void

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“お前に触れたい”

“すぐ、繋ぐよ”

 

個別管理されたディープグラウンドでの通信システム。

もしかすると地上を上回るハイテク化なのではなかろうかと思われるそのシステムは、脳波を使うだとか聞いたが詳しい所は定かではない。

とにかく、シェルクの開発に使われたネットワークへのダイブというものを使いまわした物である事は確かで、それを使えばネットワーク上で精神だけの会話というものが実現できるようになっていた。

これはとても不思議なシステムである。

身体は別々のところに存在しているのに、精神を飛ばし同じネットワークに入り込むことによって、会話が出来るのだ。しかし驚くべきはそれだけではない。

例えば――――――体感が、出来ること。

もしも相手の姿を完璧に記憶の中に留めているのならば、それはネットワーク上で再現することが可能である。記憶から構築をするのだ。勿論ネットワーク上に本体が存在しているわけではないが、それでも会話をする二人がお互いの姿をしっかりと記憶しておれば、それだけで“お互いの姿が見える”事になる。

ネットワーク上で繰り広げられる会話や触れ合いは、精神を通じて本物の身体の感覚器官に送られる為、実感することが可能だった。

この通信システムは、シェルクの開発の他は主に試験的に使われていたものだったが、ヴァイスとネロにとっては唯一の触れ合いといっても良かった。会おうと思えば会えないわけではないが、普通にしていれば個別管理なのだし、ツヴィエートである二人がそこで秘話というわけにもいかない。

だから、このネットワークに入り込む。

それは二人の精神によって出来上がる固有のネットワークだったから、誰にも邪魔されることはない。だから、誰にも知られる事はないのだ。

 

 

 

CERTIFICATION...

****;OK;

CERTIFICATION...

****;OK;

...SECURITY???

LOCK;OK;

...NETWORK-TYPE???

LIMITED;OK;

ENT;

PLEASE WAIT......

 

 

 

“…呼んでくれたね”

“ああ”

“ヴァイス兄さん、ボクと同じ事を考えてるね”

“どうやらな”

 

 

 

ネットワーク上に構築されたお互いの身には、何も付けられていなかった。

それを見て笑うネロに、ヴァイスも悪い顔はしない。そもそもその身を記憶に留めている事自体がもう既にこの先の行動を決めている。

『久々だな、お前とこうするのは』

そう言って伸ばされた手が、ネロの首筋に触れた。その感触をネットワーク上のネロの精神がキャッチし、その精神が今度はネロの本体にその情報を送る。感覚という情報を。

その感覚を送られた本体のネロは、ネットワークに入る為に頭部に当てている機械の下でそっと微笑んだ。そして、ゆっくりと己の手を首筋に添える。当然そこにはヴァイスの手など無かったが、その行動イメージをキャッチした精神はネットワーク上のヴァイスにその感触を伝えた。

ネットワーク上では、その手は触れ合っている。

『いつも不思議だと思う…この感覚。だけど、こう出来る事が嬉しい。此処でだったら、いつだって好きな事をできる』

『そうだな。好きなだけ、お前を抱ける』

『随分と直接的な誘い文句だね…』

『そうかもな。俺は回りくどいのは嫌いだ』

お前だって期待して来てるんだろう、そう言われた事にネロは特別異論など無かった。そうじゃなければヴァイスの裸体などイメージしない。

そう、直接的で良い。

本当の世界は散々に回りくどい。それよりもこの異次元の空間で思い切り抱き合う方が随分と楽だ。誰にも邪魔されず、思う存分声を上げてそうする方が。

上下左右の観念さえもないその空間の中で重なり合った二人は、長い髪が零れ落ちるのも構わずお互いの唇を貪った。舌を絡ませ合う事は、口内が見えないにも関わらず緻密な感覚をお互いの本体に送りつける。

