぬ者はいないというところまで話は拡大しているのだから。

「とすれば――――やはり意固地を通している…か」

そうとしか思えないが、けれどそれはどうしても認めたくない。それを認めてしまったら賭けはエドガーの負けになってしまう。

実際はこうしてセッツァーを気にかけていること自体がもう既に負けに近いものを予感させていたが、しかし敢えてそこは考えない。そんな都合の悪いことなど気づかなくて良いのだ。

「参ったな。こうなってくると、どうするか…問題だ」

呟いたエドガーは、今後のことについて考え出す。

こんなふうに噂を肯定したのは他でもなくセッツァーにアクションを起こさせる為だったのに、それが成功しないとなると今度は尻拭いが大変なことは眼に見えていた。

世間ではもう既に、エドガーは婚姻するものと思われている。

そして今のエドガーは、賭けの為の嘘とはいえそれを認めてしまっている。

――――――ということは。

「参ったな…」

本当に参っているのかどうか、とにかく曖昧な表情をしたエドガーは部屋の中を再度歩き回り始める。そしてまた、ああでもない、こうでもない、とブツブツが始まる。

ああでもない―――――――…

こうでもない―――――――…

賭けは一体どうなるか―――――――…

あまりそんなことを考えすぎたせいか、どうも疲れが回ったらしい。

どうも視界が妙である。

「考えすぎも問題か」

エドガーはそんな事を呟いて窓の外をふっと覗く。覗いたその向こうの町では、きっと今でもこの噂が蔓延していることだろう、そんなふうに思って。

―――――ところが。

「?」

ふっと見た窓の向こうに、どうやら何か異色なものが見えた。

それはいつも眺めている風景にはないものだったから、エドガーは眼をパチパチとしてもう一度じっくりそこを眺めてみたが、そうしてみてもそこには何か見慣れないものがあった。

どうやら疲れが酷いようだ―――――そんなふうに解決してすっと窓に背を向けた、その瞬間。

「た…助けてくれ…」

「???」

――――――どこからともなく声がするではないか。

何だ、そう思ってエドガーはもう一度その窓の外を覗く。そしてもう一度その眼に見慣れないものを映してみた。そうして今度こそ隙無くじっくりとそれを見てみると、それはどうやらプロペラのようなものだった。というか、プロペラそのものだった。

「プロ…って」

まさか。

そう思って今度は窓枠に手をかけ、下を覗き込んでみる。

するとそこには何と、城壁ギリギリで砂漠に追突している、セッツァーの飛空艇の姿があった。

 

 

 

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