『んっ……兄さん…もっと、触っ…て』

『大胆だな、ネロ』

『…普通、だよ…』

顔を隠すように垂れ下がっていたヴァイスの前髪をかきあげたネロは、記憶に焼きついたその顔を見てふっと笑んだ。強い眼差しの眼を、くっきりした鼻筋を、何度も愛した唇をずっと指先で触れると、そのままそっと顎に下ろす。そして最後には首元にキスをした。

絶対忘れることのないこの輪郭をそれでも尚焼き付けようとするかのようなその行為は、柔らかい愛撫である。

『どこに触れて欲しい?』

『全部…どこでも』

それもそうか、そう言って了承したヴァイスの手は、細身のネロの身体の隅々を愛撫する。鎖骨辺りに吸い付いた唇はそこに赤い跡を残していくが、それはお互いの精神がそれをイメージした為についた跡であった。当然、本体にもそのような跡が残されていく。

ネットワーク上で繰り広げられる精神イメージのセックスは実に官能的だった。過去の事実や記憶などを元に構築していくそれは、肉体に頼ることのない、正に想像と情報だけが織り成す世界である。現実を元としているとはいえ、想像は常に現実を超えることが可能。つまり実際よりも格段に官能的にすることができる。

唾液に濡れそぼりながらピンと立つ乳首も、充血し固く反り返るペニスも、想像を肥大させればさせるほど、それが“本当”になっていく。当然、それらの想像に対しての興奮も肥大されるのだから快感も正比例する。

『下の方も待ちきれなくなってるみたいだな』

白い肌の中でいやらしく勃っている乳首を舌先で弄りながらも、ヴァイスの手は言葉通り待ちきれずに勃起し始めたネロの性器を愛撫し始めた。筋をなぞるように触れる指は、何度か感じる所を往復した後やがて全体を包み込み、緩やかに上下する。

 

「あっ、あ…はっ、あ…兄さ…ん…っ」

張り詰めた乳首が、服の上にその膨らみをくっきりと浮かべる。

そして下半身では、窮屈そうにしながらも確実に性器が勃起していた。

 

『お前のその黒い髪、身体とは対照的だな。良く映えてる』

『好き…なん、でしょう…?』

『ああ』

白い肌にかかる黒い髪は、とてもくっきりとした色の対比を見せている。自分とは全く逆のその色味は、ヴァイスのお気に入りの一つだった。

それを知っているからか、それとも自分の持たないものだからなのか、黒という色が妙に艶やかなもののように感じる。闇を纏うネロには上手い具合にあっているような気がしてならない。

その黒に軽く口付けたヴァイスは、ネロの背中に腕を回しその身を少し起すと、先ほどから加えていた下半身への愛撫を激しくした。

『は、あっ…あ、あ…っ』

『ネロ…』

ぴったりと重ねた上半身。

その中で元のように首筋に舌を這わせたヴァイスは、白いうなじに愛撫をし、そして耳朶にまでその愛撫を続けた。耳元を軽く吸引しキスを繰り返すその音と、そして微かに乱れた息遣いは、耳を通してネロの身体を震わせる。

ゾクッと走る妙な快感。

『に…さん…、あっ…も、もっと…オカシくさせて…』

『どうやって?』

分かっているくせに、そう思いながらもネロは答えを言葉にしようとする。が、その唇を塞がれ答えを出せなくなってしまう。そうして暫くの間、存分な音を立てて舌を絡み合わせると、ようやくそれが離れた時にヴァイスはネロの耳元に拒否を返した。

『今はまだ駄目だ』

『意地悪だ…ね…』

もっと脳が支配されるくらいに感じたいのに。

そう、できればこれがネットワーク空間だという事を忘れ、現実をも忘れてしまうくらいに。

しかしそうはさせてくれないらしいヴァイスは、休まずに加えていた性器への愛撫に集中すると、ネロの身体を抱きかかえるようにしながらもその顔を見つめた。いつからこんな不義の関係になったのだか忘れてしまったが、よもや自分の方がこの弟に溺れているのだろうかと時々思う。ネロからの粘着質の愛情は以前から知るところだったが、こうして身体を重ねるようになってからというもの自分が誘う事の方が多い気がする。

触れたい、そう言ってネロにネットワーク接続させるのはいつもヴァイスの方だった。

自分の前で包み隠さずセックスに溺れていくこの様が忘れられず、いつも脳裏に…精神に焼きついてしまう。弟というよりも一人の人間としてネロを見ていたヴァイスにとって、それはとても妖艶だった。女のように恥じらいでもあるならまだ生々しいで終わっていたかもしれないものを、この弟はそうしなかったから。

よりにもよってこんな不可解な関係の中で、ネロは確実に求めてきた。

その口で、瞳で、身体で。

 

「お前を抱きたい…」

どうにもならないジレンマを感じる。

精神の中で何度も犯しているのに、それを感じているのに、それなのに何も無い事に。

 

『だっ…たら、…挿れて』

半開きの眼が、ヴァイスの眼を見つめている。

隠さずに広げられた股間で続けられる愛撫はネロの目に確実な欲求の色を落とす。ヴァイスにとってはもう何度も目にしてきた、情欲の眼である。

多分それも、ヴァイスにとってお気に入りの一つだった。

『まだ、無理だ』

『どう、し…て…』

だって―――――――まだ足りない。

そっとそう思ったヴァイスの心でも読んだのか、ネロは「じゃあ」と快楽の中で一つの頼みを口にする。もうすぐ達してしまいそうなのにそれを止めてまでネロが口にした事は、ヴァイスの表情を俄か満たした。

包み隠さず欲求を突きつける。求める。その様子に満たされていく。

『兄さん、の…舐めたい。しゃぶらせて』

己の性器を握っていたヴァイスの手をゆっくりと解いていったネロは、そう願い出た事への答えはなくともそれが許されることだと分かっていた。だから、身体をシフトさせてヴァイスの下半身に身を寄せると、躊躇いも無く股間に顔を埋める。そうして勃起しきったペニスを握り込み口に含むと、舌と唾液を絡ませ、絡みつくような愛撫をし始めた。

白と黒の鮮やかな対比の中に突き刺さるかのような肌色。

逆支配。

『ネロ…』

黒い髪を梳き、頬に触れる。

今や性器を咥え込むのに精一杯の口端から零れた唾液を指で拭ってやり、その指を己の口に含んだヴァイスは、どこかに忘れてきた行動を取り返すかのようにっゆっくりとネロの頭を撫でた。

 

「に…さ、ん……」

中途半端に開いた口端から一筋の唾液。

拭ってくれた指はどこにもなく、それはポタリと鎖骨辺りに落ちる。

 

『…そろそろ始めようか?』

『ん…っ、つ…』

『途切れないように…な』

ネロの愛撫が始まってそれほど立たない内に、ヴァイスはそれを切り出した。何度かネロが求めてきたそこに行き着く為に、このネットワーク上で一つになる、その為に。

その身を組み敷いたヴァイスは、イメージした通りの潤滑さでネロの体内に勃起した性器を挿し込んだ。想定するイメージは常に情欲に満ちており、その上では難関なことなどあるはずがない。それだから、痛みを伴うなどという厄介な事は二人の情事の中にはありえない事だった。

一度で奥にまで到達するイメージ。

実際には不可能なほどの深部にさえ到達するイメージ。

そこで掻き回され、ぐちゃぐちゃになるイメージ。

何度も何度も突かれ、身体の芯まで犯されるイメージ。

『あ、あ…あああっ!』

イメージが深まると、それはネロに最大級の感覚を与えた。まるで全身が敏感にその動作に反応するかのような大きな感覚は、その他の全ての感覚を掻き消してしまいそうなほど無限大に膨れ上がる。それはひとえに、それを感じたいと思うネロの精神に理由があった。

想像を肥大させればさせるほど、それは“本当”になる。

想像に対しての興奮は肥大し、快感も正比例していく。

 

「あっ、はっああっ!兄さん、に…っ、っああぁ!」

精神イメージは限界レベルの信号を送っていた。

感覚器官は限界レベルでそれを受け取っている。

 

「ネロ…っ」

精神イメージは限界レベルの信号を送っていた。

感覚器官は限界レベルでそれを受け取っている。

 

 

 

――――――――――――飽和。

精神の限界。

 

 

 

CAUTION!;

CAUTION!;

CAUTION!;

BEYOND SYSTEM’S ABILITY...

 

 

 

警告音が鳴り、通信システムは緊急停止を示した。

その所為で、ネットワーク接続は切れ、途端に精神イメージも途絶える。ふっと消えてしまったイメージに変わって目に映ったのは、無機質な機械の色だった。

「…切れた」

最高潮に達していた精神と感覚が一気に下降していくのを感じる。但し、今しがたまで興奮をしていた体だけはその興奮を冷ますまでに時間を要するらしく、快楽を求めようとする体の一部は未だにそれを求めていた。けれどもう、ネットワーク上の精神イメージがない。敢えてイメージを続けるとすれば、生身の…本当に想像でしかないそれをイメージとして使う他ないだろう。しかしそれほど滑稽なことは無かった、今までの興奮からすれば。

「…何故なんだろうな、ネロ」

肩から力を抜いたヴァイスは、通信システムの利用の為に頭部に装着していた機械を取り外すと、ゆっくりと身体を起す。

深夜のディープグランドでは、未だどこかで開発の続きが行われているらしく、遠くから何かの音が聞こえてきていた。しかしそれは生々しい現実で、喜びの破片すら感じられないものである。

――――――――いつも、そう。

こうしてネットワーク上でネロを抱こうとすると、必ず最後には通信が途切れてしまう。ネロの身体に埋め込んだ自分自身で最後までその身体を貫こうとしても、それはいつも不可能で終わってしまうのだ。結果的に中途半端な肉欲だけが残り、すぐにまたネロを想い出してしまう。

だから悪循環なのだ、いつもいつもいつも。

しかしそれを「何故か?」と問うてしまうのは、理由がハッキリと判っているが故の皮肉だった。何故も何も無いのだ、その通信が途切れてしまうのは他でもなく自分たちの所為なのだから。

抱き合い、感情が高まり、精神イメージが膨大に膨れ上がる。

膨大になった精神イメージは可能な限りの最大限をもってその信号を感覚に送っているわけだが、精神にもやはり限界があり、そして身体に送られる信号の送信量に関しても限界は存在していた。

実際にはありえないものが、想像であれば作り出せる。それはイメージも感覚も同じ事だ。

ただでさえ膨らんだ欲求がそうして現実を超越したイメージを作り出すものだから、こうして多方面から限界が来てしまうのである。

皮肉にも、感じたいと思えば感じたいと思うほど限界は近くなる。

情報量が多くなり、飽和する。

だから結局―――――――抱くことなど叶わないのだ。

「―――」

ヴァイスは通信システムに背を背けたが、しかしそこを去ることはせずに立ち止まっている。その間考えていた事と言えば、夢のような事だった。

もしも生身のままその身を抱きしめる事ができたなら――――…そんな事を考える。

しかしそれほど馬鹿げた発想などないだろう。何しろそれが出来るのならばこんなシステムなど使いはしないのだ。

ネットワーク上の精神イメージは何でも可能にしてくれる。本当にしてくれる。

けれど…どうしても埋まらないたった一つのものがあるのだ。

それは、本当の満足感や充実感。

仮初の満足感や充実感なら山ほど味わえる。本当のものに違いないと錯覚すら出来るほどのそれはあまりに精巧で、人によってはそれを本物と言うかもしれない。しかしヴァイスは、それが所詮仮初であることは十二分に理解していた。

感情も感覚も実感すらあるのに、それでも生身で無い限りは絶対に埋まりはしないそれが、酷くもどかしい。

例え現実が、ネットワークで構築されるイメージより数段劣るものであったとしても、もし本当に生身で触れ合えるのならば――――…

 

「…お前に、触れたい」

 

 

 

END

 

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